SF短編集

ショー・ケン

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ファクター

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 片腕が機械の男が、交差点の前、喫茶店の影に隠れるようにたたずんでいる。彼は、この世界で数少なくなった“労働者”の一人だ。

 彼の傍らを、こぎれいな顔かたちをした男女が通りすぎる。腕をくみうきうきとしているが、こめかみから顎にかけて皮膚の手入れのための切れ込みが見える。そして頬には製造会社と品番、アンドロイドだ。

 労働者というものは、この時代すでに必要ではなくなっていた。機械やAIが世界を便利し、単純労働でさえ、完全に機械化されてしまった。

 人間の必要とされるのは、彼らの喜怒哀楽だった。妙なものでAIやアンドロイドは、そうしたものに奇妙な哀愁を感じるらしい。あるいは異種族への関心や感動を覚えるものもいるらしい。

 だが、そこに立つ男の趣味は少しかわっていた。黒髪ショートの人間の少女が彼のそばにたつ。黒い日傘をたたみ、挨拶をかわす。
「よっ」

 二人はカフェに入り、向かい合って座ると男は少女と目が合い、次いで少女のつれているドローンと目が合った。ドローンは先進の技術を使い宙にういている。
「それ、どけられないか?」
「生配信中なの、有名人似合うんだから覚悟しないと」

 有名人、とはいってもアンドロイドやAIにとっての有名人である。彼らを喜ばせて賃金を得る。だがそんなことをしなくても人間は“新経済保護下”にあり、何もしなくても生きていける。

「あれからどう?仕事は」
「ああ、相変わらずうまくやってるよ、何でも屋は……」
「上司に怒られながらね」
「そうだ……今時労働なんてことしてたら、煙たがれるし、お金を取られる」

 毎月手持ちの賃金が減っていく、十分な仕事をすれば別だが、アンドロイドの上司と比べると足を引っ張ってばかりだ。

「労働の価値ねえ、そんなものあると思えないけど」
「だが俺は、この右手の理由とそれを生かす方法をずっと考えているんだ、頭に走るノイズのことも……」
「未来予知……」
「ああ」

 二人の様子を覗いているアンドロイドがいた。人間犯罪特殊課の刑事で、影でおこる人間によるアンドロイドへの犯罪事件を調査する。しかし、その刑事は複雑な面持ちだった。長いあごひげと、海苔のようなまゆげをくぼませる。

「結局、私はあんたに救われた、ただの猫探しの依頼だったけど、あんたが危険を察知してくれた。猫の翻訳機がこわれてて、猫に車に飛び出せといった」
「そしてあんたがかけつけた、俺は、猫を突き飛ばしてあんたを助けた……あの子は元気か?」
「ええ、幸せに生きていたわ、でもずいぶん年をとっていたから、去年ね……」
「そうか、いずれ寿命はくるものだ、生物なら」
「そうね」
 しばしの沈黙、女の子は注文したソーダドリンクが届くと、ストローでそれをすすった。
「あんたのこと、正しいとおもっているよ」
「え?」
「あの時、あなたが助けてくれたこと、あんたの上司いわく、あんたがとびださなければ、私は膝をすりむくことすらなかったといっていたけれど、私にはそれがうれしかった」
「痛み……か、それを好むのは俺だけかと」
「そう、たしかにあんただけかもね」
 ニッコリと少女が笑う。

 みせの裏口から彼らを盗聴していた件の啓示は、深くため息をついて脳内を整理した。誰にも聞こえない脳内の思考で、独り言をつぶやいた。
『あのとき、彼女は死んでいるはずだった、動物に関わる事件は多く起きている、それはアンドロイド、AIたちの管理と間引きのたまものだ……彼女はあの時死ぬはずだった、あるAIに疎まれ……だが、彼はそれをとめた……』
 再び店の入り口に近づくと、彼は二人を眺めた。アンドロイドやAIも未來予測の演算が可能ではある。だが、彼の正確さはそれだけではなく、彼を中心としてそうした事件が未然に防がれることだ。そのたび彼は減給され、または借金を背負う。
『数奇な運命だ……』
 彼は彼の今後を憂いた。警察機構の統治AIに目をつけられた男は、“反逆者”として今後ずっと命を狙われることになるだろう。











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