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33.母、襲来:晴視点

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 オレは差し込む朝日で目を覚ます。
 寝返りを打つと、可愛らしい寝顔の幼馴染がすやすやと寝息を立てている。

 ここで覚醒したオレは昨晩のことを思い出す。
 オレの腕の中で必死にオレに縋りながら全てを明け渡してくれた彼女。頬を撫でると擦り寄り、触れるだけで可愛らしく反応する。
 たぶん感じていてくれたと信じたい。一挙一動が可愛くて、暴力的で。あんな甘い声出るんだ~、知らなかった~。知ってるのオレだけかぁ……。

「可愛すぎる。」

 頬をつんつんと突くとむにゃむにゃ何かを呟いている。
 オレ、最高に緩んだ顔をしているだろうな。
 する前には自分の身体にコンプレックスを抱いているようなことも言ってたけど君であればオレは満たされてるんだよ。


 慣れない倦怠感を抱えつつも、オレは時計を確認する。普段だったらもうとっくに起きている時間だ。
 スマホに何やら連絡が来ているようで、画面を開くと、同時にチャイムも鳴る。
 何だ慌ただしい朝だなぁなんて思いながらインターホンを見て固まった。

『はーるみー? 寝坊してんのー? 居留守してないで出てきなさいよ~?』
「は、何で母さん日本にいるの?!」
『さっき帰国したって連絡したでしょ?』

 確かに2時間前に連絡が来ている。朝早い気もするけど、いつもなら返信している。
 その前に帰国当日に連絡してくるって馬鹿か!

『早く開けなさいよ。母さん疲れてんのよ?』
「ちょっと待って!」

 オレの頭はフル回転するが完全に空回りする音がしている気がする。
 もう、美里ちゃんがいることは誤魔化せない。
 とりあえずこの空気だけはどうにかしないといけない。
 慌ててインターホンを切ると、カーテンと窓を開けて気持ちよさそうに寝る彼女を揺する。

「ねぇ、ちょっと! 起きて!」
「もー少し……。腰痛い……。」
「それはごめんね! でも、起きて! ウチの母さん来てるんだよ!」

 ここでやっと美里ちゃんは目を開けた。
 固まっていたが、覚醒するに従ってオレの言葉の意味を理解したらしい。急に体を起こすと慌て始めた。

「何で?!」
「オレも聞きたい!」
「というか着替えなきゃ、顔洗わなきゃ! いつ来るの?!」
「今玄関先にいるの!」
「ええ?!」

 美里ちゃんは蹌踉めきながら洗面台に向かった。
 こんな空気じゃなかったらもう少し色気ある朝にしたかったんだけど仕方ない。

 バタバタとしている間にチャイムが何度か押される。
 オレは着替えて顔洗えば終わるけど美里ちゃんは多少整えねばならないため時間がかかる。幼馴染の母とはいえ、彼氏の母に何も準備しないわけにはいかないのだろう。
 何度かは無視したが、あまりにもしつこいため、オレは渋々出た。

「はい……。」
『もー、別に部屋汚れててもいいから早く開けなさいよ!』
「だから、待ってってば!」
『何でよ?』

 オレはここで面倒になってしまった。
 どうせバレるなら早くても遅くてもいいのではないかと。

「まだ美里ちゃんが準備してるから待って!」
『……え、美里ちゃん? は、ちょっ、』

 オレはここでインターホンを切った。



「何よ~、美里ちゃんが泊まりに来てるなら言いなさいよ!」
「そっちこそ帰国するならせめて前日に言ってよね!」

 美里ちゃんはオレたちが言い争うのを目で追っている。母さんが外で食事したいというものだからとりあえず3人で出たはいいが何となく気まずいようだ。

 母さんはその界隈では有名な地質学の研究者であちこちを飛び回っている。そのせいで父さんと離婚したみたいだけど、オレとしては美里ちゃんと会う以前の、覚えのないくらい小さい頃の話だし、美里ちゃんの家族がいたから特段気にしたことはなかった。
 ただ、顔とかは父さんそっくりらしいから、それだけは少し気になるけど。

 母さんは元から自由奔放な人でマンションを売ったくだりもそうだけど帰国のタイミングもマイペースだ。
 美里ちゃん達には性格は母譲りと言われるけどここまで奔放な覚えはない。

「で、泊まってたってことは、君たち付き合ってるんでしょ?」
「「う、」」

 改めて言うのは照れ臭く、分かりやすく2人で吃ってしまう。
 でも、先に口を開いたのは美里ちゃんだった。

「は……晴とお付き合いさせてもらってます。今後ともどうぞよろしく……?」
「何で疑問系?」

 オレが思わず突っこむとしどろもどろに何かを言っているが、オレと同じように目を瞬かせた母さんはぷっと噴き出すと、笑いながらあっさりと言ってのけた。

「こちらこそ今後ともよろしくねー。にしても、晴海、アンタやっと片想い実ったのねぇ?」
「ちょっと余計なこと言わないで!」
「だってあんまり家にいなかった私でも分かるくらい美里ちゃんのこと大好きだったもんねぇ? 私としては美里ちゃんが娘になるなら安心よ。」
「母さん!」

 胡散臭い笑みを浮かべると、母さんはオレと美里ちゃんの頭を交互にわしわし撫でる。
 駄目だ居た堪れない。
 オレは適当に言い訳をつけて、席を抜けた。母さんの揶揄いたいオーラに耐えられなかった。本当に食えない親だ。


 オレは正直なところ、母さんってどんなもんなのか曖昧かもしれない。
 小学1年生くらいまでは、夜遅いけど寝るまでに母さんと顔を合わせていたけど学校に慣れるにつれ、会わないことも多くなった。
 授業参観なんて滅多に来なかったし、三者面談もドタキャンなんてよくあること。入学式や卒業式、そういう行事も来たことがない。
 だから、自然と料理もできるようになったし、大体のことが1人でできるようになった。部活に入っていいとも言われたけど、特段興味もなかった。
 自分で言うのもなんだけど、美里ちゃんとか涼とかいなかったら本当に交友関係は狭かったと思う。今現在広いとも思わないけど。

 そんなオレがグレることなく生きてこられたのは、間違いなく九重一家のおかげだと思う。
 家族でもなかったのに、母さんがお願いしたらあっさりとオレの面倒を引き受けてくれた気のいい人達だ。まぁ、後から聞くと、オレがいると美里ちゃんがゲーム以外ー勉強や外遊びとかーをするからっていうのもあったらしい。

 まぁ、こういう接した時間の短さのせいもあって、いざ将来の話、つまりは美里ちゃんの話をするってなると気恥ずかしい。
 母さんはせめてって言ってお金には困らないようにしてくれていたけど、高校とか大学とか進路のことも自分で決めたし。


 オレはため息をつく。
 逃げてきてしまったけど、美里ちゃんに押し付けるわけにもいかない。

 しぶしぶ戻ると2人は何やら楽しげに話している。
 実の息子と話すより断然楽しそうじゃないか。
 遠くから聞いていると何やらオレのことを話しているらしい。オレはその様子を伺う。

「ごめんね、あの子我儘でしょ?」
「そんなことないよ。確かに時々腹黒いなって思うことはあるけど、すごく気配り上手だし、優しいよ。まぁ、付き合う前からだけど……。」
「そう。本当にそう言ってもらえて良かったわ。」

 母さんは美里ちゃんと話しながら俯く。

「……小さい頃から九重さん達に任せっきりで、愛した男の人との大切な子どもなのに、気づけばいつも研究を優先させてしまう。だから、あの子があんな風に成長するなんて正直驚いてね。きっと美里ちゃんがついてくれていたおかげね。」
「むしろ晴のおかげで私も勉強とかできたからお互い様だよ?」
「そうなの? あの子に言われて無理に勉強させてた、とかじゃなくて?」

 首を横に振りながら彼女は言う。ただオレが同じ大学に行きたかったけどレベルは落としたくなくて、そんな我儘のもと美里ちゃんに勉強させていただけなんて思ってないんだろうな。
 純粋な彼女の言葉に罪悪感を覚えたが、それは一瞬で打ち消される。

「というか、私も晴と同じ大学に行きたかったんだけどはじめは成績悪くて諦めてたの。でも、晴が教えてくれたから。」
「……そうなんだ。でも、溺愛っぷりから言ってあの子が大学を落としてもおかしくはないなって思ってたんだけど。別にやりたいことがありそうな感じでもなかったから。」
「それはあり得ないよ。」

 不思議そうに美里ちゃんは首を傾げる。

「勉強ができるってことはある意味でどんな職種でも働く可能性があるってこと。でも晴は絶対に妥協しなかったし、高2からずっと大学は決めてた。研究職を選んだのは、やっぱりママさんの背中を見ていたと思うな。」


 ああ、本当にこの子は自分のことをよく理解してくれている。
 母さんは少しだけ驚いた顔をしたけど、誤魔化すような声音で手を振る。

「まっさか。美里ちゃんに言うのもあれだけど、あの子が私たちに憧れて、なんて。それに出張とか、転職とか色々あるし……。」
「ありえないって誰が言ったかなぁ?」
「わ、晴戻ってきてたの?!」
「さすがにね。で、さっきの話だけど。」

 母さんは信じられないようなものを見るような目でオレを見る。こんな顔するなんてね、オレもびっくり。

「研究者がかっこいいって思ってたのは間違いなく母さんの影響。好きなこと目一杯やって結果出す、最高じゃん。」
「晴海……。」

 オレの隣に座る美里ちゃんはうんうんと頷いている。


 ここまではオレも想定内。
 母親がオレにあまり目をかけられなかったことを気にしているのはわかっていた。
 だが、いつだってオレの予想を裏切るのは美里ちゃんだ。


「それに、私は幸いシステムエンジニアですから、フリーランスだってなれるよ。そしたら、どんな国に行っても晴と一緒にいられるから、大丈夫だよ?」

「は、」
「えっ。」

 オレは息が止まり、さすがの母さんも驚きに目を見張る。一方で、美里ちゃんはどれほどの爆弾を投下したか、自覚していないらしい。
 そのタイミングで飲み物を飲み終わったことに気づいたらしく、やっといい所を見せられると言わんばかりに目を輝かせて、母さんのコップを持ちながらおかわりを注ぎに行ってしまった。
 もうアピールは完璧だと言うのに。

「晴海。早く一緒に住んで、絶対に結婚するのよ。母さん、何にだって判押してあげるから。」
「……ありがとう。」

 オレはその後碌に顔を上げられないまま過ごすことになった。
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