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「…あの、どうぞ…」
わたしがよほどすごい顔をしていたんだろう、きーちゃんがおそるおそるテーブルの上に、ハーブティーを出してくれた。
もうさっきほど頭に血は昇っていないけれど、まだ気分は落ち着いていなかった。
わたしはハーブティーをひとくち飲んで、少し気分を落ち着けた。
「で、一体どういう事なの?」
自分でもキツかったかな、と思う口調で、きーちゃんに聞いた。
「はぁ、あの…」
どうも口調がはっきりしない。
その口調に何か引っ掛かるものを感じながらも、
「別に取って食おうってわけじゃないんだから。 ただどうしてわたしじゃなくってみずほだったのかなって訳を知りたいだけなの」
と、さっきよりは柔らかい口調できーちゃんに聞いた。
まるで子供を説教する母親のような気分だった。
けれどもきーちゃんは言いだしにくそうに、もじもじそわそわと下を向いたまま、黙ったままだった。
ここまで歯切れの悪いきーちゃんを見た事がなかったわたしは、正直言ってちょっと驚いていた。
かと言って、このままハイそうですかと引き下がるほどわたしはお人好しではないので、きーちゃんには悪いかなと思いながらも、
「そう、わかったわ。 わたしにも言えないような事なのね。 ずっと藍沢くんのこと信じてたのに。 わたしに隠し事をするなんて残念だわ。 もうこれまでね」
と、わざとらしく言いながら、ティーカップを置いて、わたしは席を立とうとした。するとさすがにきーちゃんも慌てて、
「わかりました! わかりましたから、ちょっと待ってください」
と、かなり真剣にわたしを引き止めた。
こんなに慌てた姿を見たのも初めてだった。
わたしは上げかけた腰を、もう一度椅子に落ち着けた。
「…実は、みずほさんに相談したいことがあって、急な話で悪いと思ったんですが、僕の部屋に来てもらったんです」
「相談? 何か悩みでもあったの?」
「えぇ、まぁ…」
「でも、なんでみずほなの? わたしに相談してくれればよかったのに。 それともわたしには相談できないようなことなの?」
わたしは少しわざとらしく、真剣な口調で聞いてみた。 でも、後ろ半分は本気だった。
するときーちゃんは、
「はい、そうです」
と、実にあっさりと言ってくれた。
冗談で言ったつもりだったのに、まさかそんな返事が返ってくるとは思っていなかったので、わたしはかなりショックを受けるのと同時に、気分が悪くなった。
その様子を見て、きーちゃんは、
「いえ、あの、そう言う意味じゃなくて…」
と、取り繕うように言った。
「何がどう違うのよ」
「いえ、あの、その…」
さっきにも増してしどろもどろになりながら、きーちゃんは言った。
わたしはその様子を見て、きーちゃんのただならぬ事情を感じ取ったけれども、『わたしには相談できない』と言われたことに少なからず腹が立っていたので、今度は半分くらい本気で席を立とうとした。
「あああ、わかりました。 話しますから、待ってください」
と、きーちゃんはさっきよりも真剣にわたしを引き止めにかかった。

「…僕たちが付き合い始めてから、二ヶ月位経ちましたよね」
きーちゃんがやっと重い口を開き始めた。
「うん、そうね」
「いつも池田さんに色々お世話になりっぱなしで、申し訳ないなとずっと思ってました」
「そうだったかしら?」
と言いながらも、思い出していた。
毎日ほどではないにしろ、わたしの家で晩ご飯を作ってごちそうしてた事を。
「そんなにいつもお世話になりっぱなしなのも悪いと思いました」
「別に、そんな…」
そこから先を言おうとしたわたしの言葉を遮るように、きーちゃんは続けた。
「それで僕も考えました。 ここで何か池田さんにお礼というか何というか、うまく言えないけど、『感謝の気持ち』みたいなものを、と思ったんですけど… 何と言っても今までこんな事なかったものだから、一体どうすればいいのか迷っちゃって… かといって直接池田さんに聞く訳にもいかないし… 恥ずかしい話だけど、ここ何日か、そのことばかり考えていました。 でもそんな様子を見せたりしたら、池田さんにかえって心配させちゃうと思って…」
ここまで聞いて、わたしは合点が行った。
…そうか、そう言うことだったのか…
それを聞いてわたしは安心するのと同時に、何だか体じゅうの力が抜けてしまった気がした。
「じゃぁ、みずほがここに来た理由って言うのは…」
わたしが聞くと、きーちゃんは、
「はい、どんな物を贈ったらいいか、相談したんです。 何かの参考になるかと思って…」
そう言って、きーちゃんはまた黙り込んでしまった。
わたしも黙り込んでしまった。
今まで心配していた自分にばかばかしくなったやら呆れ返ったやら。
それと同時に、そこまでわたしのことを考えてくれているきーちゃんに、何とも言えない気持ちが沸き上がってきた。
うれしい、という言葉が一番ぴったりの表現かもしれない。
それだけでわたしは、胸がいっぱいになった。
しばらくの沈黙の後、
「あの、怒ってます? 僕が黙ってたこと」
と、きーちゃんがおずおずと聞いてきた。
「え? …えぇ、うーん、そうねぇ… わたしにここまで心配させたって言うのは、ちょっとね…」
と、わざとらしく答えてみせた。
もちろん、怒ってなんかいる訳がなかったけれど、この位しても、バチはあたらないだろう。
「そうですか… そうですよね…」
けれどもわたしの言葉を真に受けたのか、きーちゃんはがっくりとした感じで言った。
「ここまで心配させたんだから、それなりの責任は取ってもらわなくちゃね…」
「もちろんです。 どんな事でもします」
と、きーちゃんは真剣そのものの口調で言った。
わたしはその様子を見て、いたずらっ子みたいに笑いながら、
「心配賃は、高くつくわよ」
と言ってやった。
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