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病気になりたい人
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「俺は怠けものだから、精神的な病気になりたいんだ」
それが口癖の男。しかし、同僚たちはみんな言う。
「いや、あなたは頑張りすぎだよ」
そんな事はないのだ。書類の提出はのんびりやるし、データの打ち込みも遅い。それなのに周囲は自分を責め立てるようにする。だから間違いがないように注意をするし、それがせめてもの償いだが、上司はニコニコしていう。
「いつも仕事が早いねえ」
その笑顔が恐ろしいくらいだ。テキパキ働く人にさえこの上司は、綺麗に整えられた整えられた髪と眼鏡とを交互に触りながら注意をするのに。
そのうちこの男は段々と気に病むようになった。自分のこの憂鬱、怠けたい憂鬱。それを考えるようになる。何か精神的な疾患にでもかかり、手当をもらえればいいんだが。そうすれば楽なのに。
現実そんな甘いものではない。精神疾患の補償などは、当人の苦労に反して楽をできるほどの補償などない。むしろ、苦しいからだと心を引きづって無理をするのだから、体や心にたまる負債の方が多いくらいだ。
頭ではそうわかっている、だが男は“病気”になりたがった。少しでも休めたり、少しでも周りから気を使われたり、ただそれだけでいい。
彼はいろんな病院を渡り歩いた。精密検査もした。何の病気でもいい。肉体的な病気でも、これによってわかる気がするのだ。周囲に理解されない、自分の気持ちの解決策が、またこの考え自体が、一種の病的な執着だったので、彼はいっそう自分が病気であることを信じて疑わなかった。
男には妻がいた。この一年間、男が狂ったように病気になりたがるのをみていた。その最初のころは
「どうして怠けたいの?」
「私も必死に働いているのに」
と言っていた妻だが、今では
「大丈夫、私が傍にいるわ」
といってなだめてくれる。きっと見つかるはずだ。この気持ちの糸口が。
そんなあるとき夕食を食べ終わった男は、妻にいった。
「なあ、俺、病気になるのを諦めようと思うんだ」
妻は答えた。
「そう……そうなのね……それなら、もう“その時期”なのかもね」
妻はどこかに電話をかけ始めた。
「明日、病院にいくわよ」
翌日。妻が運転する車の中でもやもやと考え続けた。どうしてだろう。妻は何かをたくらんでいるのだろうか?もしくは、病院ではない別の場所につれていかれるとか?そう考えると妻が赤信号で口を開いた。
「あなたは、もう抱えなくていい、あなた以外の事は、もう考えなくていい、本来のあなたは、病気になりたいなんていわなかったのだから」
白い病院に到着した、ここでふと、男の脳裏に記憶がよみがえる。昨年の中頃、ここにきたことがあるような。妻につれられ、診察室に、医者に告げられた。
「そうですか“治療”の時期がきましたか」
男は怖れて、震えだした。
「いったいここは、本当の病院なんですか、私は病気なんですか?」
「ええ、あなたは同僚をなくしたショックによって、同僚の気持ちをしろうとして、二重人格状態になっています、本来のあなたに似た人格と、今のあなた、つまり同僚ににた怠け者の人格があるのです」
その時男はふと思い出した。たしかに仕事中になまけるたびに、時間が数十分間隔で飛んでいることがあった。初めは病気かとおもったが様々な検査をしてもまるで問題がなかったために疑わなかった。まさか二重人格だったとは。
「あなたの妻と話し合ってねえ、あなたが通おうとする精神病院には先に話をして、口を封じておいたんだ、あまりにもあなたの精神病が、そう、いわば併発していたから、鬱と、二重人格のような感じかな」
医者がパチンと指をはじくと、男は、ふと思い出した。昨年、10年近く、長年つきあってきた同僚がなくなった。その理由は、男が才能を発揮し出世するにもかかわらず、同時期にはいった同僚はとても低い地位にあったからだ。彼は鬱を患い、自殺した。
彼の死の前に、男はいつも相談にのっていた。
「おれにできることがあればいつでもいってくれ」
「気に病む事なんてない、また遊びに行こう」
しかしいくら気を使っても同僚は心を閉じていくばかりであった。そして彼が死ぬ間際にはこんな事をいわれたのだ。
「俺が病んだのはお前のせいだ、才能のあるお前には、ない人間の苦労がわからないんだ、お前を目指したせいで、お前のせいで!!俺は健康な生活を失った!」
それから同僚の事を理解しようとして、彼は毎日考えぬいて、その結果鬱になり、気づかぬうちに二重人格が発症した。しかし彼の状態はよくなく、まずは鬱を治療することになった。二重人格について直すのは、彼の心の準備が―彼の中の人格の分離―に耐えられるほどの覚悟ができてからと、妻と医者が話し合っていたのだ。
「そうですか……それで、私はすっかりなおりますか?」
と尋ねると医者は答えた。
「すっかり同じなんてことはないんですよ、人は、皆一人一人違うし、昨日とは全く意違う人間なんだ、だから、あなたは折角のやさしさや経験を抱えて、もう少し息を抜いて生きていってください」
といった。
それが口癖の男。しかし、同僚たちはみんな言う。
「いや、あなたは頑張りすぎだよ」
そんな事はないのだ。書類の提出はのんびりやるし、データの打ち込みも遅い。それなのに周囲は自分を責め立てるようにする。だから間違いがないように注意をするし、それがせめてもの償いだが、上司はニコニコしていう。
「いつも仕事が早いねえ」
その笑顔が恐ろしいくらいだ。テキパキ働く人にさえこの上司は、綺麗に整えられた整えられた髪と眼鏡とを交互に触りながら注意をするのに。
そのうちこの男は段々と気に病むようになった。自分のこの憂鬱、怠けたい憂鬱。それを考えるようになる。何か精神的な疾患にでもかかり、手当をもらえればいいんだが。そうすれば楽なのに。
現実そんな甘いものではない。精神疾患の補償などは、当人の苦労に反して楽をできるほどの補償などない。むしろ、苦しいからだと心を引きづって無理をするのだから、体や心にたまる負債の方が多いくらいだ。
頭ではそうわかっている、だが男は“病気”になりたがった。少しでも休めたり、少しでも周りから気を使われたり、ただそれだけでいい。
彼はいろんな病院を渡り歩いた。精密検査もした。何の病気でもいい。肉体的な病気でも、これによってわかる気がするのだ。周囲に理解されない、自分の気持ちの解決策が、またこの考え自体が、一種の病的な執着だったので、彼はいっそう自分が病気であることを信じて疑わなかった。
男には妻がいた。この一年間、男が狂ったように病気になりたがるのをみていた。その最初のころは
「どうして怠けたいの?」
「私も必死に働いているのに」
と言っていた妻だが、今では
「大丈夫、私が傍にいるわ」
といってなだめてくれる。きっと見つかるはずだ。この気持ちの糸口が。
そんなあるとき夕食を食べ終わった男は、妻にいった。
「なあ、俺、病気になるのを諦めようと思うんだ」
妻は答えた。
「そう……そうなのね……それなら、もう“その時期”なのかもね」
妻はどこかに電話をかけ始めた。
「明日、病院にいくわよ」
翌日。妻が運転する車の中でもやもやと考え続けた。どうしてだろう。妻は何かをたくらんでいるのだろうか?もしくは、病院ではない別の場所につれていかれるとか?そう考えると妻が赤信号で口を開いた。
「あなたは、もう抱えなくていい、あなた以外の事は、もう考えなくていい、本来のあなたは、病気になりたいなんていわなかったのだから」
白い病院に到着した、ここでふと、男の脳裏に記憶がよみがえる。昨年の中頃、ここにきたことがあるような。妻につれられ、診察室に、医者に告げられた。
「そうですか“治療”の時期がきましたか」
男は怖れて、震えだした。
「いったいここは、本当の病院なんですか、私は病気なんですか?」
「ええ、あなたは同僚をなくしたショックによって、同僚の気持ちをしろうとして、二重人格状態になっています、本来のあなたに似た人格と、今のあなた、つまり同僚ににた怠け者の人格があるのです」
その時男はふと思い出した。たしかに仕事中になまけるたびに、時間が数十分間隔で飛んでいることがあった。初めは病気かとおもったが様々な検査をしてもまるで問題がなかったために疑わなかった。まさか二重人格だったとは。
「あなたの妻と話し合ってねえ、あなたが通おうとする精神病院には先に話をして、口を封じておいたんだ、あまりにもあなたの精神病が、そう、いわば併発していたから、鬱と、二重人格のような感じかな」
医者がパチンと指をはじくと、男は、ふと思い出した。昨年、10年近く、長年つきあってきた同僚がなくなった。その理由は、男が才能を発揮し出世するにもかかわらず、同時期にはいった同僚はとても低い地位にあったからだ。彼は鬱を患い、自殺した。
彼の死の前に、男はいつも相談にのっていた。
「おれにできることがあればいつでもいってくれ」
「気に病む事なんてない、また遊びに行こう」
しかしいくら気を使っても同僚は心を閉じていくばかりであった。そして彼が死ぬ間際にはこんな事をいわれたのだ。
「俺が病んだのはお前のせいだ、才能のあるお前には、ない人間の苦労がわからないんだ、お前を目指したせいで、お前のせいで!!俺は健康な生活を失った!」
それから同僚の事を理解しようとして、彼は毎日考えぬいて、その結果鬱になり、気づかぬうちに二重人格が発症した。しかし彼の状態はよくなく、まずは鬱を治療することになった。二重人格について直すのは、彼の心の準備が―彼の中の人格の分離―に耐えられるほどの覚悟ができてからと、妻と医者が話し合っていたのだ。
「そうですか……それで、私はすっかりなおりますか?」
と尋ねると医者は答えた。
「すっかり同じなんてことはないんですよ、人は、皆一人一人違うし、昨日とは全く意違う人間なんだ、だから、あなたは折角のやさしさや経験を抱えて、もう少し息を抜いて生きていってください」
といった。
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