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二章……聖女と共に
第13話:聖女は夜を駆ける
しおりを挟む都に戻る頃には夜を迎えていた。カロリーネたちの帰還に信徒たちが流石は聖女様だと彼女を崇める。
浄化をしたのはブリュンヒルトなのだが、カロリーネ自身も戦闘をしていたので彼女が何もしていないわけではない。ないけれど、この空気感は不快だった。
カロリーネ様のおかげです。流石、真の聖女様とカロリーネを褒め称える彼らの声には媚と酔狂が含まれている。聞いていて不愉快だとクラウスは感じた。
ブリュンヒルトはそんな信徒たちから突き飛ばされて教会の隅へ追いやられていた。彼女はただ、カロリーネの様子を眺めている。
「いいのか」
クラウスはブリュンヒルトに声をかけた、このままでは全てカロリーネの手柄にされてしまうぞと。彼女は静かに首を縦に振る。
「いいんです。カロリーネさんとクラウスさんがいたから、私は詠唱できたんです。彼女がいなかったら難しかったでしょうから……」
ブリュンヒルトは「それに私が何を言っても聞いてはくれない」と言って目を伏せた。
クラウスが彼らに伝えれば多少は信用してくれるのではないか。けれど、ブリュンヒルトはそれを望んでいるようには見えなかった。
「……そうか」
だから、クラウスはそれ以上は何も聞かなかった。
「あっ! でも、クラウスさんの依頼料はちゃんと言わなきゃですよね!」
「それはそうだな」
ブリュンヒルトはすみませんと頭を下げてカロリーネのほうへと駆けていく。
自分もただ働きは嫌なので彼女が気づいてくれたことには助かった。あの空間には慣れないのでどう声をかけるか困っていたところだ。
ブリュンヒルトがカロリーネに話しかけているのを信徒たちが不愉快に見つめている。その瞳にクラウスは人の醜さを感じた。
ブリュンヒルトを見つめる複数の瞳、それらがだんだんと別の色を持つ。けれど、彼女はそれに気づくことがなかった。
***
夜も更け、空に星が瞬く。人が出入りしていた教会内も今はステンドグラスから月明りだけが照らしているだけだ。人一人としておらず、皆が寝静まっている。
ひたり、ひたりと歩く音がする。忍んでいる気でいるのだろうが僅かに足音が立っていた。一部屋、一部屋、確認し、こそこそと話をしながら。
ブリュンヒルトは白い聖職者風の服に着替えていた。つい先ほど、教主から「急いで着替えてきなさい」と言われたのだ。
何かあったのだろうかとブリュンヒルトは荷物を入れた肩掛け鞄を掴んで慌てて教主がいる部屋へと向かう。その際、誰にも見つからないようにと注意されていたので周囲を気にしながらこっそりと。
小さくノックをしてから室内へと入ると、教主はブリュンヒルトを見て安堵したように息を吐いた。
「教主様、何かあったのですか?」
「ブリュンヒルト、心して聞きなさい」
教主は良く通る声で、けれど声を潜めながら言った。
「ここから逃げなさい」
「……え?」
ブリュンヒルトは何を言われているのか分からなかった。困惑する彼女に教主は近寄って肩を掴む。
「お前の命を狙っている者がいる」
このまま此処にいてはいずれ、怪我では済まず命を落としかねない。教主の言葉を聞きながらブリュンヒルトはそうかと小さく呟いた。
自身はこれほどまでに嫌われて邪魔だと思われていたのかと気づいてしまったのだ。
「今ならば、居なくなっても私が修行に行かせたと誤魔化すことができる」
「でも、カロリーネさんだけで……」
「彼女は曲がりなりにも聖女として選ばれた存在だ。安心しなさい」
教主は「逃がすならば今しかない」と言う。ブリュンヒルトはそんな彼の力強い瞳に言葉を飲み込んだ。
頷くしかなかった。否定を、残ると言うことを彼は許してはくれなかったから。
「裏手から出なさい、そのまま森のほうまで走ってくんだ。そうすれば逃げることができる」
森まで行ったらどうするんだとそう思ったけれど、教主が「大丈夫だ」というのだからその通りにするしかない。ブリュンヒルトは背を押されて駆けだした。
部屋からを出ていく背を教主は辛そうに目を細めて「すまない」と小さく呟いた。
ブリュンヒルトは裏手から出るために廊下を静かに、けれど早足で歩く。きょろきょろと周囲を見渡しながら慎重に。
ふと、一つの部屋から声が聞こえた。
「あの落ちこぼれ聖女はどこだ」
「さっさと見つけないと手が出せない」
彼らの言葉にブリュンヒルトの心臓は跳ねた。教主の言う通り、自身は狙われていたのだと実感して。
ブリュンヒルトは急いでその場から離れる。このまま見つかればどうなるか分からないのでとにかく急いだ。
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