血のない家族

夜桜紅葉

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第一章 七人家族

意外な事実

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 ある日のこと。
「私」こと電波系餅好き人間は、私と日向の先生であるゆずの前で正座していた。

「先生、もうよろしいでしょうか」
私がそう言うと
「そうですね。今日はこのくらいにしておきましょうか。二人ともお疲れ様でした」
とゆずが言って今日の練習は終了となった。

「はい、ありがとうございました。……ああー疲れた! 足痺れたー!」
「天姉大丈夫?」
「おー」

私と日向はゆずから色々なことを教わっている。
今やっていたやつもその一つで正座を長時間維持するための練習だ。
この他にも坐禅とか普通にお勉強とか。

恭介とけいにとっての桜澄さんが私と日向にとってのゆずなのだ。

「さー練習終わったしおやつでも食べ行こ」
日向がさっと立ち上がって歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って。日向足痺れてないの? 何でそんなすぐ立てるの?」
「根性や」
七歳に根性で負けるとは。

「では私は畑の方を見てきますね」
ゆずも立ち上がってしまった。

「あーゆずまで置いてかないでよー。……あーあー行っちまったよ薄情だねー」

愚痴りながら立とうとするも、やはりまだ足は動かせない。
「もーいいや。ここで昼寝しちまおう」

この畳の部屋は日当たりが良く、私はたまにここで昼寝する。

私はこの家がいつ建てられたのかを知らないのだが、げんじーが子供の頃からあるのだと昔、桜澄さんかゆずのどちらかに教えてもらった気がする。

「あーきちー。あっついなー。あれ? どうしたハンバーグ元気ないな。そういや今日まだ水やってなかったな。待ってろ。今すぐ水持ってきてやるからな!」

外からなんか聞こえる。
多分けいがひまわりと喋ってるんだろう。

思えば最近はけいや恭介とも衝突が減って仲良くやっている。
互いに丸くなったなと思う。

色々似ているところがある私達の間には同族嫌悪のような意識があったのだ。

考え事をしていたらまぶたが重くなってきた。

足、動かせるようになったなと今さら気づいたところで私は眠りについた。


 気がつくと私はゴミ捨て場のような部屋にいた。

床にはアルコール飲料の空き缶が大量に散らばっており、足の踏み場がないほどゴミで溢れかえっている。

酷く不衛生なこの場所が懐かしく感じられた。
ここはかつて私が暮らしていた部屋。
見たところ今は私一人のようだ。

ふいに玄関の方から音がした。
その瞬間私は身震いした。

この音は玄関の鍵を開ける音だ。
聞き慣れた嫌な音に体が強張る。

帰って来たんだ。
そのことに気がつくと目眩がした。

心臓の音がうるさい。

ガチャっと音がして鍵が開いた。
開いてしまった。

私は寒くもないのにガタガタ震えながら玄関の方を見つめていた。

そしてついに扉が開かれるその瞬間、私は目を覚ました。

「! あっ、あ一夢か……」

この夢は私がたまに見る大嫌いな夢だ。

思い出さないようにしているのに、忘れることを許さないとでもいうように夢に出てくる。

「あー最悪……」

なぜか日向が隠れてこちらの様子を窺っていたので、それ以上は声に出さずに私は顔を洗うべく洗面台に向かった。


 洗面台の鏡には奇怪な顔が映っていた。

目のまわりがパンダのようにたれ目に黒く塗れていた。

口のまわりはピエロのように口角が上がっている感じに赤く塗られている。

しかし表情は暗く実際の口角は下がっているからなんとも不気味だ。

私はいまだに隠れて様子を窺っている日向に向かって歩き出した。
日向は私の動きに合わせるように距離をとる。

「寝ている間に顔に落書きした悪い子は誰かな~?」

歩くスピードを上げる。
それに合わせ日向もスピードを上げる。

「隠れてないで出ておいでよー。ハッハッハ」

さらにスピードを上げる。

「HAHAHAHAHA!」

ついに姿を捉えた。

「みぃつけた」

その顔はいつも通りにこやかだったが、私の表情を見た途端恐怖に染まった。

「グルァ! テメェやりやがったなチクショー! アアァ!」
「いやぁ!」

その後、逃げ惑う日向を四足歩行で追い回し、捕まえて、くすぐりまくって解放してやった。

実に愉快だ。
すっかり気分が晴れた。

私はお姉ちゃんなのだ。
今も昔も。

いつまでも過去に縛られていてはいけない。

これからもお姉ちゃんとして頑張っていこうと思った。


 昼にリビングに行くと日向が本を読んでいた。

「日向が読書か。珍しいな」
「あー恭介おはよう。これはゆずが貸してくれたんや」

「へー。どんなやつ?」
「殺人ミステリー」

「お前七歳だよな? そんなの読んでいいの?」
「別にええやろ~」

「それで何書いてんの?」
「情報を整理するために登場人物の行動を時系列順に書き出してる。今から犯人を推理するとこや」

「はえー。そうなんだ。……七歳って小学校の一年生とかだよな?」
「通ってたらな」

「最近の小ーはみんなこうなのか?」
「知らんがな。それにしてもこれ結構楽しいで? 今んとこ怪しいのはこいつとこいつやな」

「へー。あーそうだ、今から走ってくる」
「きーつけてな」
「はーい」

外に行こうとしたところで、天姉が洗面所で顔を洗っているのに気づいた。

「天姉、今から走……どうしたの顔」
「寝てる間に日向にやられた。しかも油性だ。全然落ちねーよこれ」

「……大丈夫か?」
「まー多分頑張れば落ちるでしょ」

「いやそっちじゃなくて。表情が暗い。なんかあった?」

「……気にすんな。私はお姉ちゃんだから平気だ」
「強がりめ。まぁ無理すんなよ」

「生意気な奴め。走り行くんでしょ? 気をつけてね」
「うん。いってきます」

「いってらっしゃい。……ふぃー。やっぱり厄介だな。よく人の顔を観察してやがる」


 今日はいつもと違う道を走ってみようかなと考えていると、ふと昔よく行っていた池のことを思い出した。

そうだ。
思い出してきた。

昔あの池にけいと一緒に遊びに行っていたのだ。

そこはなんとも雰囲気のある池で、河童を探そうとかいって池の周りを探索していたものだ。

連られて色々思い出してきた。

昔作った秘密基地にはしばらく行ってないし、面白そうだ、なんかあるかもとか言って覗いてみたら猪がいた洞穴にもずいぶん行ってない。

そういえばあの時は猪に襲われて気を失い、目が覚めたら家にいた。

なぜ無事だったのか、とかどうやって家にたどり着いたのか、とかはよく覚えていないが、その日先生が泥まみれで帰ってきたことと夕食で生まれて初めてジビエ料理を食べたことは印象に残っている。

秘密基地に関しては、確かにこっちに引っ越してきて三年くらい経ったときくらいに作ったはずで、そう考えるとここに来てもう七年くらい経つことになるのか。

今十六歳だから九歳くらいの時だ。

……これ以上遡るのはやめておこう。

ともかく気になってきた。
今日は秘密基地に行ってみよう。


 訓練を終えて部屋であくびをしながらゴロゴロしていると、急にこの前のことが気になりだした。

考えてみても良く分からないので、げんじーに直接聞いてみることにした。

「げんじーいる?」
部屋のドアをノックすると中から返事があった。

「ん? けいじゃないか。どうしたんじゃ」
「この前さー。あー先生にいたずら仕掛けたときのことね。最後げんじーが天井から出てきたじゃん?」

「そうじゃの。お前たちの驚いた顔が見れて良かったわい。体張った甲斐があったってもんじゃ」
「あれどうなってんの?」

「あー。この家はわしのじじいが建てた家なんじゃが、じじいは忍者とか好きでの。からくり屋敷に憧れてたそうじゃ。それでこの家にも色々仕掛けを作ったらしいぞ」

そう言ってげんじーは立ち上がり、部屋の壁に手を当てた。

「気をつけろー」

げんじーが壁を押すと目の前から僕の顔に向かって真剣がぶっ飛んできた。

首を左に傾けて避ける。

危なかった。
少し反応が遅れていたらやばかった。

背後の壁に真剣がぶっ刺さる。

「っ! あっぶねーなじじい! 殺す気か!」
「ハッハッハ。よく避けたの~。とにかくこんな感じで色々仕掛けがあるんじゃよ」

「あー死ぬかと思った」
「わしもわしも。本当よく避けたのー」

「クレイジーな年寄りだなー。はぁ」
「ため息つくなよ。結構傷つくぞ」

「そりゃ失礼しました。というかこの家ってからくり屋敷だったんだな」
「他の仕掛けも見てみるか?」

「死にそうだしいいや。にしてもなんで今まで教えてくれなかったの?」

「危ない仕掛けが多いからのー。普通に生活していて仕掛けを誤って作動させてしまうことはまずないように考えられておるし、言わん方が安全だと思ったんじゃ」

「確かにね。ふざけて遊んだりしようもんなら死んじまうだろうし。あーじゃあ日向には言わん方がいい?」
「いやー大丈夫じゃろ。あの子は賢いからの」

「それもそうか。長い間この家で暮らしてるはずなのにまだまだ知らないことがあるんだなー」

「そうじゃのー。お前たちが来てもう……七年くらいか。初めはずいぶんやさぐれておったのー」

「……覚えてないよ」
「……そうか」
「うん。じゃあ僕は部屋に戻ってるよ」
「……ああ。分かった」

けいは一瞬見せた暗い表情を誤魔化すように微笑んでから部屋を後にした。

あの子たちは最近でこそ落ち着きを見せているが、やはりまだ過去のことを完全に乗り越えられたわけではないのだろう。

普段は何の問題もなく生活しているように見えるが、時々色のない目をする。

一度心が壊れたあの子たちが前を向くにはまだ時間がかかるだろう。

桜澄やゆずがあの子たちの心の支えになれれば良いのだが。

桜澄の奴は不器用なとこがあるからな。

……わしには見守ることしかできん。
弟子の成長を願うことしかできん。

無力な年寄りは自嘲し大きくため息をついた。


 秘密基地は当時より少しボロく、草が伸びまくっていて、そしてあの頃よりも小さく見えた。

だが十分に面影を感じることができる。
当時の記憶が昨日のことのように思い出される。

山で拾ったものを集めてここに持ってきて……。
今考えればただのゴミでも当時は宝物をみつけたようにはしゃいだ。

もしかしたらそれまでの分を取り戻すように子供らしく振る舞いたかっただけなのかもしれない。

それでも僕にとって大切な思い出だ。

「直せば意外とまだいけるか?」

読書をするにはちょうど良い場所だ。
それに思い出の場所をこんな状態で放置するのはなんだか寂しい。

今度けいと一緒に直しに来よう。


 家に帰るとみんながリビングに集まって話をしていた。

「おー恭介が帰ってきた。おかえりー」
けいが僕を手招きした。

「ただいまー」
僕はけいの隣に座った。

僕が座ったのを確認すると先生が
「よし全員揃ったな。では発表する。今回の行き先は……温泉旅館だ!」
と言った。

けいが
「おー。前回は山小屋だったよね? 今回割と当たりかな」
と言った。

うちにはたまに遠出する習慣がある。
遠出してやることといえばもちろん、訓練だ。

前回の山小屋では標高の高い山でひたすら走らされた。

今回はいったいどういった訓練なのだろう。

「今回は海だ」
泳がされるらしい。

普段は山暮らしで泳ぐことはまるでないから少し苦手かもしれない。
まぁ砂浜を走らされる可能性もあるが。

「私は海行くんは初めてやな」
日向が目を輝かせる。

「そっかー。でかいぞしょっぱいぞ~」
天姉が腕を最大限使って大きさを表現した。

「へー楽しみ」
「詳しいことは後日。とりあえずご飯にしよう」


 数日後、僕たちは温泉旅館の前にいた。
かなり遠いところで、朝早く出たのに今はもう夕方だ。

まぁ途中色々あったからこんなに時間がかかったんだけど。

「ここだな」
先生が確認するように言った。

中に入ると受付に女将と思われる人がいた。

「……予約した小野寺です」
先生が言う。

「はい。小野寺様ですね」
女将が答える。

そうか。
そういえば先生の苗字は小野寺だったなと思っていると、女将が微笑みながらこちらに視線を向けてきた。

「この子たちがお弟子さんたちですね?」
「……はい」
先生が気まずそうに答える。

女将は先生の方に視線を戻した。
「想像していたよりもずっと元気そうで安心しました」
「……そうですか」
先生はやっぱり気まずそうに答えた。


 その後、それぞれ部屋に案内された。
げんじー、先生、けい、僕の男部屋と、ゆず、天姉、日向の女部屋の二部屋だ。

部屋からは海が一望できて夕日が海に沈んでいくのを眺めるという貴重な体験ができた。

食事は海の幸が豊富に出され、とても美味しかった。
刺身なんて普段食べないので、これまた貴重な経験だった。

先生は珍しくお酒を飲んでいた。
といっても先生は鍛えているので全然酔わない。
せいぜい少しボーっとするくらいだ。

だが、今日はものすごい勢いで飲んでいる。
さすがにヤバいかもしれない。

「師匠。俺は……あー、あー。はぁ。師匠……俺は、正しかったのか? 俺の選択は正しかったのか?」
「……飲みすぎじゃ。もうやめとけ」

嫌な予感がした。
これ以上は聞かない方がいい。
そんな気がした。

僕はけいを連れて温泉に行くことにした。


 僕たちは露天風呂に浸かっていた。
壁に看板が打ち付けてあって、そこには効能表なるものが書かれている。

美肌がどうとか冷え性がどうとか書いてあるが、何も頭に入ってこない。

「は~あったまるね~」
けいが言った。

「そうだなー」
僕は適当に同意した。

「……」
「……」
お互いさっきの先生の発言について気になってはいたが、なんとなく触れられなかった。

ここに来てから先生の様子がおかしい。
先生の様子がおかしいのはあの女将のせいなのだろうか。

あの女将を見た瞬間から先生の様子がおかしくなった気がする。

それに僕たちのことを知っている風なことを言っていた。

先生の知り合い?

考えても分からない。
考えるべきではないことのようにも思える。

……やっぱりこの話はよそう。

「……そういえば秘密基地覚えてるか?」
僕は当たり障りのない話題を選んだ。

「あー! 懐かしいね。今どうなってんだろ」
「この前見て来たけど意外と大丈夫そうだったからさ、今度直しに行こうよ」

「いいね。秘密基地かー。本当懐かしいな」

「……はぁー」
「どうしたため息ついて」
けいが僕の顔を覗き込んでくる。

「いや、明日から何させられるんだろうと思ってね。やっぱ泳がされるのかな」

「どうだろうねー。でも明日雨だよ?」
「そうか。まぁ何であったとしても頑張るしかないな」
「そうだな」

そこからは二人とも黙って湯舟に浸かり続けた。


 ここに来てからゆずの様子がどこかおかしい。
伏せ目がちで、なんだか後ろめたいことでもあるかのようだ。

「ゆず? どうしたの大丈夫?」
私が訊くとゆずは
「……ん? は、はい大丈夫ですよ天音」
と、たどたどしく答えた。

心ここにあらずといった感じだ。

「それにしても部屋から海が見れるとか贅沢やなー」
「そうだねー。あれ? 雨雲すごいな。明日天気大丈夫かな……」

「どうやろなー。いやー。にしても景色もええし、飯もうまいし、ほんま贅沢三昧やなー。チラ」
「ん? なに? なんでチラって言ったの?」

「いや? 最近天姉四字熟語に反応せんやん? 今もそうやし」
「はっ。しまった! キャラ設定を忘れていた! ……まぁでもそろそろ飽きてきてたしもういいや」
「自由やなー」

私たちの会話が聞こえていないかのようにゆずはボーっとしている。

ゆずはうわのそらだし、桜澄さんもなんだかおかしかったし大丈夫だろうか……。


 次の日、バケツをひっくり返したような雨が降った。

先生は、
「今日は中止だな。ゆっくりしろ」
と言った。

無理して平静を装っているようにしか見えなかった。

もうとっくに日が昇っている時間だというのに雲が遮っているせいで薄暗い。
遠くの方で雷が鳴っている。

僕たち七人は男部屋に集まっていた。
外の天気と同じように、僕たちの間にもどんよりとした重い空気が流れていた。

げんじーは暗い顔をした先生とゆずを見てため息をつくだけだ。

このままじゃダメだと思い、本当は嫌だったが踏み込んでみることにした。

「先生、何を悩んでるのか話してくれませんか?」
「恭介……いや、何でもないんだ」

「そんなわけないでしょ。鏡見てくださいよ。酷い顔してます」

僕に同調するようにけいも
「そうだよ。僕たちに気を遣っているのかもしれないですけど、ずっとそんな調子でいられる方が困ります」
と言った。

「……こんな話、お前たちに聞かせるような話じゃない」
それでも先生は消極的な態度を見せる。

「……話してやったらどうじゃ?」
げんじーが先生に言った。

「師匠……」
先生は苦しそうにげんじーの顔を見つめる。

「この子たちなら受け入れてくれますよ」
「ゆずまで……。そうか。そうだな。わかった」

覚悟を決めたのか、先生は一度目を閉じてゆっくりと開いた。

そして大きく息を吸い、吐いてから話し始めた。


「お前たちを誘拐する前の話だ」


……そう、僕たちは先生に誘拐されている。
世間的には僕たちは七年前から行方不明ということになっている。
日向に関しては二年程前だが。
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