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第八章:ベストパートナーは最強(元)騎士様
第四十話:誓い合おう、共に居ようと
しおりを挟む夜が更けた頃、ツバキは一人で宿舎を出た。いつもなら側にいるロウがいないまま、広場を通り抜けて宿へと向かう。
宿の扉の前にはシロウがぼんやりと空を眺めていた。歩いてきているツバキに気づいてか、あぁと視線を合わせると笑みを見せる。
「やはり来ると思いましたよ」
「兄上様、あの」
「ここではなんですし、少し場所を変えましょうか?」
散歩がてらにと提案するシロウにツバキは頷いた。
二人は広場を抜けて町の門前まで向かうがその間、会話らしい会話はなかった。門の外に出て少し歩いたところでシロウが立ち止まる。
月に照らされる草原を冷たさの残る風が吹き抜けて、二人の髪が舞った。
「家を出て、どうでしたか?」
「自由にやっていました」
ギルドに入って、竜人を助けて、なぜか懐かれて。彼と共に依頼をこなして、仲間が増えて。危険なこともあったけれど、何にも縛られることはなく自由にやっていた。
家にいる時のように大人しく、婚約者を慕っていた時とは比べ物にもならないほど気楽だった。
「楽しいの、今は」
「そうでしょうね。聖獣までついているのですから羨ましい限りです」
「ロウは祠に祀られていたの。でも、兄上様なら自由にできそうですけれど」
「してもいいかなとは思ってますが。まぁ、先に貴女の報告を父上にしないといけないので」
言い訳が大変ですよとシロウは頭を掻く。それは申し訳ないなとツバキは「ごめんなさいね」と謝る。それでも戻る気はないので、それを伝えるように笑む。
シロウは仕方ないですねといったふうに息を吐いた。彼は戻るように説得をするつもりはないようだ。それが不思議だったのでツバキが聞いてみると、「貴女の性格ですよ」と返される。
「貴女の性格上、戻ってこないだろうなと思っていたので。無駄なことを私はしませんよ」
「兄上様は変わりませんわね」
シロウは面倒なことはしない。無駄なことだと分かっていることをわざわざしないのだ。場合によるけれど、基本的にはこの考え方で生きている。
父に頼まれはしたけれど説得などする気はなく、ただ長旅を楽しんでいただけだった。「家にいるとつまらないので」とシロウは言う。
「貴女はここから離れる気はないのですね?」
「えぇ。カラムーナからは離れる気はないです」
「それなら連絡が取りやすくていい。父の説明で使えそうだ」
イシュターヤのカラムーナにいるので、いつでも連絡を取ろうと思えば取れる。そう伝えればいくらかは安心するだろう。連れ戻される可能性については「父上は家を出た人間にとやかく言う人ではないので」とシロウは言う。
一応、娘なので戻れるのならば戻ってくればいいと声をかける。戻りたくないのならば、それまでだ。父ならそういった考えだろうから、連絡が取れることを伝えれば問題ないと。
「トシナガ兄上様はお元気で?」
「兄上は仕事で忙しい方ですから会えてはいませんね。まぁ、元気でしょう。私たちには興味がないようですし」
「そう。兄上様、何か私に言いたいことは?」
ツバキの問いにシロウは「そうですね……」と顎に手をやる。しばし考えて、あぁと思い出したように言った。
「貴女が選んだ男性ですが」
「イザークがどうかしたの?」
「まぁ、悪くないでしょう。ムサシがあれでしたが、彼なら問題ないのではないでしょうかね」
ムサシへの怒りを露わにし、ツバキを守るような姿勢、彼の竜の瞳は鋭く真剣なものだった。彼ならば問題はないだろうとシロウは感じたらしい。
兄からそう言われるとは思っていなかったので、ツバキは目を丸くさせる。その反応がおかしかったのか、シロウは笑った。
「何か言われると思いましたか?」
「えぇ、まぁ……彼、年上ですし」
「兄上よりもですか?」
「同い年です」
「それはそれは面白いですね」
竜人であることも、年上であることもシロウは特に気にしてはいないようだ。そういう場合もあるでしょうと何を言うでもない。そういった兄の考えはツバキは嫌いではなかった。
シロウに苦手意識はあれど、考え方や物の見方は嫌いではない。こうやってなんでもないといった雰囲気で話してくれるのはありがたかった。それが彼なりの優しさであるのも知っている。
「突然、兄が来て驚いたでしょうね、彼」
「でしょうね」
「まぁ、特に私は止めるつもりないので自由に生きなさい」
自由に生きなさい、その言葉にツバキは「はい」と頷いた。それは「兄があとはやっておきましょう」といった意味が込められていたから。
「こういう時だけ兄らしいことしますわね」
「たまにはやりますよ。あぁ、私たちは早朝には出るので見送りとかはしなくていいですから」
「あの人がいるのにしないわ」
「そう言わないでくださいよ。さて、そろそろ私は戻りましょうかね」
貴女の迎えが来たようですからとシロウが笑む。なんのことだろうと振り返ると少し離れたところにイザークが立っていた。あれ、なんでいるのだろうかとツバキは首を傾げる。
シロウが「心配してきたのでしょうねぇ」とイザークを眺めながら言う。余程、大事にされているようでとシロウは彼に手を振った。それに反応してか、イザークが近寄ってくる。
「どうも、妹がお世話になったようで」
「……こちらこそ、ツバキには世話になっている」
「そう警戒しないでください。私は連れ戻す気はないので」
シロウの言葉にイザークはなんとも難しい表情を見せた。自身の考えを読まれてしまったというのもあるが、まだ信用しきっていないのだろう。それを察してか、シロウは「私はもう戻りますので」と言う。
「話は終わりましたので私はそろそろ戻りますよ。妹をよろしくお願いします」
頭を下げてそう言うとシロウは手を振って歩いていく。その背を見送ってからツバキはイザークを見遣ると、なんとも難しい表情をしていて小さく笑う。
「心配だったかしら?」
「かなり」
「ごめんなさいね? 兄上様にはちゃんとお話しないとって思っただけなのよ」
国に戻るつもりはなかったけれど、兄とは話をしておきたかった。そう説明すればイザークは納得したようだ。安堵したように表情を和らげる表情だけで心配していたのは分かった。
「イザークは落ち着けたかしら?」
「あぁ、そのすまなかった」
「気にしていないわ」
「その、俺でいいのだろうか?」
「諦めないのではなかったの?」
ツバキの返しにイザークは「そうだが」と頬を掻く。様子を見るに、いざ想いが通じると不安になるのかもしれないなとツバキは思った。
だから、「貴方が教えてくれたのよ」と答える。
「私は恋とか愛とか分からなかったのだけれどね」
どういった感情が恋なのか、どう愛すればいいのか分からなかった。無理に理解しようとして、余計に頭を悩ませた。けれど、理解しようとせずに心に身を任せるように感じていくうちに色々な想いが溢れてきた。
嬉しそうに頬を綻ばせ、時にしゅんと子犬のようになり、素直で正直なところが好きだ。優しくて、気遣いができるところも。誰かを想い叱り、怒る姿も。戦っている時のその強さも、与えてくれる愛の重さも。
好きだった。不思議とその感情は心に染みていて、嫌悪はなくむしろ温かい。最初はただ、その温かさを感じるだけだったけれど、これが恋や愛といったものであると気づいた。
「貴方に抱きしめられて言われた言葉で気づいたの」
この人と共にいたいと。これが恋と、愛というものなのだと気づいてツバキは戻らないと再度、決意できた。
「嬉しいのよ、私は。だからね、イザーク。ありがとう」
ふわりと風が吹いて、ツバキは髪を押さえながら微笑んだ。イザークは数度、瞬きをして手が伸びるも、引っ込めてしまう。そんな彼の様子にツバキは小さく笑って手招きをする。
「イザーク、ちょっと屈んでちょうだい」
「……? こうだろうか」
イザークが少しばかり屈むとツバキはつま先立って、顔を近づけた。ふっと、唇に触れる感覚にイザークは固まる。
そっと触れるだけの優しい口づけを落として、顔を離すとツバキは悪戯っぽく笑む。その表情にイザークは口元を押さえて俯いた。頬が少しばかり赤くなっているので何をされたのかは理解したようだ。
「キミは、本当に反則だな……」
「好きでしょう?」
「好きだから困る」
イザークは「反則なところも好きだ」と顔を上げてツバキを抱き寄せた。彼女からの口づけを遠慮はするなと捉えたようだ。
「ロウがいたら怒られるだろうか」
「どうかしらね?」
「なぁ、ツバキ」
「何かしら?」
イザークは言うかどうか、口を迷わせた後に言った。
「もう一度、したいのだがいいだろうか?」
何をとは聞かなくともわかるので、ツバキは「いいわよ」と頷いた。イザークは身体を少し屈ませて、ツバキを抱き抱えるように唇を重ねる。柔らかさを温かさを確かめるように、熱を感じるように長く。
名残り惜しそうに離される唇に、それを表すようなイザークの揺れる瞳にツバキは笑ってしまう。
「ロウに知られたら噛みつかれそうだ」
「ロウはきっと許してくれるわ、多分」
ロウはツバキが決めたことに関しては文句を言わない。イザークを選んだこともきっと許してはくれるだろう。ただし、悲しませるようなことがあればただじゃ済まないだろうけれど。
イザークもそれは分かっているので、「そんなことはしない」と言った。
「ツバキを俺は大切にする」
「その言葉を私は信じるわ」
貴方の言葉は信じよう。一度は男に裏切られてはいるけれど、イザークのことは信じられると思ったから。ツバキの言葉にイザークは抱きしめる力を強めた。
「共に居よう」
「えぇ、共に」
誓うように二人は言った。
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