血のない家族

夜桜紅葉

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第一章 七人家族

小話

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 風呂から上がってリビングでのんびりしていたら、桜が話しかけてきた。

「恭介さんって好きな部首とかあります?」
「え、何その質問」

「いや誰にだってマイ部首があるじゃないですか。推しの部首ですよ」
「聞いたことないよマイ部首とか」

「え~。照れなくていいですから、教えてくださいよー」

「照れるようなことなのか? ちなみに桜のマイ部首は?」

「きゃ! 恭介さんったら女の子に何訊くんですか」
「キモ」
「ひどい!」

「っていうかずっと気になってたんだけど、なんで僕に絡んでくるわけ?」
「そんなのあなたが好きだからですよ」
「いやそういうのいいから。本音は?」

僕は正直桜を信用していない。
桜の母親は、自分はもう小野寺家の人間ではないと言っていたが確認したわけじゃない。

先生も多分信用していない。
だからこそ近くで監視できるように同行をあっさり許可したのだろう。

桜が同行を求めた理由もかなり無理があった。
あれは本心じゃないはずだ。

「あなたのことが好きなのは本当ですけどね。それに何もやましいことはないので本音とか訊かれても答えに困るんですけど、そうですね。一つだけ言えることがあるとするなら、私があなたに対して思ってることとあなたが私に対して思っていることは多分似ていると思いますよ」

「へぇ。僕が桜のことをどう思ってるって?」

「好きだけど信用してはいない。そんなところでしょう。違いますか?」

「……違うって言いたいけど、まぁそうだね。正直に言えば信用してない。すごいね。なんで分かったの?」

「多分私と恭介さんは似てるんですよ。だからなんとなく分かるんです。好きになるハードルは低いのに、信用するハードルが高いから人と打ち解けることができない。そんな風に思ったことないですか?」

「あるかも。人から言われると自分でも面倒臭い奴だなって呆れるような性格だね」

「そうですね。ですから無理に私のことを信用する必要はないですよ。私も信用しません。お互い様です。私のことを信用に値すると思ってくれた時に信用してくれたらいいですから。それまではお互い警戒しながら過ごしましょう」

「そっか。……てかさらっと僕が桜のこと好きだってことにしやがったな?」
「てへ」

少し納得がいかないことも残っているが、警戒のレベルは下げることにしよう。


 ある日の夕食時。

「はぁ。今日も先生に攻撃当たんなかったなー。なんでそんなに強いんですか? 先生がげんじーに訓練を受けてた時はどんなことしてたんですか?」
けいが先生に質問した。

「そうだなー。基本的にはお前達と同じようなことだが……いや。そういえば昔、変わったことをさせられたな」
「へぇ。どんなのですか?」

けいが興味を示した。
僕も興味がある。
先生は話し出した。


 まだ師匠の道場があった時のことだ。
俺とその他数人の弟子は師匠から次の訓練の説明をされていた。

「あとで案内するが、この山の中に人数分の岩がある。その中から自分の好きな岩を選ベ。それがこれから二週間、お前たちのパートナーになる」

それから、それぞれの岩を見てまわった。
岩はそれぞれ五十メートルずつくらい離れていて、一つ一つに番号が彫られていた。

俺たちは何が何だかよく分からないまま自分の岩を選んだ。

「それぞれ自分の岩が決まったようじゃの。では、その岩を砕け。殴っても良いし蹴っても良いが、道具を使うことは禁ずる。期限は二週間じゃ」


 ……。
「いやどうかしてるでしょ。正気だった?」
僕が訊くとげんじーは弁明するように答えた。

「もちろん正気じゃったよ。いやな? これは精神を鍛えるための訓練だったんじゃよ。岩を殴り続ければ拳が傷つき、血がでる。つまり己が傷つく。相手を傷つけるということがどういうことかを説くためのものだったんじゃ。それを二週間続けることで忍耐力もつくじゃろ?」

「んー。なるほど?」
僕はちょっとだけ納得した。

「当然岩を砕けるものなどいなかった。砕くことが目的ではないし、そもそもできない前提で出した指示じゃったしの。ただし桜澄以外は、じゃがの」

「は?」
けいが訊き返す。

「こいつは二日で岩を砕いた。桜澄はわしの弟子の中でもぶっちぎりでヤベー奴なんじゃよ。あの時わしマジ萎えた」

「……体どうなってるんだよ」
けいがドン引きしながら言った。

僕たちも大概鍛えてるから拳のところの皮膚は分厚くなっている。

それでも岩なんか殴ってたら、二十分もすれば手は血で真っ赤になっているだろう。

血が出るような状態になれば、強く打つのはしんどくなる。

これはあまり知られていないことかもしれないけど、傷をどこかに押し当てると結構痛い。
豆知識だ。
覚えておくと、いつか役に立つかも。

やったことがある人なら分かるかもしれないが、拳から血を出しながら拳立てすると痺れるような痛みが走る。

拳立てというのは、地面に手のひらではなく拳をついて腕立て伏せの動きをすることだ。

しかし、怪我した状態での拳立ては拳をついている間ずっと痛みが走り続けるため、十秒もすれば痛みに慣れてしまうからまだマシだと思う。

つまり一番痛いのは最初の方だということだ。

岩を殴る場合は、その一番痛い最初を繰り返すということになる。

それを続けるというのはどれだけの精神力が必要なことだろうか。

このように僕は自分の経験に照らし合わせて考えて、改めて先生に対してドン引きした。

「やっぱ勝てる気しない。怖すぎる」
けいが首を振りながら答えた。
その目は哀れむように先生を見ていた。

「な、なんだその目は。もうなんか可哀想な奴を見る目じゃないか……」
先生が悲しそうに言った。

先生を超える日はまだまだ遠そうだ。


 僕たちが暮らしているこの家は結構山奥にある。
僕たちは半分自給自足みたいな感じの生活を送っているのだ。
電気はギリ届いてて、水は山から引いている。

うちには畑があって今は夏野菜を収穫している最中だ。

「ぎゃあ! 虫だぁ!」
桜が叫んだ。

「いや虫くらい普通いるだろ」
僕が言うと、桜はぶんぶん首を振った。

「私、虫とか苦手なんですよ!」

「ほれミミズ」
「ぎゃあぁ!」
いい反応だ。

「私も最初苦手やったけど慣れれば大丈夫やで? ほら桜ちゃん。大丈夫やって」
日向が桜に声をかける。

「七歳児に励まされていては私の立場がないですね……よし! 私も頑張ります!」
そう言って気合を入れなおした桜に日向は
「ほれミミズ」
「ぎゃあぁ!」
桜が悲鳴を上げる。

「やめてあげろ」
けいがトマト片手に注意した。

「その歳でアメとムチを使いこなすとは……。将来が楽しみですね……」

僕たちがそんなことをしていると先生が
「おっ。今年のきゅうりは良いな。これは良いきゅうりだ。きゅうりだ! きゅうりだぞみんな! きゅうりだ!」
「聞こえてますよ」
僕が答えても、先生は一人でブツブツきゅうりきゅうりと呟いている。

「なんか桜澄さんおかしくなってますね」
桜が言った。

「先生はきゅうり好きなんだよ」
僕が桜に答えると同時にまた先生が声を上げた。

「はぁー。これは良い。お! このきゅうりなんかデカいぞ! 大物だ! 今年はすごいぞ。このきゅうりも良いな!」

「……桜澄さんは河童なんですか?」
「部分的にそうかも。バタフライで泳ぐタイプの河童なのかもね」

桜は畑の端の方に目をやった。

「あら? マリーゴールドも植えてるんですね」
「あー。虫除けでね。マリーゴールドって虫除けの効果があるらしいよ」

「そうなんですねー。マリーゴールドの花言葉って何でしたっけ?」

「色々あった気がするけど、勇者とか健康とか可憐な愛情とかだったかな」
「まさに私ですね」
桜が得意げに胸を張った。

「桜って勇者だったの? でも花言葉ってなんか興味深いよね。神話とかに由来があったりすることもあるとか。薔薇とか本数によって花言葉が違うらしいよ」
「へぇ。私に送るとしたら何本ですか?」
「十三本かな」
僕が答えると桜は
「そうですか」
と言った。

「きゅうりだぞ! みんな! きゅうりだぞ!」
先生がまた河童してる。

「分かりましたって。落ち着いてください」
けいが先生を落ち着かせようとする。

「おー腰いってーのー。はぁ。歳はとりたくないもんじゃ」
げんじーが腰を叩きながら嘆いた。

「ゆず! このきゅうりデカいぞ!」
「フフ。そうですね桜澄さん」
「なんかゆず楽しそうだね」
僕が言うとゆずは
「桜澄さんはいつも仏頂面ですからね。こういうレアな桜澄さんを見るのは楽しいです」
と答えた。

「ゆずさんは桜澄さんが好きなんですね」
桜にそう言われたゆずは
「はい。大好きです」
と即答した。

「あ、あれ。照れるかと思いました」
「私はもう意地を張るような歳でもないですし。それに好きじゃなきゃついてきませんよ」

「無粋なことを言いましたね。すみません」
「いえいえ」

ゆずと桜の会話は先生にはまるで聞こえていないようで
「きゅうりだ!」
と嬉しそうに言っている。

先生の強さの秘訣はきゅうりなのかもしれないな。
今度からたくさん食べるようにしよう。
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