神話の続きはエピローグから (旧題:邪剣伝説)

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
上 下
8 / 22

第七話 聖騎士アズハス

しおりを挟む
 
 形の良い唇から大いに舌打ちが漏れる。ミラージュは後を追う様にモミジが飛び降りた屋根へと素早く駆け寄るが、そこから見下ろせる付近には、既にモミジの姿は無かった。

「……逃げられたか」

 屋根に飛び乗った時と同じように、屋根の上から軽く飛び降りる。着地してからもう一度見渡すがやはり、逃亡者の姿は影も形も無い。ここら一体は住宅街であり、民家が立ち並び路地は入り組んでいる。逃げ延びるにはもってこいの地形だ。

 向ける対象を失い、ミラージュは刀を静かに鞘へと収めた。

「ミラージュさん!」

 民家の陰から巨大な銃を背負ったリィンがこちらに走り寄ってくる。 

「も、モミジ君は?」

 肩で息をしながらも、リィンはミラージュに詰め寄り、反逆者の所在を問い質した。けれども、その様子は敵を追う、というよりも純粋に探し人を求める様な聞き方だった。

「見ての通り、まんまと取り逃がした」
「じゃ、じゃあ早く追いかけないと!」

 慌ててかけ出そうとするリィンの背中に制止を掛ける。

「無駄だろう。奴の捻くれ具合は君も知っている筈だ。一度見失えばまず見つけられん。奴が騒ぎを起こしてくれれば話は別だが」
「ですけど……」
「やるなら人海戦術で虱潰しにやるしかない。それでも見つかるとは到底思えないがな」
 
 苛立だしげに、モミジが消えて行った住宅街を見据える。腕っ節が強いだけでは、世界全土に版図を広げる教団──ひいては封印騎士団目を逃れる事は出来ない。そんな男を捕まえるチャンスは、今回の様な偶然か、あるいはを利用するほかない。

 ミラージュの脳裏に先程、姿を消す寸前のモミジの顔が再生された。

 罪人には似つかわしくない、屈託のない笑み。

「相変わらず人をコケにする男だな、あいつは」

 ふつふつと怒りが込み上げてくる。まさに千載一遇の好機をみすみすと逃した己と、逃した対象に向けてだ。モミジがどのような感情を抱いてその笑顔を浮かべていたのかは知る由も無いが、ミラージュにとってはもはや関係も無い。

「あ、あははは……モミジ君、あんまり変わってないようですね」

 変わらぬ元同僚の様子に、曖昧に笑ってしまったリィン。

 ミラージュはキッと鋭い視線を浴びせた。「しまった」と後悔するのは既に遅い。突き刺すような視線がリィンにちくちくと刺さって行く。

 しばらく睨みつけるようにリィンを見ていたが、一息をつくと肩の力を抜いた。同時に、鋭い視線も和らぐ。

「お前がコクエモミジと幼馴染なのは、私も知っている。当然、奴に感情移入してしまうのも理解できる。私とて元同僚だからな。だがな、奴は既に教団を裏切った犯罪者だ。以前の関係を引きずっていては今後の任務に支障をきたす」
「それは……理解しているつもりです」

 明るく可愛らしい顔立ちに影が落ち、俯き気味に視線を地面に落す。彼女の中で、理解と納得が両立していないのが傍目からでも分かる。

 少しして、大勢の騎士を連れた中級騎士が奔ってきた。

「は、反逆者はどこへ行ったッ!」
「落ちついてください。……奴は取り逃がしました」
「なん──」

 なんだとッ、と怒り声を上げようとする中級騎士よりも早くミラージュが制した。

「それより、支部の方に捜索の人手を割くつもりなら止めておいた方が良い。それよりも、街の外へ出るルートの封鎖の徹底と、教団の重要施設の警備を厳重にするべきだ」
「凶悪犯を野放しにしておけと言うのか!」

 これにはリィンが説明する。

「例え人手があろうと無かろうとは見つかりはしないでしょう。それに、仮に見つけられたとしても、たかだか騎士数人ではとても太刀打ちできません。かえって無用な被害を増やすだけです。それなら万全の対策を取り、彼が自分から出てきたところを迎え撃った方がまだ勝機が見込めます」

 もっとも人数を揃えた所で彼の襲撃を防げるかと問われれば、答えはノーだ。

 モミジの持ちうる能力は──《七剣八刀》は、使いようによっては相手が百だろうが千だろうがものともしない力を秘めているのだから。

 ──────────────────

「あぶねぇあぶねぇ、街の中でドンパチ始めるところだった」
 
 まんまと逃げ果せたモミジは現在、人気も無く民家も無い郊外を訪れていた。都市の開発が進み、放棄された旧市街地だ。人が住まなくなって久しい廃屋があちらこちらに点在し、中にはもはや形をとどめていない崩壊した類もある。身を隠すにはもってこいだ。
 
 件の事件現場──ミラージュに見つけられた場所からして、モミジが逃げたと見せかけた方向よりも真逆の位置にある。この辺りにミラージュの言った「捻くれ者」を見事に表した逃亡の仕方であった。

「ミラージュの頭に血が上ってたおかげでバレずに済んだな。そうでなきゃ流石に逃げ切れなかったな」

 モミジは両手それぞれに持っていた二つの短刀に目をやる。事件現場で盗み聞きしていた時に使っていたモノとは少しデザインが違う。

 それを、背後へと振り向きざまに投擲した。

 放たれた短刀は共に人気も建物も無い空間を直進し、何もない筈の空中であらぬ方向へと弾かれた。

「出てこい。いるのは分かってる」
 
 目の錯覚でないのを確信するモミジは、そこにいるべき姿の見えない人物に言い放った。視線は鋭く

「それとも、もっとでっかいのぶつけてやろうか?」

 右手を真横に突き出す。長袖の裾から手首に嵌められた宝具──《七剣八刀》が現れる。腕輪は主の魔力を取り込み、始動開始寸前に光を明滅させていた。

「──驚きましたね。まさか仕掛ける前から気が付かれるとは」

 虚空から──短刀が空中で弾かれた地点から、男の声が響く。続けて、空間が蜃気楼の様に揺らぎ、形を持った立体的な輪郭の線を作る。やがて姿を露わにしたのは、封印騎士団の中でも限った物が纏う事を許される、白の制服を纏った青年だった。胸の高さまで持ち上げられた左手には指輪が嵌められている。おそらくあれが聖騎士の姿を消していた魔導器だろう。

「どうして僕がここにいるって気が付いたんですか?」
「長い年月を掛けて培った勘だ」
「勘で済まされてしまうと、少々自信を失ってしまいますね」
「そうでもないぜ。たかだか二十年弱の人生でそこまで気配けせりゃ上々だ」
「──?」
「こっちの話だ、気にすんな」

 口の中で「余計な事言っちまったな」と呟くモミジ。

「で、封印騎士団の聖騎士エリート様がなんの様でしょうか?」
「理由が分からない程に愚かではないでしょう」
「ま、それもそうか。下級から上級までそのたもろもろじゃ手出しできなくとも咎めは無いだろうが、さすがに聖騎士まで行くと無視はできねぇよな」

 出来ない事を出来ないと言うのは道理だが、出来る事を出来ないと言うのは道理では無い。力を持ってしまうと、時に選択肢を狭める結果となる。

 聖騎士がモミジを追ってきたのも、選択肢が狭まった結果だ。あの状況で、封印騎士団が追う最上級の犯罪者を相手に、(本音はどうあれ)建前として、聖騎士がむざむざと見過ごせるはずもない。従い人であるミラージュやリィン達を連れてこなかったのは、余裕も無かったし足手まといだったから。

「んじゃ、質問を変えようか」
「僕に答える義務はありませんが?」

 涼しい態度の聖騎士に対し、モミジは淡々と。

「──聖剣の在り処は何処だ?」

「────…………」

 青年は表情を変えず、下手な挙動をせず、それでも見逃さなかった。

 騎士の瞳の奥がかすかに揺らめく瞬間を。

「なるほどなるほど。てこたぁ俺の推測もますます確信が出てきたぜ」

 
 ──この世界で数ある名剣、魔剣があろうとも、『聖剣』と呼ばれるつるぎはただの一つ。

 
 古に邪神を撃ち滅ぼした女神が、己の分け身を武具とし剣として携えていた『白の聖剣』に他ならない。
 伝承によれば邪神との最後の戦いで砕け散り、失われたとされている。


「──あなた、何者なのですか?」

 青年の眉間に、微かに皺が寄った。最初の態度が僅かに崩れ、困惑の色を隠せていない。 

「何者って、教団の宝物庫からお宝を盗んだ悪党ですが?」
「とぼけないでいただきたい。聖剣それの存在を知っているのは、教団の内部でもごく限られた者だけです。かつては騎士のひとりであったあなたでしょうが、たかだか中級ごときが知り得て良い情報では無い」

 青年の、勘の良い者でも見落としてしまいそうな小さな動揺を、モミジは見逃さなかった。ただのあてずっぽうでは無く、冷静に事実を推測した確信。並の経験で身につけられる洞察力では無い。

「だろうなぁ。教団にいた頃に調べたが、聖剣の現存に関する書物は一つも見つかんなかったからなぁ。意図して隠してんのか、隠す事が習慣になったのかは不明だが」

 青年の澄ました表情が崩れた事に気分を良くし、モミジはクツクツと笑う。

「教えてくれてさんきゅ。どうやら次の行動に移せそうだ」

 カマを掛けられたと青年が気付いたのは、この時だった。

「あなたは!」
「おいおい、そんなに怒るなよ。二枚目が二枚目半になるぜい」

 モミジは挑発気味にケラケラと笑った。

「お前さんがこの都市に来た理由は想像がついた。
 ──上級騎士の死体はいわばだ。大方、この街の支部を総括しているやつが、手柄を焦って強引に上級騎士を聖騎士に仕立て上げようとしたんだろう」

「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。様子を見るに、教団が何をやっているかまでは知らされていないようだな。まぁ、聖騎士であるならばいずれは嫌でも知ることになるだろうが」
 
 のらりくらりと言葉を続けるモミジに対し、青年は鋭い視線を向けた。

「……どうやら、あなたを野放しにはできないようですね」
「最初から野放しにするつもりなんざないだろうさ」
「あなたは女神様の築き上げた平和と秩序を乱しかねない」

 コクエモミジは女神教団に戦いを挑むただの犯罪者では無い。女神教団の根幹を揺るがしかねない大反逆者。

 ──この場で始末しなければ、取り返しのつかない事態を招く!

「アズハス・サインが〝聖騎士〟の称号に賭けて、あなたを断罪する!」
「断罪ね……裁けるもんなら裁いてみな!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき
ファンタジー
 最強最古の竜が、あまりにも長く生き過ぎた為に生きる事に飽き、自分を討伐しに来た勇者たちに討たれて死んだ。  竜はそのまま冥府で永劫の眠りにつくはずであったが、気づいた時、人間の赤子へと生まれ変わっていた。  竜から人間に生まれ変わり、生きる事への活力を取り戻した竜は、人間として生きてゆくことを選ぶ。  辺境の農民の子供として生を受けた竜は、魂の有する莫大な力を隠して生きてきたが、のちにラミアの少女、黒薔薇の妖精との出会いを経て魔法の力を見いだされて魔法学院へと入学する。  かつて竜であったその人間は、魔法学院で過ごす日々の中、美しく強い学友達やかつての友である大地母神や吸血鬼の女王、龍の女皇達との出会いを経て生きる事の喜びと幸福を知ってゆく。 ※お陰様をもちまして2015年3月に書籍化いたしました。書籍化該当箇所はダイジェストと差し替えております。  このダイジェスト化は書籍の出版をしてくださっているアルファポリスさんとの契約に基づくものです。ご容赦のほど、よろしくお願い申し上げます。 ※2016年9月より、ハーメルン様でも合わせて投稿させていただいております。 ※2019年10月28日、完結いたしました。ありがとうございました!

処理中です...