まーぶる掌編集

田中マーブル(まーぶる)

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「まいったなぁ」

 どうやら私は眠りこけてたらしい。
 見知らぬ駅に立ち列車を待つ。
 夏らしい日射しに熱せられたホームからは陽炎が沸き立つ。私はそれを陰からぼんやり眺めていた。
 駅は木々に囲まれて近くに家や店があるのかさえ分からない。
 時刻表は次の列車までまだたっぷり二時間近くある事を私に伝えてくれた。

「どうしようか。一度外に出てみるべきか」

 こんな暑い日だ。冷たい飲み物が欲しくなる。田舎の小さな駅のホームに自販機などはあるわけもなく、私は汗を拭きながら駅を出る事にした。

 木造の駅舎から出た所で、私はため息を吐いた。

「まさか、ね」

 目の前にはくねくねと曲がった細い獣道があるだけだった。私の胸ほどまである草が道の両側にこれでもかと伸びていて、よそ者を拒絶している。

 これほど何も無いとは。

 腕時計はまだ二時半を回ったばかり。

 とにかくこの獣道を進むしかなかった。

「ふうふう」

 喉が渇く。
 むわっとした空気が纏わり付いて気持ち悪い。
 息も上がる。

 小さなトンネルを抜けて、ようやく道路に出たもののやはり何も無い。申し訳程度に車を止められそうなスペースと駅の看板が設けられてるだけで、右も左もただ山の中に道路が延びている。

「自販機くらい置いてくれよ……」

 私はちから無くトンネル内で腰を下ろす。幸いにもトンネルの中はひんやりして暑さは凌げそうだった。

 誰も来ないまま一時間が経つ。

 こんな所に駅造った所で誰も使わないわな。そんな事を考えながら重い腰を上げる。
 トンネルから出てウーンと伸びをする。

 チョロチョロ。

 今まで気付かなかった水の音がした。

 細い細い水が流れているのを見つける。

「丁度良い。これで喉を潤そう」

 水は冷たく、変な臭いも無く、とても美味しかった。汲んで帰りたいくらいだったが、何も入れる物が無くて諦めるしかなかった。

「ずっとここにいても仕方無い。駅に戻るか」

 そう独り言ちて私はまた駅へと歩き出す。草の深く繁る獣道を辿って。

 駅舎に着いた頃には幾分か気温は下がっていた。
 乗客どころか駅員も誰もいない駅舎。
 いわゆる無人の秘境駅ってやつなのだろう。
 時期を考えればマニアの一人や二人がいても良さそうだが、そんな輩に遭遇するのも運なのかもしれない。
 古い壁掛け時計はようやく四時を指そうとしていた。

 そうだ。

 折角だから写真に残そう。
 こんな所に来るなんて滅多にない。
 帰ったらみんなにも見せてやろう。
 そう思いスマホであちこちを写真に納めた。

 ホームに入り駅名の看板を撮ろうとした時、ふと違和感を持った。

「そういえば、私の乗った路線てこんなに山の中まで来てたっけ?」

 私はスマホで検索しようとしたのだが、残念ながら圏外になっていた。

「こんな田舎だと電波無いんだな。とりあえず駅名だけ覚えておいて後で調べるか」

 私は駅名のプレートを写真に撮った。

『比良坂』と書かれていた。

「そろそろかな」

 腕時計を見て列車の到着時刻が迫ってる事を確認する。

「え?」

 顔を上げるとそこには既に列車が来ていた。一両のみの古そうな列車。怪しさしかないが、ここに取り残されるよりはマシだとすぐに乗り込む。
 車内は私しかいないようだ。
 えんじ色の座席に座る。背もたれの部分は木で出来ていていた。天井には扇風機が付いていて、冷房らしき物は無く、まるで明治時代あたりの鉄道がそのまま走ってるかのようだった。
 もしかして観光用の特別な列車に勝手に乗ってしまったか?
 私は運転手に訊ねるため立ち上がろうとしたら、列車は動き出してしまった。

 仕方無い。

 このまま乗ってしまおう。

 知らない駅を二つ三つ過ぎた後、一人のお婆さんが乗ってきた。和服姿で落ち着いた雰囲気の女性だ。

「おやおや。あなた若いのに乗ってるのね」

「え、ええ。この辺りは若い人は住んでないんですか? ああ、みんな車使うんですね」

 急に話し掛けられて、何だか分からないままこちらも喋ってしまう。

「ごめんなさいね。年を取るとついお節介で」

「いや、別に」

「それにしても若いのにねぇ」

「?」

「あら、私はてっきり」

 女性が何か言おうとした時、アナウンスが流れ出す。

「この列車は死出の旅をご案内する特別列車でございます。あの世まで迷いなくご案内致します」

 え?

 あ、比良坂って……。


Fin
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