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助けてくれた少年に手を引かれるまま後ろをとぼとぼ歩いていくと、木々が生い茂るほとりまで連れられていた。
距離的に騒動の場からは離れてはないにもかかわらず、ここは不思な議程の静けさに包まれていた。

そう不自然な程物音が聞こえない。風や葉のせせらなく音すらしない。違和感しかなかった。これはここ場が特殊なのか、それともこの少年の仕業なのだろうか───

さーっと血の気が引いていくのを覚えたが少年はお構い無しに結花を見据えていた。

「僕はえっと·····どこから話そうか?  僕らの関係とか?一族のことかな────春姉さんの中の人。それとも時の巫女と言うべきかな」

それは思いよらない紛れもない確信をついてきた。
息を飲み鳴らし身体をこわばらせる。
少年の口ぶりからしてお春とは姉弟かそれに近しい連なるものだろうとは予想できる。

巫女とはなんのことだと思うも、入れ替わりなんて不可解な現象を信じれるわけない。実際、身をもって体験していても理解し難いこであることには変わりないのだから。それを彼にどう伝えればいいかも分からないが、伝えたとこで不審がられることは間違いないだろう。

はっきりと結花を指しているが、当てずっぽうの可能性もある。いわば賭けに等しい。
すでに彼に見透かされているからこそはっきりと言葉にしているがそれでも正直に口にしてしまったら最後、誰もが避けていくだろうことは目に見えている。挙句に白い目で見られ失笑の的にされる。かつて思慮分別もつかない幼少の結花には些細ないつものことであった。
けれど、それは結花が人よりあちらと近しい魂だけあって"感じられる"し"視る"に適しているだけであり只人には異質にしかみえない。
彼がどうあれ明かすのは早急過ぎる。こんな時は笑顔で誤魔化すのが一番だ。 
彼の眼を真っ向から見据え口元は弧を描きそれは自然に内を悟らせまいと微笑んだ。

「···えっと雪麿ゆきまはちぃっと勘違いしてはるちゃうか?わてはお春やよ。見た目もそやけど中身もや。もし冗談半分で言い張っるのやら質が悪い───」

結花は意識の共有もだけど記憶の共有も僅かだけでもしている。すなわち彼のことも断片的だが思い出していた。だからなのだろうか、彼···雪麿がここに居るはずでないのに困惑していた。
雪麿は今は──あ···れ···?どこから来たのだろう?どうしても記憶を辿れないのか、霞がかかって遮断されている。意図的にだろうか今は知るときではないと言われるかのようだった。

「はっ····冗談?そんな訳ない。」

苦渋に顔を歪ませて堪えがちに言い募る。
結花に対していうよりもそれは雪麿自信を卑下している。
後悔、悲嘆、喪失感という鬱々が瞳から滲みでていて結花は狐疑されて迂闊なことは避けるべきであるのは百も承知と己に説くにも関わらず心緒とままらないもので身体が自然にふわりと包みこんでいた。

まだ少年といえる雪麿の背中は酷く小さく震えていた。
ここまで思い詰めて過ぎて吐き出してしまうまでの何があるんだろうか。強めに抱き締めると彼も少し躊躇しつつも縋るこのように抱き締め返してくれた。姉弟がいたらこんな感じどったのだろうかと心が暖かくなり、微笑ましくもどこか寂しくもなった。

「雪麿は強い可愛い弟や。やけど優しいからこそ溜め込み過ぎて身をすり減らす行為は心配やで、周りやわてを頼らなあかんよ」

優しくゆっくりと頭を撫でてあげる。可愛くて愛おしいとお春の気持ちが流れ同調している。
先程までの拒絶はなくなり、冷えきっていたはずだったが着物越しでも伝わるぐらい温もりが戻ってきていた。
人の温もりを味わい落ち着く。知らぬ内に結花も強ばっていたらしく、ふっと息が漏れる。静穏だけれども気がかりなことがあった。それは結花にとって重要かつ今の状況をつくってしまているのだら打破するためには何とかして誤魔化しきらないといけない。
でないと───歴史探求ができなくなってしまう。危険な目に会ってもなおも今しかできないなら辞めきれない。今度は上手く隠れてお春の身体は守ってみせる。ズレたやる気を秘めいたところで、気恥しさに膨れ面ながら雪麿は離れた。

「·····ごめんなさい。いきなり取り乱すなんて少々動揺していたようです。春姉さんに会えたのはとても嬉しいけども、目の当たりにしたらどうしても抑えきれなかったんだ。分かってたのに。」

耳を色ずかせ照れを隠しきれていない。初めは大人びていたが想いを吐き出したせいか年相応の少年らしい反応がかえってきたものだ。

「···女の子見間違えるくらい可愛いわ」
「それは····男子以前の問題と言うべきだと言いたいのかな。先程から可愛いと、連呼しているけれどそれはそれで男が廃るよ」

雪麿は膨れながら結花の呑気な返しに呆れていた。

「弟を可愛く思うのは姉の特権でしょ」
「·····卑怯だ」

締めつけられるようで沈痛な面持ちがちに見つめていた。どんなに彼が姉であるお春を慕い苦しみ追いかけて来たかなんて姉弟のいない結花には知ることはできないが、無力な結花には奥底閉じこもってしまったお春の魂を呼び起こすことはできないでいる。慰めにもならないと知りつつも、成り代わっている以上はやれることは一つだけ。

妙に静けさに包まれていたがさらり、風が髪を揺らす。
いつから雪麿が結花を見つめていたのだろうか。

「春姉さんは·····優しいただそれだけだよ。僕を可愛がってくれてはいた。大丈夫という言葉は悲鳴と同義であり心が崩れているのも分かっていたのに····守られるだけで何も···何もできなかった」
「ちが──」

途中で途切れた先に何を言うのだろう。否定、肯定それとも───

「初めから知ってたよ。当然だよ。僕が初めて頼られたから春姉さんが壊れる前に来訪神と血縁 を繋がらせて春姉さんと近い神通力が備わった貴方を術を使って呼んだ」
「つまり····雪麿が」
「ごめんとしか言えない。神通力が近いからって貴方を巻き込んでしまって」

知りたかった。どうして時間を越えることができるのか、そもそも結花が選ばれたのかを。神通力が優れていたなんて、結花は人あらざる者を見ることしかできないのに血縁とも相まったことが鍵となるとは。
思いもよらないところで知れてしまった。でもどうして····どうして雪麿の方が泣きそうで苦しんでいるの。ねえ。

「じゃあ·····元の時代に戻してくれる?」

繕うことも忘れ僅かな期待を灯し縋っていた。だが、砕かれるのは一瞬だった。雪麿は伏し目がちに「ごめん」と零すだけ。
縋っていた腕にも力が入らない。結花は帰れない事実を受けいるしかない。何となくだけど感じていたが目の前で言われると応えるものだなとどこか他人事にも思えた。
整理しないと今は雪麿にも八つ当たりをしてしまいそうで怖い。

一旦ここから、雪麿から離れようと後ろに下がる。

「でも───」
「もう辞めて。これ以上受け止めきれなから暫くは一人にして····ごめんね」

まだ何かを言いかけていた雪麿を遮り、引き止められないうちに踵を返し離れた。

呆然と雪麿は後を追うこともなく眺めているだけ。
「·····相変わらず叶わないや」

木々の中の1一本の木の後ろから札を剥がし月に翳し眺めた。
札のおかげでここは人も人ならざる者も近ずけなかった。

「僕···僕らは呼ぶことはできたけど帰せない。できるとすればあの人だけだよ」

言いそびれてしまったが準備は滞りなく進めている約束の日まであと少し。それまではまた会えなくなるだろう。

札がさらさらと砂のように闇に溶け消えていった。

◇◇◇◇

砂埃が舞い草履と脚に隙間に入り込んでベタついた不快感を覚える。脚が棒のように重くぱんぱんに張っていてもう歩くのは億劫でしかないが、今言えることは慣れない草履で走るものではないと断言できるくらい藁で擦っていて痛くて堪らない。

喉がひりつくき渇きに水を求めて辺りを見渡すが何もなかった。
気だるさに視界が歪んで見えてきた。 

堪らずあの場から離れできたが一瞬膜を抜けるような引っ掛かりがあった。あれは何なの。

「···さ··ま」
微かな囁きと足元から着物を引っ張られ支えてるのに遅れて気づくも。
「···大丈···夫? 姫様····ふらふら ···助け····いる」
「·····」

帰れない事実を突きつけられ打ち震えるそこに人あらざる"モノ"と出くわす運なきこと。
気を失い際に囁き合う声が届く。
陰鬱さを纏ったいくつもの妖は倒れる寸前に結花の体を痛みから守るため受け止めそっと降ろす。
拒否反応から途切れたように気絶した結花を大切な者だと見守り囲っていた。
けれど非力な力の妖の彼等には支えるので定一杯だった。
妖力が強いものと比べて天と地の差で濃い陰を住処にすることでしか顕在を保てない。助けようにも只人に視認されない妖である彼等にはどうすることもできずにい彷徨う。
ひしめいていると衣擦れと陽気な草履の足音がこちらに近づいて来てそそくさと妖は陰に隠れてそっと覗く。

「遅うなってしもうたちゃ。やはりあそこの店の酒は美味いちゃね。進んで進んでもう夜も更け込んでしもうたわ····ありゃ、なんや女子がこがな時分にそれも、こりゃ気を失うちゅー」

些か微酔いの男は屈み結花を覗いてたがやがてひょいと抱えてた。
「このままは忍びないちゃろう」

飄々した男は結花を背負い深い夜に溶けて行た。


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みんなの感想(2件)

クロウ
2021.03.20 クロウ

早速読みました!
更新再開嬉しいです。

チヨカ
2021.03.20 チヨカ

早速、読んで貰えて嬉しいです。
ありがとうございました。

解除
クロウ
2021.01.21 クロウ

新撰組系の小説は新作が少なくて、これを見つけたとき歓喜に震えました。
これからも応援します!

チヨカ
2021.01.21 チヨカ

応援ありがとうございます‪⸜(*ˊᵕˋ*)⸝
私自身幕末を舞台にした小説が好きで書かせてもらっています。今後ともよろしくお願いします。

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