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第一章:死に戻って家を出たら竜の瞳を持つ殿方に懐かれてしまった
第三話:竜の瞳を持つ騎士は目を覚ます
しおりを挟むツバキとロウが男を連れて戻ると宿舎の店主であるアリーチェがそれに気づいた。ツインテールにされた栗毛の長い髪をさらりと流して振り返った彼女は、ロウの背に乗せられた男の状態を見て驚いたように駆け寄ってくる。
「ど、どうしたの!」
「えっと、実は……」
倒れているところを見つけてここまで運んできたことをツバキが話すと、アリーチェは「すぐに医者を呼ぶわ!」と宿舎で働く従業員に指示を出す。
「とりあえず、えーっと、ツバキさんの部屋は二人部屋だったわね。そこに運びましょう」
急いでアリーチェと共に自室へと男を運ぶと空いている隣のベッドへと寝かせる。邪魔になる鎧を外していくとその下に着ていた上着は血でべったりと汚れていた。
上着をゆっくりと脱がすと鍛え上げられた身体が露わになる。その腹部に切り傷があり、そこから血が流れているのを見てアリーチェは「ちょっとシーツ取ってくるわ!」と言って部屋を出ていった。
残されたツバキは血で汚れた上着を畳んで床に置いて、鎧をベッドから退かすと太刀のような剣とともに壁に立てかけた。男の様子を窺うも呻く声はすれど、意識を取り戻す気配はない。
生きていることを確認しているとアリーチェが医師を連れてやってきた。老医者は男の様子を見るとほうっと声を溢す。傷口を見てから男の瞼を指で押し上げた。
瞼に隠れていた瞳を見てツバキは目を瞬かせる、竜のような金の瞳を男はしていたのだ。これを見た老医師は「やはりな」と呟く。
「この男は竜人《りゅうびと》だ」
「竜、人……」
竜人とは竜の血を引くとされている種族だ。その魔力は上質で力も強く生命力は人間以上とされている。その特徴として竜のような金の瞳を持ち、自然治癒能力が高い。
老医者は「深い傷だったろうにもう浅くなっておる」と傷口を指さした。ツバキが見てもよく分からないが、医者から見たらわかるらしい。
「見た感じだと栄養が足りておらんな。魔力もすり減っているのを診るに無茶をしながら旅をしていたのだろう。いくら力が強く自然治癒力が高かろうと休息も、まともな食事も取っておらんのならば身体に出るものだ」
無茶をし続ければ身体に影響が出る。その結果、魔物に深く傷を負われて回復が追いつかずに倒れたのだろう。老医者はそう言って持ってきた鞄から道具を取り出して男の腹部の傷を治療する。
包帯を巻いて手当てすると老医者は男の頭に触れてから首筋に手を当てる。暫く身体の調子を見た後にまた鞄からいくつかの薬品を取り出した。
「これが栄養剤で、こっちが鎮痛剤、これは解熱剤だ。竜人だから安静にして栄養剤を飲ませれていれば一日で目は覚ますだろうが、熱が出る。今もだいぶ体温が高くなっているから、意識が戻ったとしても朦朧としているだろうな」
「命には……」
「問題ないよ、安心するといい」
命には問題ないと聞いてツバキはほっと胸を撫で下ろす。老医者は薬の取り扱い方法を説明すると、さっさと部屋を出て行ってしまった。仕事が早いなとそれを見送ってから「あ、お代」と気づく。
すると、側にいたアリーチェが「大丈夫ですよ」と答えた。
「あの人がお金を請求しなかったってことは、大したことではないってことなので」
「でも、治療してくださったのだから……」
「請求してない時に渡しに行ったら追い返されるんでやめといた方がいいわよ」
あの人、クセが強いのよねとアリーチェが言うのでツバキは気になるものの、治療費については置いておくことにした。
男はいまだに呻いているだけで意識を戻す気配はない。そっと額に触れると確かに体温が高くなっていた。
アリーチェが「水桶とタオル持ってくる!」と言って部屋を出ていく。彼女が持ってきたシーツをベッド脇に置いてツバキは薬を確認する。
熱が上がった時に解熱剤を飲ませ、痛みで苦しむようなら鎮痛剤を。栄養剤は朝昼夕に。説明されたことを思い出しながらテーブルへと置いた。
***
水桶に浸したタオルを絞り、男の頬についていた血を拭ってやる。栄養剤を口に流し込んだけれど、これで大丈夫だろうか。飲み込んでいる様子ではあったのだが少しばかり不安がある。
ベッド脇に腰を下ろしてツバキは男の様子を眺めていた。呻き声から落ち着いた呼吸音へと変わっている。少し顔が赤くなっているので熱が出て来たのかもしれないと解熱剤を手に取った。
粉になっているそれを水に溶かしていると、うっと声がした。男に視線を向ければ、うっすらと瞼を上げている。意識が戻ったのだろうかと「大丈夫」と声をかければ彼は顔を向けた。
竜のような瞳と目が合う。綺麗な金色をしたその眼にツバキが宝石みたいだなとそんなことを思ってると「きみ、は」と男が口を開いた。
「貴方、森で倒れいたの。覚えている?」
「……あぁ、そこまでは」
「そこから私がここまで運んできたの」
ツバキは簡潔に状況を説明しながら、自身が敵でないことを伝える。まだ意識がはっきりとしていない様子だがそれでも理解はできたようだ。
視線を彷徨わせながらこの場所がどういったところなのかを把握しようとしていた。それにツバキが「ギルドの宿舎よ」と教えてあげる。
「安全だから安心して」
「……迷惑を、かけた」
男はそう言って身体を無理やり起こそうとしたのでツバキが慌てて止める。何をしているのだと叱れば、彼は「俺は大丈夫だ」と言った。
何処を見れば大丈夫なのか、ツバキは眉を寄せながら「馬鹿なの」と思わず口に出ていた。
「何処をどう見れば大丈夫なの」
「ここに、いれば迷惑を……」
「貴方がこの状態で野垂れ死ぬ方が迷惑なのだけど?」
せっかく助けたというのに勝手に出ていかれて、何処かで野垂れ死んだなど夢見が悪すぎる。そもそも、助けるためにここまで連れてきて治療しているのだ。治って元気になってもらわないと意味がない。
ツバキは冷静にけれどはっきりとそう言って、起き上がろうとする男の肩を押した。それでもベッドから出ようとする彼にべしりとツバキは額を叩く。
「いい加減になさい!」
「……っ!」
「竜人だからって身体の丈夫さに自信があるのかもしれないけれど、限度っていうものがあるのよ! 自分の身体を大切になさい!」
我儘を言う子供を叱るようにツバキは強い眼差しを向けながら声強めに男を叱る。男はその覇気に目を見開いて固まっていた。
「まだ意識もそうはっきりしてないでしょう。そんな身体の男性を放っておくほど、私は非情でもないの」
「しかし……」
「しかしじゃない! と、言うか貴方……」
ツバキは赤くなる男の顔に気づいて彼の額に自身の額をくっつけた。ずんっと熱さが伝わってきて、体温が上がっているのを感じる。
急いで解熱剤を飲ませないとと思い、「熱が上がっているわ」と呟けば、男がばっと身を引いた。さらに頬が赤くなっている様子にツバキはかなり熱が上がっているのだなと慌てて、解熱剤を溶かした水が入っているコップを男に差し出す。
「熱が出てきているからこれ飲んで」
ツバキに促されて男はコップに口をつける。ゆっくりと流し込むのだが、男は眉を寄せて咳き込んだ。上手く水が飲み込めないようで、苦しそうにしていた。
「ぐっふ、にがっ……」
「味は我慢してほしいのだけど……」
栄養剤の時は無理やり飲ませたのだが、意識のある状態でそれをやるのは一苦労だ。それでも飲んでもらわないことには熱を下げることができない。
うーんと考えてツバキは「仕方ない」とコップに入った水を口に含んだ。そして、男の頬を掴んで口を開けさせると自分の唇を押し付けた。
男が目を見開いて固まっていることをいいことに、口に含んだ水を彼の口内に流し込む。吐き出さないように唇を重ねたままにしていると、ごくりと男の喉が鳴った。
薬の入った水を飲み干したのを確認してからツバキは唇を離す。男は暫く目を瞬かせいたが、一連の行動を理解したのか口元を手で押さえた。
「睡眠効果もあるらしいから、すぐに眠れると思うわ」
「いや、待て、えっ……」
「貴方がちゃんと飲まないからでしょ。ほら、さっさと横になる」
困惑している男をよそにツバキは彼をベッドに寝かせた。何か言いたげな男の視線に「今は身体を休めなさい」と言ってツバキは彼の頭を優しく撫でる。
口を開こうとする男だったが、が効いてきたのか瞼を閉じて意識を手放した。それを見届けてからツバキは世話がやけるなと息を吐いた。
「いくらなんでもあのやり方はどうなのだ」
一部始終を見ていたロウが言えば、ツバキは「仕方ないじゃない」と返した。
「飲んでくれないと熱は下がらないし」
「相手は子供ではなく、大人の男なのだが……」
「そうね」
「こう、恥ずかしいとかはないのか」
「特に」
薬を飲ませる方法で手っ取り早いと思ったのが口移しだっただけだ。それを恥ずかしいとは思わないし、それで飲んでくれるのならばそれぐらいどうということはない。ツバキはそういったことに関しては割り切るのが早かった。
男性との口づけがなんだ、人を助けるためならばそれぐらいやってやるさ。そういった度胸があったのだ、彼女には。ロウは「まぁ、そなたがいいのならワシは構わんが……」とそれ以上、突っ込むのをやめた。
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