家庭菜園物語

コンビニ

文字の大きさ
上 下
1 / 180

プロローグ

しおりを挟む
 俺が生まれる前からいた、黒猫の杏姉さんはじいちゃんの遺影の前で香箱座りで、たまにコクコクと首が動いて、目を細めて眠そうにしている。
 ばあちゃんの時も同じようなことをしていたが、なんか見えてるんですか?
 最後の肉親であったじいちゃんが亡くなって、がらんとした居間を眺める。これから手続きとか忙しくなりそうだなぁ。大学はもう数日休まないと。

「にゃーん」
「どうしたんですか、杏姉さん。気分転換に散歩でも行きますか?」
「にゃーん」

 杏姉さんは家猫だが、完全室内飼いではなかったので外に出るのが大好きだった。でももう22歳で一人で歩くのもままならないので俺と18歳くらいからは俺と一緒に散歩をしている。
 姉さんをお気に入りのクッションが敷かれた籠に入れて、ゆっくりと籠ごと抱き上げる。
 夜は寒くなってきたので、上にはブランケットも掛けてあげる。
 外に出ると、秋から冬の匂いに変わってきている気がする。姉さんも外に出たのがわかったのか、鼻をピクピクと動いている。

「寒くなってきましたね」
「にゃーん」

 姉さんの負担にならないようにゆっくりと歩き、お気に入りだった、小さな神社まで歩みを進める。喪中は行かない方がいいと聞くが何回も通っていた神社だし、神様も許してくれるだろう。
 見慣れた道を姉さんと二人だけで歩いていると改めて色々と考えてしまう。数日前まではじいちゃんも一緒に散歩していたのに、突然眠るように亡くなってしまった。
 姉さんと散歩できるのはあと数ヶ月なのか、数年なのか、年齢的にもいつ亡くなっても大往生という歳ではある。
姉さんまでいなくなってしまったらと考えてしまうと、更に気持ちが落ち込んでしまう。小さい時はばあちゃんもじいちゃんも姉さんもいて当たり前と思っていたけど、年を重ねるごとに当たり前の環境でないと実感し、不安に駆られる。

 ダメだな。やっぱりマイナスの事ばかりを考えてしまう。

 神社に到着後に鳥居を通る前に一礼し、中央を避けて歩く。お賽銭を入れて二礼だけしておく。
 夜なんで神様も寝てるだろうし、ジャラジャラと煩くしない方がいいだろう。
 賽銭箱横のスペースに座らせてもらい、姉さんが入った籠を横に置き、少しボーッとする。
 手が寂しくなってきたので少し、姉さんをモフっていると違和感がある。いつもよりも体が冷たい。
 心臓の鼓動が弱い……いや、ない。

「姉さん! 姉さん!」

 強く揺さぶると、いつもの煩いと言わんばかりの迷惑そうな顔をして、目だけコチラに向けてくる。

「よかった。直ぐに病院に行きましょうね」
「にゃーん」

 姉さんがもういいからと、答えたような気がした。

「そんなこと言わないでください。俺を一人にしないでよ」

 また姉さんが目を瞑ってしまう。手に伝わってくる心音は動き始めていたが弱く、更に弱くなっていく。
 普段はお腹に顔を埋めると、やめろと怒ってくるのに怒る気配もない。また怒って欲しいのに、反応することはない。

 --ジャラジャラと風で揺れたのか、吊るされた鈴が鳴り響く。その音が数秒、数十秒経過しても鳴り止む気配はない。とても煩い。

「面を上げなさい。迷える子、最上悠」

 姉さん、置いていかないでよ。俺を一人にしないでよ。

「面を上げろって言ってるじゃろがぁ!」
「煩いなぁ!」

 顔を上げると、神社の拝殿の扉が開かれ、眩い光を放っている。幼い? 女性の声が聞こえた気がしたんだけど。なんか2回目は凄く乱暴だったような……。
 初回の威厳のありそうな美しい声はどこにいったのか、どこか幼い子供のような声色だ。

「うぉっふおん、迷える子よ。その娘を救いたいですか?」
「幻聴? 幻覚?」
「幻聴でも幻覚ではありませんよ。普段の行いもそこそこ良いですし、ボーッとしたとこはありますが、善人の部類で人よりも動物に心を許す陰キャ気質なとこを評価して声を掛けてあげました」

 あれ? 褒められているのか?

「サイゼ様、台本通りに」
「わかっておるわ!」

 なんかもう一人、別の女性の声がしたんだけど。これは子供の演劇の練習か? それにして大掛かりだし、照明とかの感じではないんだよな。あと神様の名前がお手頃価格でご飯が提供されそうな名前だ。

「うぉっっほん、わ、私は寛大だがあまり不敬なことは考えないように」

 咳払いがすげぇ、なんか怒ってるよ。これ俺の心読まれてる?

「当然じゃ! 神だからのう!」
「そ、そうなんですね。失礼しました」

 賽銭箱の前で土下座して平伏する。本当に神様? 姉さんを助けてくれるのだろうか。いや、これが現実なら助けてくれるんだろう。

「よい! よいぞ! ふははは、面を上げよ」
「はい! それで杏姉さんを助けてくれるんですか?」
「うむ。少し条件はあるが、これにサインをしてくれれば、そのよきモフモフを助けてやろう! リープ、例のものを」

 目の前に規約だったり、注意事項の記載された用紙とペンが出現する。なんか文字が細かいし、やたら長いんだけどこれ。
 最近の神様もクレーム防止のために書面での契約をするのだろうか。
 
「まぁ、契約って大事だしのう。しかしながら本当にそのモフモフの命の灯火が消えてしまえば我にも助けることはできんからな!」

 暗に早くしろってことかよ。どれどれ、猫の命を救う代わりにサイゼ様の管理する異世界に転生だと! 癒しの能力が特典として付与される。異世界での出来事は自己責任と、全部は読みきれないけど要約するとそんなことが記載されている。
 大学に払った学費こそ勿体ないけど、姉さんがいなくなればどのみち家族はもういないし、異世界転生だなんて少し心が惹かれてしまう。男の子だもの。

「わかりました! サインします!」

 用紙の下にあるサイン欄にフルネームで名前を記載すると、手元から用紙が消えてしまう。

「サイゼ様、確認できました」
「うむ。それでは転送開始じゃ!」

■神視点■

 6畳の畳と湯呑みが置かれたちゃぶ台、昭和のようなレトロ感のある狭い部屋に小柄なショートカットの金髪の少女が行儀悪く胡座をかき、横にはスタイルの良い、褐色の肌にポニテールの女性が美しい姿勢で正座をしている。

「ぬはっはっは、上手くいったのう」
「そうですね。しかしながら、お父様に見つかりでもしたら大変なことになると思いますが」
「リープは心配性だのう。偉大な先人が言ったのじゃよ。バレなければ問題はない、ルールは破るためにある、となぁ!」
「石に耳ありとも言いますので」
「ガハハ、石に耳があるはずないであろう!」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

俺とシロ

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】(全面改稿いたしました) 俺とシロの異世界物語 『大好きなご主人様、最後まで守ってあげたかった』 ゲンが飼っていた犬のシロ。生涯を終えてからはゲンの守護霊の一位(いちい)として彼をずっと傍で見守っていた。そんなある日、ゲンは交通事故に遭い亡くなってしまう。そうして、悔いを残したまま役目を終えてしまったシロ。その無垢(むく)で穢(けが)れのない魂を異世界の女神はそっと見つめていた。『聖獣フェンリル』として申し分のない魂。ぜひ、スカウトしようとシロの魂を自分の世界へ呼び寄せた。そして、女神からフェンリルへと転生するようにお願いされたシロであったが。それならば、転生に応じる条件として元の飼い主であったゲンも一緒に転生させて欲しいと女神に願い出たのだった。この世界でなら、また会える、また共に生きていける。そして、『今度こそは、ぜったい最後まで守り抜くんだ!』 シロは決意を固めるのであった。  シロは大好きなご主人様と一緒に、異世界でどんな活躍をしていくのか?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...