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第五章 椎名匡貴
第四十八話
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ゆっくり靴を履き替えて、ゆっくり階段を上ったつもりだったけど、栢原の足取りは想像以上に遅くて、まぁ、どうせ教室では二人きりかと思って俺は覚悟を決めた。
階段を上りきって、廊下に出て、教室の明かりがついていることに気づく。
もう誰か来てるのかよ。いつも俺が一番なのに、気合入ってるな。
でも、これは好都合だ。誰が来てようが三人ならそう気まずいこともない。
「高濱、こんなに早く来てるのかよ」
一番最初に来ていたのは高濱だった。さすが企画者。生真面目な委員長。一年生から引き続き副委員長だけど。
「椎名くん」
教室に入りかけていた栢原が、高濱より先に反応して振り返る。「よっ」と最低限の挨拶をして俺は栢原の横をすり抜けた。
「だって、富田くんが来るより前にって思ったら」
高濱が俺と栢原を交互に見ながら言う。無視してないよ、というメッセージを両方に送るやり方。高濱も大変だな、と俺は感心しつつ、
「じゃあこれ、頑張れよ」
俺は財布から万札を取り出して高濱の手に置いた。痛い出費だけど、こういう企画に乗らないのはなんとなくマズい。
「ありがと、ごめんね」
「富田のためだしな」
そう言いながら、俺はひらりと机に飛び乗る。限られた人間だけができる行動の中でも、日常的で象徴的なもの。他人の机の上に座る。しかもこの席は、
「それ、わたしの机」
意外にも、栢原はすぐにそう指摘した。しかも笑顔で。俺は苛々したのを顔に出さないように我慢する。
「ごめんごめん」
俺が隣の机に移ると、栢原はすとんとカバンを置いて着席し、俺を見上げる。
「ほんとに、早く来させてごめんね」
なんで栢原が言うんだろう。
「大丈夫。俺、いつもこの時間に来てるから。栢原こそいつもより早いじゃん」
「わたしも企画側だから」
「そうなんだ、すごいじゃん」
栢原は照れたような、でもどこか誇らしげな様子で瞳を輝かせる。こんなやつだったっけ、栢原って。
「じゃあ、高濱と栢原の二人で?」
「えっと、あと田島も」
「田島? あいつ、いないじゃん」
俺は窓の外に目をやった。教室のこの位置からでは見えないけれども、今日も中庭で自主朝練をしているのだろう。企画側になっても早朝に来ずに橋本や富田と一緒にいるなんて。
やっぱりそこまでしないと、田島じゃあのグループにいられないのかもな。でも、それなら、なんで企画側なんかに入ったんだろ。そういう性格には見えないけど。
「あいつは祐斗の監視係」
栢原が言い、俺は「ふぅん」とあえて気のない返事をした。
「田島くんがどうかしたの?」
高濱が聞いてくる。
「いや、珍しい組み合わせだと思って。高濱と栢原と、田島だろ?」
俺は正直に、実感を声色に乗せて聞き返す。高濱は大仰に胸の前で手を振った。
「でも、実果ちゃんは富田くんの彼女だし、田島くんは富田くんと仲いいし、わたしはこういうの好きだし」
羅列された事実に、俺は頭痛さえ感じる。でも、それがこのクラスの事実だった。一年の初めの頃に、富田と田島が仲良くなって、次に橋本がそこに入って以来、高濱なんていう胡散臭い女子がなぜか主導権を握り始めて以来、文化祭の直後、富田と栢原が付き合い始めて以来。四月には予想していなかった事実が積み重なっていた。
「マサタカ、おはよー」
ノブが教室に入ってきて、俺は栢原を一瞥してからノブに挨拶を返した。栢原はいつになく元気な表情をしていて、友人と話していないときはいつも不愛想で頑固そうにしているいつもの栢原とは違っていた。いまの表情はあまりに栢原らしくなくて、かえってどこか寂しげに見える。
集金は活況を呈して、富田が帰ってくる直前にそれはぴたりと終わって、高濱がどこかに行って、ホームルームの直前に戻ってきた。
俺は先生の話を聞き流しながら、栢原に視線を向ける。栢原実果。後姿はともかく、顔は微妙。石原裕子とか、南郷麻里奈とか、山部真奈美とかと昼飯を食べてる。良く言えば普通の女子グループだけど、悪く言えば、この特別なクラスでは、最低のグループかもしれない。
階段を上りきって、廊下に出て、教室の明かりがついていることに気づく。
もう誰か来てるのかよ。いつも俺が一番なのに、気合入ってるな。
でも、これは好都合だ。誰が来てようが三人ならそう気まずいこともない。
「高濱、こんなに早く来てるのかよ」
一番最初に来ていたのは高濱だった。さすが企画者。生真面目な委員長。一年生から引き続き副委員長だけど。
「椎名くん」
教室に入りかけていた栢原が、高濱より先に反応して振り返る。「よっ」と最低限の挨拶をして俺は栢原の横をすり抜けた。
「だって、富田くんが来るより前にって思ったら」
高濱が俺と栢原を交互に見ながら言う。無視してないよ、というメッセージを両方に送るやり方。高濱も大変だな、と俺は感心しつつ、
「じゃあこれ、頑張れよ」
俺は財布から万札を取り出して高濱の手に置いた。痛い出費だけど、こういう企画に乗らないのはなんとなくマズい。
「ありがと、ごめんね」
「富田のためだしな」
そう言いながら、俺はひらりと机に飛び乗る。限られた人間だけができる行動の中でも、日常的で象徴的なもの。他人の机の上に座る。しかもこの席は、
「それ、わたしの机」
意外にも、栢原はすぐにそう指摘した。しかも笑顔で。俺は苛々したのを顔に出さないように我慢する。
「ごめんごめん」
俺が隣の机に移ると、栢原はすとんとカバンを置いて着席し、俺を見上げる。
「ほんとに、早く来させてごめんね」
なんで栢原が言うんだろう。
「大丈夫。俺、いつもこの時間に来てるから。栢原こそいつもより早いじゃん」
「わたしも企画側だから」
「そうなんだ、すごいじゃん」
栢原は照れたような、でもどこか誇らしげな様子で瞳を輝かせる。こんなやつだったっけ、栢原って。
「じゃあ、高濱と栢原の二人で?」
「えっと、あと田島も」
「田島? あいつ、いないじゃん」
俺は窓の外に目をやった。教室のこの位置からでは見えないけれども、今日も中庭で自主朝練をしているのだろう。企画側になっても早朝に来ずに橋本や富田と一緒にいるなんて。
やっぱりそこまでしないと、田島じゃあのグループにいられないのかもな。でも、それなら、なんで企画側なんかに入ったんだろ。そういう性格には見えないけど。
「あいつは祐斗の監視係」
栢原が言い、俺は「ふぅん」とあえて気のない返事をした。
「田島くんがどうかしたの?」
高濱が聞いてくる。
「いや、珍しい組み合わせだと思って。高濱と栢原と、田島だろ?」
俺は正直に、実感を声色に乗せて聞き返す。高濱は大仰に胸の前で手を振った。
「でも、実果ちゃんは富田くんの彼女だし、田島くんは富田くんと仲いいし、わたしはこういうの好きだし」
羅列された事実に、俺は頭痛さえ感じる。でも、それがこのクラスの事実だった。一年の初めの頃に、富田と田島が仲良くなって、次に橋本がそこに入って以来、高濱なんていう胡散臭い女子がなぜか主導権を握り始めて以来、文化祭の直後、富田と栢原が付き合い始めて以来。四月には予想していなかった事実が積み重なっていた。
「マサタカ、おはよー」
ノブが教室に入ってきて、俺は栢原を一瞥してからノブに挨拶を返した。栢原はいつになく元気な表情をしていて、友人と話していないときはいつも不愛想で頑固そうにしているいつもの栢原とは違っていた。いまの表情はあまりに栢原らしくなくて、かえってどこか寂しげに見える。
集金は活況を呈して、富田が帰ってくる直前にそれはぴたりと終わって、高濱がどこかに行って、ホームルームの直前に戻ってきた。
俺は先生の話を聞き流しながら、栢原に視線を向ける。栢原実果。後姿はともかく、顔は微妙。石原裕子とか、南郷麻里奈とか、山部真奈美とかと昼飯を食べてる。良く言えば普通の女子グループだけど、悪く言えば、この特別なクラスでは、最低のグループかもしれない。
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