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第十六話 償い
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封印騎士団を撃破したモミジは、(元)教会から離れた街の外にある林の中に着地した。さすがに《天照》を展開したまま街中に降り立つわけにはいかなかったからだ。
地に足をつけたモミジは《天照》を解除し魔導器を《魔力》に還元すると、すぐに《魔素》の粒子になって宙に散った。
「さすがにちょっとだけ疲れたな」
八本の全てを同一規格で創造する《月読》と違い、《天照》は四種類の異なる《魔導器》を同時に展開し操作する形態。
人体で例えるならば、右腕と左腕を同時に別々に動かす──どころではなく、ここ右足左足の個別操作も加わるほどの処理能力が求められる。さらにそれらは《魔導器》の具現化の維持が大前提の話である。
まともな人間ならば、脳が処理しきれずに焼ききれてしまうだろう。
それを、僅かな疲労と引き換えに操るモミジが、どれほど異端な存在であるか。
「この街の規模からみて、騎士団に所属してる人員の大半は片付けられたか。騒ぎは大きくなっただろうが、当面は動きやすくなったと前向きに考えておこう」
あれだけの人数が負傷したのだ。騎士団の支部にある医療班が不眠不休で働いたとしても、全員の復帰には数日を要するだろう。
「問題は、〝精錬〟が終わった『剣』がどこに運び込まれてるかだな。妥当に考えれば、支部の再奥に収められてるんだろうが」
モミジは頭の中を整理する意味も兼ねて、独り言をつぶやいていくが、ふとセイナを腕に抱きかかえたままだと思い出した。
「ほれセイナちゃん、もう目を開けて大丈夫だぞ」
「…………なんか、すごい音がした」
「そりゃそうだろう。特撮やCGも真っ青な大迫力映像だったからな」
「トクサツ? シージー?」
「おっと悪い。この例えは今の時代の人間には誰にも伝わらなかったな」
キョトンとするセイナの頭を、誤魔化すように撫で付けるモミジ。雷撃爆炎氷結豪風のオンパレードだったが、それを『すごい音』の一言で片付けてしまうセイナも只者ではない。
ただ、セイナは視線を巡らし、迷うそぶりを見せてから、恐る恐ると聞いた。
「ねぇモミジ──」
救いを求めるような眼差しに、だがモミジは忌憚なく断言した。
「あの教会で言ったように、君の友達はもういない」
「……教会で何が起こっていたのか、モミジは知っていたの?」
「失踪事件と君の話を聞いてから、予想はついていた」
改めて友人の死を宣告され、セイナは顔を伏せ、固く閉ざされた双眸から涙を零した。
表沙汰になっているのが一般市民だけだが、その裏では数多くの浮浪者が失踪しているのだろう。その数はおそらく十や二十では到底足りない。モミジの見立てでは百を超える浮浪者たちがあの教会で『白い粒子』となって形を無くし、存在を消されている。これに関して詳しくセイナに説明するつもりはなかった。友人の『死』を知らされただけでも、彼女にとっては重い事実だからだ。
涙を流す少女に、モミジは声を掛けない。
彼は己を戒めるように、固く拳を握りしめる。
「街の中までは送っていく。しばらくは教団関連の施設に近づくなよ。派手な騒ぎが起きるだろうからな」
「私も連れてって」
涙で目元を赤く濡らした幼い顔が顔を上げる。
「どうして友達が死ななきゃならなかったのか、知りたい」
強い意志に彩られた表情だったが、モミジは首を横に振った。
「今度ばかりは絶対に駄目だ。君を連れていけるほどの余裕はない」
これから先はモミジにとっても油断を挟めない。既に夕暮れに差し掛かっており、そろそろ空に星が輝きだす頃合いだ。
この街に来てから苦戦を強いられた戦いは無かったが、幾度となく重なったそれらは少なからずモミジの体力を奪っていた。万全を期すために、今日の残りは体力の回復に努めるのが最善だ。
──先ほどの戦闘にミラージュやリィンが参加していなかったのは、モミジも気がついていた。明日になれば、負傷していたアズハスも復帰するだろう。
単体戦力であれば、さほど苦戦せずに撃退するのも可能だ。しかし、三人を同時に相手するとなれば話は別。苦戦しないだろうが三人の誰もが油断を混ぜてよい相手ではない。
支部に所属している騎士たちとこの三人とでは明らかに〝格〟が違う。
三人を退けたとして、モミジの目的はさらにその向こう側にある。それに関しては、モミジも全身全霊をかけて挑まなければならない可能性がある。なるべくそうなる事態になる前に全てを終わらせたいが、こればかりはモミジでもどう転ぶかは予想不可能だった。
とてもではないが足手まといを連れていける余裕は無い。
「今日のことを忘れろ、なんてことは言わない。だが、これ以上足を踏み入れれば、本当に後戻りが出来なくなる」
「かまわない」
「いいや、俺がかまうね。俺の〝背中〟はもう限界容量一杯なんだ。これに加えて人間一人の人生を背負えるほどの空きは無いのさ」
口にした途端、モミジは己の背中が凄まじい重圧が伸し掛るのを感じた。否、改めて自らが背負う〝業〟を再認識しただけだった。
「ただ一つだけ、君に誓おう」
「──?」
「必ず落とし前はつけさせる。絶対にだ」
既に流れてしまった涙を拭うことは出来なくとも、これから起こる悲しみを止めることはできる。何より、人の可能性を奪ったものたちに、相応の報いを受けさせる。それが、モミジがセイナに対してできる〝償い〟だった。
地に足をつけたモミジは《天照》を解除し魔導器を《魔力》に還元すると、すぐに《魔素》の粒子になって宙に散った。
「さすがにちょっとだけ疲れたな」
八本の全てを同一規格で創造する《月読》と違い、《天照》は四種類の異なる《魔導器》を同時に展開し操作する形態。
人体で例えるならば、右腕と左腕を同時に別々に動かす──どころではなく、ここ右足左足の個別操作も加わるほどの処理能力が求められる。さらにそれらは《魔導器》の具現化の維持が大前提の話である。
まともな人間ならば、脳が処理しきれずに焼ききれてしまうだろう。
それを、僅かな疲労と引き換えに操るモミジが、どれほど異端な存在であるか。
「この街の規模からみて、騎士団に所属してる人員の大半は片付けられたか。騒ぎは大きくなっただろうが、当面は動きやすくなったと前向きに考えておこう」
あれだけの人数が負傷したのだ。騎士団の支部にある医療班が不眠不休で働いたとしても、全員の復帰には数日を要するだろう。
「問題は、〝精錬〟が終わった『剣』がどこに運び込まれてるかだな。妥当に考えれば、支部の再奥に収められてるんだろうが」
モミジは頭の中を整理する意味も兼ねて、独り言をつぶやいていくが、ふとセイナを腕に抱きかかえたままだと思い出した。
「ほれセイナちゃん、もう目を開けて大丈夫だぞ」
「…………なんか、すごい音がした」
「そりゃそうだろう。特撮やCGも真っ青な大迫力映像だったからな」
「トクサツ? シージー?」
「おっと悪い。この例えは今の時代の人間には誰にも伝わらなかったな」
キョトンとするセイナの頭を、誤魔化すように撫で付けるモミジ。雷撃爆炎氷結豪風のオンパレードだったが、それを『すごい音』の一言で片付けてしまうセイナも只者ではない。
ただ、セイナは視線を巡らし、迷うそぶりを見せてから、恐る恐ると聞いた。
「ねぇモミジ──」
救いを求めるような眼差しに、だがモミジは忌憚なく断言した。
「あの教会で言ったように、君の友達はもういない」
「……教会で何が起こっていたのか、モミジは知っていたの?」
「失踪事件と君の話を聞いてから、予想はついていた」
改めて友人の死を宣告され、セイナは顔を伏せ、固く閉ざされた双眸から涙を零した。
表沙汰になっているのが一般市民だけだが、その裏では数多くの浮浪者が失踪しているのだろう。その数はおそらく十や二十では到底足りない。モミジの見立てでは百を超える浮浪者たちがあの教会で『白い粒子』となって形を無くし、存在を消されている。これに関して詳しくセイナに説明するつもりはなかった。友人の『死』を知らされただけでも、彼女にとっては重い事実だからだ。
涙を流す少女に、モミジは声を掛けない。
彼は己を戒めるように、固く拳を握りしめる。
「街の中までは送っていく。しばらくは教団関連の施設に近づくなよ。派手な騒ぎが起きるだろうからな」
「私も連れてって」
涙で目元を赤く濡らした幼い顔が顔を上げる。
「どうして友達が死ななきゃならなかったのか、知りたい」
強い意志に彩られた表情だったが、モミジは首を横に振った。
「今度ばかりは絶対に駄目だ。君を連れていけるほどの余裕はない」
これから先はモミジにとっても油断を挟めない。既に夕暮れに差し掛かっており、そろそろ空に星が輝きだす頃合いだ。
この街に来てから苦戦を強いられた戦いは無かったが、幾度となく重なったそれらは少なからずモミジの体力を奪っていた。万全を期すために、今日の残りは体力の回復に努めるのが最善だ。
──先ほどの戦闘にミラージュやリィンが参加していなかったのは、モミジも気がついていた。明日になれば、負傷していたアズハスも復帰するだろう。
単体戦力であれば、さほど苦戦せずに撃退するのも可能だ。しかし、三人を同時に相手するとなれば話は別。苦戦しないだろうが三人の誰もが油断を混ぜてよい相手ではない。
支部に所属している騎士たちとこの三人とでは明らかに〝格〟が違う。
三人を退けたとして、モミジの目的はさらにその向こう側にある。それに関しては、モミジも全身全霊をかけて挑まなければならない可能性がある。なるべくそうなる事態になる前に全てを終わらせたいが、こればかりはモミジでもどう転ぶかは予想不可能だった。
とてもではないが足手まといを連れていける余裕は無い。
「今日のことを忘れろ、なんてことは言わない。だが、これ以上足を踏み入れれば、本当に後戻りが出来なくなる」
「かまわない」
「いいや、俺がかまうね。俺の〝背中〟はもう限界容量一杯なんだ。これに加えて人間一人の人生を背負えるほどの空きは無いのさ」
口にした途端、モミジは己の背中が凄まじい重圧が伸し掛るのを感じた。否、改めて自らが背負う〝業〟を再認識しただけだった。
「ただ一つだけ、君に誓おう」
「──?」
「必ず落とし前はつけさせる。絶対にだ」
既に流れてしまった涙を拭うことは出来なくとも、これから起こる悲しみを止めることはできる。何より、人の可能性を奪ったものたちに、相応の報いを受けさせる。それが、モミジがセイナに対してできる〝償い〟だった。
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