上 下
2 / 6

-2-

しおりを挟む
『ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴るー』
街はあちこちでクリスマス・ソングが流れている。
まるでこの時期にクリスマス・ソングを流さなければ犯罪者扱いされるみたいに、揃いも揃ってクリスマス・ソングを流している。
父の目から逃れるために買い物に出てきたはいいけれど、行く店行く店、どこもかしこもアベックばかり。
靴屋,洋服屋,アクセサリーショップ…
よくもまぁここまでアベックばかり集まったものだと、感心してしまったくらいだった。
街を歩けば歩いたで、アベックがあちこちでいちゃいちゃしている。
「みっち、何が欲しい?」
「たぁ君がいるだけで、わたししあわせぇ」
どうしようもなく腹が立ってきた。
そんな光景に腹を立てながら歩いていると、世間で有名な洋菓子屋が、店先でクリスマス・ケーキのかなり気の早い街頭販売をしていた。
ふん、どうせあんなケーキなんか、安物に決まってるじゃない。 あんなモノ買う連中の気が知れないわ…
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを地で行くみたいに、まるでケーキの街頭販売があるからクリスマスが盛り上がるような感じでにらみつけながら歩いていた。
すると、よそ見をしていたせいもあったけれど、あたしは店の中から出てきた人に、真正面からぶつかってしまった。
「きゃ」
「あっ」
という声が同時にしたと思ったら、何か足元に当たった感触があった。
見るとブーツの爪先のあたりに、相手が抱えて持っていたケーキの箱が一つ落っこちてしまって、ブーツの先にクリームが付いてしまっていた。
「ちょっ…!」
と、少し大きな声で言いかけると、ぶつかった相手の方があたしよりも大きな声で、
「すみません!」
と、本当に申し訳なさそうな声で言った。
『そんなに謝っても、あたしの機嫌が悪い時にぶつかってしまったのが運の尽きよ』と、その男に思い切り文句を言ってやろうと、口を開いた。
「…としか付いてないから、大丈夫よ」
にらみつけたその相手の顔は、あたしの好みのタイプだった。
我ながら情けないとは思ったけれど、目の前にいるのが好みのタイプなのだから、それは仕方がないことだと思う。
「いえ、でも靴が汚れてしまいましたし、なんとおわびを申し上げればよいか…」
そんなあたしの気持ちに気付くはずもなく、彼は更に謝り続けた。
「あ、でもあたしがよそ見をしていたから…」
「いえ、でも靴を汚してしまいましたので…」
と言い合う形になってしまって、お互いに譲らなかった。
けれどもいつまでもこんな押し問答を繰り返している訳にもいかないので、
「わかったわ、じゃ、こうしましょ」
そう言ってあたしは、バッグからおサイフを取り出して、ケーキの代金を彼に手渡した。
「いえ、そんな事をしてもらうわけには…」
と彼は言ったけれど、あたしはあえてその声を無視して、下に落ちたままのケーキの箱を手に取ると、わざと足元に落として見せた。
「あらいやだ。 せっかく買ったケーキなのに、落っことしちゃったわ」
そう言って、目をぱちくりさせてる彼に向かって、ウインクして見せた。

その一時間後。
あたしと彼は、喫茶店のテーブルで向かい合って座っていた。
別に落とし前をつけさせる話をする訳ではなく、彼が誘ってくれたのだ。
「いくらなんでもこのままというわけには行きません。 お詫びというか何というか、せめてお茶くらいご馳走させてくれませんか?」
と言って譲らなかったのだ。
もちろんあたしとしてはその誘いを断る理由もなかったので(彼があたしの好みだったというのも大きいけれど)、結局その誘いを受けることにしたのだ。

「坂田 由加里です」
「あ、僕は木之本 雄治といいます」
なんだかお見合いみたいな自己紹介が終わると、開口一番、雄治は言った。
「さっきは本当に、すみませんでした」
あまりにストレートに謝ってきたので、あたしは少し驚いた。
「あ、いえ、こっちこそよそ見してたんだし…それに…」
「それに?」
まさか「好みのタイプだから」なんて言えるはずもないので、
「なんだかとっても苦労しているように見えたから、放っておけなかったのかも…あはは…」
と、でまかせを言って、その場をごまかした。
すると、
「それを言われると、つらいなぁ」
と、彼は冗談とも本気ともつかない表情で言った。
その表情が、また何ともいえずたまらなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Platinum EVE

松田 かおる
ライト文芸
クリスマスが近くなってきた頃。 不審な行動をとるようになった慎也。 その行動に疑問を持ち始めた真菜。 そしてついに慎也との連絡も取れなくなり、いよいよ不信感を募らせる真菜。 そして不審と不安に包まれる真菜のもとに、一本の電話が入る…

アクション!

松田 かおる
ライト文芸
体と命を張った仕事をしている男と女の話

シャッター・ガール

松田 かおる
ライト文芸
自称「シャッター・ガール」の写真部員、原地 藍梨。 賞を獲れる腕を持ちながら特にそれを自慢するでもなく、いたって普通に学生生活を送っている。 そんな彼女に憧れる一年生が入部してくるが、どうにも写真の腕は今ひとつ。 そんな後輩と一緒に動き回ってる日々を過ごしていると、藍梨のまわりに不審な空気が流れ始める。 ストーカーまがいの出現に藍梨は悩み苦しむ…ということもなく、しばらくはそのままやり過ごす。 ただ、正々堂々としない行動に不満を持つ藍梨は、ついに「犯人」を捕まえるための行動に出る。 そして暴かれる「犯人」の正体とその目的は…? (全6話)

秘密部 〜人々のひみつ〜

ベアりんぐ
ライト文芸
ただひたすらに過ぎてゆく日常の中で、ある出会いが、ある言葉が、いままで見てきた世界を、変えることがある。ある日一つのミスから生まれた出会いから、変な部活動に入ることになり?………ただ漠然と生きていた高校生、相葉真也の「普通」の日常が変わっていく!!非日常系日常物語、開幕です。 01

【完結】ある神父の恋

真守 輪
ライト文芸
大人の俺だが、イマジナリーフレンド(架空の友人)がいる。 そんな俺に、彼らはある予言をする。 それは「神父になること」と「恋をすること」 神父になりたいと思った時から、俺は、生涯独身でいるつもりだった。だからこそ、神学校に入る前に恋人とは別れたのだ。 そんな俺のところへ、人見知りの美しい少女が現れた。 何気なく俺が言ったことで、彼女は過敏に反応して、耳まで赤く染まる。 なんてことだ。 これでは、俺が小さな女の子に手出しする悪いおじさんみたいじゃないか。

ボイス~常識外れの三人~

Yamato
ライト文芸
29歳の山咲 伸一と30歳の下田 晴美と同級生の尾美 悦子 会社の社員とアルバイト。 北海道の田舎から上京した伸一。 東京生まれで中小企業の社長の娘 晴美。 同じく東京生まれで美人で、スタイルのよい悦子。 伸一は、甲斐性持ち男気溢れる凡庸な風貌。 晴美は、派手で美しい外見で勝気。 悦子はモデルのような顔とスタイルで、遊んでる男は多数いる。 伸一の勤める会社にアルバイトとして入ってきた二人。 晴美は伸一と東京駅でケンカした相手。 最悪な出会いで嫌悪感しかなかった。 しかし、友人の尾美 悦子は伸一に興味を抱く。 それまで遊んでいた悦子は、伸一によって初めて自分が求めていた男性だと知りのめり込む。 一方で、晴美は遊び人である影山 時弘に引っ掛かり、身体だけでなく心もボロボロにされた。 悦子は、晴美をなんとか救おうと試みるが時弘の巧みな話術で挫折する。 伸一の手助けを借りて、なんとか引き離したが晴美は今度は伸一に心を寄せるようになる。 それを知った悦子は晴美と敵対するようになり、伸一の傍を離れないようになった。 絶対に譲らない二人。しかし、どこかで悲しむ心もあった。 どちらかに決めてほしい二人の問い詰めに、伸一は人を愛せない過去の事情により答えられないと話す。 それを知った悦子は驚きの提案を二人にする。 三人の想いはどうなるのか?

ネコと寄り道

桃青
ライト文芸
主人公の岬が、心専門の相談所に勤めながら、仲間と共に、ささやかな悟りを開いていく物語。飼いネコのくろねこ、ミチも、大いに活躍(?)します。

もしもし、こちらは『居候屋』ですが?

産屋敷 九十九
ライト文芸
【広告】 『居候屋』 あなたの家に居候しにいきます! 独り身で寂しいヒト、いろいろ相談にのってほしいヒト、いかがですか? 一泊 二千九百五十一円から! 電話番号: 29451-29451 二十四時間営業! ※決していかがわしいお店ではありません ※いかがわしいサービス提供の強要はお断りします

処理中です...