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第三話 事件現場

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 一昨日起こったという変死の現場は、モミジが事を聞いた場所から、二区画程離れた場所だった。外周から都市の中心部へと続く十の大通りから横に外れた、小さな路地。小さなと言っても、人が十人横に並んで歩けるほどには広く、ここにも出店等の露店がちらほらと並んでいる。

「事が起こったばっかりとあって、騎士がわんさかいるねぇ」

 モミジは眼下を眺めながら呟いた。ちなみに、彼が居るのは地上ではなく、路地の両側に立ち並ぶ民家の屋根上。モミジの言葉通り、近辺は封印騎士団によって封鎖されている。この路地に入り込む為の出入り口は、騎士によって固められていた。さすがに、その場に堂々と入る程にモミジも馬鹿ではなかった。

「しっかし。こんなに沢山必要なのかね。暇なのかこいつら」

 変死体が発見されただろう地点には、十数人程の騎士が集まっていた。地面に眼を向けて何か調べている者や、忙しなく走り回っている者。それらに指示を出し、場を総括している者。

 基本的に、この大陸は『国』と言う括りで別れているのでは無く『都市』と言う単位で総括されている。むしろ個々の都市が一つの『国』として機能していると言っても間違いではない。司法や経済もほぼ独立している。

 ただ唯一共通しているのは、ほとんどの『都市』の治安を維持しているのが封印騎士団。正確にはその支部である。

 いや、共通しているのは封印騎士団だけでは無い。

 様々な都市で等しく信仰を集めている『女神教』。敬愛を集めるの経典を元に発足した封印騎士団であるからこそ、人々は安心して治安の維持を任せているのだ。

 封印騎士団の一番の目的は『秩序と平和の守護』ではあるのだが、こうした目立った事件があれば、犯人を捕まえる為の捜査も執り行う。

「……一種のケイジドラマを見てるみてぇだな」
 
 下の騎士たちがこちらに気が付かないとは限らない。細心の注意を払い。おそらく、誰にも通じないだろう言葉を口にしながらも、モミジは屋根上から注意深く地上を観察する。

『────』
『──ッ、──……』 

 モミジの注意は二人の騎士に注がれた。

 おそらく、どちらもが中級以上の資格を持つ騎士だろう。何やら真剣な面持ちで喋っている。時折、動き回っている騎士が一度敬礼をしてから話しかけているのを見るに、この場では一番位が高いと見て間違いない。
見ているだけしかない現状で、会話の内容は非常に気になる。

「さすがにこの距離だと聞きにくいな。ここは一つ──」

 モミジは右腕に嵌められている腕輪に意識を傾けた。

「《七剣八刀》、限定起動リミテッドオープン……」

 小さく唱えると、腕輪は幾何学模様に沿って僅かに発光する。
次の瞬間に、彼の右手の中には、親指大程の小さなナイフが二振り出現した。

「名付けるなら、糸無し糸で──は色々とやばいな。『チャンネリング・ナイフ』とでもしておくか」

 モミジは右手に現れた二振りの内の片割れを、投擲の要領で構える。
狙うは、会話を続けている騎士の足元。
 
 その場に存在する騎士全員の意識が『的付近』から離れるタイミングを見計らい。

「せいっ」

 短い掛け声とともに、素早く投げ込む。

 目論見通り、放ったナイフは目標地点に突き刺さるも、それに気が付いた者はいなかった。よし、と声を出さずに手を握る。

(さて、話の内容は、と)

 手の内に残ったもう一方の刀身を耳に当てた。



「──あまり目ぼしい手掛かりは残されていないようですね」
「他の三件と同じか。全く、困った物だ。当面で一番デカイ山ではあるが、他にも抱えている案件があると言うのに。こちらにばかり人手を割いてはいられんのだがな」

 この距離では聞こえなかったはずの中級騎士達の会話が間近であるかのように聞こえてくる。組み込んだ『術式』は正常に稼働しているようだ。

 部下と上司の会話だ。『ますますケイジドラマだな』と内心に浮かべる。

「部隊の者から聞きますと、今回の被害者である騎士は部下思いで人当たりの良い素行だったようです。とても恨みを買う様な人柄では無く、殺人にしては犯人の動機があまりにも見当たらない」
「それは他の件でも同じだろう。経歴も、性別も、性格もバラバラだが、そのどれもが目立った経歴は無い。重い病に掛っていたり、任務中に致命傷を負ったなどと言う話も無い」

 落ち着いた物腰の青年騎士と、あごにひげを蓄えた中年の騎士。

(どの時代も、この組み合わせがベターなのか?)

 至極どうでもいい思考。

「共通している事と言えば、死亡したそのどれもが上級騎士だったという事だ」
「やはり、それしかありませんね。しかし、そうなると殺人、と言うにはやはり無理がありますね。上級騎士となれば、我々の様な文官騎士として中級に昇格したのとは訳が違います。武を認められてこその上級騎士。易々と後れを取るとは思えません」
「同感だ」

 騎士の階級は四段階あり、『下級』『中級』『上級』。そして、最上級である『聖騎士』となっている。
 
 下級は騎士として命じられた全てが等しく通る階級。
 
 中級は、何かしらの技術を認められ、相応の部隊の総括を任せられる者がなる。純粋な戦闘能力を認められて一部隊の指揮を任せられる者もいれば、彼らの言う通りに人事やこういった事件の捜査専門の部隊を任せられる場合もある。中には、数ヶ月前のモミジの様に、中級に昇格しても誰かの元に付いて任務に当たるものだっている。

 そして上級騎士。ここまで登り詰めるには、並大抵の事では無い。高い戦闘能力を持つことは大前提であり、それでいてなお且つ『特別に大きな功績』を持たなければいけない。

 彼らが言いたい事はつまり、それほどの実力者が『四人』も『誰か』に殺されるなどと言う現実を認めたくないのだ。

(……まぁ、常識で考えちまうとそうなんだけどさ)

 万事に例外はつきものだ。他ならぬモミジ本人が例外そのモノと言っても過言ではない。さすがに、この場所から降りてそれを伝えるわけにもいくまい。

「しかし、何度見ても奇妙な死にかたでしたね、アレは」
「あのような死体、現場に居合わせて十年の私も初めて見た」

 ここでモミジが最も聞きたかった情報。つまり『死体の詳細』について語られ始める。この会話の内容がモミジの予想通りだったなら、彼の中の予想は確信へと変わる。モミジは話を一字一句聞き逃さんと、耳元に意識を集中した。

「失礼しますッ」

 と、タイミングが悪い事に、何処からか、青年よりも更に若い騎士が駆け寄り、二人の前で敬礼した。「おい」とモミジは突っ込みを入れたくなるほどの間の悪さ。だが、やはり場に入り込む事など出来ず、屋根の上で怒りに震える事しか出来なかった。

「どうした?」
「ハッ、報告します。騎士団本部より来訪していました『聖騎士』と他二名が捜査に加わりたいとの事です!」

 聖騎士──上級騎士よりも更に上に存在する、騎士の最上階級。その地位は、女神教の中でも相当に高く、当て嵌めるなら大司教にも匹敵する。辺境に来るには流石に身分が物々し過ぎる。

「……おいおい、なんでんなもんが来るんだよ」

 モミジと同じ気持ちだったのか、指揮官の中級騎士は大きく狼狽した。

「ほ、本部から聖騎士だとッ!? そんなのが来ていたなどと言う話、私は聞いてないぞッ。何時のまに来ていたんだ!」
「捜査隊が出張ってから一時間ほど後に到着したばかりの様でして」
「それがどうしてこんな辺境都市などに来るんだッ」

 俺も聞きてぇよ、と屋根上の者も心の中で問いかける。

 フィアースは規模こそ大きいが、上には上がある。

 ここから遥か東にある都『アインナート』は、面積だけでもこの都市の三倍近くはある。封印騎士団の本部はそのアインナートにある。騎士団本部には確かに『最速の移動手段』があるにせよ、聖騎士がわざわざ出張って遠く離れたフィアースに来る理由など見当もつかない。

(いや、まてよ?)

 もしかしたら。

 もしかしたらあるかもしれない。

 司祭にも匹敵する地位者が、わざわざ辺境の都市に出て来る理由が。

 聖騎士でなければ成せない、特別な何かが。

 ともかく、今は下の話に集中だ。

「わ、私に聞かれても困ります。当方は極秘任務だ、との事です」
「その極秘任務中の聖騎士が何故我々の捜査に横やりを入れるのだ!」
「で、ですから私に聞かれても困ります。ただ捜査に参加させてほしい、と」

 この遣り取り、見てモミジは『ケイシチョウの強引さにショカツが憤慨してる、って場面だな』と素直な感想を思い浮かべた。

「まぁまぁ、落ち着いてください。彼に当たってもしょうがないでしょう。彼は役に従って事実を報告しているだけなのですから」

 青年の中級騎士が、ヒートアップする中年の騎士を嗜める。

「良いじゃないですか。正直なところ、我々だけでは事の仔細を明らかに出来ていない。ここは一つ、聖騎士様方の意見も参考にするのもいいのでは?」
「──そうだな。お前の言う事も最もだ。新しい意見が出たら、そこを軸に隠されていた事実が見つかるかも知れん」

 中年の騎士は、昔堅気でプライドだけの男では無い様だ。乗り気ではないものの、青年騎士の言い分を理解し柔軟な思考で必要だと判断した。

「聖騎士達はもう来ているのか?」
「路地の入口で待機してもらっています」
「よしわかった。連れて来い」
「了解しました!」
 
 若い騎士は敬礼をすると、急いで来た道を戻って行った。

「はてさて、どうすっかな」

 モミジはここで少しばかり判断に迷う。

 今から来るのは中級などとは格が違う『聖騎士』だ。気配は消しているが、屋根上に身を潜めているモミジの存在に勘づくかもしれない。

 しかし、ここを離れてしまえば耳元のナイフの効果が及ぶ範囲から出てしまう。このサイズではこの距離が限界なのだ。もう少し大きく『創れ』ば範囲を広げられるかもしれないが、そうなると今度は誰かに発見される可能性もある。

 あまり考えている時間は無い。モミジは即座に決めた。

「多少のリスクは背負ってこそだな」

 この先に展開するだろう会話で、モミジの求める情報が得られるだろう。ならば、このリスクは負うべきものだ。それに、本部から来たという聖騎士の顔にも興味があった。万が一に出くわした場合、相手の顔も知らないでは反応が遅れる可能性もある。

 モミジは気配を消す事に更に意識を傾け、呼吸すら止める様にして聖騎士達が来るのを待った。
 
 ほどなく、再び若い騎士が現れる。その背後には男一人に女が二人が続いた。
 
 明らかに、他の騎士とは別物の、白を強調とした制服を纏う先頭の男が聖騎士だろう。見た目だけでいえばモミジよりも幾分か年上。男の目から見ても非常に整った顔立ちで、柔らかな微笑だ。まるで物語に出てくる王子様を彷彿とさせている。

(なんつーか、優等生ってのを絵に描いた様な輩だな)

 腰にはオーソドックスの両刃剣(ブロードソード)が鞘入りに差しこまれている。柄の部分には簡素ながら煌びやかな装飾が成されている。両腕に籠手を装備しているのだが、右腕に比べて左腕の籠手それだけが一回り以上に大きいのが印象的だ。

(この距離だと、あれが《魔導器》とは判断しにくいな。外套を着てるのは、まぁ手札を隠すための常とう手段だろう)

 しばらく観察を続けるが、この時点では結局、『優等生風イケメン』との評価しか下せなかった。実力までは分からない。

(まァいいや。で、後ろの二人は──────……)

 思考が停止する。

 それこそ僅かばかりの思考の停滞だったが、まさしく予想外すぎた。

 屋根の端から顔を引っ込め、下から完全に死角になった所で、頭を抱えて声無く唸った。気配を殺しながらも声を出しそうになるのを必死に堪える。

 ──あまりにも予想外。あまりにも想定外だ。

 声を無理やり押し殺したお陰で痛む喉に手を当てながら、再度屋根の端から顔を出す。

 ……見間違いでは無かった。

 聖騎士と思わしき男の背後に続く二人。

 騎士団の制服と似た色彩である青と白の外套を纏っており、外観の全てを把握する事は出来ない。だが、各々が携えている武具──《魔導器》が、両者の正体をモミジに嫌でも知らせる。

 色艶やかな紅髪を腰の高さまで延ばす彼女が腰に携えるのは、《斬風・空牙》。

 片や、自身の身長にも匹敵する大きさを誇る長銃《撃衝・カラドボルグ》を背負う少女。

 気配を殺す事さえ忘れてしまう程に、モミジは動揺していた。

「くそっ、いずれ当たるにしても早すぎだっつの」

 思わず口に出して毒づく。

 リィン・ガナードと言う名の、長銃を背負う少女。

 モミジとは十年来の親友であり、同時期に封印騎士団へと入団した幼馴染。

 紅髪を持つ彼女の名はミラージュ・アルヴェル。

 封印騎士団に所属していた頃、モミジの上官を務めた人物。


 モミジが騎士団時代に最も交流が深く、そして最も深く裏切ったであろう二人であった。
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