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第二章 恐怖の強制ルームシェア
2-5 プライベートのアイツ
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「うっわ……」
とりあえず、どこに何があるのか確認しとこうと、室内探索を開始してすぐ、オレはそれを発見した。
「風呂場スッケスケじゃねーか!! 何でここまで全部ガラス張りなんだよ!?」
大きなバスタブが置かれたシャワールームを取り囲むのは、窓と揃いの透明感の高いガラス板。しかも、リビングから丸見えな位置にある。いや、どこのラブホだよ!? ……ラブホ入ったことねーけど。
ドン引きするオレを、九重が愉しげに笑う。
「開放的だろ? 高層階だからな。誰も見てやしない」
「お前が見てるだろーが!!」
「昨日の今日で、今更何言ってんだよ」
っ……そうかもしんねーけど!!
言及されて、またぞろ昨日のことを思い出しては身体が熱を持つ。勿論九重はそれを知ってて、わざと揶揄ってくる。
「むしろ、花鏡は見られたいんだろ? お前Mっ気あるもんな。視線だけで感じるとか、なかなか上級者だぞ」
「はぁあ!? ねえよ!! つーか、お前がSなだけだろ!?」
「別に俺はSじゃない」
「嘘つけ! 明らかにSだろが! このド鬼畜!!」
「嘘じゃない。お前以外、虐めたいと思ったことは特にない」
「何でオレ限定なんだよ!?」
九重は少しの間思案するように黙した。そうしてオレのことをじっと見つめてから、真顔で言う。
「ムカつくから」
――は?
「お前を見てると……めちゃくちゃに壊したくなる」
思わず怯んだ。笑みの一片もない、狂気すら覗く真に入った一言だった。
言葉を失うオレに構わず、奴は続ける。
「俺にどうしたい? って訊いたな。――ぐずぐずに泣かせて、ずたずたに引き裂いて、どろどろに汚して、ぐちゃぐちゃに掻き回したい」
言いながら、オレの頬に手を伸ばしてくる。反射的に身が竦み、目を瞑る。触れた指先は、乱暴な言葉に反して異様に優しかった。それが逆に恐ろしくて、目を閉じてるともっと怖くなって、そっと開いてはすぐ近くにある琥珀色の瞳を窺うように見上げた。
「じょ……冗談だよな?」
「冗談だと思うか?」
――否。
「怖ぇよ! お前怖ぇよ! 何だよ、オレお前に何かしたかよ!?」
「いや? 存在自体が鼻につく」
「理不尽!!」
「お前も俺のこと嫌ってるだろ」
「そりゃそうだけど……」
でも、人としてって訳じゃなくて。こう……好敵手的な。どうやら、そんな風に思ってたのは、オレの方だけだったみたいだが。
――何だよコイツ、オレのことそんなに嫌いだったのか。
あれもこれも、全部嫌がらせだってことか。
別にこんな奴に好かれたくもねーけど、面と向かって嫌いだと言われると、少しだけ……何ていうか、悲しい。
ああ、でも、オレが敵意を向ける度、コイツももしかしたら知らず傷付いてたのかもしんねーな。これはその報復なのかもしれない。
……何か妙に萎れた気分になってきた。そうだ、こんな時は。
「飯、食うか。ちょっと早いけど」
我ながら唐突な申し出だったにも関わらず、九重はすぐに切り替えて了承の意を示した。
「分かった。何食いたい?」
「え? お前が作んの?」
「まさか。外注すんだよ」
……だよな。キッチン、全く使われた形跡なかったもんな。仕方ねーな。
「いや、余計な金は使うな。今日はオレが作る」
「作れるのか?」
「簡単なのならな。一人暮らし二年目だぞ、オレ」
実家からの仕送りにも極力手を付けたくないから、普段から自活出来るように心掛けてる。オレ、偉い!
「花鏡用にエプロン買うか。ふりっふりのハート型のやつ」
「ヤだよ!! 着ねーぞ、そんなの!!」
「裸の上にエプロンだけ着けて臨むのが料理の基本だろ?」
「そんな基本は、ねえ!! どこのすけべオヤジだよお前!! つーか、冷蔵庫何か入ってんのか? 絶対何もねーだろ」
「ゼリーならあるぞ」
「……お前、甘党だったのか?」
意外だな、と思ってガワだけは無駄にデカい冷蔵庫を開いて中を検めると――。
「って、これ十秒チャージのやつ!! お前、マジで一切自炊してねーな!?」
「食に興味が無い」
……恋愛にも興味ねーっつってたな。逆に何にならあるんだよ。
「あ、そうだ。オレの食材は? 前のマンションの冷蔵庫の中身」
「腐るといけないから、それは捨てておくよう指示した」
「何でまだ食えるもの捨てるんだよ!! 農家さんと貧しい国の人達に謝れ!! ……もう、いい。食材買いに行く」
「そんなもの、コンシュルジュに買ってこさせれば良くないか?」
この坊ちゃん思考め! 坊ちゃん育ちのオレよりもずっと坊ちゃんだ! 実はコイツ、完璧超人どころか、相当なダメ人間なんじゃねーか?
この体たらく、学校の皆にも見せてやりてー。
「いや、これからここに住むってんなら、周辺の道も覚えておきたいしな。自分の足で行く」
オレが内心呆れつつそう宣言すると、九重も付いてくると言い出した。
「お前一人にしたら危なそうだしな」
「どういう理屈だよ。お前と一緒の方がよっぽど危ねーよ。絶対スーパーの支払いにブラックカードとか出すタイプだろ」
そんなこんなで、オレ達は(私服に着替えてから)マンション外に足を運んだ。無事にスーパーを発見したものの、この時間はやっぱ混んでる。思えば男子高校生二人で来るような場所じゃねーし、特に九重にはスーパーが似合わなさ過ぎて何か笑える。
九重に何が食いたいって訊いても、やっぱり興味無さそうに「何でもいい」とか抜かしやがった。「強いて言うなら、お前」とか。ぶっ殺すぞ、マジで! もうオレの好き勝手にしてやる!
オレが格安品から選ぶ中、九重のバカは値段が高いやつばかり籠に入れてくる。
「お前、何でもいいって言ったのに、さっきから邪魔ばっかすんなよ!!」
「お前こそ。安きゃいいって訳じゃないだろ。〝安かろう悪かろう〟って言うだろ? まぁ、ここにあるものは皆安物だがな」
「やめろ、店中の人間を敵に回すな。視線が痛い」
暫しの格闘の末に、何とか食材の調達を完了した。九重がブラックカードを出すのは、勿論オレが阻止した。冷蔵庫が完全なる空状態だったもんだから(十秒チャージのアレは換算しない)結構買う物が多かった。見るからに重たそうな買い物袋にげんなりしてると、九重は意外にも半分持ってくれた。
「お前が持て」と言われるか、むしろ何も言わずに全部オレに押し付けるかと思ってた。
「九重、お前自転車こそ買えよ。あると便利だぞ」
「使う機会がなかったからな」
「だろうな」
自然と笑みが零れた。九重がキョトン顔で問う。
「何で笑ってる?」
「別に」
そのキョトン顔がまた何だか、らしくなくて笑えた。ずっと完璧でイヤミな奴だと思ってたけど、意外と抜けてたり、知らなかった人間みのあるところが見られたりして、ちょっぴり嬉しい……なんて。絶対口が裂けても本人には言ってやらないけど。
ちょっとだけ、楽しい買い物時間だった。
とりあえず、どこに何があるのか確認しとこうと、室内探索を開始してすぐ、オレはそれを発見した。
「風呂場スッケスケじゃねーか!! 何でここまで全部ガラス張りなんだよ!?」
大きなバスタブが置かれたシャワールームを取り囲むのは、窓と揃いの透明感の高いガラス板。しかも、リビングから丸見えな位置にある。いや、どこのラブホだよ!? ……ラブホ入ったことねーけど。
ドン引きするオレを、九重が愉しげに笑う。
「開放的だろ? 高層階だからな。誰も見てやしない」
「お前が見てるだろーが!!」
「昨日の今日で、今更何言ってんだよ」
っ……そうかもしんねーけど!!
言及されて、またぞろ昨日のことを思い出しては身体が熱を持つ。勿論九重はそれを知ってて、わざと揶揄ってくる。
「むしろ、花鏡は見られたいんだろ? お前Mっ気あるもんな。視線だけで感じるとか、なかなか上級者だぞ」
「はぁあ!? ねえよ!! つーか、お前がSなだけだろ!?」
「別に俺はSじゃない」
「嘘つけ! 明らかにSだろが! このド鬼畜!!」
「嘘じゃない。お前以外、虐めたいと思ったことは特にない」
「何でオレ限定なんだよ!?」
九重は少しの間思案するように黙した。そうしてオレのことをじっと見つめてから、真顔で言う。
「ムカつくから」
――は?
「お前を見てると……めちゃくちゃに壊したくなる」
思わず怯んだ。笑みの一片もない、狂気すら覗く真に入った一言だった。
言葉を失うオレに構わず、奴は続ける。
「俺にどうしたい? って訊いたな。――ぐずぐずに泣かせて、ずたずたに引き裂いて、どろどろに汚して、ぐちゃぐちゃに掻き回したい」
言いながら、オレの頬に手を伸ばしてくる。反射的に身が竦み、目を瞑る。触れた指先は、乱暴な言葉に反して異様に優しかった。それが逆に恐ろしくて、目を閉じてるともっと怖くなって、そっと開いてはすぐ近くにある琥珀色の瞳を窺うように見上げた。
「じょ……冗談だよな?」
「冗談だと思うか?」
――否。
「怖ぇよ! お前怖ぇよ! 何だよ、オレお前に何かしたかよ!?」
「いや? 存在自体が鼻につく」
「理不尽!!」
「お前も俺のこと嫌ってるだろ」
「そりゃそうだけど……」
でも、人としてって訳じゃなくて。こう……好敵手的な。どうやら、そんな風に思ってたのは、オレの方だけだったみたいだが。
――何だよコイツ、オレのことそんなに嫌いだったのか。
あれもこれも、全部嫌がらせだってことか。
別にこんな奴に好かれたくもねーけど、面と向かって嫌いだと言われると、少しだけ……何ていうか、悲しい。
ああ、でも、オレが敵意を向ける度、コイツももしかしたら知らず傷付いてたのかもしんねーな。これはその報復なのかもしれない。
……何か妙に萎れた気分になってきた。そうだ、こんな時は。
「飯、食うか。ちょっと早いけど」
我ながら唐突な申し出だったにも関わらず、九重はすぐに切り替えて了承の意を示した。
「分かった。何食いたい?」
「え? お前が作んの?」
「まさか。外注すんだよ」
……だよな。キッチン、全く使われた形跡なかったもんな。仕方ねーな。
「いや、余計な金は使うな。今日はオレが作る」
「作れるのか?」
「簡単なのならな。一人暮らし二年目だぞ、オレ」
実家からの仕送りにも極力手を付けたくないから、普段から自活出来るように心掛けてる。オレ、偉い!
「花鏡用にエプロン買うか。ふりっふりのハート型のやつ」
「ヤだよ!! 着ねーぞ、そんなの!!」
「裸の上にエプロンだけ着けて臨むのが料理の基本だろ?」
「そんな基本は、ねえ!! どこのすけべオヤジだよお前!! つーか、冷蔵庫何か入ってんのか? 絶対何もねーだろ」
「ゼリーならあるぞ」
「……お前、甘党だったのか?」
意外だな、と思ってガワだけは無駄にデカい冷蔵庫を開いて中を検めると――。
「って、これ十秒チャージのやつ!! お前、マジで一切自炊してねーな!?」
「食に興味が無い」
……恋愛にも興味ねーっつってたな。逆に何にならあるんだよ。
「あ、そうだ。オレの食材は? 前のマンションの冷蔵庫の中身」
「腐るといけないから、それは捨てておくよう指示した」
「何でまだ食えるもの捨てるんだよ!! 農家さんと貧しい国の人達に謝れ!! ……もう、いい。食材買いに行く」
「そんなもの、コンシュルジュに買ってこさせれば良くないか?」
この坊ちゃん思考め! 坊ちゃん育ちのオレよりもずっと坊ちゃんだ! 実はコイツ、完璧超人どころか、相当なダメ人間なんじゃねーか?
この体たらく、学校の皆にも見せてやりてー。
「いや、これからここに住むってんなら、周辺の道も覚えておきたいしな。自分の足で行く」
オレが内心呆れつつそう宣言すると、九重も付いてくると言い出した。
「お前一人にしたら危なそうだしな」
「どういう理屈だよ。お前と一緒の方がよっぽど危ねーよ。絶対スーパーの支払いにブラックカードとか出すタイプだろ」
そんなこんなで、オレ達は(私服に着替えてから)マンション外に足を運んだ。無事にスーパーを発見したものの、この時間はやっぱ混んでる。思えば男子高校生二人で来るような場所じゃねーし、特に九重にはスーパーが似合わなさ過ぎて何か笑える。
九重に何が食いたいって訊いても、やっぱり興味無さそうに「何でもいい」とか抜かしやがった。「強いて言うなら、お前」とか。ぶっ殺すぞ、マジで! もうオレの好き勝手にしてやる!
オレが格安品から選ぶ中、九重のバカは値段が高いやつばかり籠に入れてくる。
「お前、何でもいいって言ったのに、さっきから邪魔ばっかすんなよ!!」
「お前こそ。安きゃいいって訳じゃないだろ。〝安かろう悪かろう〟って言うだろ? まぁ、ここにあるものは皆安物だがな」
「やめろ、店中の人間を敵に回すな。視線が痛い」
暫しの格闘の末に、何とか食材の調達を完了した。九重がブラックカードを出すのは、勿論オレが阻止した。冷蔵庫が完全なる空状態だったもんだから(十秒チャージのアレは換算しない)結構買う物が多かった。見るからに重たそうな買い物袋にげんなりしてると、九重は意外にも半分持ってくれた。
「お前が持て」と言われるか、むしろ何も言わずに全部オレに押し付けるかと思ってた。
「九重、お前自転車こそ買えよ。あると便利だぞ」
「使う機会がなかったからな」
「だろうな」
自然と笑みが零れた。九重がキョトン顔で問う。
「何で笑ってる?」
「別に」
そのキョトン顔がまた何だか、らしくなくて笑えた。ずっと完璧でイヤミな奴だと思ってたけど、意外と抜けてたり、知らなかった人間みのあるところが見られたりして、ちょっぴり嬉しい……なんて。絶対口が裂けても本人には言ってやらないけど。
ちょっとだけ、楽しい買い物時間だった。
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