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第6章

第四十七話 怒り心頭なババァ

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 例に漏れず、エルダヌス帝国も薬物を用いた研究が行われていた。

 敵国に中毒性の強い薬を流通させることで国力を低下させ、そこを攻め込むというもの。この試みは幾つかの小国を対象に行われ、一定の成果を得ることには成功していた。

 ただこれは、まさしく国を腐らせる毒であった。国家の礎たる人々を誘惑し、破滅へと向かわせる腐毒。この魅力に取り憑かれた者は、自身の全てを切り売りして薬を求めた。友人、妻、夫、子供、親。代償にあらゆるものを払って薬を求める様はまるで生ける亡者だ。

 エルダヌス帝国が他国を侵略していたのは、本来は衰えた国内の生産力を補う為である。だが、薬物によって腐敗した国を手に入れたところで、得るものはほとんどなかった。その為、表立っては使用を禁止された。

 しかし、その本分を忘れて『侵略』そのものに意義を見出していた一部の軍閥では、密かに研究は続けられ、作戦に用いられることもあった。

『洗脳』もそうした研究の過程で生まれたものだ。快楽を強制的に植え付け、正気が薄れたところに外部から思考を誘導し、都合の良い駒に仕立て上げる。薬漬けにした民を先導し内乱を起こさせるというもの。

 亡国を憂える者が生産しているのはこの類の薬である。

 研究の初期で生まれた薬は、中毒性が強く数度の使用で正気を失うほど。一方で、洗脳で用いられる薬は、中毒性を抑えながら服用者を酩酊状態に陥らせるもの。

 強弱はあれど、酷い中毒の危険性があるのには変わりはない。たとえ一度でも服用してしまえば、その魅力から抜け出すのは非常に困難だ。数多くの手助けが必要となり、仮に脱したところで何かの拍子にまた取り憑かれる事も少なくはない。

 ましてや体の出来上がっていない子供であればその影響は計り知れない。大人には問題なくとも、子供が飲めば身体に多大な負荷を与える薬というのもある。危険性のある薬ともあれば尚更だ。

 つまり──ラウラリスは非常に腹を立てていた。

 ただでさえ後始末が面倒な薬物を罪のない者に使用した上、まだ年端もいかない子供にまで服用させた。

「──ってなわけだ。個人的にはとっとと首を刎ねてやりたいところだが、生きて捕えろとのお達しだ。きっちり半分殺す程度で我慢してやろう」
「それで素直に投降する者は皆無だろうナ」 

 怒り心頭で悪徳皇帝の顔が漏れ出すラウラリスに、アイゼンは落ち着いて言葉を挟む。

 要救助者の対応によってついに彼女とアイゼンの二人だけとなってしまったが、戦力的には問題なかった。

 拠点の管理者が使っていたと思わしき部屋は、すでにもぬけの殻。ただ、突然の強襲によって慌てていたことは、内部の荒れ具合で把握できていた。道中では別の入り口から制圧を始めた別部隊の傭兵や獣殺しの構成員とも出会うようになり、拠点全域の制圧が着々と進んでいることがわかった。

 やがて行き当たったのは、植物の栽培所。建物の内部にありながら天井からは燦々と光が発せられており、よく見れば呪具のようだ。太陽の光を取り込み、室内でも日光の光を再現するために用いられるものだ。

 薬物の材料を外部からの供給だけではなく、一部は自給していたわけのようだ。非常に手の凝った内装である。

「くそ、もうここまで来たか──ッ」

 栽培所の一番奥でモタモタと動いているのが、この拠点の管理者。

 亡国を憂える者の幹部であり、薬物を用いての洗脳を行っていた首謀者『パラス』だ。

 元々はどこかの貴族のお抱え薬師であったが、立場を利用して裏では違法な薬の製造売買に手を出し、それが露見したことで出奔。行き着いた先が亡国であったというのが、獣殺しによる事前に発覚した身辺の情報だ。

 ラウラリスが部屋の扉を破壊して入ってきたところで、床に膝をついてゴソゴソと何かをしていたのが確認できていた。

「隠し通路の類カ。一応、考えうる通路の出口に人員は配置してあるはずだガ」
「亡国の奴らが新しく作った可能性もある。ここで逃がしていい道理はない」

 パラスの傍には一抱え以上もある鞄が置かれている。身辺のものを掻き集めて詰め込んだものだろうか。亡国についての情報や薬物の精製方法も、おそらくはあの中に収められているはずだ。

「──あの鞄だけ持って帰ればいいんじゃないか?」
「もう少し殺気を抑えロ。反射的に剣を向けそうになル」

 アイゼンの静止にラウラリスが舌打ちをする。もし仮に彼が居なければ、躊躇わずに首を刎ねていたかもしれない。そう確信させるほどにラウラリスは静かな殺意を溢れ出させていた。

 二人が未だにパラスの確保に動いていない理由は、その前に立ち塞がる者がいるからだ。

 武装した男女二人組。まるで騎士のように甲冑を着込み、静かにラウラリス達を見据えている。他の構成員とは明らかに纏っている雰囲気が異なっている。

 ラウラリス、アイゼンが共に、気軽に手を出すのを思い留まるほどだ。

「まったく趣味が悪い。あれは旧帝国の騎士鎧だ」
「博識だナ。私にハ、この国の鎧でないとしか分からなかったガ」
「全く自慢できるものではないが、旧帝国の文化については詳しいほうだ。間違いない」

 以前に、伝聞だけで伝わっていた情報を元に、帝国で話題になった衣装を再現してみせた職人と出会ったことがある。その時は笑い話ですんだが、今回はまるで違う。ただでさえ苛立ちを募らせているラウラリスの神経をさらに逆撫でしていた。

「そこの二人。提案だが、パラスをこちらに差し出せば、お前らは見逃してやろう」
「……我らは国の義を背負っている立場なのだガ?」

 ラウラリスが発したセリフに、アイゼンが引き気味になった。

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