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第6章

第二十一話 理解できないババァ

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 ケインが訪ねてきたのは、宿に戻った夜半であった。

「会議の日取りと日時はお前も知ってたんだし、用があるなら、昼の王城に来てくれりゃぁ楽だったろう」
「……自由気ままなお前と違って、俺も何かと忙しい。丁度良い時間がたまたま今だったというだけのこと」

 いつも通りに皮肉が込められた台詞だが、ほんの些細な含みがある。案外、本当に忙しいのかもしれない。

「んで、明日も獣殺しオタクの資料室に行くってのに、こんな夜遅くにまで足を運んだんだ。まぁまぁ急ぎの話なんだろ?」
「そろそろ暴れたくなってきた頃合いだと思ってな。お前好みの仕事を持ってきた。もちろん、受けなかったら受けなかったで構わん。こちら・・・で対処する」
「人を戦闘中毒者バトルジャンキーみたく言うんじゃないよ、ったく」

 言い回し的に、どうせ荒事が多分に含まれた仕事なのは間違いない。ただ、しばらく資料室に篭りっきりで躰が強張っているのは間違いない。これから忙しくなっていくなら、腕を鈍らせておくのは得策ではなかった。

「あらかじめ言っておくけど、長期間王都ここを離れるのは無理だ。正確な日取りは不明だが、近々野暮用がある」
「安心しろ。早ければ日帰りで住む程度の距離だ。もっとも、そのくらいの近場で面倒が起きているのが些か頭が痛いがな」
 


 出発は早朝。向かう先は王都周辺。内容の詳細は道中にということになった。これが赤の他人であればもっと警戒するところではあったが、ケインが己をハメようとするはずがないという一種の信頼の表れであった。

 もっとも、仕事の内容そのものは慎重にならざるを得ないものであった。

 王都の外、街道に出てから道すがらにケインが語り出す。

「事の顛末は、とある貴族の趣味が発端だ」

 その貴族はある時、裏の販路ルートである危険種を秘密裏に購入し、ペットとして飼育していた。

 だが、所用で王都近郊の別宅に赴く際に、危険種ペットも連れて行こうと搬送していたところに事故が発生。搬送用の檻が破損し、中に収容されていた危険種は脱走。その際に、搬送に用いられていた馬二頭と、人員の半数近くが死傷する惨事となった。

「獣殺しの刃がわざわざ出てくるってことは余程だ。何が逃げ出したんだ?」
鬼人オーガだ」
「………………冗談?」
「冗談であれば俺たちも楽で済んだんだがな」

 亜人種と呼ばれる、二足歩行をし、両手を扱う類の危険種が存在している。かつては人の一種と考えられてはいたが、危険種に分類されるだけあって非常に獰猛なものが多く、意思疎通は不可能とされている。

 とりわけ『鬼人オーガ』は、亜人種の中でも非常に驚異度が高い。いにしえにはたった一匹の鬼人によって国が滅んだという逸話がある程。個体差はあろうが、強大な鬼人一匹によって街が一つの犠牲になった実例は報告されていた。

 始末の悪いことに、鬼人は空腹であればなんでも捕食するほどの雑食性も秘めている。事実、脱走の際に出た死者及びに荷台を牽引していた馬二頭には、肉体の一部が大きく噛みちぎられた後が残されていた。

「ぶっちゃけ、百歩譲って小動物系の危険種ならともかく、亜人種の──しかも鬼人オーガなんてのをペットにするとか、その美的感覚が全く理解できないよ、私には」
「安心しろ。俺も全くの同意見だ。素行調査によれば、無類の動物好きらしい」
「……もしかして、鬼人以外にも結構やらかしてるパターンじゃないかい?」
「ご明察。叩けば咽せる程度の埃が出てきた」

 件の貴族は動物好きが高じて、ある地域から持ち出し禁止の希少動物を裏の販路ルートで買取──つまりは密猟に手を出していたのだ。

「…………そもそも、危険種って飼育していいんだっけか、この国」
「無論、法律で禁止されてはいるが、娯楽目的で飼っている貴族というのは案外といるのが現状だ。おおよそは、多少なりとも武装した人間であれば制圧可能な類だがな。だとしても一般の希少動植物の密猟に比べれば遥かに重い罪だ」

 生きた危険種を元の生息域より外に運び込むことは、下手をするとその土地の生態系を根底から大幅に破壊する大惨事に発展しうる。残念ながら、その辺りの認識が甘い貴族が一定数いるのは間違いなかった。

 ラウラリスたちがまず最初に赴いたのは、危険種が脱走した事故現場だ。表の街道から離れており、ほとんど整備されていない荒地だ。どうにか馬車も通れるかという位で、人目を避けるために選んだのだろう。

 報告によれば、鋼鉄製の檻を馬車に乗せて搬送していたところ急に鬼人が暴れ出し、その振動に耐えきれず車軸が折れて荷台が大きく転倒。衝撃で檻の鍵が破損したとのこと。

 付近には散乱した馬車の他に、夥しい量の血痕が辺りに付着していた。

「鬼人の脱走があったのはいつ頃だい?」
「一週間近くも前だ。貴族は罪の発覚を恐れて黙っていたようだが、使用人の一人が良心の呵責に耐えきれず王都の警邏屯所に駆け込んできた」
「……そりゃ悠長に構えてはいられないね」

 緊急事態と言っても差し支えない状況だった。何故なら、鬼人に限らず人間の味を覚えた危険種は、再び人間を襲う確率が非常に高くなる。野生の世界において『人間』は最も無力な存在の一つでもあるからだ。

「事実、直近で王都にやってきた者から、街道沿いの森林で大きな人影を見たという報告が上がってきている。うちの何件かは、間違いなく逃げ出した鬼人だろう」
「いつ被害が出てもおかしくないね。新しく犠牲者が出なかったのは僥倖だよ」

 今は哀れな犠牲者のおかげで腹は満たされているだろうが、やがては腹を空かせて行動を開始するのは明らかだ。街道にでも現れ人を襲い出したら大惨事必至だ。

 本来であればこの仕事はハンターの領分だが、そうなれば確実に貴族の責任問題に発展する。重い処罰は免れないだろう。

 故に、獣殺しの刃は取引を持ちかけた。もちろん、直接話をしたのは、獣殺しの息のかかった何某だ。貴族はおそらく獣殺しの刃が存在すらことすら知らないに違いない。

「その馬鹿な貴族が関わっていた密輸業者について、洗いざらいを吐かせるって寸法か」
「加えて、密輸業者摘発の暁には、そいつらに違法取引されていた動物たちを保護し、元の生息域に送り届ける慈善事業も担ってくれるというのだからありがたい」

 つまりはそこまでが免罪の条件ということだろう。
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