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2.視線
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「……相変わらず凄いな、お前の能力は」
女性も立ち去り、灰色コートの二人だけになると、黒髪の大男ことアインスは決まりの悪さを誤魔化すように感嘆の息を吐いた。すると白銀の青年、ツヴァイはくるりと振り向き、
「あのさぁ、アイちゃん」
不服そうな声を発した。ちなみに、先程まで真紅に染まっていた彼の瞳の色は、今は元の紫電に戻っている。
「俺達、逃亡中なんだよ? 極力目立つ行動は控えようって言ったじゃん。何で面倒事に自分から首突っ込むかなぁ」
大きな荷物の運搬に、アインスを先に一人で車の元へ行かせてしまったのが良くなかった。その後、細々とした追加の買い物を済ませてツヴァイが駐車場に戻ると、そこにアインスの姿は無く、焦って探したところ近場で先刻の揉め事に巻き込まれていたといった次第だ。
「……済まない」
二メートル超えの巨体を精一杯縮めて萎れる相棒兼恋人に、ツヴァイは小さく苦笑を漏らした。
(まぁ、俺は君のそんなところに惚れたんだけどね)
〝困っている人を放っておけない正義漢〟――ツヴァイ自身、生命の危機を救われたのがアインスに惹かれた切っ掛けだった。ここで女性を見捨てるような行動はむしろ彼らしくないとも言えるが、そうと分かっていてもついキツい物言いになってしまったのには、心配以上に嫉妬心があったからだ。
「ジョン」
ツヴァイがその名を呟くと、アインスは一層バツが悪そうに目を伏せた。そんな彼のフードに手を伸ばし、ツヴァイが被せにかかる。
「フードもちゃんと被らなきゃ駄目でしょ、ジョン」
「……私は、お前のように目立つ容姿はしていないが」
「何言ってるの? アイちゃん、無自覚過ぎ!」
確かにツヴァイのような華やかさは無いが、アインスだって充分整った顔をしている。その上、この恵まれた体格だ。人目を惹かない訳が無い。
……最も、フードで顔を覆ったところで、体格だけはどうにも隠しようがないが。
「大体さ、あのお姉さんに恋人扱いされた時、もっとちゃんと否定して欲しかったよね、俺としては。ほら、一応俺達、そういう関係な訳だし?」
「悪かった。……だが、お前もだぞ」
「え? 俺?」
思わぬ反撃にツヴァイがキョトンとすると、アインスは彼の頬に手を添えて、こう主張した。
「あんな危険な挑発の仕方をして……何かされていたらどうするつもりだったんだ」
「あれは……こっちに注目してもらう必要があったからやっただけで」
「分かっている」
ツヴァイの固有能力、〝催眠〟の発動には、被術者と目を合わせる必要がある。その為のパフォーマンスだったということは、アインスも勿論理解はしている。
「だが、煽られた相手があの場でお前に無体なことをしでかさないとも限らなかっただろう。――俺は、お前を他の奴らには触らせたくない」
大真面目に見つめられ、そんなことを言われてしまえば、ツヴァイはもう何も反論できなくなってしまう。
「……はい。気を付けます」
紅潮する頬を隠すように、自身もフードを被り直し、ぐいと口元まで引き下げた。
(相手を惑わせるのは、俺の得意分野だった筈なのに)
アインス相手だと、逆に自分の方が翻弄されてペースを乱されてばかりだ。それが悔しくもあり、嬉しくもあるのだから、困ってしまう。
「とにかく、駐車場に戻ろう。あまり長居は禁物だし」
ツヴァイが仕切り直すと、アインスも無言で首肯を返した。二人揃って、その場に背を向ける。
不意に、首筋にひりつくような感覚を覚え、ツヴァイは立ち止まるや振り返った。
「どうした? ツヴァイ」
相棒の不審な行動に、訊ねるアインスの声も緊張を帯びて低くなる。
「いや……何か視線を感じた気がしたんだけど」
しかし、そこには雪化粧をした街の景色が広がっているのみで、特におかしな点は見当たらなかった。
「気の所為だったみたい」
曖昧に微笑って、ツヴァイは少し先を行くアインスの元へと小走りに距離を詰めた。
女性も立ち去り、灰色コートの二人だけになると、黒髪の大男ことアインスは決まりの悪さを誤魔化すように感嘆の息を吐いた。すると白銀の青年、ツヴァイはくるりと振り向き、
「あのさぁ、アイちゃん」
不服そうな声を発した。ちなみに、先程まで真紅に染まっていた彼の瞳の色は、今は元の紫電に戻っている。
「俺達、逃亡中なんだよ? 極力目立つ行動は控えようって言ったじゃん。何で面倒事に自分から首突っ込むかなぁ」
大きな荷物の運搬に、アインスを先に一人で車の元へ行かせてしまったのが良くなかった。その後、細々とした追加の買い物を済ませてツヴァイが駐車場に戻ると、そこにアインスの姿は無く、焦って探したところ近場で先刻の揉め事に巻き込まれていたといった次第だ。
「……済まない」
二メートル超えの巨体を精一杯縮めて萎れる相棒兼恋人に、ツヴァイは小さく苦笑を漏らした。
(まぁ、俺は君のそんなところに惚れたんだけどね)
〝困っている人を放っておけない正義漢〟――ツヴァイ自身、生命の危機を救われたのがアインスに惹かれた切っ掛けだった。ここで女性を見捨てるような行動はむしろ彼らしくないとも言えるが、そうと分かっていてもついキツい物言いになってしまったのには、心配以上に嫉妬心があったからだ。
「ジョン」
ツヴァイがその名を呟くと、アインスは一層バツが悪そうに目を伏せた。そんな彼のフードに手を伸ばし、ツヴァイが被せにかかる。
「フードもちゃんと被らなきゃ駄目でしょ、ジョン」
「……私は、お前のように目立つ容姿はしていないが」
「何言ってるの? アイちゃん、無自覚過ぎ!」
確かにツヴァイのような華やかさは無いが、アインスだって充分整った顔をしている。その上、この恵まれた体格だ。人目を惹かない訳が無い。
……最も、フードで顔を覆ったところで、体格だけはどうにも隠しようがないが。
「大体さ、あのお姉さんに恋人扱いされた時、もっとちゃんと否定して欲しかったよね、俺としては。ほら、一応俺達、そういう関係な訳だし?」
「悪かった。……だが、お前もだぞ」
「え? 俺?」
思わぬ反撃にツヴァイがキョトンとすると、アインスは彼の頬に手を添えて、こう主張した。
「あんな危険な挑発の仕方をして……何かされていたらどうするつもりだったんだ」
「あれは……こっちに注目してもらう必要があったからやっただけで」
「分かっている」
ツヴァイの固有能力、〝催眠〟の発動には、被術者と目を合わせる必要がある。その為のパフォーマンスだったということは、アインスも勿論理解はしている。
「だが、煽られた相手があの場でお前に無体なことをしでかさないとも限らなかっただろう。――俺は、お前を他の奴らには触らせたくない」
大真面目に見つめられ、そんなことを言われてしまえば、ツヴァイはもう何も反論できなくなってしまう。
「……はい。気を付けます」
紅潮する頬を隠すように、自身もフードを被り直し、ぐいと口元まで引き下げた。
(相手を惑わせるのは、俺の得意分野だった筈なのに)
アインス相手だと、逆に自分の方が翻弄されてペースを乱されてばかりだ。それが悔しくもあり、嬉しくもあるのだから、困ってしまう。
「とにかく、駐車場に戻ろう。あまり長居は禁物だし」
ツヴァイが仕切り直すと、アインスも無言で首肯を返した。二人揃って、その場に背を向ける。
不意に、首筋にひりつくような感覚を覚え、ツヴァイは立ち止まるや振り返った。
「どうした? ツヴァイ」
相棒の不審な行動に、訊ねるアインスの声も緊張を帯びて低くなる。
「いや……何か視線を感じた気がしたんだけど」
しかし、そこには雪化粧をした街の景色が広がっているのみで、特におかしな点は見当たらなかった。
「気の所為だったみたい」
曖昧に微笑って、ツヴァイは少し先を行くアインスの元へと小走りに距離を詰めた。
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