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第十五話 広域殲滅形態
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『邪神』と『女神』の戦い──通称『神剣戦争』の際、邪神の眷属に抗う人々に女神が与えた『力』が《魔導器》の起源とされている。
《魔導器》は魔晶細胞を持つ人間が《魔素》を取り込み、体内で圧縮生成した《魔力》をエネルギーとして能力を発揮するのは周知の事実。だが、それを自在に扱うには修錬が必要になってくる。
能力をただ発動させるのであれば、《魔力》の制御にのみ精神を集中すれば良い。
《魔導器》をただの道具として扱うのであれば、肉体を鍛えれば良い。
しかし、《魔導器》の能力を十全に発揮するためには、精神と肉体の両方を高めなければならない。《魔力》の制御と《魔導器》を武器として振るうための技量。これらを両立するのは片手間では済まさない。
それゆえ、一人の魔導器使いが扱える《魔導器》は一度に一つ、多くても二つが基本とされている。それ以上ともなれば、肉体面でも精神面でも《魔導器》の力を発揮できず宝の持ち腐れとなってしまうのだ。
だが、その常識を覆すような存在が、騎士たちの眼の前に現れた。
反逆者──コクエモミジ。
彼は──二組一対であるとはいえ──八本の《魔導器》を同時に具現化したのだ。
「あ、あれほどの《魔導器》を一度に扱えるものか! 虚仮威しだ! 総員、戦闘開始!」
心の中に紛れもない恐怖を感じながらも、指揮官は叫ぶように指示を下した。モミジの発する気配に動揺していた他の騎士たちは指揮官の言葉を耳にすると、弾かれたように動き出す。
先手を取るのは銃型の《魔導器》を持つ騎士たち。照準を黒衣の男に定めると、一斉に魔力の弾丸を放った。
「《カグツチ》!」
彼の意思に従い、八剣の下部に位置する二本の《火の魔導器》が紅蓮を放つ。だが、それを向ける先は迫り来る《魔導器》の攻撃でもそれらを放つ騎士でもなく、地面に向けてだった。
次の瞬間、《カグツチ》から放たれた膨大な〝熱量〟に押し出され、モミジの体が宙へと舞った。彼の足が地面から離れてからわずかに遅れて、騎士たちが放った魔力が彼の立っていた場所に着弾した。
銃を持つ騎士たちはモミジの挙動に驚きつつも、すぐさま空中のモミジに合わせて再度引き金を引いた。足場のない空中では避けようがないと──。
「《シナツヒコ》!」
今度は《風の魔導器》が発動し、風が吹き荒れる。足場が無い空中でありながら風を纏ったモミジは機敏な動きを見せ、放たれる弾丸を回避する。風の魔導器を器用に操り、その動きはまるで羽根を持った鳥のようだ。
そして──。
「《タケミカズチ》!」
《雷の魔導器》の切っ先が騎士たちへと向けられ、雷の砲撃が放たれた。巻き込まれた騎士は悲鳴をあげる間もなく一撃で意識を消し飛ばされた。モミジは優先的に銃型魔導器を持つ騎士を狙い撃ちにし、遠距離攻撃が得意な者たちを無効化していく。
雷撃を放つモミジだったが、彼の視線が逸れた瞬間を狙い、近接武器を振り上げて飛びかかる複数の騎士がいた。モミジが浮かぶ高度は民家の二階部に相当するが、身体能力が優れた魔導器使いなら、細胞活性による身体強化があれば問題無い高さだった。炎や風を纏った武器が、モミジへと振るわれた。
「温いってんだよ! 《クラミツハ》!」
叫び声とともに、半透明の壁が空中に出現する。《氷の魔導器》が生み出した氷壁だ。数センチ程度の防壁は迫る凶刃を見事に防ぐ。そして、攻撃の勢いを奪われた騎士たちは、氷壁が変化した氷の刃に切り裂かれて地面に墜落した。
一連の光景を目の当たりにした指揮官は、己の思い違いを恥じる。彼は決して無能ではなく、むしろ指示を下す立場としての優れた頭脳を持っていた。だからこそ、考えが至ってしまった。
四種の《魔導器》を同時に扱うなど、常識では考えられない。
──逆に考えれば、それらを同時に扱えるからこそ、モミジは四種の《魔導器》を具現化しているのだ。それぞれが役割を担っており、圧倒的な戦闘力を誇っている。
だからこそ、モミジが次に起こした行動に血の気が引いた。
宙に浮かぶモミジは背中に展開していた剣を己の周囲に動かすと、それらの切っ先を四方八方へと向けたのだ。
「総員退避! 全力で避けろぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
彼の指示はこの状況では最も正しく、致命的に遅かった。
モミジは大きく息を吸い込み、大量の《魔力》を練り上げた。
──広域殲滅形態《天照》。
火の魔導器の熱量による推進力。
風の魔導器で空中挙動。
雷の魔導器が遠距離攻撃。
氷の魔導器は防御と近接戦闘。
《七剣八刀》の根底にある能力──『魔導器の創造』を最大限に発揮し、四種の《魔導器》によって攻撃力、防御力、機動力を獲得したのだ。
この《天照》が最も効果を発揮するのが『広域殲滅』の名前にそぐわぬ対集団戦闘。まさしく、圧倒的な人数さに囲まれた今の状況だ。
「まとめて吹き飛べ! 一斉掃射、《八尺瓊勾玉砲》!」
火、雷、風、氷。二本一対、八つの切っ先から放たれた四つの属性が、周囲に展開する騎士たちを薙ぎ払った。八つの《魔導器》による一斉砲撃による《八尺瓊勾玉砲》である。
封印騎士団の包囲網はこの圧倒的火力によって壊滅。無事に立っていられる者は一人としていなかった。
「ふぅぅぅぅ……。スッキリした」
その惨状を作り上げた大罪人は、軽やかな笑みを浮かべると、火の魔導器から炎を吹かし、宙を飛翔しその場を去っていった。
──この戦闘において重傷を負った者はいたが、奇跡的にも死者は出なかったという。
事実上の、封印騎士団フィアース支部の壊滅であったのは、紛れもない事実であったが。
戦闘の一部始終を遠目から観察していたミラージュは、険しい表情を浮かべていた。身体活性を調整して、視力を一時的に上げて遠くの状況もよく見えていた。
「あの……良かったんですか? 私たちもあの戦闘に参加しなくても」
ミラージュと同じく、《カラドボルグ》の望遠機能を有した照準を覗き込み、状況を見守っていたリィンが聞いた。所属は別としても、大元で言えば同じく封印騎士団に所属する者たちが必死で戦っているのに、自分たちは高みの見物。少なからずの罪悪感がリィンを苛む。
「では逆に聞くが、事前情報も予防策も無しにあの戦場に飛び込んで、無事にいられる自信はあるか?」
「………………」
ミラージュの返答に、リィンは反論できなかった。感情面はともかくとして、冷静な思考がミラージュの言葉を肯定していたからだ。
「私とて支部の人間には悪いと思っている。しかし、無策で挑んでも返り討ちにあうのは目に見えていた。だが、彼らはこちらの言葉を聞き入れずに出撃してしまったのだ。ゆえに、彼らには試金石になってもらうしか無かった」
本音を言えば、ミラージュとてモミジを討つ為に彼らと共にあの場にいたかったのだ。
だが、これまでの数度の戦闘でモミジの戦闘力が己の想像を遥かに超えていることを理解していた。実力の一端は既に味わった身であったが、今の戦闘でそれが真に〝一端〟であると思い知らされた。
「それでガナード。今の戦闘で気がついたことは何かあるか?」
感情を押さえ込み、リィンは思考する。
「……あの《魔導器》を四種扱う状態ですが、規格外にもほどがあります」
「悔しいが、単身で挑んで一分もまともに立っていられる自信は私にはないぞ」
「あれを前に一分以上無事でいられる人間がいるのなら、私は会ってみたいですね」
現実逃避しそうになる気持ちをどうにか立て直す。
「別々の《魔導器》を同時に扱う技量と精神力もそうですが、それらを運用してのける《魔力》が桁外れです。並の《魔導器》使いなら一分も保たないでしょう」
「並の三倍以上の《魔力》を扱える君ならどうだ?」
「……三分は保つかもしれませんが、モミジ君ほど自在に扱えるはずありません」
そこまで言い、リィンは首を横に振った
「そもそも三分間も《魔導器》を維持し続けることもできません」
「どういう意味だ?」
「私はこの数ヶ月間、可能な限り《七剣八刀》に関しての情報を調べてきました」
過去の資料を見ると、実は《七剣八刀》を扱った魔導器使いは数少ないながらも存在していた。彼らの残した記録を元に、リィンは《七剣八刀》の真相を解明しようとしたのだ。
「結論から言って、あの《七剣八刀》は欠陥兵器です」
リィンの口から出た言葉を、ミラージュは最初理解ができなかった。
「……いやいや、ちょっと待ってくれ。現にモミジは《七剣八刀》をあれほどまでに使いこなしているぞ」
「現実はともかくとして、私が調べた上での見解をまず聞いてください。《七剣八刀》の能力は魔導器の創造──というのが一般的な認識です。では逆に聞きますが、《魔導器》の創造とはどのような行程を踏むか、ミラージュさんは知っていますか?」
「その程度ならば、さすがの私も知っている」
《魔導器》は核となる《魔晶石》を加工し、それを依代に組み込むことによって完成する。魔晶石に施される細工によって《魔導器》としての能力が決定づけられるのだ。
「魔晶石の加工は、専門的な技術と知識を持った職人によって施されます。レアルさん、あなたが持つ《空牙》の魔晶石に施された処理を、あなた自身の手で再現できますか?」
「……ある程度の整備は可能だが、本格的なことに関しては無理だな」
己の命を預ける道具だ。任務の最中に支障をきたせば自前で整備をしなければならない。だからと言って、本職が騎士であるミラージュがこなせる作業には限度があった。
「私だってそうです。でも、モミジ君はそれをやってのけてます」
「つまり、モミジには《魔晶石》の加工をこなせるだけの知識があると?」
「いいえ。それだけでは《魔導器》の完成には至りません」
《魔導器》を完成させるには《魔晶石》の加工だけでは終わらない。《魔晶石》は《魔導器》の『核』であり、それを収めるための器が必要なのだ。ミラージュの《空牙》であれば刀。リィンの《カラドボルグ》であれば銃といった、武器としての形を作り上げる必要が出てくる。
《魔導器》の製作は、《魔晶石》を加工する職人と、『器』を作成する鍛治士が共同作業で行うのが通常なのだ。職人と鍛治士の両方を兼任する者もいなくもないが、極めて少数と言わざるをえない。作業の質は当然として、必要となる知識にも大きな差異があるからだ。
「その話と、欠陥兵器とどう話がつながるんだ?」
「《七剣八刀》は一つ一つの作業工程を明確に頭の中に想像することで、始めて能力を発揮し、《魔導器》を具現化するんです」
漠然と〝火〟を出す《魔導器》が欲しい、と思っても《七剣八刀》は発動しない。火の能力を秘めた《魔晶石》の加工と、それを収める器を製作する作業工程。この二つの異なる作業を脳内に想像して初めて能力を発揮するのだ。
「どれか一つでも工程を間違えれば《魔導器》は具現化せず、さらには具現化した物体を維持するためにも《魔力》を消費し、その能力を発動するにもさらに《魔力》を消費します」
「……利便性を遥かに超えた燃費の悪さだな」
《七剣八刀》で《魔導器》を具現化するよりも、実際の魔導器を用意し装備したほうがよほど効率的だ。使い手に必要になるのは、魔力の制御能力と得物を扱うだけの技量なのだから。
「実際にヤツは《七剣八刀》を扱いこなしている。だが……今の話を聞くと、あいつが本当に人間なのか、少し疑わしくなってくるな」
「私も同じような気持ちです。モミジ君が一度に具現できる《魔導器》は多くて二つだと考えていました。どう考えても人間が許容できる能力では、《七剣八刀》を同時に具現化できる《魔導器》がそのぐらいだからです」
「だがヤツは、ガナードの予想の倍である四種類──本数で言えば八本の《魔導器》を具現化し、扱っていた」
《魔導器》を一から製作するための知識を持ち、具現化した武器を扱う技量も卓越し、さらにそれらを支える《魔力》も規格外。どれか一つでも持っていれば一流。二つ持っていれば英雄となれるかもしれない。だが、三つ全てを兼ね揃えていたとすれば、それはもはや人間の域を超えている。
なぜそのような逸脱した能力を持っているのか。いつどのように手に入れたのか。疑問は尽きないが、過去の経緯は今はおいておく。
問題なのが、それほどの人間(?)が、教団──封印騎士団と敵対関係にあるという事実だ。
「……あんな化け物と、いったいどう戦えばいいのだ」
封印騎士団が上回っている点など、人数差以外には見当たらない。下手に人数を揃えて迎え撃とうにも、先ほどの蹂躙劇が繰り返されるだけだ。
だが……悲嘆にくれるミラージュとは対照的に、リィンの脳内では目紛しく思考が加速していた。圧倒的で一方的な戦闘であった一部始終を改めて思い返し、僅かな違和感でも拾いあげようと集中力が研ぎ澄まされる。
そして──。
「……一つだけ、突破口があるかもしれません」
──リィン・ガナードの分析能力は、幼馴染であるモミジの想定を遥かに凌駕していた。彼がそれを思い知るのは、遠くない激突の時であった。
《魔導器》は魔晶細胞を持つ人間が《魔素》を取り込み、体内で圧縮生成した《魔力》をエネルギーとして能力を発揮するのは周知の事実。だが、それを自在に扱うには修錬が必要になってくる。
能力をただ発動させるのであれば、《魔力》の制御にのみ精神を集中すれば良い。
《魔導器》をただの道具として扱うのであれば、肉体を鍛えれば良い。
しかし、《魔導器》の能力を十全に発揮するためには、精神と肉体の両方を高めなければならない。《魔力》の制御と《魔導器》を武器として振るうための技量。これらを両立するのは片手間では済まさない。
それゆえ、一人の魔導器使いが扱える《魔導器》は一度に一つ、多くても二つが基本とされている。それ以上ともなれば、肉体面でも精神面でも《魔導器》の力を発揮できず宝の持ち腐れとなってしまうのだ。
だが、その常識を覆すような存在が、騎士たちの眼の前に現れた。
反逆者──コクエモミジ。
彼は──二組一対であるとはいえ──八本の《魔導器》を同時に具現化したのだ。
「あ、あれほどの《魔導器》を一度に扱えるものか! 虚仮威しだ! 総員、戦闘開始!」
心の中に紛れもない恐怖を感じながらも、指揮官は叫ぶように指示を下した。モミジの発する気配に動揺していた他の騎士たちは指揮官の言葉を耳にすると、弾かれたように動き出す。
先手を取るのは銃型の《魔導器》を持つ騎士たち。照準を黒衣の男に定めると、一斉に魔力の弾丸を放った。
「《カグツチ》!」
彼の意思に従い、八剣の下部に位置する二本の《火の魔導器》が紅蓮を放つ。だが、それを向ける先は迫り来る《魔導器》の攻撃でもそれらを放つ騎士でもなく、地面に向けてだった。
次の瞬間、《カグツチ》から放たれた膨大な〝熱量〟に押し出され、モミジの体が宙へと舞った。彼の足が地面から離れてからわずかに遅れて、騎士たちが放った魔力が彼の立っていた場所に着弾した。
銃を持つ騎士たちはモミジの挙動に驚きつつも、すぐさま空中のモミジに合わせて再度引き金を引いた。足場のない空中では避けようがないと──。
「《シナツヒコ》!」
今度は《風の魔導器》が発動し、風が吹き荒れる。足場が無い空中でありながら風を纏ったモミジは機敏な動きを見せ、放たれる弾丸を回避する。風の魔導器を器用に操り、その動きはまるで羽根を持った鳥のようだ。
そして──。
「《タケミカズチ》!」
《雷の魔導器》の切っ先が騎士たちへと向けられ、雷の砲撃が放たれた。巻き込まれた騎士は悲鳴をあげる間もなく一撃で意識を消し飛ばされた。モミジは優先的に銃型魔導器を持つ騎士を狙い撃ちにし、遠距離攻撃が得意な者たちを無効化していく。
雷撃を放つモミジだったが、彼の視線が逸れた瞬間を狙い、近接武器を振り上げて飛びかかる複数の騎士がいた。モミジが浮かぶ高度は民家の二階部に相当するが、身体能力が優れた魔導器使いなら、細胞活性による身体強化があれば問題無い高さだった。炎や風を纏った武器が、モミジへと振るわれた。
「温いってんだよ! 《クラミツハ》!」
叫び声とともに、半透明の壁が空中に出現する。《氷の魔導器》が生み出した氷壁だ。数センチ程度の防壁は迫る凶刃を見事に防ぐ。そして、攻撃の勢いを奪われた騎士たちは、氷壁が変化した氷の刃に切り裂かれて地面に墜落した。
一連の光景を目の当たりにした指揮官は、己の思い違いを恥じる。彼は決して無能ではなく、むしろ指示を下す立場としての優れた頭脳を持っていた。だからこそ、考えが至ってしまった。
四種の《魔導器》を同時に扱うなど、常識では考えられない。
──逆に考えれば、それらを同時に扱えるからこそ、モミジは四種の《魔導器》を具現化しているのだ。それぞれが役割を担っており、圧倒的な戦闘力を誇っている。
だからこそ、モミジが次に起こした行動に血の気が引いた。
宙に浮かぶモミジは背中に展開していた剣を己の周囲に動かすと、それらの切っ先を四方八方へと向けたのだ。
「総員退避! 全力で避けろぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
彼の指示はこの状況では最も正しく、致命的に遅かった。
モミジは大きく息を吸い込み、大量の《魔力》を練り上げた。
──広域殲滅形態《天照》。
火の魔導器の熱量による推進力。
風の魔導器で空中挙動。
雷の魔導器が遠距離攻撃。
氷の魔導器は防御と近接戦闘。
《七剣八刀》の根底にある能力──『魔導器の創造』を最大限に発揮し、四種の《魔導器》によって攻撃力、防御力、機動力を獲得したのだ。
この《天照》が最も効果を発揮するのが『広域殲滅』の名前にそぐわぬ対集団戦闘。まさしく、圧倒的な人数さに囲まれた今の状況だ。
「まとめて吹き飛べ! 一斉掃射、《八尺瓊勾玉砲》!」
火、雷、風、氷。二本一対、八つの切っ先から放たれた四つの属性が、周囲に展開する騎士たちを薙ぎ払った。八つの《魔導器》による一斉砲撃による《八尺瓊勾玉砲》である。
封印騎士団の包囲網はこの圧倒的火力によって壊滅。無事に立っていられる者は一人としていなかった。
「ふぅぅぅぅ……。スッキリした」
その惨状を作り上げた大罪人は、軽やかな笑みを浮かべると、火の魔導器から炎を吹かし、宙を飛翔しその場を去っていった。
──この戦闘において重傷を負った者はいたが、奇跡的にも死者は出なかったという。
事実上の、封印騎士団フィアース支部の壊滅であったのは、紛れもない事実であったが。
戦闘の一部始終を遠目から観察していたミラージュは、険しい表情を浮かべていた。身体活性を調整して、視力を一時的に上げて遠くの状況もよく見えていた。
「あの……良かったんですか? 私たちもあの戦闘に参加しなくても」
ミラージュと同じく、《カラドボルグ》の望遠機能を有した照準を覗き込み、状況を見守っていたリィンが聞いた。所属は別としても、大元で言えば同じく封印騎士団に所属する者たちが必死で戦っているのに、自分たちは高みの見物。少なからずの罪悪感がリィンを苛む。
「では逆に聞くが、事前情報も予防策も無しにあの戦場に飛び込んで、無事にいられる自信はあるか?」
「………………」
ミラージュの返答に、リィンは反論できなかった。感情面はともかくとして、冷静な思考がミラージュの言葉を肯定していたからだ。
「私とて支部の人間には悪いと思っている。しかし、無策で挑んでも返り討ちにあうのは目に見えていた。だが、彼らはこちらの言葉を聞き入れずに出撃してしまったのだ。ゆえに、彼らには試金石になってもらうしか無かった」
本音を言えば、ミラージュとてモミジを討つ為に彼らと共にあの場にいたかったのだ。
だが、これまでの数度の戦闘でモミジの戦闘力が己の想像を遥かに超えていることを理解していた。実力の一端は既に味わった身であったが、今の戦闘でそれが真に〝一端〟であると思い知らされた。
「それでガナード。今の戦闘で気がついたことは何かあるか?」
感情を押さえ込み、リィンは思考する。
「……あの《魔導器》を四種扱う状態ですが、規格外にもほどがあります」
「悔しいが、単身で挑んで一分もまともに立っていられる自信は私にはないぞ」
「あれを前に一分以上無事でいられる人間がいるのなら、私は会ってみたいですね」
現実逃避しそうになる気持ちをどうにか立て直す。
「別々の《魔導器》を同時に扱う技量と精神力もそうですが、それらを運用してのける《魔力》が桁外れです。並の《魔導器》使いなら一分も保たないでしょう」
「並の三倍以上の《魔力》を扱える君ならどうだ?」
「……三分は保つかもしれませんが、モミジ君ほど自在に扱えるはずありません」
そこまで言い、リィンは首を横に振った
「そもそも三分間も《魔導器》を維持し続けることもできません」
「どういう意味だ?」
「私はこの数ヶ月間、可能な限り《七剣八刀》に関しての情報を調べてきました」
過去の資料を見ると、実は《七剣八刀》を扱った魔導器使いは数少ないながらも存在していた。彼らの残した記録を元に、リィンは《七剣八刀》の真相を解明しようとしたのだ。
「結論から言って、あの《七剣八刀》は欠陥兵器です」
リィンの口から出た言葉を、ミラージュは最初理解ができなかった。
「……いやいや、ちょっと待ってくれ。現にモミジは《七剣八刀》をあれほどまでに使いこなしているぞ」
「現実はともかくとして、私が調べた上での見解をまず聞いてください。《七剣八刀》の能力は魔導器の創造──というのが一般的な認識です。では逆に聞きますが、《魔導器》の創造とはどのような行程を踏むか、ミラージュさんは知っていますか?」
「その程度ならば、さすがの私も知っている」
《魔導器》は核となる《魔晶石》を加工し、それを依代に組み込むことによって完成する。魔晶石に施される細工によって《魔導器》としての能力が決定づけられるのだ。
「魔晶石の加工は、専門的な技術と知識を持った職人によって施されます。レアルさん、あなたが持つ《空牙》の魔晶石に施された処理を、あなた自身の手で再現できますか?」
「……ある程度の整備は可能だが、本格的なことに関しては無理だな」
己の命を預ける道具だ。任務の最中に支障をきたせば自前で整備をしなければならない。だからと言って、本職が騎士であるミラージュがこなせる作業には限度があった。
「私だってそうです。でも、モミジ君はそれをやってのけてます」
「つまり、モミジには《魔晶石》の加工をこなせるだけの知識があると?」
「いいえ。それだけでは《魔導器》の完成には至りません」
《魔導器》を完成させるには《魔晶石》の加工だけでは終わらない。《魔晶石》は《魔導器》の『核』であり、それを収めるための器が必要なのだ。ミラージュの《空牙》であれば刀。リィンの《カラドボルグ》であれば銃といった、武器としての形を作り上げる必要が出てくる。
《魔導器》の製作は、《魔晶石》を加工する職人と、『器』を作成する鍛治士が共同作業で行うのが通常なのだ。職人と鍛治士の両方を兼任する者もいなくもないが、極めて少数と言わざるをえない。作業の質は当然として、必要となる知識にも大きな差異があるからだ。
「その話と、欠陥兵器とどう話がつながるんだ?」
「《七剣八刀》は一つ一つの作業工程を明確に頭の中に想像することで、始めて能力を発揮し、《魔導器》を具現化するんです」
漠然と〝火〟を出す《魔導器》が欲しい、と思っても《七剣八刀》は発動しない。火の能力を秘めた《魔晶石》の加工と、それを収める器を製作する作業工程。この二つの異なる作業を脳内に想像して初めて能力を発揮するのだ。
「どれか一つでも工程を間違えれば《魔導器》は具現化せず、さらには具現化した物体を維持するためにも《魔力》を消費し、その能力を発動するにもさらに《魔力》を消費します」
「……利便性を遥かに超えた燃費の悪さだな」
《七剣八刀》で《魔導器》を具現化するよりも、実際の魔導器を用意し装備したほうがよほど効率的だ。使い手に必要になるのは、魔力の制御能力と得物を扱うだけの技量なのだから。
「実際にヤツは《七剣八刀》を扱いこなしている。だが……今の話を聞くと、あいつが本当に人間なのか、少し疑わしくなってくるな」
「私も同じような気持ちです。モミジ君が一度に具現できる《魔導器》は多くて二つだと考えていました。どう考えても人間が許容できる能力では、《七剣八刀》を同時に具現化できる《魔導器》がそのぐらいだからです」
「だがヤツは、ガナードの予想の倍である四種類──本数で言えば八本の《魔導器》を具現化し、扱っていた」
《魔導器》を一から製作するための知識を持ち、具現化した武器を扱う技量も卓越し、さらにそれらを支える《魔力》も規格外。どれか一つでも持っていれば一流。二つ持っていれば英雄となれるかもしれない。だが、三つ全てを兼ね揃えていたとすれば、それはもはや人間の域を超えている。
なぜそのような逸脱した能力を持っているのか。いつどのように手に入れたのか。疑問は尽きないが、過去の経緯は今はおいておく。
問題なのが、それほどの人間(?)が、教団──封印騎士団と敵対関係にあるという事実だ。
「……あんな化け物と、いったいどう戦えばいいのだ」
封印騎士団が上回っている点など、人数差以外には見当たらない。下手に人数を揃えて迎え撃とうにも、先ほどの蹂躙劇が繰り返されるだけだ。
だが……悲嘆にくれるミラージュとは対照的に、リィンの脳内では目紛しく思考が加速していた。圧倒的で一方的な戦闘であった一部始終を改めて思い返し、僅かな違和感でも拾いあげようと集中力が研ぎ澄まされる。
そして──。
「……一つだけ、突破口があるかもしれません」
──リィン・ガナードの分析能力は、幼馴染であるモミジの想定を遥かに凌駕していた。彼がそれを思い知るのは、遠くない激突の時であった。
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修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
【完結】暁の荒野
Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。
いつしか周囲は朱から白銀染まった。
西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。
スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。
謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。
Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。
Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。
キャラクターイラスト:はちれお様
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別で投稿している「暁の草原」と連動しています。
どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。
面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ!
※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。
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この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
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