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第6章
第一話 迷子になるババァ(あと小説第四巻が出ます)
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世界の大敵として、平和の献身者として、神より計らいを賜った悪逆皇帝ラウラリス・エルダヌス。三百年後の世に若い肉体を授かり新たな生が始まりしばしの時が経過した。
元は気ままなぶらり旅。日銭を稼ぐために無所属の賞金稼ぎ。やがては、かつて滅びた自身の国の復興を願う犯罪組織『亡国を憂える者』を追うようになっていた。
別段に強い正義感を持っているわけでもなく、けれども亡国の名が出てくる以上、捨て置くわけにはいかない。
幾らかの数奇な出会いと別れ、思いもよらぬ邂逅もあった中、度重なる亡国との戦いを経てラウラリスは大きな疑念を抱いた。
その疑問を確かめるため、ラウラリスは『獣殺しの刃』の執行官ケインと共に王都へと赴くこととなった。目的は、獣殺しの刃が保有する亡国を憂える者に関する資料だった。
──エフィリス王国。
かつてはエルダヌス帝国と呼ばれていた地は、『最後の皇帝』を討ち倒し新たなる王となった『勇者』によって名を変えて統治された。他国との交流も長きにわたって平穏無事を成し遂げており、三百年もの長い時を戦争を行わずに保った国はかつてないとされている。
そしてエルダヌス帝国時代は『皇都』と呼ばれていた場所は、今は『王都ラムダ』としてえフィリス王国の中心にあり、国内最大規模の都市となっている。
ケインと共に王都ラムダに来たものの、すぐさま目的の資料を調べられるわけではなかった。
『獣殺しの刃』は国家直属ではあるが、公的には存在しないこととなっている。無法の許可を有する治安維持組織であり諜報機関。真っ当な手段での接触は不可能だ。
いくらラウラリスが獣殺しの刃やケインに貸しを作っていたとて、二つ返事で資料の閲覧許可が出るはずもない。段階を踏む必要があった。
ケインは一度、諸々の手続き──の下準備を行うため、機関の本部へと向かった。その間、ラウラリスは彼が手配した宿で待機することとなっていた。
ただラウラリスもただジッと宿の部屋で待っているのも性に合わなかった。せっかくの王都来訪を楽しもうと外に繰り出したのであった。
「──でまぁ、早速迷ったわけなんだが」
いつの間にか人気の失せた路地に入り込んだラウラリスは、一人でボヤいていた。完全にはしゃいで上京した田舎者である。
弁解をさせてもらえば、王都に足を踏み入れてからというもの、いささか彼女は興奮気味であったのだ。
王都はかつての皇都であり、つまりはラウラリスの生まれた地。己の死と共に名を失った故郷が果たしてどのような形で生まれ変わったのか、ずっと気になっていた。
王都へ来ることは、転生したラウラリスにとって大きな目的の一つ。いつかは必ず訪れようと心に決めており、理由はどうあれそれが叶ったのだ。揚々となるのも無理はない。
帝国末期に起こった『最後の戦い』で皇都の街並みは破壊された。三百年も経過すればそこから幾度も建築と取り壊しが繰り返され、ラウラリスの知る展望が残っている筈もない。けれども、ふとした瞬間に蘇る光景にどことなく哀愁を感じたりもした。だがそれ以上に、大いに栄えている街並みに感動したのだ。
端的に言えば、ラウラリスは完全にのぼせあがっていた。
そんな中、完全に変わり果てた王都は同じ地でも全くの別の場所だ。土地勘は完全に失われ、かつ案内役もいないまま、上擦った気分のまま歩き回れば迷いもする。
「やれやれ。齢八十を超えて迷子か。物忘れとは無縁だと思ってたんだがね」
冷静に自身の精神状況を分析しつつも、ラウラリスはとぼけた独り言を漏らす。外見年齢はともかく、年甲斐もなくはしゃいでいた己を認めながら、口に出して認めるのは少しばかり恥ずかしかった。
宿はかなり上等な部類に入るため、おそらく人に聞けば道を聞けるだろう。もし違った宿に入ったとしても同業者だ。店員に聞けば答えがわかる筈だ。
とりあえず、もっと人の多い表通りに出てからだ。
「しかしまぁ、どこの街に行ってもこういった寂れた場所ってのは存在するもんだ」
表通りから何本か離れた裏手であるが、狭く建物に囲まれているだけあって陽当たりが弱い。空を見上げれば青空だが、視線を下せば薄暗さを感じる。
「時間があれば、穴場の酒場とか定食屋を探すのも悪くはないんだがね」
あまり時間を掛け過ぎると、ケインが宿に戻ってきてしまう。待ちぼうけをさせてしまうのは気が引ける。普段なら気にしないが、今回は要件が要件だ。ラウラリスとしても時間をあまり無駄にはしたくなかった。王都を心置きなく練り歩くのは、目下の手間をあらかた片付けてからだ。本日はその下見で我慢しておこう。
離れた位置から届くほんの微かな喧騒を頼りに、ラウラリスは路地を通り抜けていく。以前にこうした路地裏に入り込んだ時、不埒な者たちに絡まれたことがある。それ自体は別にどうとでもなるが、大事の前に余計な小事は背負いたくない。なるべく人の気配を避けるように僅かに注意しながら進んでいく。
と、幾つか目の曲がり角に差し掛かったところで、ラウラリスは咄嗟に身を潜めた。
「思ったそばからかい。普段の行いのせいか?」
今世においてはお天道様に顔向けできない行いは──ちょっとだけ心当たりがあるのは否定できないが、ともかくラウラリスは物陰から先を窺う。
視線の先に、男が三人。人を第一印象だけで判断するのはよろしくないが、およそ真っ当な手段で稼いでるような真面目な人間には見えなかった。
ちょっと自慢にはなるが、元は弱い八十超えの老婆であるが、今の若かりしラウラリスは『傾国の美女』と称される程度には顔が整っている。こんなナリであんな男たちの前に、加えて人気のない路地で遭遇すれば確実に絡まれる。
一番賢い選択はこのまま回れ右をして別の道を探せば良いのだが──。
「それができりゃぁ、悪徳皇帝なんぞやってないんだよねぇ」
男たちの隙間から僅かに覗く小柄な姿を、ラウラリスは見過ごすことができなかった。
元は気ままなぶらり旅。日銭を稼ぐために無所属の賞金稼ぎ。やがては、かつて滅びた自身の国の復興を願う犯罪組織『亡国を憂える者』を追うようになっていた。
別段に強い正義感を持っているわけでもなく、けれども亡国の名が出てくる以上、捨て置くわけにはいかない。
幾らかの数奇な出会いと別れ、思いもよらぬ邂逅もあった中、度重なる亡国との戦いを経てラウラリスは大きな疑念を抱いた。
その疑問を確かめるため、ラウラリスは『獣殺しの刃』の執行官ケインと共に王都へと赴くこととなった。目的は、獣殺しの刃が保有する亡国を憂える者に関する資料だった。
──エフィリス王国。
かつてはエルダヌス帝国と呼ばれていた地は、『最後の皇帝』を討ち倒し新たなる王となった『勇者』によって名を変えて統治された。他国との交流も長きにわたって平穏無事を成し遂げており、三百年もの長い時を戦争を行わずに保った国はかつてないとされている。
そしてエルダヌス帝国時代は『皇都』と呼ばれていた場所は、今は『王都ラムダ』としてえフィリス王国の中心にあり、国内最大規模の都市となっている。
ケインと共に王都ラムダに来たものの、すぐさま目的の資料を調べられるわけではなかった。
『獣殺しの刃』は国家直属ではあるが、公的には存在しないこととなっている。無法の許可を有する治安維持組織であり諜報機関。真っ当な手段での接触は不可能だ。
いくらラウラリスが獣殺しの刃やケインに貸しを作っていたとて、二つ返事で資料の閲覧許可が出るはずもない。段階を踏む必要があった。
ケインは一度、諸々の手続き──の下準備を行うため、機関の本部へと向かった。その間、ラウラリスは彼が手配した宿で待機することとなっていた。
ただラウラリスもただジッと宿の部屋で待っているのも性に合わなかった。せっかくの王都来訪を楽しもうと外に繰り出したのであった。
「──でまぁ、早速迷ったわけなんだが」
いつの間にか人気の失せた路地に入り込んだラウラリスは、一人でボヤいていた。完全にはしゃいで上京した田舎者である。
弁解をさせてもらえば、王都に足を踏み入れてからというもの、いささか彼女は興奮気味であったのだ。
王都はかつての皇都であり、つまりはラウラリスの生まれた地。己の死と共に名を失った故郷が果たしてどのような形で生まれ変わったのか、ずっと気になっていた。
王都へ来ることは、転生したラウラリスにとって大きな目的の一つ。いつかは必ず訪れようと心に決めており、理由はどうあれそれが叶ったのだ。揚々となるのも無理はない。
帝国末期に起こった『最後の戦い』で皇都の街並みは破壊された。三百年も経過すればそこから幾度も建築と取り壊しが繰り返され、ラウラリスの知る展望が残っている筈もない。けれども、ふとした瞬間に蘇る光景にどことなく哀愁を感じたりもした。だがそれ以上に、大いに栄えている街並みに感動したのだ。
端的に言えば、ラウラリスは完全にのぼせあがっていた。
そんな中、完全に変わり果てた王都は同じ地でも全くの別の場所だ。土地勘は完全に失われ、かつ案内役もいないまま、上擦った気分のまま歩き回れば迷いもする。
「やれやれ。齢八十を超えて迷子か。物忘れとは無縁だと思ってたんだがね」
冷静に自身の精神状況を分析しつつも、ラウラリスはとぼけた独り言を漏らす。外見年齢はともかく、年甲斐もなくはしゃいでいた己を認めながら、口に出して認めるのは少しばかり恥ずかしかった。
宿はかなり上等な部類に入るため、おそらく人に聞けば道を聞けるだろう。もし違った宿に入ったとしても同業者だ。店員に聞けば答えがわかる筈だ。
とりあえず、もっと人の多い表通りに出てからだ。
「しかしまぁ、どこの街に行ってもこういった寂れた場所ってのは存在するもんだ」
表通りから何本か離れた裏手であるが、狭く建物に囲まれているだけあって陽当たりが弱い。空を見上げれば青空だが、視線を下せば薄暗さを感じる。
「時間があれば、穴場の酒場とか定食屋を探すのも悪くはないんだがね」
あまり時間を掛け過ぎると、ケインが宿に戻ってきてしまう。待ちぼうけをさせてしまうのは気が引ける。普段なら気にしないが、今回は要件が要件だ。ラウラリスとしても時間をあまり無駄にはしたくなかった。王都を心置きなく練り歩くのは、目下の手間をあらかた片付けてからだ。本日はその下見で我慢しておこう。
離れた位置から届くほんの微かな喧騒を頼りに、ラウラリスは路地を通り抜けていく。以前にこうした路地裏に入り込んだ時、不埒な者たちに絡まれたことがある。それ自体は別にどうとでもなるが、大事の前に余計な小事は背負いたくない。なるべく人の気配を避けるように僅かに注意しながら進んでいく。
と、幾つか目の曲がり角に差し掛かったところで、ラウラリスは咄嗟に身を潜めた。
「思ったそばからかい。普段の行いのせいか?」
今世においてはお天道様に顔向けできない行いは──ちょっとだけ心当たりがあるのは否定できないが、ともかくラウラリスは物陰から先を窺う。
視線の先に、男が三人。人を第一印象だけで判断するのはよろしくないが、およそ真っ当な手段で稼いでるような真面目な人間には見えなかった。
ちょっと自慢にはなるが、元は弱い八十超えの老婆であるが、今の若かりしラウラリスは『傾国の美女』と称される程度には顔が整っている。こんなナリであんな男たちの前に、加えて人気のない路地で遭遇すれば確実に絡まれる。
一番賢い選択はこのまま回れ右をして別の道を探せば良いのだが──。
「それができりゃぁ、悪徳皇帝なんぞやってないんだよねぇ」
男たちの隙間から僅かに覗く小柄な姿を、ラウラリスは見過ごすことができなかった。
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