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第6章

第五十二話 後日にお説教

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 製造拠点の制圧作戦に参加した王国側の人間に死者は出なかった。だが、負傷者は少なからず発生していた。亡国側の戦闘員ではなく、各所から拉致されて催眠薬の実験台にされていた一般市民による者だ。あらかじめ指示されていたのかまでは不明だが、捕らわれから脱走したフリをし、保護に駆けつけた王国側の人間に襲いかかる場合ケースが多発したのだ。

 このことから、製造されていた洗脳薬は、正気のフリをさせつつも指示を刷り込ませる事ができると推測される。まだ実験段階で精度も低かったが、本格的に製造が軌道に乗りばら撒かれれば、社会的な大問題に発展していただろう。

 負傷者は出つつも、最終目的であったパラスの捕縛には成功。これこそが最大の懸念事項であった。

 亡国の幹部は常識が通じないほどに『亡国の皇帝』に心酔しており、追い詰められれば自害される可能性も十分に考えられた。その点で言えば、亡国としては残念ながらパラスの亡国への忠誠心は薄かった。

 少々の傷は増えてしまったが適切な処置が施されたおかげで命に別状はなく、また彼が保有していた研究資料の確保もできた。治療のために今すぐには無理だが、現場で対面した近衛騎士隊隊長アイゼンの話では、助命を材料にすれば資料に記載されていない部分を聞き出すことは難しくないとされてる。

 また、同時に進行していた、各地の流通拠点制圧作戦についても滞りなく完了した。こちらは亡国の戦闘要員も多く配置されており、激しい戦闘が勃発した。こちらでは王国側にも被害が発生し、死傷者も少なからず出た。しかし、配置された各組織の人員の奮闘により、流通拠点の制圧はつつがなく完了した。

 完全に無傷とはいかなかったものの、対亡国同盟の初作戦は成功という形で幕を閉じた。

 ──それから二日が経過した。
 


「拉致され洗脳を施された者達は可能な限りの保護をした。既に各地の村や街に送り込まれてしまった者に関しても、ご丁寧に目録が残されていた。おかげでこちらの保護も難しくはないだろう」
「皮肉な話だ。薬と暗示による洗脳の精度が高いおかげで、潜伏してる者達が下手に他所に行かずに律儀に待っててくれるんだから」

 ケインの話を聞いてから、ラウラリスは心底面白くないとばかりに息を漏らした。

 つい先程まで、ラウラリスはケインから説教を喰らっていた。

 考えるまでもなく、パラスへの処遇に関してだ。同行していたアイゼンの弁護もあり、処罰が下されるような事態には陥らなかったものの、完全に咎無しとはいかなかった。おかげでこうして彼に呼び出された次第である。

 一通りに叱り終えたケインであったが、ラウラリスのあからさまな不機嫌は己の説教が原因でない事くらいはわかっていた。

「随分とご立腹だな。お前のそういう様子はあまり見た事がない」
「あまり見せたこともないからな」

 ラウラリスが、一般人の被害を看過できない人間であるのはケインも承知している。ただこうもあからさまに怒りを露わにしているのを珍しく思っていた。

「薬の供給を断ち切ったところですぐに改善されるもんじゃない。被害にあった者は、これから長く辛い禁断症状に悩まされることになるんだ。私だって腹の一つくらい立てるさ」

 薬物被害において、問題視されるのが薬の中毒性からくる禁断症状。これから、催眠薬を服用した者は、時には当人の理性を上書きするほどに襲いかかる薬物への衝動を断ち切らなければならない。しかも大半が己の意思ではなく亡国によって服用させられた者達。中毒症状に加えて施された洗脳も解除していかなければならず、どちらの治療にも長い時間がかかるのは確実であった。

「しかもあいつら、子供まで使いやがって──。なぁ、今からパラスのやつを締めに行って良いかい?」
「いいわけないだろ。さっきまでの話をもう忘れたのか……」

 ただでさえ怒り心頭であったところに、最もラウラリスが憤っていたのはやはり、亡国が子供を巻き込んだ事だ。

 彼女ラウラリスが遭遇した他にも、あの施設には何人もの子供が収容されておりやはり例に漏れず洗脳薬を服用されていた。

 残酷な話ではあるが、戦場において子供を用いた外道な作戦というのは確実に存在していた。極端な例を挙げれば、年端も行かぬ少年少女に『爆発』の呪具を隠し持たせ、敵兵の前に送り出すと言う者だ。良心を持ち合わせた並の兵であれば咄嗟に保護しようと駆け寄ったところで呪具が発動し、複数の兵を道連れにすると言うものだ。

 亡国は攫って洗脳した子供達に、この例に近しい行いをさせるつもりだったのだろう。剣に怒りが混じってしまうのはラウラリスとて堪えきれない。もっとも、怒りで剣筋が鈍ることなく、むしろ鋭さを帯びるのはさすがとも言えた。

「気休めになるかは分からんが、彼らの治療については国が責任を持って行うことになっている。子供らについても、必ず健常を取り戻した上で、親御の元に返させてもらう。とはいえ、一部に捜索届もない身元不詳であるが──」

 施設に連れてこられた子供の中には、身寄りのない孤児も含まれていたようだ。そのあたりの選別についてはおそらく、非常に迷惑な話だが基準はなく手当たり次第だったと考えられている。

「もし引き取り手に困ってんなら、心当たりがある。そうさな──今回の作戦に参加したハンターギルドのアイルか、献聖教会のデュランに私の名を出せば、何人かは面倒を見てくれるだろうさ」
「分かった。検討させてもらう」

 ──余談ではあるが、この会話がきっかけとなり結果として今回の被害にあった子供の数名がアイルがかつて育った孤児院と、献聖教会の運営する孤児院にそれぞれ入ることになる。
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