上 下
11 / 24

11.ルナティック

しおりを挟む
「アイちゃんは俺の恋人だよ。食糧なんかじゃない」

 ツヴァイがやや語気を強めて言うと、アベルは意外そうに目を丸くした。

「恋人? あの人、人間でしょ? ツヴァイと釣り合わなくない? それに、ツヴァイはあの人とまぐわうのを嫌がってたじゃないか」
「まぐっ……そんなところまで見てたの」

 アベルを窓の外に見つけたのはのことだったので、それもそうかとは思いつつ、ツヴァイは居た堪れなさに目を伏せた。
 それにしても、彼はどうやらアインスのことを人間だと思っているようだ。

(アイちゃんの目が紅くなってたのは気付かなかったのかな)

 確かに吸血鬼が吸血鬼の血を吸うとは普通は思わないだろう。しかし、わざわざ本当のことを教えてやることもないかと思い定め、ツヴァイは言及をやめた。代わりに話を戻す。

「とにかく、パートナーの意見も聞かないと結論は出せない。一回帰らせてもらってもいいかな?」
「え、帰っちゃうの? でも、もう夜も遅いよ」
「平気だよ。吸血鬼の目は暗闇でも見えるし」

 そう言ってツヴァイが腰掛けていたベッドから立ち上がろうとすると、アベルは慌てた様子で止めに掛かった。

「外は寒いし、道も分からないでしょ? やめといた方がいいよ。おれが明日、ツヴァイのパートナーをここに連れてくるから。今夜はここに泊まっていきなよ。ね?」
「でも……」

 ふと腕を掴まれて、ツヴァイはアベルの顔を見た。彼の目は真剣を通り越し、血走って据わっていた。

「そんなこと言って、このまま居なくなるつもりなんだ……。嫌だよ。折角キミを見つけたのに。仲良くなれると思ったのに。行っちゃ嫌だ。行かせない」

 アベルの手指に力が加わる。人狼故かそれは強く、肉にくい込み骨を軋ませる程でツヴァイの心を竦ませた。

「どうしても行くって言うのなら、今ここでキミを……」
「い、痛いよっ、放して」

 ツヴァイが悲痛な声を上げると、アベルはハッとしたように表情を変えた。それから、掴んでいた腕を解放し、申し訳なさげに眉を下げる。

「ごめんね、そんなに強くしたつもりはなかったんだけど……満月の影響かも」

 ごめんね、大丈夫? と心配そうにツヴァイの腕を擦るアベルの眼差しは、今は優しげだ。しかし、ツヴァイの胸中には空寒い風が吹いていた。

(ここは、下手に反抗しない方がいい)

 催眠を発動させることも出来るが、外にはおそらくカインが張っていることだろう。沈黙している他四人の存在も気懸りだし、今は大人しく従っておいた方が良さそうだ。

「……分かったよ。今夜は泊まっていく」

 ツヴァイがそう宣言すると、アベルはぱっと顔を輝かせた。

「本当っ!?」
「ただし、明日はちゃんと俺のパートナーを連れてくること。いいね?」
「うん! 勿論、約束するよ!」

 ぶんぶんと首を縦に振るのと同時に、アベルは尻尾も千切れんばかりに振った。それを見て内心胸を撫で下ろしながら、ツヴァイはどっと疲れを感じていた。

(隙を見て逃げよう)

 その決意を実行に移すことになったのは、アベルが退室して一人になってから、更に夜も更けた頃合いだった。


   ◆◇◆


(そろそろ寝たかな)

 眠った振りをしてベッドに横たわっていた身を起こし、ツヴァイは改めて辺りに気を配った。いつの間にか雪も止んでいたようで、深夜の山荘は静けさに包まれている。
 途切れた雲間からは真円の月が顔を覗かせ、地上の雪に光が反射して眩く照り輝いていた。これなら、吸血鬼でなくても夜目が利きそうだ。

 人狼の紛いもの達は隠れん坊が得意なようで、元より気配を感じさせないものだから、起きているのか寝ているのか判断に困る。
 でも、このまま朝まで手をこまねいている訳にもいかない。ツヴァイは意を決すると、音を立てないように慎重に入口の扉に手を掛けた。

 ツヴァイの言葉を信用したのか、外から鍵の類などを掛けられることはなかったようだ。扉はすんなりと開いた。冷えた夜の森の空気が入り込んでくる。
 満月に照らされた白銀の世界は、思わず嘆息する程に美しい。しかし、そんな感動も打ち消す程の死臭が、この場には漂っていた。

(やっぱり……血の匂いがする)

 最初に目覚めた時から、気になっていた。せ返るような、無数の血液の香り。吸血鬼になってから五感が人間ひとよりも鋭くなったが、殊に血に関しては敏感だ。

 ――このキャンプ場では、過去に人間ひとが何人も死んでいる。

(俺の考えが正しければ、たぶん……)

 周囲に誰の目もないことを確認すると、ツヴァイはロッジの外に足を踏み出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の番が変態で狂愛過ぎる

moca
BL
御曹司鬼畜ドS‪なα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!! ほぼエロです!!気をつけてください!! ※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!! ※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️ 初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

調教

雫@更新休みます
BL
ただただ調教する話。作者がやりたい放題する話です。

身体検査が恥ずかしすぎる

Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。 しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。 ※注意:エロです

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

【※R-18】αXΩ 出産準備室

aika
BL
αXΩ 出産準備室 【※閲覧注意 マニアックな性的描写など多数出てくる予定です。BL、複数プレイ、出産シーン、治療行為など】独自設定多めです。 宇宙空間で起きた謎の大爆発の影響で、人類は滅亡の危機を迎えていた。 高度な文明を保持することに成功したコミュニティ「エピゾシティ」では、人類存続をかけて懐妊のための治療行為が日夜行われている。 大爆発の影響か人々は子孫を残すのが難しくなっていた。 人類滅亡の危機が訪れるまではひっそりと身を隠すように暮らしてきた特殊能力を持つラムダとミュー。 ラムダとは、アルファの生殖能力を高める能力を持ち、ミューはオメガの生殖能力を高める能力を持っている。 エピゾジティを運営する特別機関より、人類存続をかけて懐妊のための特別対策室で日夜治療が行われている。 番であるαとΩは治療で無事懐妊すると、出産準備室で分娩までの経過観察をし出産に備える。 無事出産を終えるまでの医師と夫婦それぞれの物語。

種付けは義務です

S_U
BL
R-18作品です。 18歳~30歳の雄まんことして認められた男性は同性に種付けしてもらい、妊娠しなければならない。 【注意】 ・エロしかない ・タグ要確認 ・短いです! ・モブおじさんを書きたいがための話 ・名前が他の書いたのと被ってるかもしれませんが別人です 他にも調教ものや3Pもの投稿してるので良かったら見てってください!

処理中です...