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第6章

第二十九話 仕込みをするババァ

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 最初、この光景に誰もが唖然となった。だが、思考が理解に到達した途端、この場にいる護衛たちの殺気が溢れ出した。王子からの要望だとしても、最近に名が売れ出しただけの剣士がして良い所業ではない。

 しかし、それに待ったを掛けたのは国王であった。今にも剣を抜かんといきりたつ護衛たちを片手をあげて制する。驚く護衛たちに、国王はむしろ面白げに自身の顎を撫でる

「内容は彼女に一存すると私が許した。お前たちが逸る必要はない」
「ですがっ──いえ、申し訳ありません」

 二度も同じこと言わせるなと、王が視線で告げると護衛たちは引き下がった。

 そうしたやりとりをよそに、ラウラリスは木剣で肩を叩きながら倒れた王子に告げる。

「意識が吹っ飛ぶほどにぶっ飛ばしたつもりはないよ。痛みはあるが立てるはずだ」
「ごほっ、げほっ……!?」

 彼女の言葉通り、アベルは苦しげに咳き込み、痛みに顔を顰めながら上体を起こす。今の一撃は最大限の手加減に加えて、彼の持つ剣に当たる様に調整してあった。見てくれは派手であったものの、実際には走って転んだ程度に留まっていた。

 もっとも、アベルが受けたのは痛みよりも強い衝撃だ。上体を起こしこちらを見ている今でも、自分の身に何が起きたのか飲み込めていないかもしれない。

「私は言ったぞ。手心は加えないって」
「──ッ!」

 アベルは目を大きく見開く。

「ちょいと喝を入れさせてもらった。私に剣を教えてもらおうってんなら、まずはその腑抜けた神経から叩き上げる」

 別にラウラリスは、アベルが素人丸出しの構えをしていたことには何の文句もない。最初から一丁前に剣を扱えるはずがない。ましてやアベルは子供だ。一すら知らぬ若者に十もできぬ事に怒りを覚えるほど、ラウラリスも馬鹿ではない。

 しかし、アベルには剣を持つ者としての緊張感が無かった。あるのはただ、ラウラリスに相手をしてもらえる喜びだけだ。ただただ、憧れの人物と向き合えることへの感激だけが心身を支配していた。

 ラウラリスはそこが気に入らなかった。

 剣を持つのであれば例え手にするのが模造剣であろうとも、一歩間違えれば怪我に及び、当たりどころが悪ければ死に至る。どれほど体捌きが素人であろうとも、根底にある気構えが緩むのだけは、ラウラリスは断じて許さなかった。

「残念だが、私の剣は貴族様が教える礼儀作法やらなんやらとは無縁のもんだ」

 彼女は剣の切先をアベルに向ける。

 ここに来てアベルも思い知ったのだろう。お前の目の前にいるのは、王子であろうとも容赦無く叩き伏せる剣士であると。

「怪我をしたくないってんなら、私はさっさと帰る。それでも私に剣の相手をして欲しいなら、さっさと立って構えな」
「は、はい! お願いします!」

 アベルは緊張を孕んだ声を発しながら慌てて立ち上がると、再び剣を構える。先ほどと同じくてんでなっちゃいない構えには違いなかったが、纏う空気が明らかに違う。やはり喜びに近しい感情は見えているが、強い警戒心もある。油断をすれば先ほど以上のことが身に降りかかると味わったからだ。

「よし、じゃぁ始めるよ」

 ──そこから、ラウラリスによるアベルへの指導が始まった。

 開始こそ派手な一撃であったが、以降はアベルも程よく緊張感を持ち教わる者としての気構えをしっかり持っていた。ラウラリスもそれを見て分かっているからこそ、理不尽にアベルを打ち据える様なことはなく、むしろ丁寧に相手をしていった。

「攻撃と防御を別に考えるんじゃ無い。常に敵に反撃されることを想定しろ」
「分かりました!」

 時折に、ラウラリスが剣を打ち込むがアベルの体を打つが、彼はへこたれる事なく逆に剣を振るってくる。案外に根はしっかりしている様だ。

 ──しばらく剣を合わせる普通の指南を行っていたラウラリスであったが──。

「まぁアレだね。あんまし私が教えることは無いかな」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……へ?」

 息も絶え絶えになり激しく汗を掻いているアベルに、ラウラリスは自身の木剣で肩を叩きながら何の気なしにぼやいた。

「剣術の基礎はまぁ指導されてたって話だし、まぁ頷ける。少なくとも頭の方はしっかり理解してるようだ。最初の腑抜けたアレを除けば意欲もある」
「そ、そうですか。ありがとうございます」

 嬉しそうに照れるアベル。この王子様、案外ちょろいのかもしれない。その辺りも少し心配になってくるが、今は剣術についてだ。

「剣術の指南を受け始めてどのくらいになる?」
「一年ほどになります」
「おや、案外に最近だな。まぁ、王族教育を受ける傍らにやってるにしちゃぁ形にゃなってるか。やっぱり問題は土台の方か」

 剣をどの様に振れば良いか、おそらく頭の方では理解が及んでいるのだろう。打ち合いの隙間に挟んだラウラリスの助言をよく聞き、取り入れようとする姿勢が窺える。その事自体は非常に良い事だ。


 誤解されがちだが、躰を動かすことは意外と頭を使う。何も考えずにがむしゃらに動く者よりも、動作の意味を理解し肉体に反映させる者のほうが確実に上達早い。ただ剣を振るだけで強くなれるのは、極々一部の例外のみだ。

 ただ、王子の場合はそれ以前の問題だ。

「剣でも槍でも何でも、そいつに振り回されない馬力が必要だ。王子はまだその域に達しちゃいない。とりあえず、街のヤンチャどもに絡まれても逃げ切れるくらいの体力は必要かね」
「そのことは是非とも忘れていただけるとありがたいのですが」

「いやでもラウラリスさんと会える切っ掛けには違いないし」と頭を抱えて悶々としているアベルであったが、ラウラリスはあえて振れずに思考する。

 残念ながら、今の王子に才能の片鱗は見受けられない。剣術はあくまでも体力作りの一環として継続し、学問に教育を集中したほうが良い──とは思うのだけれど。

(下手に躰が出来上がってない分、バランスはいいんだよな、この王子様)

 筋力が足りてないせいで剣を持つと不安定になるが、そうでない時の立ち姿は体幹は案外しっかりしている。重心が偏らず均等に両足で立っている証拠だ。

 反応速度も悪くはない。指南仕様で手加減に手加減を加えているとは言え、しっかりとラウラリスの剣には反応できている。致命的に躰が追いついていないだけであって、むしろ剣を持たないほうがいいのではと思わなくもない。

 そこまで考えて、ラウラリスの中にちょっとした好奇心が芽生えた。

(……物は試しだ。私に一存するって王様のお墨付きがあるし)

 頷いたラウラリスは、いまだに苦悩し続けている王子の頭を木剣で軽く小突いた。

「あたっ。……ラウラリスさん?」
「いつまでウダウダしてんだい。こっからは、ちょいとばっかし趣向を変えてみる」

 上手くいけば儲けもの、駄目でも問題ないだろうと、ラウラリスは気軽に考えて仕込みを始めた。 
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