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語られた真実は食事中に
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その日、私はステーキを食べていた。
肉が大好きだった私はそれは喜んで食べていた。
「旦那様。一人でお食事は寂しいものではないですか? よろしければ何かお話でも」
メイドが私に話し掛けてきた。
長年使えてくれる彼女は私よりも年上で、落ち着いた雰囲気の美しい人だった。
年齢は30代半ば、艶やかな黒髪を頭頂でまとめ上げた髪型、スッと通った鼻筋にメガネ姿がなんとも知的で魅力的だ。
妻も子供もなく、かつていた使用人も私の元から去ってしまった今、私にとっての唯一の話し相手が彼女だった。
「そうだね。話し相手がいるとより美味しく感じられる食事になるだろうね」
「ありがとうございます。それではどのようなお話がよろしいでしょうか」
「そうだな。僕が歴史好きなのは知ってるよね。人類が激減した頃の歴史なんか詳しいのかい?」
「そうですね。割りと詳しいとは思いますが……」
「君の博識な所も私は気に入っているんだ。ぜひ、聞かせてくれないか?」
酷い環境汚染により、人類はその住みかをじわじわを減らさざるをえなかった。
私は人類がそんなに愚かだとは思わないのだが。現実に人類はその数を減らしているのだ。
「あまり、聞かない方がよろしいかと存じますが……」
「私が聞きたいと言っているんだから」
「そうですか……」
私は全てを聞き終わる前に後悔する事になるとは、この時は夢にも思わなかった。
「旦那様もご存知の通り、人類は過去数十億の人口を数える程の大繁栄を誇っておりました」
「ああ、それが今では数百万人。千分の一以下だもんな。信じられんよ」
「環境汚染を発端とした疫病、戦争、飢餓など、様々な説が云われております。確かにそれらは理由の一因だったかもしれません。しかし、それ以上に大きな要因があった事は秘匿事項とされているのです」
「君はその秘匿事項を知っているのかね?」
「はい」
「聞きたい! 私はね、そういう普通の人間が知らない事を知りたいのだよ。何と言うか、〈特別感〉があるだろう」
「どうしても、と、仰るなら」
「どうしてもだ」
「承知しました。後悔しても遅いですからね」
「しないしない。後悔なんてしないさ。例え、人類が殺しあって人口が減ったと聞いても驚かないね」
「それでは……」
今思えばここで立ち止まるべきだった。
最後のチャンスだった。
しかし、この時の私はワクワクした気持ちが止められなかった。
「疫病は確かにありました。百年周期とも言われる流行り病」
「ふむふむ」
「戦争による犠牲者も、数百万、数千万人に上るのも歴史的事実」
「だな」
「人口増加による食糧危機」
「それも聞いたな」
「それらは全て切っ掛けに過ぎないのです」
「切っ掛け?」
「ええ」
メイドの喉がゴクリと鳴った。
「ある時、人類はこう結論付けたのです。人口が増え過ぎたのなら減らせば良い。医療を制限すれば病気により人口は減る。戦争を焚き付ける事で他所の国の人口を減らせる。食糧の輸出入を規制して自国にだけ食糧を流通させれば、自国だけは飢餓から救われる」
「確かにな」
「貧困国には食糧や医療品がなくても、とある物は十分にあるのですよ」
「貧困国なのにある物。はて、何だろう」
「武器です。彼等は武器を使い、食糧を調達したのです」
「つまり、動物なんかを獲って食うのか。しかし、乱獲したらすぐに絶滅してしまう。そうなれば食糧不足に逆戻りだな」
「そうですね」
「しかし、それだけでは人口激減の説明にはならない。他所から食糧を強奪しようとして殺し合いになったとか」
そんな話をしながらも私は平気でステーキを食べていた。いつも一人で黙々と食べていたせいか、普段よりも楽しく食事をしていた気がする。
「何を甘い事、仰ってるのですか。動物よりも簡単に殺れて、食糧としてもかなりの数が生息しているのがいるじゃないですか」
「?」
彼女は何を言ってるんだ?
「人間です。
逆らう者があれば殺し、食糧とするのです。人間を食べる事に反対する者は、飢えて死ぬか、殺されるか、いずれにしても食糧になりました。
貧困国は隣国との戦争を起こし、食糧を奪い、時には人間をも食べたと言われております。
世界はその惨状に抗議しましたが、食糧問題を解決させるつもりはありませんでした。
自国の食糧を出すのは自分たちの食べる分を手放す行為だから。
もちろん、そんな抗議では止まる事はありませんでした。貧困国の彼等にも食べて生きる権利があるのですから。
そんな貧困国の惨状を目の当たりにした豊かな国はどうなったと思います?」
「え?」
「豊かな国でも格差はあるのです。満足に食べられない人も当然出てくるのです。豊かな国の貧困層も貧困国の人々と同じ事をするようになったのですよ。
金持ちを襲い、食糧を強奪し、金品を掠め取り、そうやって生活するのです。
もちろん、警察に捕まるのですが、大量にそんな事件が起こり逮捕者が出たら、司法はパンクします。刑務所だって足りませんし、彼等の食事の問題もあります」
「う、うん」
「ここで国際会議で取り決めがありました。
犯罪者のために食事を用意する事で、食糧を無駄に消費するのは人類のためにならないと。
つまり、犯罪者は食事を与えられない事が決まったのです。
これにより、食料品狙いの犯罪が増える一方で刑務所での飢え死が一気に増えたのです」
「…………」
私の手は止まっていた。
「さらに、先進国での混乱ぶりに、戦争を仕掛けてくる国まで現れました。戦争による侵略と強奪。土地は荒れ果て作物を作る事が難しくなりました。収穫量が落ちたのです。
これにより食糧の争奪戦が激化。泥沼の戦争へと突入したのです。
貧困国も富裕国も全世界規模で戦争が起こったのです。怪我や病気の人は放置され、国内では食糧等の奪い合い、対外的には戦争。
そして最終手段である食人の横行。
人類は数十年とかからずその数を減らしたのです」
ごくりと私の喉が鳴る。
まさかとは思った。
が……。
「旦那様が食べておられる肉も人肉でございます。旦那様は不思議だと思わなかったのですか?」
「何を、だ?」
「うちには家畜など飼っていないのに、毎日旦那様の好きな肉料理が出てるのですよ?」
「何かおかしいか? 肉は買ってきた物だろう?」
「確かに最近のは買った物でございます」
「人肉が食用で販売なんてバカな話があるはずないだろ」
「世界が決めたのです。不毛な争いを避けるために人口を制御する事を。そして、人肉の味を覚えた我々は、同じ人間を食糧として扱う事も覚えたのです」
「そ、それでは……」
「はい。かつてこの家にいた者も旦那様が食べておられます。それもこれも、人肉を特に好まれる旦那様のためにわたくし自ら捌いて……」
「では本当にこの肉も」
「ええ。去年、お嬢様がいなくなった事件がありましたよね。事故で亡くなられていたので、法律に基づき食用として旦那様にも提供致しました。それはそれはお喜びになられまして」
「あ、あの時の……」
「それからです。人肉を出すようになったのは。人肉は安価ですし、旦那様にも喜ばれるので」
「では妻がおかしくなったのも……」
「奥様は自分が自分の娘を食べていた事に気付いてしまったようなのです。そして、出される肉が人肉になったと言う事も。きっと以前に人肉を食べた経験があったのでしょうね。食事の度に手が震えるようになってしまって、お可哀想に」
「では妻も、私が……」
「はい。奥様も旦那様の胃袋に入りました。奥様がわたくしを殺そうとしたのです。仕方なく奥様も食用として処理するしかなかったのです」
「そんな……」
「気に病む事はありません。共食いをするのは人間だけではないのですから……」
メイドはそう言って私に微笑んだ。
肉が大好きだった私はそれは喜んで食べていた。
「旦那様。一人でお食事は寂しいものではないですか? よろしければ何かお話でも」
メイドが私に話し掛けてきた。
長年使えてくれる彼女は私よりも年上で、落ち着いた雰囲気の美しい人だった。
年齢は30代半ば、艶やかな黒髪を頭頂でまとめ上げた髪型、スッと通った鼻筋にメガネ姿がなんとも知的で魅力的だ。
妻も子供もなく、かつていた使用人も私の元から去ってしまった今、私にとっての唯一の話し相手が彼女だった。
「そうだね。話し相手がいるとより美味しく感じられる食事になるだろうね」
「ありがとうございます。それではどのようなお話がよろしいでしょうか」
「そうだな。僕が歴史好きなのは知ってるよね。人類が激減した頃の歴史なんか詳しいのかい?」
「そうですね。割りと詳しいとは思いますが……」
「君の博識な所も私は気に入っているんだ。ぜひ、聞かせてくれないか?」
酷い環境汚染により、人類はその住みかをじわじわを減らさざるをえなかった。
私は人類がそんなに愚かだとは思わないのだが。現実に人類はその数を減らしているのだ。
「あまり、聞かない方がよろしいかと存じますが……」
「私が聞きたいと言っているんだから」
「そうですか……」
私は全てを聞き終わる前に後悔する事になるとは、この時は夢にも思わなかった。
「旦那様もご存知の通り、人類は過去数十億の人口を数える程の大繁栄を誇っておりました」
「ああ、それが今では数百万人。千分の一以下だもんな。信じられんよ」
「環境汚染を発端とした疫病、戦争、飢餓など、様々な説が云われております。確かにそれらは理由の一因だったかもしれません。しかし、それ以上に大きな要因があった事は秘匿事項とされているのです」
「君はその秘匿事項を知っているのかね?」
「はい」
「聞きたい! 私はね、そういう普通の人間が知らない事を知りたいのだよ。何と言うか、〈特別感〉があるだろう」
「どうしても、と、仰るなら」
「どうしてもだ」
「承知しました。後悔しても遅いですからね」
「しないしない。後悔なんてしないさ。例え、人類が殺しあって人口が減ったと聞いても驚かないね」
「それでは……」
今思えばここで立ち止まるべきだった。
最後のチャンスだった。
しかし、この時の私はワクワクした気持ちが止められなかった。
「疫病は確かにありました。百年周期とも言われる流行り病」
「ふむふむ」
「戦争による犠牲者も、数百万、数千万人に上るのも歴史的事実」
「だな」
「人口増加による食糧危機」
「それも聞いたな」
「それらは全て切っ掛けに過ぎないのです」
「切っ掛け?」
「ええ」
メイドの喉がゴクリと鳴った。
「ある時、人類はこう結論付けたのです。人口が増え過ぎたのなら減らせば良い。医療を制限すれば病気により人口は減る。戦争を焚き付ける事で他所の国の人口を減らせる。食糧の輸出入を規制して自国にだけ食糧を流通させれば、自国だけは飢餓から救われる」
「確かにな」
「貧困国には食糧や医療品がなくても、とある物は十分にあるのですよ」
「貧困国なのにある物。はて、何だろう」
「武器です。彼等は武器を使い、食糧を調達したのです」
「つまり、動物なんかを獲って食うのか。しかし、乱獲したらすぐに絶滅してしまう。そうなれば食糧不足に逆戻りだな」
「そうですね」
「しかし、それだけでは人口激減の説明にはならない。他所から食糧を強奪しようとして殺し合いになったとか」
そんな話をしながらも私は平気でステーキを食べていた。いつも一人で黙々と食べていたせいか、普段よりも楽しく食事をしていた気がする。
「何を甘い事、仰ってるのですか。動物よりも簡単に殺れて、食糧としてもかなりの数が生息しているのがいるじゃないですか」
「?」
彼女は何を言ってるんだ?
「人間です。
逆らう者があれば殺し、食糧とするのです。人間を食べる事に反対する者は、飢えて死ぬか、殺されるか、いずれにしても食糧になりました。
貧困国は隣国との戦争を起こし、食糧を奪い、時には人間をも食べたと言われております。
世界はその惨状に抗議しましたが、食糧問題を解決させるつもりはありませんでした。
自国の食糧を出すのは自分たちの食べる分を手放す行為だから。
もちろん、そんな抗議では止まる事はありませんでした。貧困国の彼等にも食べて生きる権利があるのですから。
そんな貧困国の惨状を目の当たりにした豊かな国はどうなったと思います?」
「え?」
「豊かな国でも格差はあるのです。満足に食べられない人も当然出てくるのです。豊かな国の貧困層も貧困国の人々と同じ事をするようになったのですよ。
金持ちを襲い、食糧を強奪し、金品を掠め取り、そうやって生活するのです。
もちろん、警察に捕まるのですが、大量にそんな事件が起こり逮捕者が出たら、司法はパンクします。刑務所だって足りませんし、彼等の食事の問題もあります」
「う、うん」
「ここで国際会議で取り決めがありました。
犯罪者のために食事を用意する事で、食糧を無駄に消費するのは人類のためにならないと。
つまり、犯罪者は食事を与えられない事が決まったのです。
これにより、食料品狙いの犯罪が増える一方で刑務所での飢え死が一気に増えたのです」
「…………」
私の手は止まっていた。
「さらに、先進国での混乱ぶりに、戦争を仕掛けてくる国まで現れました。戦争による侵略と強奪。土地は荒れ果て作物を作る事が難しくなりました。収穫量が落ちたのです。
これにより食糧の争奪戦が激化。泥沼の戦争へと突入したのです。
貧困国も富裕国も全世界規模で戦争が起こったのです。怪我や病気の人は放置され、国内では食糧等の奪い合い、対外的には戦争。
そして最終手段である食人の横行。
人類は数十年とかからずその数を減らしたのです」
ごくりと私の喉が鳴る。
まさかとは思った。
が……。
「旦那様が食べておられる肉も人肉でございます。旦那様は不思議だと思わなかったのですか?」
「何を、だ?」
「うちには家畜など飼っていないのに、毎日旦那様の好きな肉料理が出てるのですよ?」
「何かおかしいか? 肉は買ってきた物だろう?」
「確かに最近のは買った物でございます」
「人肉が食用で販売なんてバカな話があるはずないだろ」
「世界が決めたのです。不毛な争いを避けるために人口を制御する事を。そして、人肉の味を覚えた我々は、同じ人間を食糧として扱う事も覚えたのです」
「そ、それでは……」
「はい。かつてこの家にいた者も旦那様が食べておられます。それもこれも、人肉を特に好まれる旦那様のためにわたくし自ら捌いて……」
「では本当にこの肉も」
「ええ。去年、お嬢様がいなくなった事件がありましたよね。事故で亡くなられていたので、法律に基づき食用として旦那様にも提供致しました。それはそれはお喜びになられまして」
「あ、あの時の……」
「それからです。人肉を出すようになったのは。人肉は安価ですし、旦那様にも喜ばれるので」
「では妻がおかしくなったのも……」
「奥様は自分が自分の娘を食べていた事に気付いてしまったようなのです。そして、出される肉が人肉になったと言う事も。きっと以前に人肉を食べた経験があったのでしょうね。食事の度に手が震えるようになってしまって、お可哀想に」
「では妻も、私が……」
「はい。奥様も旦那様の胃袋に入りました。奥様がわたくしを殺そうとしたのです。仕方なく奥様も食用として処理するしかなかったのです」
「そんな……」
「気に病む事はありません。共食いをするのは人間だけではないのですから……」
メイドはそう言って私に微笑んだ。
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