上 下
72 / 107

嵐のなかの出発※アユム視点

しおりを挟む
 

 薄暗く気温も低い雨の森。
 俺はビリビリされて不貞腐れたザピクロス様にこっそりポテトチップスをあげた。
 ふふ、小さなペット用の寝袋でパリパリ食べてる。

「豪雨ではないけど、そこそこ降ってるわね……大丈夫かしら」

「森を抜けるの大変そうですね……エイシオさん頑張って……」
 
 森の道は泥濘(ぬかるみ)が酷いだろう。
 シャンディさんと幌の中で森から無事に抜けられる事を祈る。
 誘導するダニーさん、馬車を運転するエイシオさん……頼みます……!

 ああ俺は無力で情けないな……。
 
「よし! 森を抜けて草原へ戻れたぞ」
 
 ダニーさんがびしょ濡れの合羽を脱いで馬車に戻ってきた。

「あの、俺にその合羽を貸してください。エイシオさんの隣に行きます」

「え? 御者席もかなり濡れてしまうよ」

「わかってます大丈夫です。ダニーさん、コーヒーまだ温かいので飲んでくださいね」

「じゃあ、この合羽を……身体が冷えたからコーヒーは嬉しいよ。ありがとう」

 朝に作ったコーヒーをヤカンに入れて布で巻いて保温しておいた。
 俺が幌の前面を開けて、御者席に顔を出すとエイシオさんが驚く。

「アユム? 今回も中で……」

「嫌です、今日は僕も此処にいます」

 すぐに顔面に酷い雨がかかってくる。
 エイシオさんの左隣に座り、俺は後ろの二人に気付かれないように火を灯す。
 雨の中だけど小さな火でも、くっついた二人を少しでも温めてくれるだろう。

「アユム……ありがとう。嬉しいよ。温かい……」

「よかった……」

 ぎゅうっとエイシオさんにすり寄って抱き締めてしまった。

「アユムパワーが足りなくて、正直もう危なかった」

「な、なんですかそれはっ」

「アユムのパワーだよ」

「えぇっ!?」 

「もっと抱き締めてほしい、このままだと僕のアユムパワーが危険な状況になってしまう」

「ふふ、はい……」

 合羽同士で俺はまた、エイシオさんの身体を抱き締めた。
 強い強い人なのに、アユムパワーが足りないだなんて真剣に言うから、俺はちょっとおかしくて嬉しくなる。

 でも俺もなんだか、エイシオさんとくっついてないと寂しいって思うようになってきた。

「揺れるからね」

「はい」
 
 馬車を運転するエイシオさんは手綱から手を離せない。
 雨でぬかるんだ道、ボコボコになった道を雨で視界が悪いなか上手に進んでいくのは高度な技術が必要だろう。

「アラ……ザピクロス様は?」

「ペット用の寝袋の中で、お菓子を食べています」

「そうか」
 
 雨が少し弱くなってきた。
 心配していた小川の橋も無事だった。
 
「次の村からはそう遠くはない。兎に角ラミリアが家にいるのであれば問いただそう」

「は、はい……」

 エイシオさん……怒ってるよね。

「すまない、アユムがいながらこんな事になって」

「お、俺は全然大丈夫です。わかっていますから気にしないでください。それであの……」

「うん」

「まだ俺の事は……皆さんに話さない方がいいかと思うんです」

「アユム……? それって……」

「ご、ごめんなさい! お家の状況がわかってからの方がいいと思って……」

 覚悟がない……と思われても仕方ない。
 でも本当に、これから大混乱になるだろうし……そんな時に男同士で結婚するなんて言ったらどうなってしまうか……。

「僕を拒絶するという意味ではないんだよね? ……婚約破棄ではないんだよね?」

「もちろんです……! それは末永く……あの……俺なんかでよかったら……あの……お願いします」

「良かった……うん、僕は絶対にアユムを離さないよ」
 
 雨はまだ降り続いて、道は険しいけれど俺はずっとエイシオさんの傍にいたい。
 そう思った。

「アユム……」

「エイシオさ……ん」

 馬が少し停まった時に、雨の中でキスをした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

【魔導具師マリオンの誤解】 ~陰謀で幼馴染みの王子に追放されたけど美味しいごはんともふもふに夢中なので必死で探されても知らんぷりします

真義あさひ
BL
だいたいタイトル通りの前世からの因縁カプもの、剣聖王子×可憐な錬金魔導具師の幼馴染みライトBL。 攻の王子はとりあえず頑張れと応援してやってください……w ◇◇◇ 「マリオン・ブルー。貴様のような能無しはこの誉れある研究学園には必要ない! 本日をもって退学処分を言い渡す!」 マリオンはいくつもコンクールで受賞している優秀な魔導具師だ。業績を見込まれて幼馴染みの他国の王子に研究学園の講師として招かれたのだが……なぜか生徒に間違われ、自分を呼び寄せたはずの王子からは嫌がらせのオンパレード。 ついに退学の追放処分まで言い渡されて意味がわからない。 (だから僕は学生じゃないよ、講師! 追放するなら退学じゃなくて解雇でしょ!?) マリオンにとって王子は初恋の人だ。幼い頃みたく仲良くしたいのに王子はマリオンの話を聞いてくれない。 王子から大切なものを踏みつけられ、傷つけられて折れた心を抱え泣きながら逃げ出すことになる。 だがそれはすべて誤解だった。王子は偽物で、本物は事情があって学園には通っていなかったのだ。 事態を知った王子は必死でマリオンを探し始めたが、マリオンは戻るつもりはなかった。 もふもふドラゴンの友達と一緒だし、潜伏先では綺麗なお姉さんたちに匿われて毎日ごはんもおいしい。 だがマリオンは知らない。 「これぐらいで諦められるなら、俺は転生してまで追いかけてないんだよ!」 王子と自分は前世からずーっと同じような追いかけっこを繰り返していたのだ。

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

処理中です...