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第4章 真実の扉
第19話 ある筈のない場所
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「教会?」
まりあの言を受けて、シフォンとクラウンが声を揃えた。
「うん。わたし、約束したの。教会のクリスマス会に行くって。みちるちゃんがいるとしたら、そこじゃないかな」
「ま、待って、まりあ。それはいつの話?」
力説するまりあに対し、シフォンは戸惑ったように前足を上げて割り込んだ。まりあもほんの少し自信が揺らいだのか、眉を下げる。
「昔のことだけど……でも、みちるちゃんは今もそこにいる気がするの。わたしを待ってる」
正気とは思われない彼女の言動に、チワワとピエロが視線を交わす。互いに意見を問うような目配せの後、クラウンが先に話をした。
「デモ、この世界に教会なんて存在しないヨォ」
「えっ?」
今度はまりあとシフォンの声が重なった。けれど、シフォンはすぐに納得したようだった。
「それもそうか。ここは咎人の流刑地。流された側からしてみれば、自分達をこんな境遇に堕とした神様のことを、良く思う訳がない。教会なんか、ある訳がないんだ」
「そんな……それじゃあ」
自分の直感が間違っていたのかと、まりあが消沈しかけた、その時。
カーン、カーン……すぐ近くから、鐘の音が高らかに響き渡った。
「!?」
「今のって……」
「学校のチャイムじゃ、ないよね?」
キンコンカンコンの電子音とは全く異なる音色だった。一同が音のした方に目を向けると、窓の外、校庭の中央にいつの間にか見たことのない建物が聳えていた。眩い光を反射する白壁。のっぽの三角屋根の頂上に掲げられた十字架が、己が何者かを主張している。
「教会!? 何で!? 無いんじゃなかったの!?」
「ていうか、今まであんな所に無かったヨネェ」
「そうか! この世界は住人達の想いや記憶の欠片から形成されているから、もしかしたらまりあかまりあの友達の影響であれが生み出されたんじゃ……」
まりあが仰天し、クラウンがぽやんと首を傾げる中、シフォンが冷静に推測を口にする。そして、最後にはクラウンとシフォンが同時にまりあの方を見た。
「……で、どうするの?」
◆◇◆
校庭に突如出現した教会は、近くで見るとより異質な存在に映った。暗闇の中、そこだけ明るくライトアップされた白亜の宮殿。城の一角じみた、少々華美にも思える装飾が施された美しい建造物だ。
真っ直ぐ進むと低い階段の先にポーチがあり、重厚な二枚扉が待ち構えていた。まりあが同行人達に振り向くと、シフォンは無言で頷いて見せ、クラウンは意を得たりとばかりに幼い彼女の代わりに重い扉を押し開いた。
内側から、更に眩い光が溢れ出す。扉の向こうは礼拝堂だった。中央の通路を挟んで沢山の信徒席が並び、壁面には極彩色のステンドグラスが光を浴びて宝石のように煌めいている。
しかし、一番にまりあの目を引いたのは、奥の祭壇の前に立つ人物の後ろ姿だった。周囲に負けず劣らず光り輝く、ショートカットの女の子。
「みちるちゃん!」
まりあが名を呼ぶと、女の子は振り向いた。その顔は、紛れもなく探していたみちるその人のものだ。みちるは、今度は逃げなかった。まりあが来るのを見越していたのか、驚く様子もない。静かな声音で告げた。
「うそつき」
まりあが目を瞠る。
「……え?」
「まりあちゃんの、うそつき。約束したのに……」
『絶対来てね! 約束だよ!』
指切りげんまん、遠い日の約束。脳裏を過る、思い出の一場面。
「どうして……」
「みちるちゃん?」
「どうして、来てくれなかったのっ!?」
鋭く突き付けられた問いかけ。まりあは総身に雷が走ったような衝撃を覚えた。同時に、理解する。ずっと胸に燻ぶっていた、痛みの正体。
(わたしは……)
約束を、破ったんだ。
「まりあちゃんのうそつき!」
叫んで、みちるは駆け出した。すぐ横を通り抜けようとする彼女の腕を、まりあがハッとして掴む。
「待って、みちるちゃん!」
光が弾けた。白く瞬く、無数の星屑。眩く力強く、時に儚い――生命の光。
「クリスマス会?」
まりあの母親、真理子の声だ。床に座り込みながら、せっせと足の爪にネイルを施す姿が映し出される。
「うん! みちるちゃんがね、ピアノを弾くの」
記憶の中のまりあが答えた。腕にはシフォンを抱き、高揚して頬を火照らせている。
場所は、見覚えのあるアパートの一室。和哉との離婚後に母子二人で借りて住んでいる狭い部屋だった。真理子は作業の手を止めず、興味なさげに生返事をする。
「ふーん、何処で?」
「教会!」
「……教会?」
ここで初めて、真理子がこちらを向いた。怪訝げに細められる目。
「あのね、毎年やってるんだって、クリスマス会。みちるちゃんちはクリスチャン? だから、いつもお手伝いしてるんだって。でも、ピアノに選ばれたのは今回が初めてで――」
「クリスチャン?」
ぴくり、真理子の眉が顰められる。責めるようなイントネーションに、まりあは内心焦燥に駆られた。ぎこちなくなる笑顔。縋るように上目遣いで、お伺いを立てる。
「だからね、おうえん、したいんだ。……行っても、いい?」
「ダメ」
真理子の答えは無情なものだった。まりあは足先からガラガラと崩れ落ちるような錯覚を覚えた。震える唇で、それでも懸命に問いを紡ぐ。
「……なんで?」
「だって、宗教じゃん、それ。行ったらあんたも勧誘されて、会費だなんだって金巻き上げられるんだ。詐欺集団じゃん」
――詐欺?
「お金はいらないって……」
「最初だけね。初心者が入りやすいようにいい顔しといて、後から本性現すんだよ、そういうのは」
真理子が何を言っているのか分からない。けれど、友達を悪く言われたのだとは理解が及び、まりあはカッとなった。
「みちるちゃんはそんな子じゃないもん!」
大きな声を出したからか、腕の中のシフォンがまりあの方を振り向いた。円な瞳で心配げに彼女を見つめ、宥めるように頬を舐める。
「その子は何も知らなずに加担させられてるだけだとしても、その子の親がそうなんでしょ」
「ちがうもん!」
「親に会ったことあんの?」
「……ないけど、でも」
「無いなら、あんたに何が分かんのよ」
真理子の意志は硬い。まりあが何を言っても、もう聞く耳は持たないようだった。頑として、突っぱねる。
「とにかく、そんな胡散臭い会合、絶対行っちゃダメ。その友達とももう、遊んじゃダメ」
「そんな……っ」
「あんたみたいな子供には分かんないんだよ! いいから、言う通りにしなさい! あんたの為を想って言ってるんだから!」
後日、クラスはまりあの母親の話題で持ち切りだった。
「ねぇ、知ってる? 天城さんのお母さん、また学校に乗り込んで来たんだって」
「えー、怖。今度は何て?」
「何でも、娘のクラスを変えろって言い出したらしいよ」
「そんなこと出来るわけないじゃんねー。でも、何で急に?」
「なんかね、娘がしゅーきょーにかんゆうされてめいわくだ~って騒いだんだって。よく分かんないけど」
「しゅーきょー? 何それ?」
「――まりあちゃん」
不意に名を呼ばれた。消え入りたい想いで席に縮こまっていたまりあは、叩かれた気分で顔を上げた。
見なくても、声で誰だかは分かっていた。いつの間にか、すぐ近くにみちるが立っていた。その表情には、いつかの笑顔は無い。
「みちるちゃん……」
「わたしのこと、お母さんにそんな風に話してたんだね」
「っ、ちが」
「クリスマス会、さそったのもめいわくだった?」
「ちがうっ!」
必死に首を横に振るが、まりあの言葉は届かない。みちるの顔がぐしゃりと歪んだ。泣き出しそうに潤んだ瞳に浮かぶ、失望の色。
「ひどいよ、まりあちゃん。親友だと思ってたのに」
何かが壊れる音がした。みちるはそのまま、教室から逃げるように駆け出していってしまった。その後を、まりあは追うことは出来なかった。
まりあの言を受けて、シフォンとクラウンが声を揃えた。
「うん。わたし、約束したの。教会のクリスマス会に行くって。みちるちゃんがいるとしたら、そこじゃないかな」
「ま、待って、まりあ。それはいつの話?」
力説するまりあに対し、シフォンは戸惑ったように前足を上げて割り込んだ。まりあもほんの少し自信が揺らいだのか、眉を下げる。
「昔のことだけど……でも、みちるちゃんは今もそこにいる気がするの。わたしを待ってる」
正気とは思われない彼女の言動に、チワワとピエロが視線を交わす。互いに意見を問うような目配せの後、クラウンが先に話をした。
「デモ、この世界に教会なんて存在しないヨォ」
「えっ?」
今度はまりあとシフォンの声が重なった。けれど、シフォンはすぐに納得したようだった。
「それもそうか。ここは咎人の流刑地。流された側からしてみれば、自分達をこんな境遇に堕とした神様のことを、良く思う訳がない。教会なんか、ある訳がないんだ」
「そんな……それじゃあ」
自分の直感が間違っていたのかと、まりあが消沈しかけた、その時。
カーン、カーン……すぐ近くから、鐘の音が高らかに響き渡った。
「!?」
「今のって……」
「学校のチャイムじゃ、ないよね?」
キンコンカンコンの電子音とは全く異なる音色だった。一同が音のした方に目を向けると、窓の外、校庭の中央にいつの間にか見たことのない建物が聳えていた。眩い光を反射する白壁。のっぽの三角屋根の頂上に掲げられた十字架が、己が何者かを主張している。
「教会!? 何で!? 無いんじゃなかったの!?」
「ていうか、今まであんな所に無かったヨネェ」
「そうか! この世界は住人達の想いや記憶の欠片から形成されているから、もしかしたらまりあかまりあの友達の影響であれが生み出されたんじゃ……」
まりあが仰天し、クラウンがぽやんと首を傾げる中、シフォンが冷静に推測を口にする。そして、最後にはクラウンとシフォンが同時にまりあの方を見た。
「……で、どうするの?」
◆◇◆
校庭に突如出現した教会は、近くで見るとより異質な存在に映った。暗闇の中、そこだけ明るくライトアップされた白亜の宮殿。城の一角じみた、少々華美にも思える装飾が施された美しい建造物だ。
真っ直ぐ進むと低い階段の先にポーチがあり、重厚な二枚扉が待ち構えていた。まりあが同行人達に振り向くと、シフォンは無言で頷いて見せ、クラウンは意を得たりとばかりに幼い彼女の代わりに重い扉を押し開いた。
内側から、更に眩い光が溢れ出す。扉の向こうは礼拝堂だった。中央の通路を挟んで沢山の信徒席が並び、壁面には極彩色のステンドグラスが光を浴びて宝石のように煌めいている。
しかし、一番にまりあの目を引いたのは、奥の祭壇の前に立つ人物の後ろ姿だった。周囲に負けず劣らず光り輝く、ショートカットの女の子。
「みちるちゃん!」
まりあが名を呼ぶと、女の子は振り向いた。その顔は、紛れもなく探していたみちるその人のものだ。みちるは、今度は逃げなかった。まりあが来るのを見越していたのか、驚く様子もない。静かな声音で告げた。
「うそつき」
まりあが目を瞠る。
「……え?」
「まりあちゃんの、うそつき。約束したのに……」
『絶対来てね! 約束だよ!』
指切りげんまん、遠い日の約束。脳裏を過る、思い出の一場面。
「どうして……」
「みちるちゃん?」
「どうして、来てくれなかったのっ!?」
鋭く突き付けられた問いかけ。まりあは総身に雷が走ったような衝撃を覚えた。同時に、理解する。ずっと胸に燻ぶっていた、痛みの正体。
(わたしは……)
約束を、破ったんだ。
「まりあちゃんのうそつき!」
叫んで、みちるは駆け出した。すぐ横を通り抜けようとする彼女の腕を、まりあがハッとして掴む。
「待って、みちるちゃん!」
光が弾けた。白く瞬く、無数の星屑。眩く力強く、時に儚い――生命の光。
「クリスマス会?」
まりあの母親、真理子の声だ。床に座り込みながら、せっせと足の爪にネイルを施す姿が映し出される。
「うん! みちるちゃんがね、ピアノを弾くの」
記憶の中のまりあが答えた。腕にはシフォンを抱き、高揚して頬を火照らせている。
場所は、見覚えのあるアパートの一室。和哉との離婚後に母子二人で借りて住んでいる狭い部屋だった。真理子は作業の手を止めず、興味なさげに生返事をする。
「ふーん、何処で?」
「教会!」
「……教会?」
ここで初めて、真理子がこちらを向いた。怪訝げに細められる目。
「あのね、毎年やってるんだって、クリスマス会。みちるちゃんちはクリスチャン? だから、いつもお手伝いしてるんだって。でも、ピアノに選ばれたのは今回が初めてで――」
「クリスチャン?」
ぴくり、真理子の眉が顰められる。責めるようなイントネーションに、まりあは内心焦燥に駆られた。ぎこちなくなる笑顔。縋るように上目遣いで、お伺いを立てる。
「だからね、おうえん、したいんだ。……行っても、いい?」
「ダメ」
真理子の答えは無情なものだった。まりあは足先からガラガラと崩れ落ちるような錯覚を覚えた。震える唇で、それでも懸命に問いを紡ぐ。
「……なんで?」
「だって、宗教じゃん、それ。行ったらあんたも勧誘されて、会費だなんだって金巻き上げられるんだ。詐欺集団じゃん」
――詐欺?
「お金はいらないって……」
「最初だけね。初心者が入りやすいようにいい顔しといて、後から本性現すんだよ、そういうのは」
真理子が何を言っているのか分からない。けれど、友達を悪く言われたのだとは理解が及び、まりあはカッとなった。
「みちるちゃんはそんな子じゃないもん!」
大きな声を出したからか、腕の中のシフォンがまりあの方を振り向いた。円な瞳で心配げに彼女を見つめ、宥めるように頬を舐める。
「その子は何も知らなずに加担させられてるだけだとしても、その子の親がそうなんでしょ」
「ちがうもん!」
「親に会ったことあんの?」
「……ないけど、でも」
「無いなら、あんたに何が分かんのよ」
真理子の意志は硬い。まりあが何を言っても、もう聞く耳は持たないようだった。頑として、突っぱねる。
「とにかく、そんな胡散臭い会合、絶対行っちゃダメ。その友達とももう、遊んじゃダメ」
「そんな……っ」
「あんたみたいな子供には分かんないんだよ! いいから、言う通りにしなさい! あんたの為を想って言ってるんだから!」
後日、クラスはまりあの母親の話題で持ち切りだった。
「ねぇ、知ってる? 天城さんのお母さん、また学校に乗り込んで来たんだって」
「えー、怖。今度は何て?」
「何でも、娘のクラスを変えろって言い出したらしいよ」
「そんなこと出来るわけないじゃんねー。でも、何で急に?」
「なんかね、娘がしゅーきょーにかんゆうされてめいわくだ~って騒いだんだって。よく分かんないけど」
「しゅーきょー? 何それ?」
「――まりあちゃん」
不意に名を呼ばれた。消え入りたい想いで席に縮こまっていたまりあは、叩かれた気分で顔を上げた。
見なくても、声で誰だかは分かっていた。いつの間にか、すぐ近くにみちるが立っていた。その表情には、いつかの笑顔は無い。
「みちるちゃん……」
「わたしのこと、お母さんにそんな風に話してたんだね」
「っ、ちが」
「クリスマス会、さそったのもめいわくだった?」
「ちがうっ!」
必死に首を横に振るが、まりあの言葉は届かない。みちるの顔がぐしゃりと歪んだ。泣き出しそうに潤んだ瞳に浮かぶ、失望の色。
「ひどいよ、まりあちゃん。親友だと思ってたのに」
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