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第6章
第八話 会心のババァ
しおりを挟む「場所を変えよう」とシドウに連れられやってきたのは、さらに一つ地下へと下った階層。
隔てるものが何もない広々とした空間。壁には、多種多様な武器が立てかけられている。よく見ればどれも刃引きがなされた模造品だ。形はどうあれ、ある意味でラウラリスにとっては見慣れた光景だった。
きっとこの場所は、組織員たちが手合わせをする際に利用する闘技場なのだろう。
「ケインから『私好み』って聞かされた時点で、おおよその想像はついてたがね」
「であるなら、話は早い」
ラウラリスの言葉を受けながら、シドウは立てかけてある武器の一つ──片手半剣を手に取った。分類上は両手でも片手でも使える汎用性の高い武器とされているが、通常の剣とはまた違った重心の作りとなっており、利便性以上に扱いが難しいとされている。
「少し本題からは逸れるが、私が総長となってから獣殺しの刃に入る者──特に実行部隊に所属する者は、必ず私が最初に手合わせをする決まりになっている」
語りながら、シドウは握りを確かめ模造剣を振るった。刃は潰されているはずが、離れた位置にいるラウラリスにまで風を切り裂く音が届いた。
「これは本当にその者が獣殺しとしての実力を有しているかを確かめるためなのだが、もう一つの理由がある。むしろ私としてはこちらの方が大事でな」
模造剣を片手に広間の中央に立つ姿は、先ほどに初めて顔を合わせた時よりも一回り大きく見える。口調こそ変わらず、内側からの威圧が膨れ上がったからだ。
「剣とはまさしく、振るう者の軌跡を如実に表す。百の言葉を並べるより、渾身の一振りを交えれば千の真実を導く。少なくとも私はそう感じている」
「随分とロマンチストだね、あんた」
「部下からもよく呆れられる。だが残念なことに、この方法で人の真贋を誤った経験は無い」
「文句があっても誰も指図が出来ないわけだ」
「然りだ」
と、シドウとケインはいつの間にか立会人の位置に立つケインに目を向ける。きっと彼が文句を言っている筆頭なのであろう。二人の視線を受けて咳払いをするのは、そうして誤魔化さなければ今にも小言の一つも出てきてしまうからだ。
「ケインからラウラリス君の人となりは聞いている。法を遵守するような殊勝な輩ではなくとも、善に部類する人間であると。私にこの話を通した時点でそれは十分理解できる」
「だからこいつで私を見定めようってわけだ」
ラウラリスは留め具を外すと、鞘に収まったままの剣を正面に構えた。
シドウも同じく、剣を青眼に持つ。
「繰り返しになるが、獣殺しの刃が保有する資料には国の闇が潜んでいる。ゆえに、私が直にラウラリス君と剣を交えて真偽を確かめる」
「あんたのお眼鏡に叶えば、私の欲求は聞き入れてくれるってわけだ」
「あと一割程度は、純粋に君の実力に興味がある」
「そりゃ奇遇だ。実は私もなんだよ」
執務室に入って顔を合わせてからこの広間に来るまで。こうして向き合ってい最中にも、ラウラリスは気になって仕方がなかった。ケインのいう通り。実にラウラリス好みの展開だ。
「始まりの合図はいらん。打ってきたまえ」
「……では、お言葉に甘えて──ッ」
シドウに促されてから軽い返事──けれども次の瞬間に床を踏み抜かんとする凄まじい踏み込み。地が揺れ上の図書館までも振動が伝わるのではと思うほど。少なくともケインにはそう感じられた。
──この一撃で終わらせる。
実際、そう簡単に行くはずがないのは承知の上。一方で、これで終わっても構わないという気概を余さずに込めてラウラリスは剣を放つ。
──ゴガッッッ。
腕に返ってきたのは会心の手応え。剣に注ぎこんだ力が余さず相手に伝わった感触。鞘越し刃引きであろうとも関係ない。相手が誰であろうとも、問答無用に叩き伏せてきた一撃だ。
されど、シドウは揺るがずに健在。
眉間にいささか皺を寄せながらも、一撃必殺にもなり得たラウラリスの長剣を、正面から受け止め切っていた。
「──ッ」
小さく息を吐き捨てながら、ラウラリスは距離を取る。追撃を警戒しながらであったが、シドウは追い討ちをすることなく、彼女が離れて構えを取り直すまで動かずにいた。ただし視線だけはどこまでもまっすぐラウラリスを射抜いている。
「なるほど、厳しいなこれは。獣殺しの執行官であろうとも、受け止められる者はそうそういないだろう」
防御の体勢を解くと、シドウは再び剣を構える。ラウラリスをして会心とさえ思えた一撃を防ぎながら、立ち姿に揺らぎがない。誉めを作る言葉にも偽りは無い。
「ただこれでも総長の肩書を賜っている身。肩書は伊達じゃないのだよ」
「……正直にいうと、今ので終わらせてもいいってつもりで打ったんだがね」
ラウラリスの剣を防いだ者は他にもいた。だがそれは力任せに強引に耐えるか、卓越した技量で完全に受け流すかのどちらかだった。
今のは違う。
力だけではなく、技量だけでもない。双方を非常に高水準で融合させ、必殺の一撃を余さず受け止め切った。言葉にすれば陳腐な理想系に聞こえるそれを体現してみせたのだ。
「剣を伝わって気概を感じたよ。己の実力に揺るがぬ信頼がなければ到底たどり着けんだろう」
「ただ……」とシドウは疑問を声に乗せながら続けた。
「それにしては動揺は少ないようだ。君と同じように初撃で終わらせようとしてきた者は他にもいたが、防がれた直後はどれも動きに淀みが含まれていた。君にはそれがなかった」
「自分が『最強』だなんて自惚は生まれる前に捨てたさ」
たった一合だけで理解できた。
あるいは一目見た時から予感はしていた。
シドウ・クリュセ。
──この男は今の自分よりも強い、と。
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