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第6章

第三十二話 再び迷子になるババァ

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 あのままの空気で再開できるはずもなく、王子の鍛錬は終了となった。すでにアベルの体力も限界に近くちょうど良いタイミングでもあった。

 王に説き伏せられ、一応は落ち着いた王妃であったが、ラウラリスに向ける視線はやはり棘があった。そんな彼女に苦笑しつつ、王はラウラリスを労い、後に報酬を宿に送り届けると言い残し城の中へと去っていった。アベルも最後に深くラウラリスに頭を下げると、王妃と並んで王に続いていった。

 王の護衛たちも、ラウラリスに一礼をし主君の後を追う。王妃が連れていた騎士たちからは何ら反応もなく、ラウラリスを気にした素振りすらなく消えていった。全身鎧の騎士も同様だ。

 そして、中庭にはラウラリスが一人取り残された。

「……見送りとかねぇのかい」

 特別に求めていたわけでもないが、それはそれでちょっぴり寂しい気もする。王妃が来てからそれどころの空気ではなくなっていたので仕方がない。多分、

「ま、仕事はちゃんとこなしたし、私なりにもなかなか面白かったしな。報酬もくれるってんだしいいだろうさ」

 王に呼び出された身とはいえ、結局は一介の剣士であり流れの賞金稼ぎだ。このくらいの扱いは妥当といったところか。

 ラウラリスはこれといった不満も抱くことなく、むしろ満足げに帰路についた。

 ──のだが。

「やっぱり、慣れない他所よそ様のいえを勝手にほっつきまわるもんじゃないか。……どこだい、ここ」

 現在、王城の中を絶賛迷子中の見た目美少女ババァである。

 城というのは案外に複雑な構造をしているもので、これはもし万が一に外敵に攻め込まれた際に時間を稼ぐ為である。おおよその方角任せで歩けば迷うのは必然だ。

 かつてここにはラウラリスが君臨する皇居であったが、もはや見る影もない。記録によれば、初代国王が統治してから数代はそのまま利用していたようだが、後に大改装を行なっており構造はガラリと変わっていた。

 残念なことに、出口までの道を聞こうにもこれまで誰かしらとすれ違うこともなかった。

「中庭に誰かが戻ってくるまで、待ってるべきだったかもしれなかったねぇ。あそこなら人も通りかかっただろうし」

 後の祭りをボヤきつつも、とにかく先へ先へと進むラウラリス。

 そのまましばらく進んでいると、いかにもと言った具合の両開きの扉が待ち受けていた。しかもおあつらえ向きに鍵が掛かっておらず半開き状態である。

「…………」

 不意に好奇心を疼かせてしまったラウラリスは怖いもの見たさもあいまり、隙間からそっと室内を覗き見る。もし危ないものがあったら即座に引き返そうとも心構えていた。

 ところが、恐る恐る除いた中身は薄暗いだけで調度も何もないほとんど空き部屋と言っても差し支えないものであった。窓もなく、光源はほぼラウラリスが除いている扉からのみという。

 かろうじて、部屋の奥に一枚の絵が立てかけられているのみである。

「まぁ、警備や監視がないなら、それほど危険やばいもんじゃないだろうし」

 ラウラリスは懐から火の呪具を取り出し明かりを灯すと、部屋の中に足を踏み入れた。

 思っていたよりも埃っぽさが少ないのは、定期的に清掃が行われているからだろう。

 一番奥の壁に近寄り明かりを持ち上げると、絵画の全体が露わになった。

 描かれていたのは、美しい黒髪の女性だ。こちら側に目を向けやわらかかく微笑んでいる様は、見るものに温もりと優しさを感じさせる。

「こりゃぁなかなかの一品だ。腕のある画家の作品だね」

 皇族出身のラウラリスは、こうした美術品には中々に煩い。その彼女からしても、この女性が描かれた絵画は素晴らしいものであった。

 気になるのは、どうしてこんな見事な作品が、薄暗く何もない部屋にポツンと飾られているのか。

 と、そこまで考えてからラウラリスは「ん?」と眉を顰めた。

「…………そういやぁこの人、どっかで見たことないかい?」

 顎に手を当てて自身の記憶を探るラウラリスだが、すぐには思い出せない。けれども絵画の女性にどことなく覚えがある感覚だけは確かであった。

 さらに注意深く絵画の人物を観察しようとしたところで、背後に人の気配が生じた。

「あまり王城を一人で歩き回らないで欲しいものだがな」
「案内役が全員、王様に付いていっちまってね。仕方がなかったんだよ」

 声だけでもはや誰だかわかる。振り返った先、扉のそばからこちらに近づいてくるのはシドウであった。

「もしかして、私を探してたのかい?」
「君が城に参上しているのは知っていたからな。出口あたりで待っていたが一向に来る気配がないとくる。仕方なしに探してみればここに行き着いた次第だ」

 シドウはラウラリスの隣にまで来ると、謎の美女の絵画を同じく見上げる。

「なぁシドウ。この絵に描かれてるお嬢さんが誰か知ってるかい?」
「この御仁は、国王陛下の側室だ」
「へぇ……随分と気量の良さそうな美人さんだ。しかも達者な職人の仕事ってんなら、もっと見栄えのするところに飾りゃぁいいだろうに」
「私情だけを述べさせてもらえば同感だ」

 含みのある物言いに、ラウラリスはシドウに流し目を向ける。相変わらず考えは読み取れないが、シドウはそのまま話を続ける。。

「残念ではあるが、彼女はすでに亡くなられている。宿した一粒種と共にな」
「死産だったのか。そいつは悪いことを聞いた」
「当時は既に王妃様とご成婚なされていたが、先に側室の方が身籠られた。しかも、子と一緒にお亡くなりになられたのだ。陛下としても複雑な心境だったのだろう」

 しかし、思い出をただただ風化させるにはあまりにも情がない。せめてもと、王は一流の絵師に生前の側室の絵を描かせ、こうして城の片隅に飾っているのだという。

「下衆なことを聞くけど、何かしらの陰謀って説は?」
「少なくとも、王妃と側室の関係は良好であった。獣殺しわれらも調査を行ったが、陰謀を裏付ける証拠は何一つ見つからなかった。元々、側室は体が弱かったというのもある」

 もしかすると、王妃のアベルに対する過保護な部分は、単に病弱だったというだけではなく、側室のこともあってなのかもしれない。
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