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第3章:ロボットとニンゲンの距離
それは神の技術だったのか、それとも……
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「あのお寺とあのニンゲンモドキの町は私の祖父と父が中心のプロジェクトによる産物よ」
唐突に始まるエリーの独白。
彼女はうつむいた姿勢で淡々と話を続けた。
「生身の私はある病に侵されていた。その当時の医療技術では完治させる事が不可能な病だったらしいわ」
「うん」
「祖父と父は科学者だった。人口生命の研究をしていたわ。クローン技術を活用した人間の培養の研究をね。あの町はそんな研究で生まれた人ならざるニンゲンの町。世界から隔離された世界」
僕はゴクリとツバを飲み込む。
「世界中の金持ち、権力者が大金を出して自分のクローンを造ったわ。病気になった時のスペアとしてね。健康な臓器と若い細胞を提供するための道具として生まれた偽物のニンゲン。それがあの町とニンゲンモドキの正体」
彼らが町の外に出られなかった理由。
ニンゲンでは無いとされてた理由。
「地下では成長の促進を促して培養する機械、彼らが生きるための世話ロボットの活動エリアとして稼働していたのは、ケンタローも実際に見たから知ってるわね。あそこでニンゲンモドキを一気にある程度成長させて町へ送り出すの。健康で若々しい肉体をいつでも使えるように。
実際に臓器移植も行われたし、若い細胞や肉体を利用して若返りを果たした人もいたわ。
そして、古くなったニンゲンモドキは利用価値無しとして処分される」
なんて事だ。
「秘密裏に自分たちだけが若く健康に生きるための贄を飼っていた人がかつていたの。戦争が起きてもあの町だけは標的にされなかった。当然よね。自分の欲望を叶えるスペアをわざわざ攻撃するなんてあり得ないもの」
彼らは守られていた。
外からの脅威に。
代わりに自らの自由を犠牲に。
「救世主が町から連れ出してくれる?
あんなのデマカセ。移植手術をするために町から連れ出されたに過ぎないわ。彼らは外に出されて、オリジナルの人間に利用されて死ぬだけなのに……」
エリー……。
「祖父と父は、そんな悲しい犠牲者のために供養の場所を作った。それがあのお寺。二人の懺悔の意志。あのお墓の多くは犠牲になったニンゲンモドキのためのお墓」
「あの町の事は分かった。けど、それと今人類がいない理由には何か関係があるの? 何であの町だけ無事に存続してるの?」
「疫病、戦争、食物の不足……。色々あったわ。でも、あそこだけは誰も関与出来なかった。私たちを除いて、ね」
「?」
「要人のクローンが集まってるのよ。その気になればいくらでも利用できるわ。だから、だからこそ入れる人間を私、父、祖父だけに限定したのよ。わざわざ地下に食料を生産する施設まで造らせてね」
彼女だけが関与できる町、か。
「自給自足で賄えるように町を作り上げたの。そして必要な時にだけ、私たちの誰かがクローンを町から連れ出す。私はほとんどやらなかったけどね」
「町から外の世界に連れてってくれる救世主って、そういう事だったのか……」
ふと疑問が湧いてきた。
「じゃあさ、つまり、あの町以外の人のいる世界は全て滅んでしまったって事なの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「だって、私だって世界中を見て回ったわけじゃないもの。もしかしたら、何処かにまだ生き残ってる人類がいるかもしれないわ」
「そうなんだ」
カプセルから出たエリーが僕の手を握る。
「ふふ。私と人類を探す旅に出る?」
「急にどうしたの?」
「ずっと考えてたの。きっと、また、ケンタローと出会えたのは何か意味があるんじゃないかって。ここから二人で逃げるのも有りなのかもってね」
「え?」
「あの町からクローンたちは解放されたわ。彼らは生きていく事が難しいと思う。ロボットに生かされていただけの家畜のようなものだから。でも、もし、世界の何処かに生き残りの人類がいたら、ケンタローも本物の人間として生きられるかもしれない」
「本物?」
「そう本物」
「じゃあ、今の僕は、偽物?」
「ある意味」
「そんな……」
「じゃあ聞くけど、ケンタローは一人で生きていける? それか、あの町のクローンたちと生活していける?」
無理だ。
誰かの手助けなしでは僕もあのヒトたちも生きてはいけない。
タイチといた時だってまともにご飯を食べてはいないんだから。それがずっと続くなんて、そんなん生きていけるわけがない。
「でしょ? 食べ物を得る方法も技術も何もないのよ、あなたたちは。けどね。ケンタロー。あなただけは別。ロボットと生活をして、ロボットと心を通わせたあなたなら、私は助けたいと思う」
「助けるって」
「私は一通り人が生きていくための技術を備えてるから。料理などの食品に関するもの、病気や怪我に対する衛生面の知識。もちろんこうして話し相手にだってなれるわ」
「エリーは僕だけ『は』助けたいって事?」
「そうね。ケンタローだけ、ね」
「何故?」
「それはケンタロー、あなたがイレギュラーだから」
「イレギュラー?」
「そう。本当にケンタローが一人だけ最後の人類として生き残ってると思ってる?」
「そ、そりゃ……」
そう言われて生きてきたんだ……。
今さら違うなんて、そんなはず……。
でもエリーの言い方だと……。
「ケンタローを産んだはずの両親は?」
「事故だって聞いた」
「ロボットだらけの町で事故?」
「可能性がゼロではないだろ?」
「何故人類はケンタローの両親二人以外に存在しなかったの?」
「え? そ、それは……」
そういえば祖父母だって知らない。
エリーには祖父がいた。
写真にはっきり残ってた。
でも僕には両親や祖父母の写真すら残ってないのは、つまり、そういう事で……。
「いきなり多くの事を聞いたら頭がパンクしたゃうわよね。でも、時間がないの。ここもじきにクローンの手が入ってくるわ。私と来るか、ここに残るか、早く選んで」
そんな急に……。
僕は……。
そうだ。
僕にはロボットとはいえずっと一緒に過ごしてきた家族がいる。
ニンゲンモドキのクローンたちは、そんな僕らの生活を……。
迷う必要はないじゃないか。
僕は選んだ。
今度は僕がエリーの手を取った。
「行こう! 僕は僕でエリーとの未来を選ぶよ!」
エリーは笑って頷いてくれた。
そして、それから永い永い月日が過ぎた…………。
唐突に始まるエリーの独白。
彼女はうつむいた姿勢で淡々と話を続けた。
「生身の私はある病に侵されていた。その当時の医療技術では完治させる事が不可能な病だったらしいわ」
「うん」
「祖父と父は科学者だった。人口生命の研究をしていたわ。クローン技術を活用した人間の培養の研究をね。あの町はそんな研究で生まれた人ならざるニンゲンの町。世界から隔離された世界」
僕はゴクリとツバを飲み込む。
「世界中の金持ち、権力者が大金を出して自分のクローンを造ったわ。病気になった時のスペアとしてね。健康な臓器と若い細胞を提供するための道具として生まれた偽物のニンゲン。それがあの町とニンゲンモドキの正体」
彼らが町の外に出られなかった理由。
ニンゲンでは無いとされてた理由。
「地下では成長の促進を促して培養する機械、彼らが生きるための世話ロボットの活動エリアとして稼働していたのは、ケンタローも実際に見たから知ってるわね。あそこでニンゲンモドキを一気にある程度成長させて町へ送り出すの。健康で若々しい肉体をいつでも使えるように。
実際に臓器移植も行われたし、若い細胞や肉体を利用して若返りを果たした人もいたわ。
そして、古くなったニンゲンモドキは利用価値無しとして処分される」
なんて事だ。
「秘密裏に自分たちだけが若く健康に生きるための贄を飼っていた人がかつていたの。戦争が起きてもあの町だけは標的にされなかった。当然よね。自分の欲望を叶えるスペアをわざわざ攻撃するなんてあり得ないもの」
彼らは守られていた。
外からの脅威に。
代わりに自らの自由を犠牲に。
「救世主が町から連れ出してくれる?
あんなのデマカセ。移植手術をするために町から連れ出されたに過ぎないわ。彼らは外に出されて、オリジナルの人間に利用されて死ぬだけなのに……」
エリー……。
「祖父と父は、そんな悲しい犠牲者のために供養の場所を作った。それがあのお寺。二人の懺悔の意志。あのお墓の多くは犠牲になったニンゲンモドキのためのお墓」
「あの町の事は分かった。けど、それと今人類がいない理由には何か関係があるの? 何であの町だけ無事に存続してるの?」
「疫病、戦争、食物の不足……。色々あったわ。でも、あそこだけは誰も関与出来なかった。私たちを除いて、ね」
「?」
「要人のクローンが集まってるのよ。その気になればいくらでも利用できるわ。だから、だからこそ入れる人間を私、父、祖父だけに限定したのよ。わざわざ地下に食料を生産する施設まで造らせてね」
彼女だけが関与できる町、か。
「自給自足で賄えるように町を作り上げたの。そして必要な時にだけ、私たちの誰かがクローンを町から連れ出す。私はほとんどやらなかったけどね」
「町から外の世界に連れてってくれる救世主って、そういう事だったのか……」
ふと疑問が湧いてきた。
「じゃあさ、つまり、あの町以外の人のいる世界は全て滅んでしまったって事なの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「だって、私だって世界中を見て回ったわけじゃないもの。もしかしたら、何処かにまだ生き残ってる人類がいるかもしれないわ」
「そうなんだ」
カプセルから出たエリーが僕の手を握る。
「ふふ。私と人類を探す旅に出る?」
「急にどうしたの?」
「ずっと考えてたの。きっと、また、ケンタローと出会えたのは何か意味があるんじゃないかって。ここから二人で逃げるのも有りなのかもってね」
「え?」
「あの町からクローンたちは解放されたわ。彼らは生きていく事が難しいと思う。ロボットに生かされていただけの家畜のようなものだから。でも、もし、世界の何処かに生き残りの人類がいたら、ケンタローも本物の人間として生きられるかもしれない」
「本物?」
「そう本物」
「じゃあ、今の僕は、偽物?」
「ある意味」
「そんな……」
「じゃあ聞くけど、ケンタローは一人で生きていける? それか、あの町のクローンたちと生活していける?」
無理だ。
誰かの手助けなしでは僕もあのヒトたちも生きてはいけない。
タイチといた時だってまともにご飯を食べてはいないんだから。それがずっと続くなんて、そんなん生きていけるわけがない。
「でしょ? 食べ物を得る方法も技術も何もないのよ、あなたたちは。けどね。ケンタロー。あなただけは別。ロボットと生活をして、ロボットと心を通わせたあなたなら、私は助けたいと思う」
「助けるって」
「私は一通り人が生きていくための技術を備えてるから。料理などの食品に関するもの、病気や怪我に対する衛生面の知識。もちろんこうして話し相手にだってなれるわ」
「エリーは僕だけ『は』助けたいって事?」
「そうね。ケンタローだけ、ね」
「何故?」
「それはケンタロー、あなたがイレギュラーだから」
「イレギュラー?」
「そう。本当にケンタローが一人だけ最後の人類として生き残ってると思ってる?」
「そ、そりゃ……」
そう言われて生きてきたんだ……。
今さら違うなんて、そんなはず……。
でもエリーの言い方だと……。
「ケンタローを産んだはずの両親は?」
「事故だって聞いた」
「ロボットだらけの町で事故?」
「可能性がゼロではないだろ?」
「何故人類はケンタローの両親二人以外に存在しなかったの?」
「え? そ、それは……」
そういえば祖父母だって知らない。
エリーには祖父がいた。
写真にはっきり残ってた。
でも僕には両親や祖父母の写真すら残ってないのは、つまり、そういう事で……。
「いきなり多くの事を聞いたら頭がパンクしたゃうわよね。でも、時間がないの。ここもじきにクローンの手が入ってくるわ。私と来るか、ここに残るか、早く選んで」
そんな急に……。
僕は……。
そうだ。
僕にはロボットとはいえずっと一緒に過ごしてきた家族がいる。
ニンゲンモドキのクローンたちは、そんな僕らの生活を……。
迷う必要はないじゃないか。
僕は選んだ。
今度は僕がエリーの手を取った。
「行こう! 僕は僕でエリーとの未来を選ぶよ!」
エリーは笑って頷いてくれた。
そして、それから永い永い月日が過ぎた…………。
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