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九章……仲間ならば最後まで守り抜け
第48話:再会
しおりを挟むざっざっざと地を蹴る音が響く。草木をかき分けて必死に走る足音を追いかける何かの息遣いがする。
朝焼けが森を照らし、走る魔導士服の女を映しだす。ワインレッドの鮮やかな服を捉えて何かはにやりと笑った。
「ひやぁっ!」
魔導士服の女は勢いよく転げてしまった。どさっと地面に顔をぶつけて震える足で立ち上がろうとするも、影が一つ落ちる。ゆっくりと振り返って見上げれば、そこには巨体な身体があった。
大人二人分ほどの大きさの体格の良い魔物がにっと口角を上げている。額に生えた角と口元から見える牙がきらりと光った。
女は動けなかった、恐怖で。これからこの魔物に食い殺されるのだろうという絶望で涙が溢れてくる。転んだ拍子に眼鏡は外れて前が少しばかりぼやけているけれど、魔物の姿は目に映っていた。
魔物は手に持っていた手製の槍を魔導士服の女に向ける。あぁ、殺される、女がそう思った時だった。
「ふっがぁぁぁぁ!」
魔物の首根から血が噴き出した。突然の出来事に魔導士服の女も魔物も驚き、何がおこっているのか分かっていない。黒い影がすっと女の目の前に落ちる。はらりと長い黒髪が靡く、男の背。
たっと地面を蹴って影は宙を舞うと魔物の背後を取って首根に短刀を指す。ぶわりと炎が溢れて魔物の首は焼き切られてしまった。
どさりと倒れる魔物に影が一つ。
「大丈夫だろうか……」
「……え、クラウス……」
魔導士服の女は目を見開いていた、影の正体を知って。
クラウスは目の前で腰を抜かしている魔導士服の女に見覚えがあった。彼女の名前はミラ、前のパーティメンバーの一人だ。ラプスのギルドに到着したクラウスたちは依頼した他のパーティがまだ帰還していないことを教えられて、オーガがいるとされて森へと様子を見にきた。
オーガに誰かが襲われているのを見つけたクラウスは助けるべく、倒したのだがミラだとは思わず何とも言えない表情を思わず見せてしまう。できれば会いたくはない、前のパーティメンバーだったから。
「クラウスさん、大丈夫ですか!」
少し遅れてブリュンヒルトたちがやってきた。腰を抜かしているミラを見つけて彼女は「大丈夫ですか?」と慌てて駆け寄っていく。ミラはブリュンヒルトに支えられながら立ち上がったものの、クラウスの登場に驚いているようだ。
「えっと、どうしたんですか?」
「どうして、クラウスがいるのよ」
ミラの言葉にブリュンヒルトは目を輝かせてクラウスを見る。彼は視線を逸らしながらどう返事を返すか考えているようだった。
その態度だけで察したのか、フィリベルトが「前のパーティメンバーか」と呟く。アロイはあーっと納得したように呟いて、ルールエはミラとクラウスを交互に見合っていた。
「リーダー、どうする?」
黙っているクラウスにシグルドが問えば、ミラは「リーダー?」と目を見開いた。
「あんた、リーダーやってるの!」
「……そうだ」
ミラの驚きようにクラウスははぁと小さく息を吐いて、「今は他の冒険者たちとパーティを組んでいる」と答えた。
「あんたが、リーダーなんて……」
「柄じゃないことぐらい知っている。それよりも怪我はないか、ミラ?」
クラウスの問いにミラは眉を寄せながらも「ない」と答えた。落ちている眼鏡を拾ってかけ直すとその鋭い眼を向ける。彼女の視線は久々ではあるけれど相変わらず厳しいものだなとクラウスは思った。けれど、口には出さずに「それならばいい」とだけ返す。
クラウスは無視できる態度だったが、他はそうではなかった。アロイが「助けられておいてその態度なんだよ」と指摘する。
「あんた、クラウスの兄さんに助けられたんだぞ。その態度はないだろ」
「そ、それは……」
「礼も言わずに、失礼じゃねぇの」
アロイの少しばかり強い口調にミラは黙った。だが、彼女の口から感謝の言葉はでない。眉を寄せたのはアロイだけではない、シグルドもその態度が気にいらないようで冷めた瞳を向けている。
「アロイ、気にしないでくれ。礼が欲しくて助けたわけではない」
「そうだけどな。この態度は良くねぇぜ?」
「それでもだ」
クラウスに「言い争っても話は進まない」と諭されてアロイは納得はしていないようだったが、ミラを責めることをやめた。
クラウスはミラのほうを見て、「オーガを追っているパーティか」と問う。彼女は黙って頷いたので、リングレットのパーティが今回の依頼を受けたのだと知る。
「……そうか」
彼女が受けている、それはクラウスの前のパーティがいるということをフィリベルトたちも理解した。ブリュンヒルトが心配そうにクラウスを見つめている。
「ミラ!」
沈黙を裂くように声が響き、振り返れば久々に見かける顔がそこにいる。
ツンと立っている金髪はリングレットの特徴だ、見間違うはずがない。彼の隣には幼馴染であるアンジェが立っている。ミラは二人の元へと駆けて、アンジェに抱き着いた。
「あんたら、誰?」
ミラの安否を確認したリングレットが不審げに見つけてくる。それにクラウスが反応するよりも先にアロイが「そこの嬢ちゃん助けてやったんだけど?」と返した。
「オーガに追われてたから助けたんだけど?」
「はぁ……って、クラウス!」
リングレットがクラウスに気づいて驚いた声を上げた。アンジェも目を開いて口元に手を添えている。
「なんで、お前がいるんだよ!」
「マルリダから要請が入ったからだ」
オーガ討伐の要請をラプスのギルドから受けて此処まで来たことを説明すれば、リングレットは「お前、まだ冒険者やってたの」と言われる。
「役立たずのお前が」
「それは……」
「その役立たずって言われているクラウスの兄さんがオーガを倒したんだが?」
アロイが睨みながらリングレットに言えば、彼は信じられないといったふうにクラウスを見た。アンジェも同じなのか、倒れるオーガとクラウスを見合っている。
「そこの女がちゃんと見ている。リーダーに助けられたのだからな?」
シグルドはミラを睨みながら言った、そうだろうと。リングレットがミラに「本当か」と問えば、彼女は小さく頷いた。
ミラが嘘をつくとは思っていないのか、リングレットは嘘だろと小さく呟いていた。それほどまでに信用がないようでクラウスは目を伏せる。
「嘘をいってどうするんだ。そもそも、どうして魔導士の彼女一人だった」
「それは……はぐれて……」
「夜の森を舐めているのか、お前は!」
リングレットの返答にフィリベルトが叱る、夜の森ではぐれるという行為がどれほど危険なものなのか知っているのかと。
複数のオーガが潜伏している夜の森で一人になるなど、自殺行為でしかない。死に行くようなものだとフィリベルトは指摘する。
「魔導士は前に出て戦うのが得意ではないのだ、一人など死ぬぞ」
「そ、そんなの分かって……だから、探して……」
「はぐれるような連携をしていたということだろうが!」
しっかりと連携が取れていればはぐれるようなことはまずない。もちろん、完璧ということはないにせよ、余程のことがない限りは問題は起こらない。フィリベルトは「夜の森を甘く見ていただけではないだろう」と指摘した。
「冒険者として、パーティを組んでいるのならば甘く見るな」
「なんだよ、おっさん。偉そうに!」
「何が偉そうだ、おっさんは注意してんだよ!」
リングレットの態度にアロイは怒りを含ませて言い返す。このままでは喧嘩になりかねないとクラウスは「落ち着いてくれ、アロイ」と声をかけた。
「言い争うのは良くない」
「それはそうだけど……」
「おーい、見つかったかー」
アロイが不満げに返事をしたのと同じく声がした。見えれば、見知った顔で。
「あ、シュンシュさん!」
「あれ? ブリュンヒルトさんじゃん」
ファントルムへと向かう道で出逢ったシュンシュとランの兄妹が駆け寄ってきた。二人はクラウスたちを見て「数日ぶり!」と笑う。
「どうしたんだ、こんなところで」
「オーガ討伐の要請を受けたんだ」
「あー、おれと一緒か!」
シュンシュは「おれもなんだよね」と話す。オーガ討伐をリングレットのパーティと一緒にやってくれと頼まれたのだと。
「こいつら、ギルドのやつらに毛嫌いされてるから誰も組みたがらないんで、ギルド長におれ泣きつかれたんだよ」
勝手に動くしとじろちとリングレットをシュンシュは睨んだ。睨まれたリングレットは「お前が役に立たないからだ」と反論していたが、「それ本気で言ってるのですか」とランに言い返されてしまう。
「夜の森は危険なので別れずに行動しましょうと提案したのに、オーガぐらい平気だと勝手にばらばらに動いたのはどこの誰でしょうか」
ランの言葉にフィリベルトはやはりなとリングレットを見遣る。彼は何ともばつが悪そうに視線を逸らした。
「昼間にきてたマルリダの冒険者もこいつらのせいで帰っちまってさ。困ってたからクラウスがいてくれると助かるよ」
シュンシュは「こいつらと違ってちゃんとしてくれるし」とリングレットを指さす。それには不満だったのか、彼は「こいつの何処が良いんだよ」と言った。おれはこいつのことを知っているが何の役にも立たないぞと。
シュンシュは「それはあんたがちゃんと見てないだけ」と呆れたように返した。クラウスはちゃんと自分で行動できるし、戦うこともできるのだと言った。
「ファントルムの町に行く途中でグリフォンと戦ったけど、他のメンバーも活躍してたがクラウスが止め刺したし。つか、あの戦い方できるのに役に立たないとかないわー」
お前は何を見てきたのだとシュンシュが冷めた瞳を向ければ、リングレットは信じられないといった表情をみせた。「リーダーとしてメンバーも見れてないとか」とランにまで言われてしまう。
「……一先ず、森から出よう」
クラウスは「ここで話すことではない」と言って提案する。一度、森を抜けてからオーガ討伐の作戦を考えようと。それにシュンシュが「それもそうだね」と言って、ランも頷いた。リングレットは何か言いたげにしていたが、シュンシュから「ほら、行く」と背中を押されて歩き出す。
その背を眺めながらクラウスは深いため息を吐いた。
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