117 / 151
第6章
第三十二話 再び迷子になるババァ
しおりを挟むあのままの空気で再開できるはずもなく、王子の鍛錬は終了となった。すでにアベルの体力も限界に近くちょうど良いタイミングでもあった。
王に説き伏せられ、一応は落ち着いた王妃であったが、ラウラリスに向ける視線はやはり棘があった。そんな彼女に苦笑しつつ、王はラウラリスを労い、後に報酬を宿に送り届けると言い残し城の中へと去っていった。アベルも最後に深くラウラリスに頭を下げると、王妃と並んで王に続いていった。
王の護衛たちも、ラウラリスに一礼をし主君の後を追う。王妃が連れていた騎士たちからは何ら反応もなく、ラウラリスを気にした素振りすらなく消えていった。全身鎧の騎士も同様だ。
そして、中庭にはラウラリスが一人取り残された。
「……見送りとかねぇのかい」
特別に求めていたわけでもないが、それはそれでちょっぴり寂しい気もする。王妃が来てからそれどころの空気ではなくなっていたので仕方がない。多分、
「ま、仕事はちゃんとこなしたし、私なりにもなかなか面白かったしな。報酬もくれるってんだしいいだろうさ」
王に呼び出された身とはいえ、結局は一介の剣士であり流れの賞金稼ぎだ。このくらいの扱いは妥当といったところか。
ラウラリスはこれといった不満も抱くことなく、むしろ満足げに帰路についた。
──のだが。
「やっぱり、慣れない他所様の城を勝手にほっつきまわるもんじゃないか。……どこだい、ここ」
現在、王城の中を絶賛迷子中の見た目美少女である。
城というのは案外に複雑な構造をしているもので、これはもし万が一に外敵に攻め込まれた際に時間を稼ぐ為である。おおよその方角任せで歩けば迷うのは必然だ。
かつてここにはラウラリスが君臨する皇居であったが、もはや見る影もない。記録によれば、初代国王が統治してから数代はそのまま利用していたようだが、後に大改装を行なっており構造はガラリと変わっていた。
残念なことに、出口までの道を聞こうにもこれまで誰かしらとすれ違うこともなかった。
「中庭に誰かが戻ってくるまで、待ってるべきだったかもしれなかったねぇ。あそこなら人も通りかかっただろうし」
後の祭りをボヤきつつも、とにかく先へ先へと進むラウラリス。
そのまましばらく進んでいると、いかにもと言った具合の両開きの扉が待ち受けていた。しかもおあつらえ向きに鍵が掛かっておらず半開き状態である。
「…………」
不意に好奇心を疼かせてしまったラウラリスは怖いもの見たさもあいまり、隙間からそっと室内を覗き見る。もし危ないものがあったら即座に引き返そうとも心構えていた。
ところが、恐る恐る除いた中身は薄暗いだけで調度も何もないほとんど空き部屋と言っても差し支えないものであった。窓もなく、光源はほぼラウラリスが除いている扉からのみという。
かろうじて、部屋の奥に一枚の絵が立てかけられているのみである。
「まぁ、警備や監視がないなら、それほど危険もんじゃないだろうし」
ラウラリスは懐から火の呪具を取り出し明かりを灯すと、部屋の中に足を踏み入れた。
思っていたよりも埃っぽさが少ないのは、定期的に清掃が行われているからだろう。
一番奥の壁に近寄り明かりを持ち上げると、絵画の全体が露わになった。
描かれていたのは、美しい黒髪の女性だ。こちら側に目を向けやわらかかく微笑んでいる様は、見るものに温もりと優しさを感じさせる。
「こりゃぁなかなかの一品だ。腕のある画家の作品だね」
皇族出身のラウラリスは、こうした美術品には中々に煩い。その彼女からしても、この女性が描かれた絵画は素晴らしいものであった。
気になるのは、どうしてこんな見事な作品が、薄暗く何もない部屋にポツンと飾られているのか。
と、そこまで考えてからラウラリスは「ん?」と眉を顰めた。
「…………そういやぁこの人、どっかで見たことないかい?」
顎に手を当てて自身の記憶を探るラウラリスだが、すぐには思い出せない。けれども絵画の女性にどことなく覚えがある感覚だけは確かであった。
さらに注意深く絵画の人物を観察しようとしたところで、背後に人の気配が生じた。
「あまり王城を一人で歩き回らないで欲しいものだがな」
「案内役が全員、王様に付いていっちまってね。仕方がなかったんだよ」
声だけでもはや誰だかわかる。振り返った先、扉のそばからこちらに近づいてくるのはシドウであった。
「もしかして、私を探してたのかい?」
「君が城に参上しているのは知っていたからな。出口あたりで待っていたが一向に来る気配がないとくる。仕方なしに探してみればここに行き着いた次第だ」
シドウはラウラリスの隣にまで来ると、謎の美女の絵画を同じく見上げる。
「なぁシドウ。この絵に描かれてるお嬢さんが誰か知ってるかい?」
「この御仁は、国王陛下の側室だ」
「へぇ……随分と気量の良さそうな美人さんだ。しかも達者な職人の仕事ってんなら、もっと見栄えのするところに飾りゃぁいいだろうに」
「私情だけを述べさせてもらえば同感だ」
含みのある物言いに、ラウラリスはシドウに流し目を向ける。相変わらず考えは読み取れないが、シドウはそのまま話を続ける。。
「残念ではあるが、彼女はすでに亡くなられている。宿した一粒種と共にな」
「死産だったのか。そいつは悪いことを聞いた」
「当時は既に王妃様とご成婚なされていたが、先に側室の方が身籠られた。しかも、子と一緒にお亡くなりになられたのだ。陛下としても複雑な心境だったのだろう」
しかし、思い出をただただ風化させるにはあまりにも情がない。せめてもと、王は一流の絵師に生前の側室の絵を描かせ、こうして城の片隅に飾っているのだという。
「下衆なことを聞くけど、何かしらの陰謀って説は?」
「少なくとも、王妃と側室の関係は良好であった。獣殺しも調査を行ったが、陰謀を裏付ける証拠は何一つ見つからなかった。元々、側室は体が弱かったというのもある」
もしかすると、王妃のアベルに対する過保護な部分は、単に病弱だったというだけではなく、側室のこともあってなのかもしれない。
122
お気に入りに追加
13,884
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。