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第6章

第四十八話 紅炎の刃

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 騎士風の二人組が剣を引き抜く。

「このような小物・・であろうとも、我らに亡国を憂える者にとっては重要な人材だ。魅力的な提案だが、差し出すことはできん」
「右に同じく。我らが皇帝陛下の意に削ぐわぬ者に従ってやる通りも無し」

 最初に男が答え、次に女が声を発する。

 結果的に交渉は決裂したものの、己の扱いがあまりにパラスの顔が真っ赤になる。が、守って貰う身である以上は下手な事を言えないといったところか。

 これまで出会ってきた幹部らは、まとも・・・とは言い難い人間であったが、歪んでいる形に信念に近しいものがありそこに殉じる覚悟があった。決して褒められるものではなかったが『迫』とも呼べるものを秘めていた。

 それらと比べれば、ラウラリスの目から見ても、二人組の奥で腰を抜かしているパラスは一段も二段も格が下がる。あれでは守り甲斐もなかろう。人間性は度外視し、大事なのはあの男が持っている知識だった。

「それに、他の同志達には申し訳ないが、かの剣姫けんきと手合わせができる機会を逃す手はない。是非とも一手、死合い願おうか」

 語る言の葉は清々しい武人のそれだ。忠を抱く対象を誤らなければ、一角の人物として世に出ていたかもしれないと、ラウラリスは残念に思った。

「私はこの人ほど剣に真摯ではないので。己の職務を全うするのみ」

 女性の方はどこまでも冷淡だ。

 性別も印象もまるで対照的。けれども、この場は一切引く気はないという、二人の強い意思は同じであった。

「言っておくが、今の私はかなり気が立っている。手加減は期待するな」

 普段のラウラリスであれば、亡国であろうとも武人を相手に多少なりとも情を見せたりする。だが今の彼女は冷酷に告げと体勢を低くし、長剣の切先を真後ろに向けるように大きく振り被った。

「もとより承知の上だ」

 剣を構えながら、男は静かな気勢を高めていく。

 ──ギリッ。

「これではどちらが悪党カ、分かったものではなイ」  
「決まっている。皇帝に仇を成すそちら側が悪そのものでしょう」

 さもありなんと言う女に、やれやれとアイゼンは頭を振った。

 ──ギリギリッ。

「立場の違いだナ。申し訳ないガ、力づくで押し通らせてもらウ」

 一触即発の空気が漂う中で、男は僅かだけ首を傾ける。

「我らが一時を稼ぐ。その間にさっさと逃げろ」
「──っ、言われなくてもそうさせて貰う!」

 促されたパラスは屈むと慌ただしい手つきで床のあちこちを触りだす。隠し通路の扉を開く仕掛けを操作しているのだろう。

 ──ギリギリギリッ!

「いざ……まい──」

 男が威勢よく飛び出す。

 ──ズドンッッッ!!

 だが、言葉を最後まで紡ぐには至らなかった。


 既に、携えていた剣も身に付けていた鎧も纏めて叩き斬られたからだ。


 床を踏み砕くほどの強烈な踏み込みで飛び出したラウラリスの一刀。男は信じられないとばかりに目を見開き、喉奥から込み上げる血を口から溢しながら斬られた自身の躰と背後に立つ少女を交互に見やった。

「なん──」
「卑怯な手だが、戦場のならいだ」

 ──紅炎くえんじん

 全身の筋肉を一点に向けて極限まで『溜め』を作り、人体の中心へと力を集約。それを一気に解放させることで得られる爆発的な踏み込み速度と斬撃で相手を両断する、全身連帯駆動・壱式の技。

 参式における『神速の踏み込み』とは似て非なるものであり、あちらは予備動作なしであるが、壱式のこちらは技を放つ前に大きな『溜め』が必要となる。逆に、壱式のこちらは大きな隙の代償として、参式の技とは比較にならない破壊力があった。

 ラウラリスが『卑怯』と称したのは、彼女が剣を振りかぶった時点から技の準備を始めていたこと。どこからか聞こえていた軋むような音は、ラウラリスの全身の筋肉が軋みを上げながら収縮していく音だったのだ。

 殺し合いは剣を向け合った時ではなく、相対した時点ですでに始まっている。男の敗因は、そこを見誤ったことである。

 しかし、男は憤ることもなく、むしろ血に濡れた口端を釣り上げた。

「まさか……こうも……刃が立たない……とは……」
「いや。私に一瞬でも本気を出させたんだ。あの世で存分に誇るといい」

 額に汗を垂らすラウラリスが告げた。呼吸も乱れており頬も引き攣っている。

 壱式は身体への負荷が大きい技が多く、紅炎くえんじんはその中でも一際に反動が強い。極限の収縮とそこからの解放された爆発の振り幅はそのまま負荷となって使い手の躰を苛む。それを使う必要があるとラウラリスに決断させるほどに、亡国の騎士は高い実力を秘めていたのだ。

「──────……」

 呟きは溢れる血に溺れて判別できず、しかし男は笑う。刹那の攻防の中で、人生で最も充実した一時ひとときを得られたのだと、満足を抱きながら己の血の海に沈んだ。

「はぁ……はぁ……」

 剣を取りこぼす事はなくとも息を切らせながら佇むラウラリス。今彼女は、全身に走る激しい痛みに耐えている最中であった。十全な動きを取り戻すにはしばしの時間が必要であった。

 ──ガギンッ。

 仲間を断ち切った少女に亡国の女騎士が剣を振るうも、それを阻むのは王国の騎士だった。

「事前ニ、打ち合わせの一つでも欲しかったところだガ」
「お前なら問題なく合わせられると、わかっていたからな」

 女騎士の剣を受け止めたアイゼンに、ラウラリスは汗を拭いながら平然と言った。大技を放った直後に動けなくなるのは承知の上であり、それでもなお使ったのはアイゼンがいたからだ。

「そいつの相手は任せるよ」
「承知しタ。貴殿はパラスを見張っていロ」

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