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24.作戦⑧:本音

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「何でここにいるの、デートは。」

 蚊の鳴くような声で尋ねられた。
 幼く舌っ足らずな口調。
 一応説教を警戒しつつも、意識があることに安堵して私は答えた。

「デートじゃない、食事。藤島さんがオンライン飲み中落ちたから見てきてって。」
「ふーん。あー、夢も残酷だよねぇ。よりにもよって美里ちゃん出すなんてさぁ!」

 のそのそと起き上がると何とかテーブルに寄りかかり突っ伏している。
 水をコップに開けてやると素直に飲み始めた。

「デート楽しかった?」
「デートじゃないってば。楽しかったけど、二度と2人では行かないかな。同僚や友だちとして交流するのはいいかもしれないけど。晴に今みたいに勘違いされたくないし。」
「……夢のせいか都合のいい言葉ばかり聞こえる。」

 意固地だなぁ。
 もう面倒だし、今は夢の中ってことにしちゃおう。明日私が何食わぬ顔で過ごせばいいし、大事なことは素面の時に伝えたいし。
 私も一緒に座り、テーブルで頬杖をつく。
 飲み物を注ぐと勝手に飲んでいく。わんこそばの要領だ。明日二日酔いにならないといいけど。
 ふわふわした晴の髪を撫でつけると机に突っ伏したまま顔だけをこちらに向けて私をじっと凝視する。

「都合いいついでにさぁ、聞いちゃうけどアレなんだったの。オレの事好きなくせに隣空けるって。矛盾してない?」
「えっ。」

 完全に酔っ払いなのに鋭すぎる指摘をしてくる。
 いや、素直になってるってこと考えるとそんなもんなのかな。

「……だって百合さんに言ってたじゃん。好きな人と付き合いたいって。そうしたら私とこうやって家族みたいなことできないよ? さすがに彼女いる男の人の家に乗り込むほど不躾ではないよ。」
「でも、オレそんなこと頼んでないんだけど。」
「彼女と私と二足の草鞋? それはごめんなんだけど。」

 顔を上げた晴はベッドに寄りかかるとそのまま天を仰ぎ唸った。

「冷静に考えてみてよ、彼女=私だったら一足で済むんだよ?」
「いやまぁそうだ……け、ど。」

 私は今自分の耳を疑った。
 何を言ったんだこの酔っ払いは、と。

「オレの性格よく知ってるでしょ。パーソナルスペース広い。なのに、好きでもない相手に合鍵とか渡すと思う? 逆にオレが入るとかありえなくない?」
「それは幼馴染だから……。」
「でも、母さんには渡してない。家族以上ってこと。」

 ぶわ、と顔が赤くなる。
 お酒なんて1滴も入ってないのに顔が熱い。

「ほんと、君何なの。最近化粧とか服も可愛いし、料理も頑張ってるし、オレの手握って男の子とか言うし、ハグ超優しいし、抱き心地最高。この前のルームウェアだっけ、あのまましたかった。」

 この人誰! と叫びたいが口は動くのに言葉が出ない。
 近くにあった手を引っ張られると必然的に晴の胸元に飛び込む形になる。すると晴は犬みたいに肩口にぐりぐりと頭を押し付けてくる。

「本当ごめん。恋人のフリなんてさせて。気を遣わせて。」
「……別にいい。私もごめんね、八つ当たりして。」

 晴はふっと笑うと顔を上げた。

「オレが恋愛に消極的な理由教えてあげるよ。実はオレ、好きな子に告白したんだ。」
「え、嘘?!」

 うっそー、とくると思いきやいつもの決まり文句は飛んでこない。
 でも、今まで知る限りだと彼女はいなかったはず。もしや、知らぬ間にワンナイトをしたのか? ぐるぐると思考を巡らせていると、晴は意地悪げに微笑む。

「20歳の時なんだけど、その子に好き! 付き合って! って言ったらその週末スキーに連れてかれたんだよ? 脈無しなんて火を見るよりも明らか、もう告白なんてできないよねー……。」

 私は20歳の時まで記憶を遡る。
 あれ、そういえばスキー行った覚えがあるぞ……?
 基本的に、晴は何かしたいどこか行きたいってなった時には自分で準備するタイプだからお願いしてくるのは珍しいなって思ったんだ。
 照れを上回る焦りが私の中に生じる。

「しかもさ、正直キスの手前まではしちゃってると思うんだよね。かっこいいって言われたら舞い上がるし、嫉妬されて喜んでたらこっちも嬉しいし。なのに、恋人のフリは嫌ってもう何なのって感じじゃない?」
「そ……そうかもね?」

 凄く心当たりのある出来事の列挙に晴の胸の中で小さくなることしかできない。冷や汗も尋常でない。
 そんな私を力加減することなく締め付けるように抱きしめる。


「ねぇ、美里ちゃん。オレ、君のこと好きだよ。好きどころじゃ済まないくらいに。」


 恋焦がれるような、初めて意識して聞いた声に心臓が暴走している。

「……ね、晴、くるし。」
「夢ならさ、していいよね。」

「へ。」

 視界がぐるんと回る。
 あの時の押し倒された姿勢と同じ、だけど晴の目が違う。明らかに狙いを定めた獣の目だ。
 怖い、以上に期待してしまう。
 いやでもまだ私告白してないし?! したけど、アレはノーカンだよね?!

「晴、ちょ、待って……。」
「そんな顔で待ってって言われて待つと思う? オレの考えてることも分かるでしょ?」

 無意識のうちに晴の服を掴んだ
 すると、彼はふっと小さく笑って私の横に寝転んだ。2人でベッドで横になっている状態だ。
 あれ、何もしないんだと、つい驚いた顔で横の彼を見つめてしまう。

「夢でしても虚しいでしょ。あー、もう馬鹿らしい。現実じゃ告白も謝るのも何もできねぇ。」
「……今回悪いのは私だよ?」
「さぁ、どうだか。」

 晴はそれだけ言うと動かなくなった。
 次第に彼からは健やかな寝息が漏れてきた。

「……お人好し。」

 私は身体を起こすと部屋中に放られた缶や瓶を洗って捨てる。

 もしさっきの晴の言葉が本音なら私はかなり大事にされているし愛されてる、よね。今までのことを考えれば、幼馴染であることを差し引いても甘やかされていた。
 というか、私こそ晴はのことを弄んでいた最悪な女じゃん!

 呑気にぷすー、と寝ている晴をじっと見つめる。
 私はよし、と決意をするとあることを裏紙に書いてそのまま片付けたテーブルに置いた。
 たぶん見るのは明日の昼過ぎ、午前中に出てしまえばい捕まらないもんね。

「さて、攻略しちゃうよ。」

 覚悟しといてね、晴。
 私はにんまりと口角を上げた。



 翌日、私は光莉さんと百合さんにメッセージでごめんなさい、と送った。
 本来なら直接謝るのが筋なんだろうけど、少しでも早く謝りたかった。2人は美味しいお菓子で手を打つと笑ってくれた。本当、私は周りに恵まれている。
 そして、私はある作戦をすべく、晴の家から帰った後透子に連絡をした。急な誘いだから断られるかと思ったけど、大丈夫ですと快諾してくれた。

 私達は渋谷で待ち合わせをして、ショッピングに出かけた。

「でも、珍しいですね。私と服を見たいなんて。正直、美里さんの周りには雑賀さんとかお洒落な大人女性がいるので……。」
「うーん、確かにそうだけど。」

 百合さんや光莉さんのセンスは間違いないし、おしゃれなものを選んでくれる。

「今回は私らしいものを選びたいんだよね。そうすると晴とも仲のよくて、前から私のことを知ってる透子の意見を聞きたかったんだ。」
「美里さん……!」

 晴は2人ともそれなりに付き合いはあるけどあくまでも友人でなく、私の友人として付き合う。

「ちなみに可愛い服選んでいいですか! 八草さんは飲んでいるとずっと美里さんのこと可愛い可愛いって言ってますからね!」
「そ、そうなの……。」
「ええ!」

 思わぬカミングアウトを喰らい、赤面してしまう。
 というか、想像よりも周りにこの状況が筒抜けなのではと考えてしまう。

「うーん、フレア丈、ロング丈、美里さんの可憐さを引き立てるにはどれもいいですが……今回はパンツにしましょう!」
「スカートじゃなくて?」
「ええ、あの男、少しだぼっとしたスタイルの方が好きみたいです。ワイドパンツとブラウス、この組み合わせでいきましょう。」

 身長が低いからとあまり着ない組み合わせかも。
 もちろん透子の趣味の服やはたまたちょっとロリっぽい服まで、着せ替え人形にされながらもその日は過ぎていった。


 家に帰って鍵を開けていると、隣の部屋からバタバタと騒がしい音がした。
 何だろう、と思って扉をみると勢いよく晴が飛び出てきた。

「ちょっと美里ちゃん! 何で連絡取れないのさ!」
「ああ、透子と買い物行ってたの。」
「いや、買い物行ってたの、じゃなくて! 何なのあのメモ! というか、昨日ウチにきたわけ?!」
「うん。」

 あああ、と珍しくしゃがみ込んで唸っている。

「美里ちゃん、オレ「すとーっぷ。」

 何かを言いかけた晴の言葉を遮る。
 何のためにメモを残したと思っているんだ。

「今日は晴は二日酔いでダメダメなんだから、大事な話は明日です! ちゃんと行きたい場所も書いたんだからちゃんと準備してよね!」
「なんつー横暴だよ。いいけどさぁ。」

 拍子抜けした顔の晴はため息混じりに了承した。

「じゃあまた明日ね。楽しみにしてる。」
「うーん……。」

 それだけ言うと晴はしぶしぶ、といった様子で部屋に戻っていった。
 さて、明日は勝負だ。
 私は明日の準備をすべく、急いで部屋に戻った。
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