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四.役者は舞台で踊れない

26.復讐しようとも、死者は救われない

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「冬休みが明けて最初の部活の日。葵たちが言ったのよ」

 滝川未来が死んだというのを部員たちは知っていた。彼女を慕っていた友人は悲しんでいたけれど、葵たちは違っている。部員たちが帰ってから葵たちはべらべらと話していた。

『あれぐらいで死ぬ?』
『弱いメンタル』
『あんなんじゃ女優になんてなれないわよ』

 げらげらと笑っている二人を見て、陽菜乃は思ったのだという。

(あぁ、殺してやろう)

 殺したいではなく、殺してやろうと覚悟を決めた。未来の代わりに復讐してやろう、こんな奴らがのうのうと生きていることが許せないと。

「殺すと決めてからどうやって殺そうかってずっと考えていたわ」

 どれほど苦しませて殺そうかとそれだけをずっと考えていた。

 わたしは演技が下手だ、未来のように完璧な演技などできるはずもない。けれど、それでも演じ切ってやろうと決めた。

 そんな時だ、小道具置き場の整理をしていた時に鍵を見つける。それが小ホールのものだと気づいて、試しにと使えるか確認した。かちりと閉まってまだこの鍵が使えると分かった時、これは使えるのではないかと思い至った。

 鍵を使った脚本を思いついて、これならわたしにもできると思ったのだと陽菜乃は話す。だから、次の演劇の話題をミステリーの流れにして、鍵を調達できるからと誘導した。

「別にね、バレてもよかったの」

 ミステリー小説のように上手くいくわけもない、警察がいずれ気づくだろうことは想像できた。だから、見つかってしまってもよかった。

「わたしは二人を殺して、平原を陥れさえできたらそれでよかったんだから」

 ミステリー小説の真似事などするつもりはないくて、二人を殺せさえすればそれでいい。淡々と話す陽菜乃は何とも不気味なほど表情が消えていた。

「美波の壊れようはよかったわ。あんだけ未来の事を馬鹿にしていたのに、自分が言われる立場になったらすぐに壊れちゃった。あんたは人の事なんて言えないじゃないって」

 美波がたった一日で壊れていった様を見て可笑しかった。人のことを馬鹿にしておいて、自分はどうなのかと。

 ざまぁないと可笑しくて何度も笑ってしまった。ひとしきり笑ってから彼女を殺した。苦しんでいるようだからさっさと楽にさせてあげようと思ってと陽菜乃は笑む。

「人を殺してるのに、何とも思わないの……?」
「何を思うことがあるの?」

 由香奈の問いに陽菜乃は首を傾げる、憎くて憎くて殺しているのだ。思うことがあればそれぐらいだと、彼女は何でもないように答えた。

「二人も殺してるんだよ!」
「だから?」
「だからって……」
「罪悪感なんてなんもないわ。後悔も反省もない、誰に恨まれたって別に構わない」

 二人の家族に恨まれようと、憎まれようと知ったことではない。全てを受け入れると陽菜乃は両手を広げる。なんとも晴れ晴れとした笑みを彼女は見せていた。やりきったのだ、中部陽菜乃は。

 滝川未来という少女を愛した彼女は、愛しい人の復讐を代わりに成し遂げた。それに後悔も反省もすることはない。だって、未来を愛しているのだから。

 なんと壊れた愛情か。時久は思う、欠落した愛だと。

「わたしを恨みたいのなら恨めばいい。憎めばいい、好きにすればいい。でも、この想いを汚すことは誰であろうと許さない」

 強い、それは強い眼差しだった。その瞳は彼女の行いに異を唱えることを許さない圧がある。由香奈も前島も、斗真も裕二も彼女を見つめるだけで何も言えなかった。

「だからと言って人を殺していいとはなりませんけどね」

 空気を破ったのは時久だった。彼女を冷めた瞳で見つめながらはっきりと言う、殺人は認められないと。そんな時久に陽菜乃は笑う、「綺麗事ね」と返す彼女の瞳は鋭い。

「何とでも言えばいいのよ。人を殺すな、復讐など無意味だ。綺麗事だわ、そんなもの」

 そんな綺麗事で世界は救われない、未来は生き返ったりしない。陽菜乃は「未来が居ない世界に興味はないの」と告げる。

「誰にも分からないわ。わたしの気持ちも未来の苦しみも。分かってほしいとも思わないけれど」

 分かるなど言われたくはない。そんな軽いものではないのだ、この想いは。

 人を殺すのは犯罪だ、そんなもの知っているさ。じゃあ、誰があいつらを裁いてくれるというのか。死ぬ原因を生み出した加害者がのうのうと生きている現状を許せるわけがない。

 あいつらだけは絶対に許さない、死んでも許さない。吐き出す毒、陽菜乃は何度も言った。

「おかしいじゃない。被害者だけが不幸になるなんて。加害者は裁かれるべきなのに」

 そうでしょうと陽菜乃は声を荒げる、お前らが殺したんだと。

「前島先生だってそう、由香奈もそうよ! みんな見てみぬふりしていたじゃない! 少しでも未来に手を差し伸べたって言うの!」

 前島も由香奈も何も言えない、見てみぬふりと言われたらその通りだったから。陽菜乃は「葵も美波もみんなの前ではいびったりするだけだものね」と、そこまで深く考えなかったわよねと嫌味のように吐く。

 それに未来は我慢していることをみんなに悟られないようにしていた。いつものように明るく元気な自分を演じていたのだから、軽く見るのはしかたないと陽菜乃は溜息を吐いた。

「それだけ未来の演技は素晴らしかったのよね。そうね、そうよ」

 陽菜乃は何度も「そうよ」と表情のない顔で呟く姿は何とも異様な光景で、暫く誰も動けなかった。先に動いたのは東郷だ、これ以上は彼女の心のことを考えて止めようと一歩、歩む。

「わたしに近づくなっ!」

 怒声。陽菜乃は何処からそんなことができるのだろうかといった声量で怒鳴った。

 その声に一瞬、隙ができた。陽菜乃はそれを見逃さずに全員から離れると、小道具置き場に隠していたように置いてあったカッターナイフを取り出す。

 カッターナイフを首元に突き立てながら周囲を睨み、「動かないで!」と威嚇する。

「やめなさい!」
「五月蠅い! わたしは成し遂げた、復讐をやり切った! 未来のいないこの世界になんて興味はないの!」

 未来がいない世界で生きていくなんて、ただの苦痛ではないか。そんな苦痛を味わいながら生きていくなんてできるわけがない。

 もう復讐は成し遂げた。ならば、わたしがこの世にいる必要なんてないじゃないか。陽菜乃は叫ぶ、これで幕が下りるのだと。

「あいつらの家族だってわたしに死んでほしいって思ってるわよ。大事な娘を殺されたんですから!」

 そうだ、遺族はきっと生きていることを許してはくれない。だってわたしがそうだったのだから。このまま死んでくれたほうが遺族だって喜ぶだろうと陽菜乃はカッターナイフを握る手に力を籠める。

「復讐して、最後には死を選ぶのですか」
「時久君!」

 時久の言葉に東郷が声をかけるも、彼は真っ直ぐに陽菜乃を見つめている。

「何よ。復讐は何も生まないって、わたしが死んでも意味がないっていうの?」

 陽菜乃は時久を睨む。それでも時久は目を逸らすことなく「別にそうは言いませんよ」と返した。

「ならっ……」
「復讐も死ぬことを止める権利もありません」

 復讐によって誰かが幸せになるようなことはない。皆が皆、ただ不幸になるだけだが、だからと言ってそれを止める権利はない。

 死ぬことだってそうだ。死ぬと覚悟を決めた人間を止める権利はない、ないけれど――

「けれど、死んだ人を救うことはできませんよ」

 愛する人を殺された、だから復讐をしようと決行して、成し遂げたとしても、死んだ人を救うことはできない。

 復讐をすることで気が晴れるかもしれないけれど、誰も救ってはいないのだ。はっきりと時久は告げる、貴女は救えていないと。

「滝川未来という愛した人を貴女は救えていないのですよ」

 突きつけられる言葉に陽菜乃は反論しようとするも、言葉が出てこない。だって、未来が救われているのか確かめようがないのだ。

 この世にもういない。復讐したいと願っていたからそれを代わりに成し遂げたけれど、これで未来は救えたのだろうか。

「あのさ。滝川さんっていう人は確かに復讐をしたいって言ったかもしれない。でも、中部さんが復讐することを望んでいたの?」

 動揺する陽菜乃に飛鷹が問う。復讐したいと言ったけれど、大事な親友に復讐してほしいと願っていたのかと。大事な親友、大好きな友達に復讐を代行してほしいと願うのだろうか、飛鷹はさらに言う。

「親友が死ぬことを望むような人だったの、滝川さんは? 親友が罪を、人殺しをしてもいいって思っているような人間だったの?」

 親友が犯罪者になってもいいと思うような性格だったのか。貴女が愛して、いや今でも想っている存在はそんな人間だったのか。

 飛鷹の言葉が陽菜乃に突き刺さる。苦しげに顔を顰めて、唇を噛んだ。

「……そんなんじゃ、そんなんじゃ……ないわ」

 未来は明るく元気で優しい子だった。誰かに当たるようなこともせず、困っている人を放っておかない子だった。優しくて愛しい人はそんな汚れきった感情など持っていない、持ってなどいるはずがないのだと陽菜乃は声を震わせる。

「違う……未来はそんな、そんな人間じゃないわ……」

 友達が死ぬことなんて望んではいない――陽菜乃はぼろぼろと涙を零しながら膝から崩れ落ちる。からんからんとカッターナイフが床を転がっていく。

 東郷は陽菜乃に駆け寄ってカッターナイフを彼女から離すとそっと背を擦った。
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