血のない家族

夜桜紅葉

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第三章 一月、最初の一週間

泡雲冴月

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 泡雲が小野寺に言った。
「君は自己紹介で自分のことを頭が悪いと言っていたねぇ。自覚があるということは君はそれほどバカなのだろう」

「そうでゴザルが、それがどうしたんでゴザル?」
小野寺がニコニコしながら訊き返す。

「僕はねぇ。バカな人間が嫌いなんだ」
「へぇ。そうでゴザルか。なるほど」
小野寺はわざとらしく二度頷いて見せた。

「わざわざそれを言うためにさっきからチラチラこっちの様子を窺ってタイミングを計ってたんでゴザルな」
「!」
泡雲はぎくりとした。

いい気味だ。
アタシはニヤニヤしながら泡雲を見た。

「ふ~ん。あんたそんなことしてたんだ。寂しい奴」
「う、うるさい! そんなの小野寺が適当に言ってるだけだ!」

小野寺は頷いた。
「冴月殿の言う通りでゴザルよ緋彗殿。拙者はカマをかけただけでゴザル。そして冴月殿がそれにまんまと引っかかっただけでゴザル。笑うことないでゴザルよ」
「ぷっ」
アタシと小野寺は顔を見合わせてニヤリと笑った。

泡雲は顔を真っ赤にして
「ふん! バカとの会話はやはり楽しくないね。ふん!」
と言ってガタガタと音を立てながら席を立って教室を出て行った。
アタシたちはそれをニヤニヤしながら見送った。

「いや~なんかスカッとしたわ。泡雲の奴、顔真っ赤にして怒ってやんの」
アタシはケタケタ笑った。

小野寺が訊いてくる。
「冴月殿はいつもあんな感じなんでゴザルか?」
「そうよ。自分が頭いいのを鼻にかけてて人のことをバカにする奴なの」

「へぇー。それにしても、緋彗殿は笑顔が素敵でゴザルな」

「……分かった。あんたは人のことおちょくるのが好きなんだね?」
「よく気づいたでゴザルな」
小野寺は悪びれもせずに答えた。

「さっきの泡雲のこともそうだけどさ、あんま人のことおちょくってたらいつか痛い目に遭うわよ」

「緋彗殿もいつか拙者のこと痛い目に遭わせたいでゴザルか?」
「そのうち顔面に一発入れる予定」

「それは怖いでゴザルな。でも緋彗殿の反応が可愛いからついおちょくりたくなるんでゴザル」

「だからそれをやめろってのに。まぁいいけどさ。あれ、ってか何の話してたんだっけ」
「緋彗殿の笑顔が素敵って話でゴザル」

「その前よ。泡雲が首突っ込んでくる前。……思い出せないな。まぁもういいや。てかアタシのミートボール取ったんだからあんたのもなんか寄こしなさいよ」
アタシは返事を待たずして小野寺の弁当からハンバーグを抜き取った。

「Q.拙者たちはなぜ互いの弁当を食べているのでゴザル?」

「A.あんたがアタシの弁当を食べるからアタシもあんたの弁当食べてる。つまりあんたのせい。Q.なんでこんなにおいしいの?」
「A.知らんでござる」

「Q.誰が作ってるの?」
「A.兄弟でゴザル」

「へぇ。あんた兄弟いるんだ」
「四人兄弟でゴザルよ」

「ふーん。何番目かは分からないけど、多分あんた弟でしょ?」
「姉がいるから間違いではないでゴザルな」
「やっぱりね。そんな気がしたのよ」

「まぁもっと兄弟が多い可能性もないではないでゴザルが」
「ん? なにどういうこと?」

「拙者の出生は詳しいことが分かっていないでゴザルからな。もしかすると拙者の知らない兄弟がもっといるかもしれんでゴザル。拙者が長男である可能性もあれば次男である可能性も、その他である可能性も捨て切れないでゴザル」

「何言ってんの? あんま意味分かんなかったんだけど」

「難しい話でゴザルから緋彗殿にはちょっと厳しいかもしれんでゴザルな」

「Q.バカにしてるな?」
「A.してないでゴザルよ」
「嘘つけ」

小野寺はニコニコしながら
「ほんとでゴザルよ~」
と言った。
絶対バカにしてる。

「ところで緋彗殿は冴月殿とはどういう関係でゴザル?」
「どういう関係ってなによ」

「なんか仲良さそうに見えたもんでゴザルからな。少なくとも高校で初めて知り合ったという風には見えんかったでゴザルよ」

「……あんた変なとこで鋭いわね。まぁそうよ。泡雲とは、いわゆる幼馴染ってやつ」

「やっぱそうでゴザルか。ふーむ。それなのにあだ名で呼んだりしないんでゴザルな。小さい頃から知り合いだとそういうのありそうなものでゴザルが」

「あー。小さい頃はね。なんかいつの間にか呼ばなくなってたけど」

「昔はなんて呼んで呼ばれてたんでゴザル?」
「……なんか恥ずいし言いたくない」

「じゃあ勝手に引き出すでゴザル。小さい頃のあだ名……苗字か下の名前の一文字に君とかちゃんをつけたやつである可能性が高い気がするでゴザルな」
「ノーコメント」

「ふむ。苗字でゴザルか? 下の名前でゴザルか?」
小野寺はアタシの顔を覗き込みながら訊いてきた。

「ノーコメント」
「なるほど。下の名前でゴザルか」
「なっ!」
当たりだった。

「緋彗殿は隠し事ができんタイプでゴザルな。今のもカマかけてただけかもしれんのに普通に驚いちゃってるでゴザルし。冴月殿とお似合いでゴザルな。流石幼馴染」

「っ! 誰があんな!」
「あ、そういうのいらないでゴザル」
小野寺はアタシの言葉を遮って話を進めた。

「下の名前なら多分冴月殿はさっちゃん、緋彗殿はひーちゃんってとこでゴザろうな」

「……ノーコメント」
「当たりでゴザルか」
「……くそ」

小野寺はニヤリとした。
「ねぇねぇ拙者もひーちゃんって呼んでいいでゴザルか?」
「だめ」

「なんででゴザル?」
「恥ずいから」

「えー。……まぁ別にいいでゴザルけど。ところでひーちゃんとさっちゃんはいつ出会ったんでゴザル?」
「ちょっと! だめって言ったでしょ!」
アタシは小野寺の顔をじっと睨んだ。
小野寺は肩をすくめる。

「ほっぺに米粒つけて凄まれても別に怖くないでゴザルよ」

「え、うそ。どこどこ?」
アタシは手鏡を取り出して自分の顔を見てみた。
どこにも米粒なんてついていない。

「どこにもついてないじゃん。……あ!」
小野寺の方を見てみると、奴の箸は見覚えのある卵焼きを掴んでいた。

あれは今朝結構上手にできて楽しみにしてた卵焼きだ!

「ミスディレクションでゴザル」
小野寺は得意げに言った。

「……それは食べないで。楽しみにしてたの。他のなら食べてもいいからさ。お願い。ほらこれ食べていいから」
アタシはトマトを箸で掴んで小野寺の方に差し出した。

「……そんな泣きそうな顔で言われたら流石に良心が咎めるでゴザルな。分かったでゴザルよ」
小野寺もアタシの方に卵焼きを差し出す。

アタシと小野寺は同時に互いの箸にかぶりついた。
アタシは思わず頬を緩めた。

「ん~おいし~。流石アタシ」
「ひーちゃんは卵焼きが、拙者はトマトが食べられた。まさにWin-Winでゴザルな」

「いや、どっちもアタシのだからWin-Winではないでしょ」

卵焼きがあまりにおいしくてご機嫌になったアタシは、ニコニコしながらツッコミを入れた。
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