116 / 151
第6章
第三十一話 避けるラウラリス
しおりを挟む「それで、次は何を教えてくださるのですか!?」
「まぁ待ちなって。始まってから今の今までずっと通しで来てんだ。しかもテンション高くて気がついてないだろうけど、もう王子の体力は限界だよ」
「でもっ────」
己の中にある感覚が消えぬうちに続けたいのだろうと食い下がる王子。気持ちはわからなくもないが、これ以上はむしろ逆効果だ。限界を越えるための鍛錬というのもありはするが、少なくともまだ躰が未成熟なアベルに課すものではない。
そのことを伝えようとしたラウラリスであったが、彼女が発するよりも想定外のところから待ったの声が掛かった。
「何をしているのですかっっっ!?」
覚えのない声にそちらを向けば、美しい女性が険しい表情でこちらに近づいてくる姿があった。歳の頃は三十を超えて入るだろうが、まだ二十代と呼んでも通ずるほどに若々しく、その顔たちはどことなくアベルに似ていた。後ろには騎士が幾人かと、全身を鎧に身を包んだ者が一人だ。
(あの全身鎧は)
ラウラリスは興味深そうに目を細めたが、アベルは女性を見るなり「まずい」と言わんばかりに慌てた顔になった。
「は、母上……」
「アベル!」
仮にもこの国の王子を呼び捨てにし、彼から母と呼ばれる人物。つまりは、あの不機嫌を露わにしている女性がカイン王の妻であり王妃ということになる。
(そういやぁ名前知らないわ)
王妃は怒り顔のままで ラウラリスの側まで来ると右手を振り上げた。
──ブンッ!
「うおっ」
いささかキレのあり過ぎる平手が飛んできて、ラウラリスは身を逸らし紙一重で回避する。王妃の細腕から繰り出されるには妙なほどに風を切っており、当たれば痛いで済むか不安になる程だ。
避けられるとは思っていなかったようで、王妃は驚いた表情を浮かべるが、空気を切った手の平を握ると怒気を孕んだ視線をラウラリスに向ける。
さすがは一国を納める人物の伴侶。鋭い視線の切れ味に、並の胆力の持ち主であれば気後れして口篭ってしまうだろう。
並の胆力ではないラウラリスは、困ったふうに頭を掻きながら王妃を見返す。ふと目につくのは、彼女の胸元に下がっている首飾り。非常に凝った装飾がなされており、ラウラリスからしてもなかなかの一品であると分かる。
と、それはいいとして。
「……アベルに無理をさせるなど何様のつもりですか。この子は将来、我がエフィリス王国を継ぐ大事な存在です。もし万が一があれば──」
「お言葉ですが、汗の一つも掻かぬ鍛錬に意味があるとでも? 生兵法は怪我の元とはよく言います。下手に情けをかけて中途半端な技術を学ばせることこそ、指南役に任命された者にとってあるまじき行いかと存じます」
半分くらいは真実であるが、もう半分ほどはこの場で考えた適当な理由だ。とはいえ、適当な理由をもっともらしく言葉で飾り立てるのはラウラリスにとっては朝飯前だ。
「であれば、傷を負うこともやむなしと?」
「傷の一つも負わずに育つ王によりは遥かにマシかと」
真正面から反論に、王妃は眉を顰める。
「母上っ、これは私がお願いして──」
「あなたは黙っていなさい。母はこの女に話をしているのです」
咄嗟にアベルが止めに入ろうとするが、王妃のピシャリとした一言で押し黙ってしまった。やはり母親には逆らえないようだ。
「存じていますよ。一角では剣姫と呼ばれているとか。とはいえ、まさか王族の教育にまで口を挟める立場であるとは思っていませんわよね」
「少なくとも、此度の指南に限っては、王より許しを賜っておりますので」
「────陛下ッ!」
王妃はアベルの手を引くと、王の元に詰め寄る。どうやら意識を逸らすことに成功したようだ。王が若干恨めしい目を向けてくるが、ラウラリスは肩を竦める。ラウラリスに指導の内容を一存したのであれば、責を負うべきは一存した王様だ。
「いつも申しているはずです! この子にはまだ剣術稽古は早いと! 体調を崩しただろうされるおつもりですか!!」
「お前の気持ちも分からなくもないが、だからと言ってずっと部屋に篭りきりというのも」
「であるにしろ、どこの馬の骨とも知れぬ者に預けるなどもってのほかです! 体力がつく前に変な癖でもついたら──」
「馬の骨ではなかろう。献聖教会やレヴン商会、ハンターギルドも保証している」
「そういう問題では──」
王妃の剣幕を前に、王は困り顔を浮かべつつも落ち着いて言葉を連ねていく。話の中心であるアベルはそんな二人を前にオロオロするばかりだ。
「……ラウラリス殿、気を悪くされぬように」
ラウラリスに近づき謝を述べたのは、王の護衛をしていた騎士の一人だ。最初は警戒されていたようだが、アベルの指導ぶりを見せたことで程度の信用は得られたようだ。
「普段の王妃様はああではないのです。あのお方は本来、聡明で声を荒げるようなことはないのですが、アベル王子が絡むとどうしても」
「子を持つ親ってのは、子供のことになると我を忘れるもんさ。気にするほどのことでもないさ。ちゃんと想われているようで王子が羨ましいよ」
王妃の苛烈さは、王子への愛情の裏返しであることはラウラリスも理解していた。王子という立場に囚われた上辺だけのものではない。真に王子を案しているからこそであると、痛いほど伝わってきた。
「アベル王子は国王夫妻にできた唯一のお子。その上、十歳を越えるまでは病気がちでありまして。元気に走り回れるようになったのも、ここ数年になってからなのです」
「だからあの過保護っぷりか」
「当初は、剣術指南を行うことすら猛反対していたところを、陛下がどうにか説き伏せた次第でして。王子当人は非常にやる気なのですが」
歳の割には少し躰の出来具合が心許ないと思っていたが、事情があったということか。ラウラリスに敢えて伝えなかったのは、彼女に要らぬ心遣いをさせぬようにとの判断であろう。
「誤解してたよ。王子様だからって鍛錬が甘くなってるかと思ってたが、あんたらなりに色々あったわけだ。変に勘繰ってすまんね」
「いえ。我らとしても少し王子の身を案じすぎていたのかもしれません。先ほどに王子が放った一振りは見事なものでした。そしてあれほど充実した様子の王子も我らは見たことがありません。良い勉強になりました」
「そっか」
ラウラリスは再度、アベルたちの方に目を向ける。
あるのは、王という立場さえなければ、どこにでもありふれた家族の光景であろう。間違いなく、それは尊いものであるとラウラリスにも分かった。
117
お気に入りに追加
13,838
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。