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三章……流離う狩人は二人と出会う
第18話:流離う狩人と出会う
しおりを挟む日も暮れてすっかりと月が昇って暗くなる。ぽつりぽつりと小さな明かりが見え、周囲の田畑は見事に荒れ果てている。
集落へと入ると何かと争ったような形跡があった。大きな足跡と衝突したように崩れる家の壁に魔物が村を襲ったのは間違いない。
一つの家の前で老人が一人、祈りを捧げていた。手を合わせて天に掲げている、ひたすらに。
「あの、どうしましたか?」
ブリュンヒルトが老人に声をかけると彼はおぉと声を零して彼女に縋った。
「どうか、あの方を助けてやってくだされ……」
「あの方?」
老人はかすれた声で話す。
イナンバに田畑を荒らされて村が襲われそうになった時に一人の冒険者が通りかかった。彼は何も言わずとも駆け付けて追い払ってくれたのだという。
その冒険者は逃げるイナンバを追って山へと入っていってしまったのだが、もう随分と経つが戻ってこない。一人であの魔物を倒すのは無謀だと老人は冒険者の身を案じていた。
「お二人、どうか、どうか彼を助けてやってくれっ」
イナンバを追った一人の冒険者。どれほどの手練れかはわからないが、戻ってこないとなると何かしら問題が起こった可能性が高い。
クラウスは困ったなと顎に手を当てる。冒険者が無理をして死亡するのはよく聞くことで、それは本人の自業自得でしかない。助ける義理もないのだが、老人もブリュンヒルトも見つめてくる。やめてくれとクラウスは思った。
「……少し見てこよう」
けれど、断ることはできなかった。クラウスは一つ息を吐いて、抱えていた少女を老人へと預けるとイナンバの足跡を辿っていく。そんな彼にブリュンヒルトも続いた。
クラウスがブリュンヒルトを黙って見遣る。待っていろと言いたい様子ではあったが彼女は首を左右に振った。
その様子は嫌ですと伝えるようにするものだから、クラウスは諦めるしかない。だから、無茶はしないことをしっかりと約束させた。
イナンバの足跡を辿って山へと入っていくと巨体が通ったからなのか、草木がなぎ倒されている。耳を澄ませ、痕跡を頼りに険しい足場を登っていった。
***
夜が深まって星の瞬きが降る静かな山中に雄叫びが響いた。
大きい図体を覆う黒色の毛を逆立て、太い二本の角が光る。ぎらつく瞳は怒りを表すように揺れて、じろりと睨む。
鼻息を荒くさせ、地を蹴り鳴らす。
「っ、くそがっ……」
右目を隠す長い紫の前髪がさらりと靡いて、銀灰の瞳が苦々しくそれを映し出す。
深い緑の外套は土に塗れ、脇腹から流れる血が黒いトップスを汚していた。手に持つ黒を基調にした金の装飾がされているクロスボウには矢が補充されていない。
補充する隙すら相手は与える気はなく、逃げようにも痛む腹部に思うように足が動かなかった。
此処までか。男がそう覚悟を決め、迫りくる魔物に目を向けた時――
「フッガァアァァア!」
目の前の巨体な牛の魔物の身体から鮮血が噴き出した。
なんだと男が目を瞬かせる。魔物の背後に誰かが回り込んだのが見えて、刃が肉を切り裂いていた。
「ヒルデ、今だ!」
魔物から素早く距離を取り、刃を握る人物は男の前に立った。たっと一人の少女が前に出る。肩よりも少し長い真っ白な髪を揺らし、紫の魔法石の装飾がされたロッドを掲げた。
「聖なる輝きをっ!」
魔法石から放たれる光に魔物は目を潰されたように悶えた。その隙に男は二人に連れられて、その場から逃げることに成功した。
*
どれほど離れたのかは分からない。遠からず近からず、そんな距離で大木に身を隠すように男を座らせて、クラウスは周囲を見渡した。魔物の気配は無く、静かだ。
ブリュンヒルトは男の傷を癒すために魔法を発動させる。
「あんたたち、誰?」
「集落の老人にイナンバを追った冒険者を助けてくれと頼まれた冒険者だ」
男の問いにクラウスが答えれば、彼はあぁと頭を掻いた。疲れた目元が僅かに下がり、言葉を探しているように口を開いては閉じている。
ブリュンヒルトは怪我をした箇所の止血と傷を塞いだのか、「これで大丈夫です」と男から離れた。男は塞がっている傷と痛みの無さに驚いふうに目を瞬かせた。
「あんた、何者? 魔導士でも此処まで器用な回復魔法は使えないはずだが?」
若めの通る声に少し訝しげな音が混じる。ブリュンヒルトは「あ、それは」と口を迷わせた。助けを求めるようにクラウスを見つめている。
「彼女は修行中の聖女だ」
クラウスは黙っているよりは話すほうがいいと判断した。此処で相手に警戒されては面倒だとそう思ったのだ。
聖女と聞いて男ははぁっと声を上げる。
「うっそだろ!」
「その、嘘ではないんですけどね?」
「このロッドを見ればわかるだろう」
クラウスの指摘に男はブリュンヒルトの持つロッドを見る。純度の高い大ぶりの魔法石が使われているロッドは一般的な冒険者では手に入らないものだ。
それを見て理解はしたようだが、「聖女がどうして此処にいるんだよ」と男は問う。それに「修行中だから」とクラウスは再度、伝える。本当の理由を今は話す必要がないのでこれで通すつもりだ。
男は納得しているような、してないような顔をしながらも話を聞く姿勢にはなってくれた。
「まず、名前を言い合いましょう! 私はブリュンヒルトです!」
「えっと、アロイだ。そこのお兄さんは?」
「……クラウスだ」
自己紹介を終えて、アロイと名乗った男は二人に礼を言った。
「助かった。あんたらのおかげで死なずにすんだ」
「どうして一人で追った」
クラウスは疑問に思っていた。彼の装備を見たところ遠距離を得意とする狩人タイプの冒険者だ。真正面からイナンバを狙うのは不利なのは見て取れる。そう指摘されてアロイは疲れた目元をまた下げながら頭を掻く。
「あいつは追い払っても必ず戻ってくる」
「倒さないといけないと思ったのか?」
「……放っておけなかったんだよ」
放ってはおけなかった。また襲われれば、集落の被害は大きいものになる。そうなれば住人たちは明日を生きるのも厳しくなるだろう。この集落に立ち向かうほどの蓄えは無い。冒険者に頼ろうにも依頼を出している暇を与えてくれるとは限らなかった。
やるならば、早くないといけない。無理をしている自覚はあったけれど、このままにしてはおけなかった。
「オレの村のようにはなってほしくなかったから……」
アロイは呟く。話を聞いてクラウスは彼は経験があったのだろうと知る。魔物に襲われた村や集落がどうなったのかを。
「一人なんですか?」
ブリュンヒルトの問いにアロイは頷いた。
いくつかのパーティに世話になったことはあるけれど、何処も自分のような狩人タイプを求められてはいなかった。だから、一人でやってきたのだとアロイは疲れた目元を細めて息を吐く。
「それにこんな無茶する奴なんていらないっしょ?」
「そんなこと……」
アロイはブリュンヒルトの言葉を止める、気休めも慰めもいらないと。ゆっくりと立ち上がってクロスボウに矢を装填する様子に彼は戦うつもりなのだと二人は察した。
ブリュンヒルトが「傷が完治したわけじゃないんですよ!」と止めるも、アロイは「それでもあいつを仕留める」と言った。
「あれの動きだ。一度、走り出せば攻撃が通りにくい」
ぽつりとクラウスは呟いた。
アロイはなんだと言いたげに見つめ、ブリュンヒルトは目を丸くさせる。そんな二人にクラウスは独り言のように喋り続ける。
「腹部と背中に打撃を与えている。狙うなら頭上だ、上から首を狙い撃つ。獣の魔物は首が弱点だ。気づかれずに狙う――俺はできる」
けれど、それには足止めが必要だ、動けばそれだけ狙いが定まらない。クラウスはそこまで話してから紅い瞳を向けた。
「お前は足止めができるか?」
それは確認のようだった。アロイは言葉の意味を理解したのか、疲れた目元を笑ませて「それぐらい、余裕だ」と答えた。
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