16 / 26
第3章 廃校舎で隠れんぼ
第16話 再逢
しおりを挟む
移動の最中もピアノの音が止むことはなかった。楽曲の最後まで弾き切ると、また初めから繰り返し同じ曲が奏でられる。
奏者は余程この曲が好きなのか、それとも何か別の意図でもあるのか。誘われるように件の音楽室の前までやってくると、音量は最高潮に達した。
確かにここが発生源で間違いないようだ。
シフォンとクラウンと顔を見合せ、まりあは無言で頷いた。唇を結び気を引き締め、扉へと手を掛ける。
上部に曇りガラスの嵌った引き戸は、何の抵抗もなくするりと開いた。目を引いたのは、窓際に配置された黒いグランドピアノ。白い光を纏った少女が椅子に腰を下ろし、小さな手で鍵盤を叩いている。
こちらに背を向けていても、誰だかはすぐに分かった。
「みちるちゃん!」
ピアノを弾いていたのは、彼女だったのだ。曲が終わるのも待ち切れずにまりあが呼び掛けると、みちるは弾かれたように演奏を止め、立ち上がった。
そのまま振り返りもせずに、走り出す。
「みちるちゃん! どうして逃げるの!?」
みちるは止まらない。驚く程の速さで反対側の扉の方まで駆けると、戸を引いて室外へと飛び出していく。後からまりあが追って顔を出した時には、廊下は閑散として人影も無く、みちるの姿は何処にも見受けられなかった。
「え?」
たった今彼女がここへ来た筈なのに、見失うには早過ぎやしないか。
「消えた?」
「何処かの教室に入ったんじゃないカナ」
唖然と零すまりあに、クラウンが現実的な推測を提示する。
「そっか、そうかも」
「近場から探してみよう。……けど、その前に」
話しながら、シフォンが今一度音楽室の方へと顔を向けた。視線の先には、置き去りにされたグランドピアノ。みちるが最後に指を放した鍵盤が、一つだけ眩い輝きを放っていた。離れていても、その光は薄闇を裂いてハッキリと見える。みちるが落としたものだろうか。
「まりあにも関係してるかもしれないし、試しにあれに触れておこうよ」
「でも、みちるちゃんが……」
そんなことをしている間に、どんどん遠くに行ってしまうのではないか。そう危惧してまりあが躊躇っていると、シフォンは重ねた。
「次に機会があるかも分からないよ。チャンスは逃さないようにしないと」
それもそうだ。納得すると、まりあは早速音楽室内へと引き換えし、鍵盤の前に立った。ピアノを弾いたことはない。少なくとも、今ある記憶の中では。まりあはぎこちなく人差し指を突き出して、光る鍵盤を押した。
ポーン……高く澄んだ快い音が響き、白い光が火花のように視界いっぱいに弾けた。最初の一音から旋律が広がっていく。夜の校舎で聞いていたのと同じ、『もろびとこぞりて』の楽曲だ。
明るい場所で聴くその曲は、暗闇で聴くよりも遥かに軽快で愉し気に感じられた。
放課後の音楽室。まだ日も暮れないそこで、みちるがピアノを弾いている。まりあはそれを傍らに佇んで聴いていた。
みちるの演奏は、特別上手という訳ではない。技術は無く、譜面も子供向けに直された簡単なものだ。それでも懸命で、何より当人が心から楽しんで弾いているのが伝わる、良い演奏だった。聴いていると、まりあの心まで洗われるようだ。
最後の一音まで丁寧に弾き終えると、みちるは鍵盤から手を離し、こちらに振り向いた。上気した頬。得意げな笑みで口を開く。
「どうだった?」
「すご~い、みちるちゃん!」
まりあは割れんばかりの拍手を送った。初めて聴かせてもらった友達の演奏は、いたく感動した。
大袈裟に褒められて、みちるは照れ臭そうに後頭部を掻く。はにかみながら補足した。
「今度のクリスマス会で弾くんだ。わたしのピアノに合わせて、みんなが歌うんだよ」
「そうなんだ、すごいね! クリスマス会って?」
「教会で毎年やってるの。わたしの家クリスチャンだから、運営の方に参加してるんだ。劇をやったり、ごちそうを食べたりするんだよ。お歌の伴奏に選ばれたのは、今回が初めてなんだ」
だから頑張らなくちゃ、とみちるは嬉し気に語る。まりあもこの友人が誇らしかった。ニコニコ笑顔で聞いていると、みちるが言う。
「一般の参加も自由なんだよ。子どもは会費もタダだから、良かったらまりあちゃんもおいでよ。あ、プレゼント交換のお金だけはかかっちゃうけど、大丈夫そうなら……」
「行きたい!」
食い気味に、まりあは身を乗り出して答えた。
「みちるちゃんのピアノ、応援したいもん! 絶対行く!」
「本当っ? うれしい!」
「絶対来てね、約束だよ!」と、みちるは念を押すように、小指を突き出した。そこに自らの小指を絡めて、まりあは誓いを立てる。
「うん! 約束!」
みちるの溢れんばかりの笑顔を最後に、再び白い光が視界を覆った。
「まりあ、どうだった?」
一瞬みちるに訊かれたのかと思ったが、違った。お決まりの心配そうな顔でこちらを見上げるシフォンと目が合う。辺りは先程までの明るさが嘘のように暗闇に包まれていた。追体験の旅から戻ってきたのだ。
まりあは、ふうと一息吐いて切り替えると、同行者達に向き直った。
「うん、みちるちゃんの記憶なのかもしれないけど、わたしにも見えたよ」
「二人の共通の記憶だったんだね」
「うん」
思い返すと、心が温かいものでいっぱいになった。自分は本当に、みちるのことが好きだったのだ。その想いを確かめるように胸に手を重ね、目を瞑る。ふわふわとした優しい気持ちが満たす中、一筋つきりとした痛みが走った。
(……あれ?)
「ケド、光は消えちゃったみたいだネ」
クラウンの言でハッとして鍵盤の方を見遣ると、確かに先刻までそこにあった筈の白い光が失せていることに気付く。
「本当だ。大丈夫なのかな……わたしがみちるちゃんの記憶の欠片を、横取りしちゃったんじゃ……」
「それはないでしょ。消えたってことは、たぶんまりあの欠片の方だったんじゃないかな」
「そうなのかな……」
ひとまずシフォンの説を受け入れることにしたが、まりあの胸の内はさっき痛みを覚えた後から不穏にざわめいていた。
(何だろう、この不安……)
正体の分からない暗雲が垂れ込めていくような、重たい気分。けれど、シフォン達に心配を掛けたくはないので、まりあは何でもないことにして痛みから目を逸らした。
「サテ、今度こそあの子を探しに行かないとネェ」
「そうだね。……って、うわ!」
「どうしたの!?」
突如シフォンが叫んだものだから、まりあの物想いも吹っ飛んでしまった。シフォンは壁に飾られた絵画を見上げている。バッハやベートーヴェンなど、著名な音楽家達の描かれた肖像画だ。それらがじろりと目玉を下に向けて、床の犬を見つめ返していた。
「肖像画が動いた!」
「あるあるの七不思議だネェ」
「あれ? あそこは何も描かれてない」
一つだけ、『シューベルト』と銘打たれた額縁の中は、空っぽだった。
「留守みたいね」
きっと、何処ぞを出歩いているのだろう。二宮金次郎や人体模型だってそうなのだから、肖像画の人物がお出かけしたところで今更驚かない。けれど、出くわさないに越したことはない。二人と一匹は今の内に立ち去ることにして、音楽室を後にした。
「みちるちゃん、まだ近くにいるかな」
気持ちを切り替えるべく、まりあは張り切って辺りを見回した。みちるらしき光は、やはり廊下の何処にも見当たらない。ひとまず、隣の教室から覗いてみようかと思った、その時。
ぞくり……と、首筋から一気に冷たいものが駆け巡った。
(この、感覚は――)
覚えがある。総身が凍て付くような、凄まじい恐怖とプレッシャー。今すぐにでもこの場から逃げ出したいのに、足が竦んで動けなくなる、圧倒的な絶望感。
「まりあ?」
「来る……」
シフォン達が疑問の眼差しを向ける中、まりあは震える声で告げた。前方から目が離せなくなる。緑色の蛍光灯が照らし出す空間。やがて、曲がり角からそれは姿を現した。
ゆらりと霧が舞い込むように、不定形の闇がゆっくりと濃度を増して、形を成していく。
あの黒い影が、そこに存在していた。
奏者は余程この曲が好きなのか、それとも何か別の意図でもあるのか。誘われるように件の音楽室の前までやってくると、音量は最高潮に達した。
確かにここが発生源で間違いないようだ。
シフォンとクラウンと顔を見合せ、まりあは無言で頷いた。唇を結び気を引き締め、扉へと手を掛ける。
上部に曇りガラスの嵌った引き戸は、何の抵抗もなくするりと開いた。目を引いたのは、窓際に配置された黒いグランドピアノ。白い光を纏った少女が椅子に腰を下ろし、小さな手で鍵盤を叩いている。
こちらに背を向けていても、誰だかはすぐに分かった。
「みちるちゃん!」
ピアノを弾いていたのは、彼女だったのだ。曲が終わるのも待ち切れずにまりあが呼び掛けると、みちるは弾かれたように演奏を止め、立ち上がった。
そのまま振り返りもせずに、走り出す。
「みちるちゃん! どうして逃げるの!?」
みちるは止まらない。驚く程の速さで反対側の扉の方まで駆けると、戸を引いて室外へと飛び出していく。後からまりあが追って顔を出した時には、廊下は閑散として人影も無く、みちるの姿は何処にも見受けられなかった。
「え?」
たった今彼女がここへ来た筈なのに、見失うには早過ぎやしないか。
「消えた?」
「何処かの教室に入ったんじゃないカナ」
唖然と零すまりあに、クラウンが現実的な推測を提示する。
「そっか、そうかも」
「近場から探してみよう。……けど、その前に」
話しながら、シフォンが今一度音楽室の方へと顔を向けた。視線の先には、置き去りにされたグランドピアノ。みちるが最後に指を放した鍵盤が、一つだけ眩い輝きを放っていた。離れていても、その光は薄闇を裂いてハッキリと見える。みちるが落としたものだろうか。
「まりあにも関係してるかもしれないし、試しにあれに触れておこうよ」
「でも、みちるちゃんが……」
そんなことをしている間に、どんどん遠くに行ってしまうのではないか。そう危惧してまりあが躊躇っていると、シフォンは重ねた。
「次に機会があるかも分からないよ。チャンスは逃さないようにしないと」
それもそうだ。納得すると、まりあは早速音楽室内へと引き換えし、鍵盤の前に立った。ピアノを弾いたことはない。少なくとも、今ある記憶の中では。まりあはぎこちなく人差し指を突き出して、光る鍵盤を押した。
ポーン……高く澄んだ快い音が響き、白い光が火花のように視界いっぱいに弾けた。最初の一音から旋律が広がっていく。夜の校舎で聞いていたのと同じ、『もろびとこぞりて』の楽曲だ。
明るい場所で聴くその曲は、暗闇で聴くよりも遥かに軽快で愉し気に感じられた。
放課後の音楽室。まだ日も暮れないそこで、みちるがピアノを弾いている。まりあはそれを傍らに佇んで聴いていた。
みちるの演奏は、特別上手という訳ではない。技術は無く、譜面も子供向けに直された簡単なものだ。それでも懸命で、何より当人が心から楽しんで弾いているのが伝わる、良い演奏だった。聴いていると、まりあの心まで洗われるようだ。
最後の一音まで丁寧に弾き終えると、みちるは鍵盤から手を離し、こちらに振り向いた。上気した頬。得意げな笑みで口を開く。
「どうだった?」
「すご~い、みちるちゃん!」
まりあは割れんばかりの拍手を送った。初めて聴かせてもらった友達の演奏は、いたく感動した。
大袈裟に褒められて、みちるは照れ臭そうに後頭部を掻く。はにかみながら補足した。
「今度のクリスマス会で弾くんだ。わたしのピアノに合わせて、みんなが歌うんだよ」
「そうなんだ、すごいね! クリスマス会って?」
「教会で毎年やってるの。わたしの家クリスチャンだから、運営の方に参加してるんだ。劇をやったり、ごちそうを食べたりするんだよ。お歌の伴奏に選ばれたのは、今回が初めてなんだ」
だから頑張らなくちゃ、とみちるは嬉し気に語る。まりあもこの友人が誇らしかった。ニコニコ笑顔で聞いていると、みちるが言う。
「一般の参加も自由なんだよ。子どもは会費もタダだから、良かったらまりあちゃんもおいでよ。あ、プレゼント交換のお金だけはかかっちゃうけど、大丈夫そうなら……」
「行きたい!」
食い気味に、まりあは身を乗り出して答えた。
「みちるちゃんのピアノ、応援したいもん! 絶対行く!」
「本当っ? うれしい!」
「絶対来てね、約束だよ!」と、みちるは念を押すように、小指を突き出した。そこに自らの小指を絡めて、まりあは誓いを立てる。
「うん! 約束!」
みちるの溢れんばかりの笑顔を最後に、再び白い光が視界を覆った。
「まりあ、どうだった?」
一瞬みちるに訊かれたのかと思ったが、違った。お決まりの心配そうな顔でこちらを見上げるシフォンと目が合う。辺りは先程までの明るさが嘘のように暗闇に包まれていた。追体験の旅から戻ってきたのだ。
まりあは、ふうと一息吐いて切り替えると、同行者達に向き直った。
「うん、みちるちゃんの記憶なのかもしれないけど、わたしにも見えたよ」
「二人の共通の記憶だったんだね」
「うん」
思い返すと、心が温かいものでいっぱいになった。自分は本当に、みちるのことが好きだったのだ。その想いを確かめるように胸に手を重ね、目を瞑る。ふわふわとした優しい気持ちが満たす中、一筋つきりとした痛みが走った。
(……あれ?)
「ケド、光は消えちゃったみたいだネ」
クラウンの言でハッとして鍵盤の方を見遣ると、確かに先刻までそこにあった筈の白い光が失せていることに気付く。
「本当だ。大丈夫なのかな……わたしがみちるちゃんの記憶の欠片を、横取りしちゃったんじゃ……」
「それはないでしょ。消えたってことは、たぶんまりあの欠片の方だったんじゃないかな」
「そうなのかな……」
ひとまずシフォンの説を受け入れることにしたが、まりあの胸の内はさっき痛みを覚えた後から不穏にざわめいていた。
(何だろう、この不安……)
正体の分からない暗雲が垂れ込めていくような、重たい気分。けれど、シフォン達に心配を掛けたくはないので、まりあは何でもないことにして痛みから目を逸らした。
「サテ、今度こそあの子を探しに行かないとネェ」
「そうだね。……って、うわ!」
「どうしたの!?」
突如シフォンが叫んだものだから、まりあの物想いも吹っ飛んでしまった。シフォンは壁に飾られた絵画を見上げている。バッハやベートーヴェンなど、著名な音楽家達の描かれた肖像画だ。それらがじろりと目玉を下に向けて、床の犬を見つめ返していた。
「肖像画が動いた!」
「あるあるの七不思議だネェ」
「あれ? あそこは何も描かれてない」
一つだけ、『シューベルト』と銘打たれた額縁の中は、空っぽだった。
「留守みたいね」
きっと、何処ぞを出歩いているのだろう。二宮金次郎や人体模型だってそうなのだから、肖像画の人物がお出かけしたところで今更驚かない。けれど、出くわさないに越したことはない。二人と一匹は今の内に立ち去ることにして、音楽室を後にした。
「みちるちゃん、まだ近くにいるかな」
気持ちを切り替えるべく、まりあは張り切って辺りを見回した。みちるらしき光は、やはり廊下の何処にも見当たらない。ひとまず、隣の教室から覗いてみようかと思った、その時。
ぞくり……と、首筋から一気に冷たいものが駆け巡った。
(この、感覚は――)
覚えがある。総身が凍て付くような、凄まじい恐怖とプレッシャー。今すぐにでもこの場から逃げ出したいのに、足が竦んで動けなくなる、圧倒的な絶望感。
「まりあ?」
「来る……」
シフォン達が疑問の眼差しを向ける中、まりあは震える声で告げた。前方から目が離せなくなる。緑色の蛍光灯が照らし出す空間。やがて、曲がり角からそれは姿を現した。
ゆらりと霧が舞い込むように、不定形の闇がゆっくりと濃度を増して、形を成していく。
あの黒い影が、そこに存在していた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる