ホラー短編集

ショー・ケン

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幽霊宿

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B君は作家だ。まだ若くて、将来有望、いい大学をでてそれなりに裕福な暮らしをしているが、どこか飢えたところがあった。そんな時、地元の飲み屋で彼と出会った。不思議な雰囲気をもつ同年代のA君という男だった。
「俺は、死んだも同然だから」
「なんでそんな事いうんだよ?」
「俺の心は欠けている、母さんに孝行ができなかった」
「別にいいじゃないか」
「死んでるんだよ」
「そりゃ……気の毒だけどさ、死んでからもできることがあるよ、故郷を尋ねるとか」
「それもそうか!」
 という急激な話の流れで、ある休日に二人で彼の実家を訪ねることにした。
「ただいま~」
「え?」
「何?」
「誰もいないんじゃないの?」
「ああ、親父はでていったが母さんはいるよ」
「あらいらっしゃい、お客さんですか?」
 そこは小さな宿屋だった。初老のおかみさんがにこやかに笑っているが、どこか影があった。
「うーん、幽霊宿と聞いてきたけど」
「幽霊宿?」
「ええ、A君がここには幽霊が出るって、ネットで調べたら実際そうみたいじゃないですか、それも自分で宣伝してらっしゃる」
「ええ、それもそうですが、幽霊が多いのはこの近辺、町全体ですからね」
「ええ!?」
 おかみさんは、まじまじとこちらを見つめてきた。
「またまた~」

 上がり込んで案内された部屋はこじんまりとしたものだったが、景色がよく外は大自然が広がっている。少し肌寒さもあったが、暖房もあり暖をとっていると、あれよあれよという間に食事が運ばれてきた。
「ごゆっくり」
「あれ?おかみさん少し一緒にどうですか?」
「いえ、その子は照れ屋なので」
 そういって、おかみさんはすぐに席を外した。A君の表情は妙だった。なんだかまるで満たされたように笑っている。お酒と食事が進むと、話はヒートアップする。いつも通りのくだらない男女の話や、流行の話になる。そこでふと、B君は気になっていたことを尋ねる。
「君は何の仕事をしているんだ?結構裕福だろう」
 しかし、A君は何も答えない。
「君は、かしこいのに社会の役に立とうと思わないのか?」
 彼自身そんなつもりで創作をしているわけではなかったのでそれはほんのからかいのつもりだった。だがA君は真面目な顔をして、なべをじっとみた。
「B君、君は確かにかしこい、だけど自分が活躍できるのが確約されているとは思わないことだ」
 B君は、少しうなだれた。というのも、これだけ仲良くなったというのに、まさかこの人も期待はずれだ。という思いがあった。近頃売れている作家である彼には、そうしたやっかみみたいな事を言う人が多い。少し最近スランプ気味なこともあり、この時ばかりは気を悪くして毒を吐くようにいった。
「だけど、もう僕は仕事をやりおえたようなもんだよ、死んだようなものだ」
「いや、君はまだまだできる」
「どうしてわかる?」
「君がやりたい事があるからだ」
 はっとした、近頃のスランプとともに気になっていることがあったのだ。きっと彼は、文脈からいって僕のその内面の葛藤に気付いているのではないかと思った。せっかくのチャンスだとおもって本音を語ることにした。
「僕は、満たされなかった人間の人生を知りたい」
「満たされなかった人生?」
「そうだ、幸福じゃなかった人間の人生だ、それも、その資格があったのにそうなれなかった人々の苦しみをしってみたい、僕には漠然とした不安があるから」
「ほう、そうか、それはいい、こんなものかい?」
 A君は突然立ち上がって、手を伸ばした。まるでキョンシーのような形でぴょんぴょんと跳ねる。
「なんで子供みたいに……」
 笑いながら酒器に手を伸ばす。酒が入っておらず、A君に頼もうとしたとき、A君はまじめにピンとたって、振り返っていった。後からすると変だが、その時たしかに浴衣の擦れる音がした。
「お母さんに伝えておいてくれ、俺は元気でやってるって、じゃあな」
 奇妙なことに気付いた、彼の後ろの景色が透けて見える。というより彼自身が透けて見えているのだ。
「は?何?」
 徐々にうすくなると、またふざけてかれは2,3度飛び上がってそうして彼は影ひとつ残さず、透明になってきえた。

 そのあと何分かして、おかみさんが襖をあけてはいってきた。
「あら、Aちゃん、もういっちゃったのね?」
「え、A君が幽霊だったなんて!」
「だからずっといっていたじゃないですか、幽霊なんてどこにでもいるって、そうですよ、もう生きている人間より死んだ人間のほうが多いのだから、幽霊を信じる人が多い以上境目は危うくなりますよ」
 不思議な事をいうと思ったが酔いがまわっていて、素直におかみさんの言葉を受け入れる。
「でも、どうしてわざわざ?この方法で売り出してからすぐは人がこなかったらしいじゃないですか」
「わたしはダメだったら死ぬつもりだったんですよ」
「え!?そんな物騒な」
「本当です、女手一つで育てて、その末に亡くした息子ですからね」
「ああ……そうだったんですか」
 それから、彼の遺品を色々と見せてもらった、奇しくも望まれぬ不幸な目にあって命を失った若い友人の時を超えた死を目撃して、Bは、うなだれている場合じゃないと思った。


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