3 / 6
第3話 飛んだ、理性の先。
しおりを挟む「――大丈夫じゃねえだろ」
気付いたら、声に出していた。叩かれたように、砂音が顔を上げる。何とか弁解しようとする、その唇を――塞いだ。
ヘーゼルの瞳が驚きに見開かれる。紡ごうとした言の葉の出口を遮られ、声にならない声が漏れる。その振動が。生暖かい砂音の唇から、俺の唇へと伝わってきた。
――柔らけぇ。
徐に奪った親友の唇は、何だか別の生き物みたいで。戸惑うように小さく震えては、逃れようとする。しかし、理性の箍が外れた俺は、それを許さない。
逃がさないように、砂音の後頭部を掴んで。一層唇を押し付ける。そのまま、開いた口唇の隙間から、舌を挿し入れた。
砂音の喉奥から、困惑の音が鳴る。抗議するように、俺の胸元を手で押してくるが、力なら俺の方が上だ。
舌先で相手の口内を優しく撫で、抵抗の力を削ぐ。奥で縮こまった砂音の舌を見付けると、そっと絡み取った。びくりと小さく跳ねては、背を弓なりに反らす反応が、愛おしい。
そこに手を添えるようにして、抱き寄せた。こちらを押しのけようとする手は、与えられる快楽に震えるだけで、もう用を為さない。
密着する身体から、温度と鼓動が伝わってくる。俺のキスで、こんなに熱く早くなってるのかと思ったら、得も言われぬ悦びが駆け上がった。
けれど、それ以上に――腸が煮えくり返る想いが勝っていた。
それを払拭させるように。貪欲に相手の唇を貪り、口内を蹂躙した。脳が痺れる感覚に、自分と相手の境界線が分からなくなる。
このまま、溶けて一つになれたら、どれだけいいだろう。
やがて、ずるりと。立つ力を失った砂音が、腕の中で崩れ落ちた。反動で口が離れていく。唾液が名残を惜しむように。二人の間で糸を引いては、中空でぷつりと切れて、口元を汚した。
暫し酸素を求めて苦しげに喘いでから、砂音は改めて俺を見上げた。熱に潤んだ、ヘーゼルの瞳。そこには、激しい動揺が浮かんでいた。
「ッ……なんで、こんなっ……」
訴えるような、問い掛け。
――なんで。なんでだろうな?
「……菅沼に、何処までされた?」
答えの代わりに、質問を返した。砂音が再び瞠目する。
「今みたいに、キスはされたのか? ……その先は? 肌は見せたのか?」
「千……真?」
惑う砂音を、壁際に追い詰める。そうして、そのシャツに手を掛けた。
「お前は普通に女が好きだから……。それでいいと思ってた。なのに、何で……他の男に」
思わず、零れた本音。砂音が、息を呑んだ気配がした。その唇が、何かを紡ぐ前に。――力任せに、掴んだシャツの前を開いた。ちぎれた釦が飛び、陶器のような白い肌が露になる。
「千真!? 何を……っ!」
「ここには、触られたのか?」
抗議の言葉を無視して、形の良い鎖骨を指先でなぞる。砂音の肩が跳ねた。
「……ここは?」
一方的に問いをぶつけながら、指先を徐々に下へと滑らせていく。その度に。呼気を乱れさせながら、砂音が制止の声を上げた。反応の良さに、要らない想像が掻き立てられ、余計に苛立つ。
「こっちは?」
「――千真ッ!!」
ズボンのベルトに手をかけた時。これまでで一番大きな声で呼ばれた。脳を揺さぶるような、悲痛なその響きに。見ると砂音は――泣いていた。
手が止まる。砂音は小さくしゃくり上げながら、か細く震える声で――。
「こんなの……やだよ」
そこで、目が覚めた。
「……は?」
気が付いたら、俺は自分の部屋のベッドの上に居た。あまりにも突然。今しがたまで見ていた筈の情景が途切れたもんだから。自分の置かれた状況が把握出来ない。
――待て。今の……もしかして、夢か?
そうして、気が付いた。……そうだ。夢だ。思い出した。だって、俺は。昨日、あの後。
結局、砂音に何も言葉を掛けられずに、終わっていたのだから。
砂音が菅沼に、何かされたと悟って。心に黒い靄が掛かった。何処かで、何かが切れた音がした。――けれど、それが何か。分からなかった。分からないままに、普通に日常の残りを過して。いつも通りに床に入った。
それで見たのが、今の夢だ。
「……嘘だろ」
知らず、声が漏れた。自分で、自分が見た夢の内容に、唖然とした。
何だよ、今の夢。なんだよ……まるで、あれこそが、俺の願望みたいな。
いや――嫉妬だ。
唐突に、理解した。俺は、菅沼に嫉妬したんだ。
「は? じゃあ、なんだ?」
――俺は、砂音の事が……?
愕然とした。――気付かなかった。気付きたくなかった。
だって、相手は永年の親友だぞ? 純粋に友情を向けてくる相手を、俺は……そんな目で見てたのか?
脳裏で、夢の中の砂音の表情と言葉が、再生される。――『こんなの……やだよ』
「――最低じゃねえか」
頭を抱えた。自分に反吐が出る。
それでも。一度気が付いてしまった想いは、確かにそこに存在していて……消えてはくれそうになかった。
いつからだ? いつから、そんな事になった?
アイツは親友で。普通に女が好きなんだぞ。しかも、もう彼女まで居るんだ。
今更自覚したって、どうしようもない。俺は、いつの間にか――手遅れの恋に、落ちていたと知った。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる