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動き出す時

閑話;或第四皇子専属護衛騎士の自覚

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やらかしてしまった。言ってしまった。

俺はヴァイナモ・アッラン・サルメライネン。ハーララ帝国近衛騎士団第四部隊所属、第四皇子専属護衛騎士である。こう字面だけ見ると長ったらしくて仕方ないが、要は第四皇子のエルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララ殿下の専属護衛騎士だと認識してもらえれば結構。

……いや、何悠長に自己紹介してんだ自分。てか誰に向かって自己紹介してんだ自分。動揺しすぎだ阿呆。

俺はついさっき、と言うか寧ろたった今、我が主であるエルネスティ様のことが好きだと自覚した。そしてあろうことか口が滑ってしまい、自覚して秒で本人エルネスティ様に告白してしまった。なんてこった。

俺の目の前で驚愕の色に染まる敬愛なる主最愛の人を見ていると、後悔と達成感が一緒くたに襲って来た。

本来この気持ちは一生伝えるべきではなかった。俺に勝算がないことも、分不相応だと言うこともわかっているから。一生胸に隠し込んで、その時・・・が来るまでエルネスティ様をお護りするのが最善だと思う。エルネスティ様とどうこうしたいなりたいだなんて自分よがりな我儘だ。

でもどうしようもなく、輝く水面と悠々たる夕日をバックにこちらへ満面の笑みを浮かべるエルネスティ様が綺麗だったから。脳内に自然と『好き』と言う単語が浮かび上がったのだ。

突拍子もなく出てきた『好き』と言う感情を、抵抗なく受け入れた自分に驚きを隠せない。その気持ちが自分に馴染みすぎたが故に、思わず声に出してしまったのだが。

口から零れてしまった俺の本音をどう誤魔化そうかと悩んでいた時、エルネスティ様は都合の良いように解釈してくれたのに。それに乗っかっていれば、ギリギリセーフだったのに。俺の気持ちをエルネスティ様本人に、しかも笑顔で否定されて、『違う。貴方が好きなんだ』って気持ちが溢れて来てしまった。

ああ、俺はどうしようもなくエルネスティ様が好きなんだ。一生隠し通すなんて、到底無理な話なのだ。

俺はおそらくこれで最後になるであろうエルネスティ様の温もりを忘れまいと腕に力を入れて目を瞑った。自分の気持ちを整理するために、今までのことを思い返しながら。


* * *


俺がこの気持ちに気づく予兆は沢山あった。

一番のきっかけであろう出来事は、サルメライネン伯爵領へと旅立つ少し前のこと。近衛騎士の先輩であるオリヴァ・クレーモラアスモ全肯定botとアスモ・カンナス改めアスモ・クレーモラ薬学一直線の結婚を祝して、第四部隊の面々で飲みに出かけた時だ。

皆いい具合に酒の入って来た頃、その場のノリで団長近衛騎士騎士団団長がオリヴァ先輩に、アスモ先輩のどう言った部分が好きなのか尋ねた。酒が入ってなくても弾丸惚気トークをし始めるオリヴァ先輩は、酒が入って気分が良かったのか、それはもう熱烈にアスモ先輩の惚気を投下していった。

アスモは何をしていても可愛い。けど好きなことに対して一直線になる時が一番可愛い。

アスモの笑顔はいつも俺の心を癒してくれる、精神安定剤だ。それさえあれば俺はどんなに辛くても頑張れる。

芯の強さがあるのに、時折どうしようもなく護りたくなる弱さがある。そのギャップが俺の庇護欲を容赦なく擽る。

アスモになら俺の全てを捧げられる。アスモは俺の人生を鮮やかに彩ってくれた、大切な人だから。

その他延々とアスモ先輩への愛を語るオリヴァ先輩に、団長は後悔したように頭を抱えていた。団長は多忙だから、オリヴァ先輩の飲みに付き合わされて長々と惚気を聞く、ってことがなかったんだろうな、と俺は考えながら酒をちびちびと飲んだ。別段酒に弱い訳ではないが、まだ飲み慣れてないから一度に多くは飲めないのだ。

俺は酒でふわふわとした頭で、オリヴァ先輩の先程の話を思い返していた。俺は愛だとか好きだとかよくわからないから、もしかしたら理解するきっかけになるかもしれないと思ったのだ。別に俺はエルネスティ様の騎士でいられるのであれば一生独身でもいいが。

何をしていても可愛い人。好きなことに一直線な時が一番可愛い人。

笑顔が俺の癒しになる人。この人のためなら頑張れると思えるような人。

芯の強さを持ちながら、時たま弱さを見せる人。護りたいと思う人。

自分の全てを捧げられる人。俺の人生を鮮やか彩ってくれた人。

それって、全て。

「……俺にとっての、エルネスティ様だ」

皆、いい具合に酔っ払って馬鹿騒ぎしている中、俺の呟きは隣に座っていた後輩のサムエル・ランデル歌しか勝たんにしか届かなかった。サムエルは「何がヴァイナモ先輩にとっての殿下なんですかあ?」と酔っ払ってるのか素面なのかわからない様子で聞いてきたので、俺は慌てて首を振って「何でもない」と答えた。

俺が、エルネスティ様のことが、好き?

いや、まさか、そんな。

きっとこの気持ちは俺にとっては騎士として主に捧げる忠誠だ。オリヴァ先輩と俺は違うのだ。同じことを思ったとして、それが同じ感情へと繋がるとは限らないのだ。先走るな、俺。

俺は一旦そう自分に言い聞かせて、その考えを紛らわせるために酒を呷ったのであった。


* * *


そんなことを考えながら騎士寮の自室に戻って、手短にシャワーを浴びてベッドに直行して眠った、その日見た夢と言うのが、

涙目で頬を赤らめているエルネスティ様を、俺が押し倒しているものだった。

目が覚めた時、俺は自分の正気を疑った。主である13歳の華奢な皇子を押し倒す19歳のゴツい近衛騎士。犯罪臭しかしない絵面だ。寧ろ犯罪じゃないって言える部分が皆無だ。それを夢で見るんだから、俺の中にはそう言った願望があるって言うことで。

もしかしたら、俺はエルネスティ様が好きなのだろうか。

そこまで考えて、俺は自分の考えを否定した。ただ単に欲求不満なだけの可能性が大いにあったからだ。寧ろそちらの方が有り得る。そう思ったのだ。

だがただの欲求不満だとしても、それはそれで色々やばいことではある。

まず俺は男で、エルネスティ様も男だ。同性愛は認可されているが、やはり同性からいかがわしい目で見られるのは気持ち悪いだろう。特に俺は体格の良い野郎だ。エルネスティ様がもし女性を好きになる方であれば、許容出来る要素などない。

次に歳が離れすぎている。大人になれば6歳差は誤差の範囲なのだが、子供のうちは6歳の壁は想像以上に高い。13歳のエルネスティ様にとって、19歳の俺はおじさんと言っても過言ではない。おじさんがそんな目で13歳の少年を見るなんて、犯罪臭しかしない。

そして何より、俺は騎士でエルネスティ様は主である。別に主と騎士の恋愛がご法度と言う訳ではないし、俺は伯爵家の三男だから皇族と婚姻を結ぶことも出来る。だけど、そう言う問題じゃない。

エルネスティ様は俺に対して純粋な信頼を俺に向けてくださっている。それなのに、俺がエルネスティ様に向けているのは劣情を孕んだ醜い欲望だ。これが少女のような初々しい恋心ならまだ良かったものを。仮にこの気持ちが恋であっても、醜く歪んだものには変わりない。

俺はエルネスティ様の騎士でありながら、いかがわしい夢を見るような邪な感情をエルネスティ様に抱いている。主で、13歳で、少年であるエルネスティ様に。

そのことをエルネスティ様に知られたら、きっと幻滅されるに違いない。

嫌だ。エルネスティ様に軽蔑されて見限られるぐらいなら、死んだ方がマシだ。

でも死んでしまったら、エルネスティ様をお護り出来ない。生きないと。生きないと。

エルネスティ様のお側にいるためにも、この感情は隠しさないと。押し殺さないと。俺はそう決心した。

一瞬、欲求不満なら娼婦館なりなんなり行って欲求を満たした方が手っ取り早い、と言う考えが頭を過ぎった。しかし何故か、娼婦館の女性では俺の欲求が満たされることがないような気がした。感情のない行為など虚しいだけだ。それで満たされるほど飢えてる訳ではない。

それにそんな所に行くぐらいならその時間を鍛錬に費やした方がよっぽど自分やエルネスティ様のためになる。だから行くのは止しておこう。そう言う考えに至ったのだ。

今思えば、俺はその時からエルネスティ様のことが好きで、好きな人以外と関係を持つことを無意識に嫌がったのではなかろうか。その真意は俺ですらわかりはしないが。




* * * * * * * * *




2022/03/16
誤字修正しました。
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