家庭菜園物語

模範

　頭に強い衝撃が走った。痛いからのプニプニとした食感がおでこに残っている。

「にゃーん」
「姉さん、ごめんなさい。昨日は飲み過ぎました」
「うーん、痛いな。もう朝かい」

　散らかる酒瓶、おでこに肉球マークをつけたエルフがいる。俺のおでこも同じようになっているのだろうか、そして美しい正座の姿勢でそれを見守る可愛いダークエルフ。なんだこれ。

「にゃーん」

　姉さんが、早くに亡くなった俺の両親や、じいちゃん、ばあちゃんを引き合いに出して、コンコンと話始める。
　子供というのは親を気がつかないうちに見ている。俺の優しさについては従来の気質もあるが、両親、祖父母からもらったものでもある。
　草葉の陰から見ている両親達が今の現状を見たらどう思うことか、私自身も恥ずかしい。
　酒を飲むのいいが節度も大事であり、子供の前で模範となれない姿を見せるものではない。
　姉さんのお説教は続く、当然その余波はさくらさんにも及び、自然と2人共に正座していた。

「にゃーん」
「「申し訳ございませんでした」」

　姉さんの前で土下座をする大人２人をモモが曇りなき眼で見ている。恥ずかしい。
　
「そ、それじゃあご飯にしようか」
「それがいいな！」
　
　さくらさんが図々しく同意してくる。あんた、朝飯も食うきか。
　朝食に茹でたじゃがいもに塩をかけて出す。モモは変わらず美味しそうに食べてくれる。

「味はいいが、質素だな」

　このエルフ文句だけは言ってくるな。
　神々しい美人から、図々しい隣人になってきている。まだ会って１日だよね？

「昨日は買い取りも出す余裕なかったし、仕方ないでしょ」
「では昼は期待している」

　この人には食パンだけ出してやろうかな。

「モモ、ご飯食べ終わったら水やりお願いできるか」
「はい！」

　うんうん、モモは可愛いね。
　モモは食べ終わった後の皿をさくらさんの分までキッチンに運んでくれた。さくらさんはゴロリと横になっている。

「畳ってやっぱよき」

　なんだこのエルフ。
　皿を洗い終わったタイミングを見計らって、モモがホースを用意してくれる。蛇口にセットすると、もう手慣れた様子で扉を全開に固定して、ホースを外に引っ張り出す。

「水出すぞー」
「はい！」

　水を撒くモモを姉さんが見守ってくれている。大福は出てくる水を飲もうとモモの邪魔をしている。ごろ寝さんはごろ寝しながら、扉の先に見えるのその風景を眺めている。

　気を取り直して料理を開始する。まずは昨日も作ったガーリックポテトを作って買い取り箱に入れてみる。
　見積もり金額は８００円、じゃがいもを2個くらいしか使ってないのにいい感じの金額ではないだろうか？
　茹でたじゃがいもが２００円、バターをつければ３００円なるほど、手間を考えれば茹でてバター乗せるだけの方が楽かな？　20個のじゃがバターを買い取りに回す、これで６０００円になるはずだ。

「ん？　5個以降が１５０円になっている」
「同じもんばかり出すと下がるんではないのか？」

　横から働かないエルフが声をかけてくる。なるほど、そういうこともあるのか。
　買い取る側がどんな転売、もとい消費をしているのかわからないけど、考えて買い取りに出せよってことか。
　確かに毎日じゃがバター出されても嫌だもんな。

「さくらさんの旦那さんってどんな人だったんですか？」
「どうした突然」
「いや、暇そうだったので」
「暇というのは悪くない」

　あんたからすれば悪くはないだろうさ。

「そうだないい男だったぞ。私も５人の子供を産んだ」
「ほお、５人も。お子さん達は今どうしているんですか？」
「もう死んだよ」
「なんかすんません」
「いいんだ。戦争や事故で亡くなった者もいるが天寿を全うした者もいる。今の私の寿命は特別長いのだよ、人間とのハーフである子なら長くとも人の２倍くらいしか生きれないからな」

　この人ってどんな存在なんだよ。勿体ぶって教えてくれないし。

「私の夫の話だったな。名前は明人
あきと
。この世界を１つにまとめ上げた大英雄だよ」
「俺とはえらい違いっすね」
「残念なことにね」
「少しはフォローしてほしいんですけど。世界を１つにまとめ上げたとか世界征服でもしたんですか」
「そうだな」

　ふぇ！　魔王かなんかなの？

「今でこそ、４つの大国がバランスをとっているが、昔は小さい国が乱立した戦い続きの血まみれた世界だった。明人はどうせ血が流れるなら一度でいい、業は自分が背負うからこの世界を平和な世界にしたいと立ち上がったんだよ」

　俺とは違うガチな異世界主人公じゃないか。

「明人は生来、見たものを忘れない記憶力を持っていたらしくてな、知識も豊富だった」

　瞬間記憶能力ってやつか？　ナチュラルなチート持ちですか。

「それに加えて膨大な魔力を持ってこの世界に召喚された。インプットだけではなく、それを活用したアウトプットも凄まじく、リーダーシップもあったよ」
「盛り沢山でやばいとしか言えないっすね」
「そうだな。最終的には私を加えて５人の嫁を娶って、大往生だった」

　爆発しろ。あ、ある意味ではもう爆発跡か、不謹慎な心の中の発言だったな。

「明人は平和を望んで大きな戦争を起こした。大義名分があったとはいえ沢山の人を死に至らしめ、自身でも多く手にかけた。彼は歴史書では大虐殺を行った王様だよ」

　さくらさんはどこか寂しげだ。この世界がどれだけ広いかわからないが、世界戦争ともなれば沢山の人が亡くなったんだろう。
　聞く話でそのリアルチート野郎をもってしても戦争という暴力でしか解決の糸口を見つけらなかった。そんな大きな戦争の発起人となれば責められることはあっても褒められることはないだろうし、その業もよく理解していたんだろうな。
　それの苦悩を誰にも理解されないというのは少し悲しい。誰にもってことはないか、ここに理解する奥さんがいるし。

「それが私の夫、明人だよ」

　なんとなく聞いた話が、ヘビーにまとめられてしまった。

「あはは、凄いまとめかたですね。でも明人さんは笑いながら人を殺す系ですか？」
「違うね」
「なるほど。そんなに暇なら歴史書の編纂でもしたらどうですか？　事実、大量殺人者なんのかもしれませんが、そこに理由があったこと、こんな志があったこと、さくらさんが綴ればいいじゃないですか」
「私は君の何倍も生きているんだよ。もう人に期待なんてしないし、人なんてどうせ忘れる。本を作ったって劣化し、消失する」
「そうですか、俺は少し見てみたいと思ったので言ってみたんですけど。でも姉さんならこう言うと思いますね。『出来ない理由を並べるのは簡単、どうすれば出来るのか考えなさい』って」
　
　少しさくらさんが考え込んで黙っている。

「言ってることはわかるんですけど、正論パンチですよねー。できる人間がいうセリフって感じで。少しくらい逃げたりしたっていいじゃんって俺は思いますけどね。だめっすか？　って。だって時には休まないと心がもたですから、でもいつかはこの世界の歴史書見てみたいですね。さくらさんが編纂したのを含めて」
「にゃーん」

　姉さん、いつの間にいたんですか。偉そうなことを言うようになったなですか。なんかすんません。
　改めさくらさんにも色々あるんだなと、垣間見えた。なんだか就職に失敗して引きこもり1年目の子供を持った母親のような母性に目覚めた気がする。
　
「急に視線が生易しくて居心地が悪いが、本のことは少し考えてみるよ」