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第7章
第二話 ババァへの吉報──あるいは凶報
しおりを挟む同盟の作戦には二つ以上の組織が合同であり互いを監視する形だ。意図的に有益な情報が隠蔽される可能性は低い。あるいは、他にも多くの拠点を制圧して調査を行なっているのだ。多少を隠したところで焼石に水。
にも関わらず、盟主周りの情報が出てこないというこはあまりにもおかしい。
指示を受けた幹部たちが受け取った指示書や資料を逐一処分したと考えれば妥当かもしれないが、それにしたってこれだけの規模で調査しているのだ。一つや二つ出てきて良いはず。
だというのに、これまで全く出てこない。
「つっても、悠長に手を拱いてりゃ、亡国の目ぼしい拠点が軒並み壊滅しちまうし」
対亡国に国全体が傾いている今であれば、多少の無茶な要望も行動も面目さえあれば通る。しかし具体的な目標が形を失えばやがて勢いは衰えていく。盟主が見つからなくても、亡国の規模が目に見えて衰えれば、同盟を維持する面目も消え失せる自然と解散する流れへと移っていくに違いない。
どれほどに亡国を弱体化させたところで、盟主が健在であれば後顧の憂いを残す。もし取り逃がせば、いつかは亡国は力を取り戻すだろう。そうなった時、再び同盟を発足するような事態になれば、いよいよ民の国へ抱く信頼感が大きく揺るがす事態に陥る。
「盟主が出てきたのは二十年前辺りからの線からも当たっちゃいるが……」
数奇な巡り合わせによって、ラウラリスにもたらされた一つの情報。
とある無害な宗教団体が『亡国を憂える者』という犯罪組織に変貌したのは、およそ二十年前から。つまりはその時に決定的な何かが生じたという事だ。
ラウラリスは次々に重なっていく報告書を調べる傍らで、この国で起こった二十年前の出来事についても調べを進めていた。しかし、残念ながら目立った進捗は無かった。
国の表の歴史書と、獣殺しの刃に保管されている裏の歴史書を同時に追っているが、ピンとくるものが出てこない。当時の政治に関わる資料も読み漁ったが、特別に悪さを考えているような者はいない。そもそも、その手の輩は大体獣殺しの刃から睨まれているだろう。悪党の考えに精通するラウラリスから見てもピンとくるものは見つけられなかった。
まさしく、どん詰まりの状況である。
ラウラリスの読みでは、『亡国を憂える者』を操る盟主は亡国の中に存在していない。そしてそれは、王国の中枢奥深くに潜んでいると睨んでいる。だが、そうであれば必ず、その盟主と亡国を繋ぐ線があるはずなのだ。
もとより、国を裏から監視してきた獣殺しの目から逃れてきた盟主だ。並大抵ではない覚悟をしていたが、ここまで完璧に自身の存在を隠蔽する手腕には恐れ入る。
あるいはこの読みが単なる憶測に過ぎないと思ってしまいそうになる。
その誘惑を、ラウラリスは強靭な意思力で捩じ伏せた。彼女は自身、半世紀近くも国を騙し通した実績がある。身に刻んだ経験が確信の裏付けだ。
「つって、このままじゃぁ本当に手詰まりなんだよなぁ」
大きく息を吐き出し、力無く机の上に項垂れるラウラリス。乱雑に置かれた書類が落ちたり押されて皺になるがお構いなしだ。そのくらいにラウラリスは悩んでいた。
実のところ、次に打つべき手は考えてある。
──情報を探るために王府の中に飛び込むこと。
『盟主が王国の中枢にいる』というラウラリスの推測を共有しているのは、現段階ではたったの二人のみ。
獣殺しの刃の執行官ケイン。彼にはラウラリスが告げた。
そしてもう一人は、獣殺しの刃の総長シドウ。こちらは自らラウラリスと同じ推測に行き着いていた。
ただ、獣殺しの刃は今、各組織が連携するための緩衝材としての役割や情報の精査もある。ただでさえ人数不足なところに、この作戦に当たって非常に過酷な状況に追いやられている。ケインの配慮で優先的に情報は回してもらっているが、その上で王府に潜む裏切り者を探れというのも無理がある。シドウも全体の統括という立場がる。
故に、比較的に自由な立場のラウラリスが王府へ入り込み、直接肌で感じて盟主へ至る手がかりを探ろうというのだ。
一見すると理にかなっているが、これはかなり難しい。通すべき筋──面目とも呼べるモノがないからだ。
今の自分は確かに同盟の中では重要な位置にいる人間。同盟でも規模のあるいくつかの組織を後ろ盾にもできる。だが、国の中枢に立ち入れるほどではない。
そもそも、盟主が王国内部に居るという事実を明かすわけにはいかないのだ。口にすればいかにラウラリスとはいえ国家反逆罪やらなんやらと罪状を載せられて会えなくお縄になる。
別にその事自体は構わないが、少なくとも今の段階で捕まるわけにはいかない。最低でも、盟主の正体を明かすまでは捕まるわけにはいなかいのだ。
「こういうことなら、流儀を曲げてでも貴族と繋がりを持っておくべきだったかねぇ」
当世では気ままに生活する上で余計なしがらみを避ける為、なるべく王国の貴族周りからの依頼を受けないように立ち回って来た。それがここに来て、繋がりを設けなかった事に一抹の後悔が過ぎる。
いや、王国府の中に敵の親玉がいると推測でき始めたのは、ごく最近になってから。もしかしたらという考えは前々から頭の片隅にあったが小さくあったが、その程度で曲げられる流儀は最初から持ち合わせていない。
「結局、なんのかんのと悔やみを連ねたところで、後の祭りが派手になるだけか」
悔いとは過去に向けて抱くもの。囚われ続けては現在が疎かになり、未来が見えなくなる。死ぬほど後悔するのは、全てが終わってからすれば良い。
今は何よりも、果たすべき事があるのだ。
「……死ぬほど嫌だが、レヴンの会長が懇意にしてる貴族に渡りを付けてもらうか? いや、あのタヌキ会長に下手な借りを作ると碌な事にならないか。でも悠長に構えてられる時間も限られてるし」
背に腹は変えられないか、と悶々と悩んでいるラウラリスであったが、そんな彼女の耳に遠くから響く足音が聞こえてくる。足音はちょうど資料室の前で止まった。
「ん?」と目を向けると、扉を開けて入って来たのは一人の女性。
獣殺しの刃に所属する構成員の一人で、名前はクリン。本名であるかは不明だ。ラウラリスが本部の資料室にいる間、監視兼補佐をケインから命じられている。
もっとも、同盟作戦が本格始動してからは人手不足の影響で彼女も駆り出され、ラウラリスに拘う時間もめっきり減っていた。最近では朝に本部を訪れ、夜に宿に戻る時に顔をあわせるだけという日もある。
監視役がそれで良いのかとツッコミを入れたいが、それだけ死ぬほど忙しいというわけだ。
「作業中に失礼します、ラウラリスさん」
「いや、ちょいと気分を変えようと思ってたところだ」
肩に手を当てながらふぅと息を吐くラウラリス。ただでさえ豊かなモノを備えているのに長時間の机作業で、肩こりが酷い。連日の作戦もあり、ラウラリスも少しだけ疲れがあった。
「ところで何のようだい?」
「実は……ラウラリスさん宛に文を預かっておりまして」
クリンが取り出したのは一通の封筒だ。帰り際ではなく、あえて今手渡したということは、それなりに重要なモノであろう。
受け取ったラウラリスが裏返すと、彼女の目が僅かに細まる。封を閉じるために押された封蝋は非常に精巧な作りであったが、ラウラリスの感心がいったのはその緻密さではない。
「一つ聞くが、この封蝋を使えるのはどこのどなた様だい?」
封蝋は手紙の封を閉じるだけではない。象られた紋様は、差出人が貴族であることの証明だ。
「……エフィリス王家の者だけが許されている、由緒正しい紋様です」
これは吉報か、あるいか凶報か。ラウラリスを持ってしても判断しかねるモノであった。
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