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第三章 一月、最初の一週間
弟
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一旦家に帰った僕は、天姉とけいに事情を話した。
すると二人ともついていくと言い出したので、三人でお邪魔することにした。
後から届いた桜からの連絡によると、21時半くらいに来てくれとのことだったので、晩飯を食ってから行くことにした。
ここからあの旅館までは、そんなに離れていない。
歩いていける距離だ。
ご飯を食べた後、適当な時間になるまでのんびりしてから出発した。
外は暗くなっていた。
何か特別なことがあるわけでもないのに、夜に散歩するのはなんとなく非日常感がある。
「なんか夜に出歩くのってワクワクするね」
今まさに考えていたことを天姉が言ったので、僕は大きく頷いた。
「奇遇だね。同じようなこと思ってた」
「危ないから天姉は夜中に一人で出歩かないようにするでゴザルよ。この辺ヤンキー多いでゴザルし」
「えー。私はその辺のヤンキーにやられるほどヤワな女じゃないよ」
「いや、けいの言う通りだよ。確かにタイマンで負けることはほとんどないかもしれないけど、武器を持った奴らに囲まれでもしたら流石の天姉でも勝てないと思う」
「そんな状況になるかな……。この辺ってそんなに治安悪いの?」
「油断するなでゴザル。ここは福岡県なんでゴザルよ」
「けいは福岡県をなんだと思ってるの? まぁでも確かに用心に越したことはないか。はいはいわかりました。あんたたちからしたら私ですら庇護対象だろうからね。あんまり心配させるようなことはしないよ」
そんな会話をしながら、僕たちは草履をペタペタと鳴らしてあの旅館に向かって歩いた。
あ、ちなみに裸足に草履というわけではない。
足袋を履いている。
足袋というのは親指だけ分かれている靴下みたいなやつのことで、山笠とかでふんどし姿の男たちが履いてるアレだ。
まぁ正確にはアレは地下足袋だからちょっと違うけど。
夏なら裸足で草履だと涼しくていいが、今は流石に寒い。
今僕がなぜこんなことを考えているのかといえば、天姉が素足だからだ。
寒くないのかなこの人。
そんなこんなで旅館の前まで来た。
玄関から漏れる暖かい光が、クソ寒い夜道を歩いてきた僕たちを優しく包み込んでくれた。
中に入ると、受付に水野さんがいた。
「あら、三人で来てくれたんですか。お久しぶりですね」
水野さんは鍛え上げられた営業スマイルを見せてくれた。
「ご無沙汰してます。すみません。僕一人で来るつもりだったんですけど、流れでみんなで来ちゃいました」
水野さんは嫌な顔一つ見せずに答えた。
「いえ、全然大丈夫ですよ。あ、そうだ。今までタイミングが合わなくて会ったことがないと思いますけど、うちの桜には弟がいるんです」
「なんか前にそんな話聞いたでゴザルな」
けいが相槌を打つ。
「無愛想な子ですけど、良ければ仲良くしてあげてください。うちへは桜が案内します。桜ー。佐々木さんたちが来てくださったわよー」
水野さんが振り返って声を掛けると、受付カウンターの奥の部屋から暖簾をくぐりながらラフな恰好をした桜が現れた。
「およ? 小野寺先輩と天音ちゃんまで来てくれたんですか。お二人ともお久しぶりです!」
「おひさ~でゴザル」
「ひさっしー」
「天音ちゃん、それじゃあなんだかゆるキャラみたいになってますよ。相場はおっひさーでは?」
「おっひさっしー」
「譲りませんね。まぁなんでもいいですけど。会えて嬉しいです」
桜はニッコリと笑った。
「ごめん。二人も来るって連絡するの忘れてた」
僕が謝ると、桜は首を振った。
「別にいいですよ。お二人の顔も見たかったですし。そんじゃ早速ですけど我が家に行きますか。あ、皆さん玄関から入ってきた感じですか。まぁそりゃそうですよね。ちょっと待っててください。靴取ってきます」
そう言って桜はまた暖簾をくぐって受付の奥の部屋に引っ込んだ。
少しして戻ってきた桜はサンダルを片手に持っていた。
「あっちに従業員用の入口があって、私は普段そっちから入るんです」
と説明した後、桜は水野さんの方を見た。
「ではお母さん。一足先に帰ってますね」
「うん。おやすみなさい。では、桜をお願いします」
そうして僕たちは桜の後に続いて玄関を出た。
桜たち家族の住んでいる家は旅館の敷地内にあるようだ。
僕たちはぐるりと回って旅館の裏手側に来た。
そこには旅館と同じような外観の小さな家があった。
「どうぞー」
桜は玄関のドアを開けて手招きしてきた。
招かれるがまま家の中に入った。
「お邪魔します」
家の中は旅館とほぼ変わらない落ち着いた雰囲気で、あの旅館にほんの少しだけ生活感を加えたような感じだ。
「私の部屋はこっちです」
ドアに『桜』と書かれたプレートが掛けられた部屋の前で桜は止まった。
「ここが私の部屋で、隣が弟の部屋です。ちょっと紹介しますね」
桜は隣の部屋の前に行ってドアをノックした。
そのドアに掛けられているプレートには『紅葉』と書かれている。
「どうぞ」
部屋の中から返事が聞こえたのを確認して桜はドアを開けた。
桜の弟は、勉強机に向かっていた。
読書中だったようだ。
しおりを挟んでこちらを向いた。
「紅葉、さっき話した恭介さんたちだよ。挨拶して」
桜がそう言うと、椅子から立ち上がった。
「どうも。お初にお目にかかります、水野紅葉です。姉の弟です。以後お見知りおきを」
桜の弟、紅葉はぶっきらぼうともとれるくらい淡々と挨拶をした。
桜が付け加えた。
「この子は私の二個下なので、今中一です。なので四月から中二ですね。こんな感じの思春期真っ盛りな奴ですが、仲良くしてあげてください」
「こんな奴ですが、よろしくお願いします」
紅葉は軽く頭を下げた。
僕たちが答える前に、紅葉が質問してきた。
「あ、いきなりですけど質問してもいいですか?」
「ん? いいよ。何かな?」
天姉が訊き返した。
「どちらが恭介さんですか?」
紅葉は僕とけいを見比べながら訊いてきた。
「僕だよ」
「そうですか。……なるほど。姉と仲良くしてくれてありがとうございます」
紅葉は僕のことをじっと観察してから感謝を口にした。
しかし真顔で声の調子もずっと変わらないので、何を考えているのかはわからない。
警戒されているようにも感じられる。
とりあえず当たり障りのない答え方をするべきだろう。
「僕の方が仲良くしてもらってる側だよ。いつも君のお姉さんにはお世話になってます」
「恐縮です」
「……えーっと。今日僕たちが来た理由って桜から聞いてる?」
僕が質問すると
「いえ、理由は聞いてません。来ることは聞きましたが」
紅葉は即答した。
「そっか。ちょっと君にも協力してもらいたいことがあるんだけど」
「紅葉でいいですよ。協力するのは構いませんが、何をすればいいですか?」
僕は紅葉にこれからすることを説明した。
聞き終えた紅葉は小さく頷いた。
「承知しました。それは何時頃の予定でしょうか?」
僕は桜の方を見た。
これは桜次第だ。
「あーそうですね。あんまり遅くなるのは申し訳ないので、十時前くらいですかね。もうちょっとしたらって感じで」
「ではその時になったら呼んでください」
紅葉の言葉には話を早く終わらせたいというニュアンスがにじみ出ていたので、僕たちは部屋を出ることにした。
すると二人ともついていくと言い出したので、三人でお邪魔することにした。
後から届いた桜からの連絡によると、21時半くらいに来てくれとのことだったので、晩飯を食ってから行くことにした。
ここからあの旅館までは、そんなに離れていない。
歩いていける距離だ。
ご飯を食べた後、適当な時間になるまでのんびりしてから出発した。
外は暗くなっていた。
何か特別なことがあるわけでもないのに、夜に散歩するのはなんとなく非日常感がある。
「なんか夜に出歩くのってワクワクするね」
今まさに考えていたことを天姉が言ったので、僕は大きく頷いた。
「奇遇だね。同じようなこと思ってた」
「危ないから天姉は夜中に一人で出歩かないようにするでゴザルよ。この辺ヤンキー多いでゴザルし」
「えー。私はその辺のヤンキーにやられるほどヤワな女じゃないよ」
「いや、けいの言う通りだよ。確かにタイマンで負けることはほとんどないかもしれないけど、武器を持った奴らに囲まれでもしたら流石の天姉でも勝てないと思う」
「そんな状況になるかな……。この辺ってそんなに治安悪いの?」
「油断するなでゴザル。ここは福岡県なんでゴザルよ」
「けいは福岡県をなんだと思ってるの? まぁでも確かに用心に越したことはないか。はいはいわかりました。あんたたちからしたら私ですら庇護対象だろうからね。あんまり心配させるようなことはしないよ」
そんな会話をしながら、僕たちは草履をペタペタと鳴らしてあの旅館に向かって歩いた。
あ、ちなみに裸足に草履というわけではない。
足袋を履いている。
足袋というのは親指だけ分かれている靴下みたいなやつのことで、山笠とかでふんどし姿の男たちが履いてるアレだ。
まぁ正確にはアレは地下足袋だからちょっと違うけど。
夏なら裸足で草履だと涼しくていいが、今は流石に寒い。
今僕がなぜこんなことを考えているのかといえば、天姉が素足だからだ。
寒くないのかなこの人。
そんなこんなで旅館の前まで来た。
玄関から漏れる暖かい光が、クソ寒い夜道を歩いてきた僕たちを優しく包み込んでくれた。
中に入ると、受付に水野さんがいた。
「あら、三人で来てくれたんですか。お久しぶりですね」
水野さんは鍛え上げられた営業スマイルを見せてくれた。
「ご無沙汰してます。すみません。僕一人で来るつもりだったんですけど、流れでみんなで来ちゃいました」
水野さんは嫌な顔一つ見せずに答えた。
「いえ、全然大丈夫ですよ。あ、そうだ。今までタイミングが合わなくて会ったことがないと思いますけど、うちの桜には弟がいるんです」
「なんか前にそんな話聞いたでゴザルな」
けいが相槌を打つ。
「無愛想な子ですけど、良ければ仲良くしてあげてください。うちへは桜が案内します。桜ー。佐々木さんたちが来てくださったわよー」
水野さんが振り返って声を掛けると、受付カウンターの奥の部屋から暖簾をくぐりながらラフな恰好をした桜が現れた。
「およ? 小野寺先輩と天音ちゃんまで来てくれたんですか。お二人ともお久しぶりです!」
「おひさ~でゴザル」
「ひさっしー」
「天音ちゃん、それじゃあなんだかゆるキャラみたいになってますよ。相場はおっひさーでは?」
「おっひさっしー」
「譲りませんね。まぁなんでもいいですけど。会えて嬉しいです」
桜はニッコリと笑った。
「ごめん。二人も来るって連絡するの忘れてた」
僕が謝ると、桜は首を振った。
「別にいいですよ。お二人の顔も見たかったですし。そんじゃ早速ですけど我が家に行きますか。あ、皆さん玄関から入ってきた感じですか。まぁそりゃそうですよね。ちょっと待っててください。靴取ってきます」
そう言って桜はまた暖簾をくぐって受付の奥の部屋に引っ込んだ。
少しして戻ってきた桜はサンダルを片手に持っていた。
「あっちに従業員用の入口があって、私は普段そっちから入るんです」
と説明した後、桜は水野さんの方を見た。
「ではお母さん。一足先に帰ってますね」
「うん。おやすみなさい。では、桜をお願いします」
そうして僕たちは桜の後に続いて玄関を出た。
桜たち家族の住んでいる家は旅館の敷地内にあるようだ。
僕たちはぐるりと回って旅館の裏手側に来た。
そこには旅館と同じような外観の小さな家があった。
「どうぞー」
桜は玄関のドアを開けて手招きしてきた。
招かれるがまま家の中に入った。
「お邪魔します」
家の中は旅館とほぼ変わらない落ち着いた雰囲気で、あの旅館にほんの少しだけ生活感を加えたような感じだ。
「私の部屋はこっちです」
ドアに『桜』と書かれたプレートが掛けられた部屋の前で桜は止まった。
「ここが私の部屋で、隣が弟の部屋です。ちょっと紹介しますね」
桜は隣の部屋の前に行ってドアをノックした。
そのドアに掛けられているプレートには『紅葉』と書かれている。
「どうぞ」
部屋の中から返事が聞こえたのを確認して桜はドアを開けた。
桜の弟は、勉強机に向かっていた。
読書中だったようだ。
しおりを挟んでこちらを向いた。
「紅葉、さっき話した恭介さんたちだよ。挨拶して」
桜がそう言うと、椅子から立ち上がった。
「どうも。お初にお目にかかります、水野紅葉です。姉の弟です。以後お見知りおきを」
桜の弟、紅葉はぶっきらぼうともとれるくらい淡々と挨拶をした。
桜が付け加えた。
「この子は私の二個下なので、今中一です。なので四月から中二ですね。こんな感じの思春期真っ盛りな奴ですが、仲良くしてあげてください」
「こんな奴ですが、よろしくお願いします」
紅葉は軽く頭を下げた。
僕たちが答える前に、紅葉が質問してきた。
「あ、いきなりですけど質問してもいいですか?」
「ん? いいよ。何かな?」
天姉が訊き返した。
「どちらが恭介さんですか?」
紅葉は僕とけいを見比べながら訊いてきた。
「僕だよ」
「そうですか。……なるほど。姉と仲良くしてくれてありがとうございます」
紅葉は僕のことをじっと観察してから感謝を口にした。
しかし真顔で声の調子もずっと変わらないので、何を考えているのかはわからない。
警戒されているようにも感じられる。
とりあえず当たり障りのない答え方をするべきだろう。
「僕の方が仲良くしてもらってる側だよ。いつも君のお姉さんにはお世話になってます」
「恐縮です」
「……えーっと。今日僕たちが来た理由って桜から聞いてる?」
僕が質問すると
「いえ、理由は聞いてません。来ることは聞きましたが」
紅葉は即答した。
「そっか。ちょっと君にも協力してもらいたいことがあるんだけど」
「紅葉でいいですよ。協力するのは構いませんが、何をすればいいですか?」
僕は紅葉にこれからすることを説明した。
聞き終えた紅葉は小さく頷いた。
「承知しました。それは何時頃の予定でしょうか?」
僕は桜の方を見た。
これは桜次第だ。
「あーそうですね。あんまり遅くなるのは申し訳ないので、十時前くらいですかね。もうちょっとしたらって感じで」
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