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第6章
第三十三話 褒めるババァ
しおりを挟む「王子の相手はご苦労だったな。君を探している最中に陛下たちとすれ違ったが、陛下と王子はとても満足げであったよ。王妃は少しばかり機嫌が悪そうであったがな」
「私としても中々楽しめたよ。面白いもんを拝ませてもらった」
王子への指南という、当初の予定とは違う流れになりはしたが、ラウラリスとしても有意義な時間を過ごせた。
「しかし、あの王妃さんは中々苛烈だね。出会い頭に私に張り手をかましてきたよ。避けなかったら今頃、三日四日は取れない痣が出来てたね」
ラウラリスは肩を竦めてから、自身の頬を撫でた。
「王子絡みで、特に運動に関わる事になるとあの方はいささか敏感なところがあるのは認めよう。だが、あの方が単なる親バカでないことだけは言わせてもらおう。普段の王妃は知的で思慮深い方だ。王子相手にも、要所では厳しくあり、そして優しい母親であらせられる」
王妃として迎え入れられるだけの要素を持ち合わせているのだろう。
「あの方は王国発祥初期に、王家から別れた侯爵家の血筋だ。流石に血は薄れているが、侯爵家は幾度か王の伴侶も輩出している」
加えて、今代の王妃は呪具に関する才能もあり、今現在は王の伴侶という立場になりながらも呪具開発部の責任者としても活躍している」
「王妃のおかげで、呪具の研究はますます盛んになった。初代国王の妻セルシアの再来と呼ぶ者もいるそうだ」
「血筋も能力も、文句の付けようがないって完璧王妃様か。そりゃぁ凄い」
ラウラリスは感嘆の溜息を漏らしながら、懐かしい名前に想いを馳せる。
呪具使いの姫セルシア・エンデ。
ラウラリスを討ち果たした勇者の仲間の一人であり、数々の呪具を携えた亡国の姫君。
己を討ちに現れた勇者の傍にいる姿を、目を瞑れば今でも鮮明に思い出すことができる。
ある側面では、勇者以上にラウラリスの記憶に深く刻まれていた。
──どこまでも深く暗い、憎悪の感情。
人に恨まれるのには誰よりも慣れているはずのラウラリスであっても、あそこまでの憎しみを向けられた記憶はあまりない。
現世に蘇りラウラリスの前に立ち塞がった実父の魂。この世ならざる場所で三百年も溜め込み続けた怨嗟を吐き出していた。前世の今際、セルシアがラウラリスに向けていた憎悪もそれに匹敵していたかもしれない。ようやく二十代を迎えたかどうかの年頃の娘が抱くにはあまりにも強烈であった。
(私が滅ぼした国の姫様だ。こちらにも事情があったにせよ、恨み心頭なのは当然だわな)
エンデ王国は、当時に最も呪具の研究が盛んであり、帝国も同盟を結んでいた。軍事転用は言うに及ばず、日常生活においてもエンデが開発した呪具の恩恵を、帝国も強く与っていた。
その同盟を一方的に破棄して攻め滅ぼし、一族郎党のほぼ全てを皆殺しを命じたのは、悪虐皇帝ラウラリスに他ならない。
本来であれば、その際にセルシアも見逃すつもりはなかった。他の血縁や家臣が総出で逃したのであろう。セルシアの生存を把握したのは、勇者が台頭してきた頃になってからだった。
(勇者と結婚したって記録にはあったが、幸せになってくれたようで何よりだ。私が言えた義理じゃぁないがね)
ラウラリスの記憶に残るほどの強大な恨みだ。帝国を滅ぼした程度で晴れるか少しだけ心配であった。獣殺しの刃に残された資料によれば、夫婦仲は良好で子沢山だったようだ。そのうちの一人が王家から分離し新たなお家として立ったわけである。
ラウラリスは王都に辿り着くまでの道程で、かつての部下たちが辿った軌跡を知るに至った。そして王都に辿り着いた今は、勇者たちの軌跡を知った。彼らの存在が今日の平和に至ってると思うと、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
「聡明な母がいてあの王子は幸せだ。単に甘やかされただけのお坊ちゃんじゃぁああはならない。将来が実に楽しみだよ」
「君の目から見て、王子はどうだ?」
「ありゃぁ逸材だ」
間を置かずに告げられたラウラリスの評価に、シドウも少しだけ驚きを見せる。たとえ相手が誰であろうとも、気安く世辞を述べるような正確ではないのは、彼女を少しでも知る者であれば当然の認識であったからだ。
「随分と褒めてくれるな。王子には聞かせられないが、あまり剣術には向いていないというのが指南役を務めた者たちの総合的な評価だったはずだが」
「普通に鍛えてりゃぁな」
並の鍛錬法、並の指導者では駄目だ。それではアベルの持つ素養を殺してしまう。あの少年に求められるのは、今は筋力をつけることでも剣術を学ぶことではない。
全身の筋肉や稼働を連動させる感覚。武の道に行きた者が鍛え抜いた先にようやく手にかける領域を、一番最初に覚えること。
全身連帯駆動の鍛錬とは武術の逆算。最初に完成形を得ることから始まる。
「一芸に特化はできないが、万能を極めりゃぁ一芸を超えるだろう。いっそのこと、あんたの部下から手頃なやつを指南役につけた方がいいんじゃないかい? というか、あんたのことだから気が付いてたんだろ、これは」
「あまり買い被ってくれるな。とはいえ、もしやと可能性の一つとしては考えてはいた」
「…………」
シドウの同意に、ラウラリスはあからさまに嫌そうな顔になった。
「人に聞いておいて、その反応は失礼ではないのかな?」
「なんでだろうね。意見の合致はいいんだが、素直に喜べない」
普段であれば自分の慧眼をちょっとだけ誇るようなセリフの一つも出てくるところなのに、相手がシドウであると素直に喜べないのである。反論しようにも、同一意見であるために余計なことを口にすると己の論を否定する事になってしまう。それがどうにももどかしい。
「つって、問題はあのお母様が許してくれるかどうかだが」
「以前に陛下に具申したことはあるが、王妃に跳ね除けられたよ。剣術云々の話以前に、王妃が獣殺しの刃を快く思っていというのもあったが」
「そうなのかい?」
「王の権限によって阻まれたが、過去に一度だけ予算を半分に削られそうになったこともあるくらいだ」
「そりゃぁ大変だ」
事実上の解散宣告だ。下手すれば獣殺しの刃がなくなっていただろう
「王妃も正式に輿入れしてから獣殺しの刃の存在を知らされたが、その時から反応は芳しくなかったからな。もっとも、これは彼女に限った話ではない。歴代の王妃も、闇の組織である獣殺しの刃が王直属である事に難色を出す者もいたそうだ。予算半分の事件は前代未聞だったがね」
清廉潔白だと思っていた結婚相手が、裏で後ろ暗い組織の元締めをしていると知れれば、仕方のないことであろう。それにしても、王妃の辣腕は過激であったのは間違いない。
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