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19.拒む理由

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 空気が凍り付いたようだった。

「……本気で言っているのか?」
「冗談でこんなこと言わないよ」

 返すアインスの声も硬かったが、ツヴァイはもう止まれなかった。

「君は優しいからそうは言わないだろうけど……正直、嫌気が差したでしょ? あんなの見せられて」

 あんな……おぞましい行為の様子を。

「お前は悪くない」
「悪いよ! 俺……いやらしいんだ。淫乱、なんだよ。相手が誰だって、どんな乱暴にされたって、感じるんだ……。君以外の人に抱かれて善がるなんて、浮気と何ら変わらない。……最低だよ」
「それは……お前の所為じゃない」
「俺の所為だよ」

 痛いのは嫌だから、感じてしまった方が楽だ。その方が相手も悦んで、あまり酷くはされない。
 ……そうして、いつしか身体は苦痛から逃れる為、快楽を追うようになっていった。

「俺が……自分で選んだんだ」

 ――いやらしい子だ。

 耳朶にこびり付いて剥がれない、呪いの言葉。

(ああ、その通りだよ)

 自嘲の笑みを刻むツヴァイをアインスはじっと見つめた後、つと視線を逸らした。

「……確かに、嫌な気分にはなった。腸が煮えくり返るかと思った」
「っ……」
「だがそれは、お前に対してではなく、相手に対してだ」

 続いた言葉にハッとして、ツヴァイは瞠目した。

「力加減を調整するのに苦労した。いっそのこと殺してやりたいと思う自分を必死に抑えた。私が手を汚すことは、お前が望まないだろうと思ったからだ。……お前が思う程、私は優しくなんかない」

 ここで、アインスは再びツヴァイを真正面から見据えた。

「お前に対して怒っていることがあるとすれば、今しがたの発言だ。いつ、私がお前に嫌気が差したと言った? 勝手に私の気持ちを決め付けて、一人で結論を出すな。私に相応しいかどうかを決めるのも、お前じゃない。私だ」
「!」
「また、お前を失うかと思った……」
  
 不意に、切なげに細められた眼差し。狂おしげに吐き出されたのは、弱音だった。

「お前が突然私の前から姿を消した、あの時のことを思い出した。あの、虚無に包まれた三週間……。お前がいつも当たり前のように傍に居る。それは決して当たり前のことなんかじゃないのだと、嫌という程に思い知らされた。……もう、懲り懲りだ。頼むから、勝手に居なくなるな」

 ツヴァイの手に手を重ねて、アインスは強く握り締めた。もうどこにも行かせない。そんな強い意思を感じ、ツヴァイは動揺した。

「でも……嫌じゃ、ないの? こんな……俺」
「どんなお前でも、私は愛している」
「っ!」

 躊躇いのない、真っ直ぐな言葉。
 ――いいのだろうか?

「こんな俺でも……いいの?」

 声が震えた。喉の奥がぎゅっと摘まれたように苦しくなる。泣き出しそうなツヴァイの頬に手をやり、アインスは力強く応えた。

「お前がいいんだ」

 次の瞬間、ツヴァイはアインスの腕の中に居た。――温かくて優しい、大切な居場所。
 深い安堵感が全身を包み込む。感極まったように、ツヴァイが漏らした。

「アイちゃん……好きだよ」
「知っている」

 そうか、伝わっていたのか。ずっと、鈍感だとばかり思っていたのに。
 小さくはにかんで、ツヴァイはそっと切り出した。

「ねぇ、アイちゃん。洗っただけじゃ、足りないよ……俺、アイちゃんに上書きして貰えないと、綺麗になれないんだ」

 それは、勇気を振り絞った誘いの言葉だった。意味を理解したアインスが動揺を示す。

「それは……だが」
「やっぱり……嫌?」
「嫌な訳がない!」

 不安げに窺うツヴァイに、アインスは食い気味に答えを寄越した。

「私はずっと、お前をこの手で愛したかった。だが、怖がらせたくなくて……ずっと、我慢していた。私がどれだけお前に触れたかったか、お前は知らないだろう?」

 顔に熱が上がる。ツヴァイの頬が桜色に染まった。

「お前こそ……嫌ではないのか?」

 真剣なアインスの瞳。今度はツヴァイがこう言う番だった。

「嫌な訳ないよ」

 そうだ、自分だって、本当はずっと……。

「これまでだって、ずっと……君と、ちゃんと愛し合いたかった。でも、怖かったんだ。アイちゃんがじゃない。……君に、嫌われるんじゃないかって。こんないやらしい自分……知られたら、失望されるんじゃないかって」

 それが、ずっと怖くて、逃げていた。

「大丈夫だ」

 再び、アインスに抱き寄せられた。先程よりも強い力。

「嫌いになんかならない。言っただろう? どんなお前でも、私は愛していると」

 二度目の愛の言葉に、ツヴァイは唇を噛んで込み上げてきた嗚咽を堪えた。アインスの背中に腕を回し、抱き締め返す。
 二つに分かたれた半身が元に戻ろうとするように……今宵、二人は一つになる。
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