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七章……鷲獅子は血肉を喰らう
第39話:自分を知る人物と出会う
しおりを挟むファントルムまでの道のりはそれほど険しいものではない。森一つを通り抜けることになるが比較的、優しいほうで雪原のある地域は入り組んでおり険しい。その点、ほとんど一本道であるファントルムは長距離の護衛に慣れるためには丁度いいものだ。
見晴らしの良い草原を馬車がゆっくりと走っていく。時折、周囲を警戒しながらクラウスたちは前を進む。一日目の夜は途中で通る小さな村で過ごし、何の問題もなかった。
二日目、昼を過ぎた辺りで森の近くまでやってきた。危険が増す場所はこの森で魔物も動物も生息しているため襲われないとも限らない。脇道や獣道を通るわけではないので逸れて森の奥にさえ入らなければそれほど危険はないだろうが、近くの山から魔物が下りてくることはあるので何が起こるかは分からない場所だ。
森に入る前にクラウスが偵察にいくことになっている。森が見えてきたのでクラウスがそろそろかと思っていると、その傍で別の馬車が止まっていた。なんだろかと様子を窺ってみれば、冒険者らしい二人の男女と馬車の主である男が何か話している。
ふと、短い栗毛の男がこちらに気づいたようで「すみません!」と声をかけてきた。馬車を止めてクラウスが「どうかしただろうか」と声をかけて、目を瞬かせる。
「あれ、あんたリングレットのところの人じゃない?」
クラウスには見覚えがあった、彼らはラプスの町のギルドで何度か話したことがあったのだ。クラウスは何とも言い難いといった表情をみせる。
「何、どうしたのさ」
ひょこっとアロイが現れて問う。馬車からブリュンヒルトたちもどうしたのかと顔を出した。それにあれと男の冒険者は首を傾げたので、「今はリングレットとは関わっていない」とクラウスが答えた。
「今は彼らとは関わっていないんだ」
「別れたってことか。あんたもリングレットに振り回されてたし、別れるのも仕方ないよな」
「……その話はいいとして、どうしたんだ」
「あ、そうだった!」
男は「困ってるんだよ」と前に止まる馬車を指さした。どうやら、前の馬車はこの森を抜けたいらしいのだが、急ぎの用で護衛が間に合わなかったのだという。男たちは依頼帰りだったのだが、そこで出逢ったらしく護衛をしてくれと頼まれた。送っていくのは問題ないが、二人でこの森を抜けるのは不安だということだった。
「おれら二人で森を抜けるならなんとかなるけど、護衛となると違ってくるからさ。この人は森を抜けた先にある村に用があるらしいんだよ。森を抜ける時だけでいいから同行できないか? おれたちも一緒に行くから」
話を聞いたクラウスは傍で待機していたフィリベルトにどうするかと問うと、「このまま置いていくわけにもいないだろう」と彼は答えた。
「このまま彼らも森を抜けるならば道は同じだ。途中まで共にする分にはいいと私は思うが、守る対象が増えるので注意が必要になる」
「前の馬車は任せていいだろうか?」
「それはおれたちがやるから大丈夫だ。何かあればそちらと連携する」
男の返しにフィリベルトは「なら問題はないだろう」とクラウスに言う。それならばと男の頼みを引き受けることにした。
男の冒険者はシュンシュ、女の冒険者はランと名乗った。拠点はラプスで二人は兄妹で冒険者をやっているのだと自己紹介をする。ランと紹介されたお団子髪の少女は小さくお辞儀をした。
「さっそく行こう」
「あぁ。だがその前に森へ入る時に少し偵察をしてくる。待っていてくれ」
クラウスは馬車から降りて森へと入った。すっと音もなく駆けていく姿に「相変わらず静かな男だなぁ」とシュンシュは呟く。
「あの、シュンシュさんはクラウスさんを知っているんですよね?」
「知ってるっていっても少しだけだよ。ラプスの町のギルドで数回会っただけさ」
ブリュンヒルトの問いにシュンシュは答える。
「口数は少ないし表情あんまり変えない静かな男って印象だったからちょっと驚いてる」
「え?」
「いや、自分から声をかけてるし行動してるから」
シュンシュは「前のパーティの時は指示待ちだったしな」と言った。彼の印象にブリュンヒルトは今と少し変わっているのではないかと感じた。
クラウスは自分でちゃんと行動しているし、対話も出来ている。前のパーティではどういった立ち位置だったのだろうか、そんな疑問がブリュンヒルトの中で浮かんだ。彼に聞けば分かるかもしれないが、クラウスのいないところであれこれと聞くのは相手に失礼な気がして、ブリュンヒルトは止める。
それから少ししてクラウスが戻ってきた。途中まで見てきたが何かいる気配はないことを伝えるとブリュンヒルトは馬車に戻った。
再びゆっくりと走り出す馬車は森へと入っていく。まだ日は出ているがもう数刻もすれば夜を迎える。今夜は野宿になることは決まったようなもので、クラウスは夜の見守りをどうするかと考えていた。
***
森の中腹辺りまで来たところで日はすっかりと落ちてしまった。木々の間から空を見遣れば星が瞬き、月がぼんやりと浮かんでいる。天気はよく、明るい夜だ。
この辺りで野営をしようとフィリベルトの声を合図に馬車は止まった。野営の準備をする依頼主をアロイとブリュンヒルトが手伝う。クラウスは周囲を見渡して、魔物の気配がないかを確認していた。
フィリベルトは地図を見ながら「早朝から走れば夕方には着くだろう」と予測する。ルールエは初めての野営に少しばかりの不安もあるようで、周囲を警戒するように獣耳をひくつかせていた。
「ルールー、どうした」
「シグルドお兄ちゃん、なんでもないよ!」
「怖いならオレが傍に居よう」
「大丈夫だもん!」
ルールエがそう言った瞬間、ばっと鳥が一斉に飛び立った。いきなりのことにルールエはひぇっと声を上げてリスの尻尾をぶわりと膨らませながらシグルドの腕に抱き着く。
「鳥だ、安心しろ」
「うーー」
よしよしと頭を撫でるシグルドにルールエが「子供扱いするな!」と頬を膨らませるけれど、彼には効いていないようで止める気配がない。そんな戯れをクラウスは「仲は良さそうだな」と思いながら眺める。
まだ出会って間もないがあれぐらい会話ができればパーティメンバーとしての仲に問題はないだろう。メンバー内の揉め事などもリーダーが気にしなければならないことなので、今のところは問題なさげなことに安堵する。
ふと、シュンシュたちのほうを見れば、彼らはもう準備ができたようで飲み物を飲んでいるところだった。クラウスは少しばかり気になることがあったので二人に近寄る。
「シュンシュ、少しいいか?」
「なんだい?」
「リングレットたちだが、今はどうしているだろうか?」
「あー彼らね。あいつ調子に乗ってさ」
リングレットたちは調子に乗っているのか、依頼を受けては威張ってるのだとリーシュンは言う。
「リングレットは威張ってばかりで自己中心的さ。可愛い恋人ができたからいいところを見せたいんだろうけど、見ているこっちはちょっと痛いなって思うぜ。調子に乗って迷惑かけてんの気づいてないし」
「……そうか。その、アンジェたちとは仲良くやっているんだな?」
「見た感じじゃね。あんたを最近見かけないからどうしたかと思ってたけど、別のパーティにいたんだな」
「あぁ」
クラウスは言いづらそうに視線を逸らす。そんな様子に察したようでシュンシュは「あいつは自分勝手なやつだったから外れて正解だと思うぜ」と言った。
彼の言う通り、リングレットには自分勝手な部分があったので、アンジェと付き合うことにならなくともいずれは追い出されていたかもしれないなとクラウスは思う。
「なんか気になることあったのか?」
「アンジェたちが元気か少し気になっただけなんだ」
「戻りたくなったとか?」
「いや、そうではないんだ」
戻りたくなったのか、その問いの答えは違うだ。だって――
「今は俺には仲間がいるから」
ふらりと彷徨っていただけの自分に新しい仲間ができた。彼らがいるのだからもう気にすることはない。
ふっと小さく微笑むクラウスにシュンシュは目を瞬かせる。それはラプスの町では見たことがない表情だった。
「ヒルデ、何やってんのー?」
「ルールエちゃん静かに!」
声をかけてきたルールエに慌ててブリュンヒルトが言う。しっと指を口に当てる姿にルールエは首を傾げながら彼女の視線の先へと目を向けると、クラウスとシュンシュが話をしてるのが見える。
「何、話してるんだろうクラウスお兄ちゃん」
「シュンシュさんはクラウスさんのこと知ってるので、ラプスの話かなぁって思うんですけど」
「この位置から聴こえないとはいえ、盗み聞きはよくないとオレは思うが?」
「し、シグルドさん、それはその……」
盗み聞きを指摘されてブリュンヒルトは「それはそうなんですけど……」ともじもじとする。
「クラウスさん、シュンシュさんと会った時、少し変でしたから……」
何かあったのかと心配になったのだとブリュンヒルトは言う。シグルドは彼女の言葉にクラウスのほうへと視線を向ける。シュンシュと話しているが特に変わった様子は感じない。
「オレはまだ入ったばかりで分からないが……。心配ならばその気持ちは伝えるべきではないか?」
「そう、ですよね……」
心配しているということを伝えるも相手のことを知るためには必要なことだ。それで答えてくれないのならば、まだ話したくはないということ。深く聞くことを避ければいいとシグルドは言う。
「あとで伝えてみよう」
ブリュンヒルトはそう呟きながらクラウスの背を眺めた。
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