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chapter.2 蠱毒

2-6 発現

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 巨大なロボットが迫り来る。地を揺らし、空気を切り裂きながら、巨人を思わせる人型のボディが廃墟の町を駆ける。一掴みでコンクリートの建物をへし折ってしまう程の怪力を持つそいつは、道具を持たず己自身の拳を武器としていた。それに対し、こちらも武器を持たない丸腰の姿勢である。徒手での戦闘を想定した訓練プログラムの最中だった。

「あんなの、武器も持たずにどうしろっていうの!?」

 上空からセーラの嘆きが降ってくる。彼女の背には蝙蝠のような黒皮の翼が生えていた。数日前に発現したセーラの固有能力、〝飛行〟だ。

「はっ、弱ぇスキルしかねー奴はすっ込んでろ! ここはオレ様の出番だな!」

 意気軒昂に名乗り出たのはドライだった。彼は己の固有能力〝身体形状変化〟を用いて、腕をお得意の金属槍へと変化させる。そのまま勢いを付けて巨人ロボに飛び掛るや、腕の槍をドリルのように回転させながら突き込んだ。
 金属の削れる歯の浮くような音が辺りに響き渡る。ドライの攻撃は効いているかと思われたが、巨人ロボの装甲は厚く、致命傷を与える前に力づくで振り払われてしまった。ドライの身体が宙を飛び、瓦礫の山に激突する。

「ぐあっ」
「ドライ!」

 巨人ロボは深追いはせず、前進を続けた。まるで、蚊にでも刺されたかのような泰然とした態度だ。その進路の先にツヴァイの姿を認め、私は息を呑んだ。

「ツヴァイ!」

 呼び掛けるも、彼は逃げようとはしなかった。焦燥に駆られ巨人ロボを追うも、奴の方が速い。ロボはツヴァイ目掛けて突進していき――次の瞬間、その巨体が前方につんのめった。見ると、建物と建物の間に金属ワイヤーがぴんと張られていた。スケールが大きいが、古典的な罠だ。
 足元を掬われた巨人ロボが、激しい重低音と土煙を上げて転倒する。地面が大きく揺れた。
 直前に横っ跳びに躱していたツヴァイは、着地しながら悪戯っぽく笑んだ。

「武器を持つなとは言われたけど、その場にあるものを利用してはいけないとは言われてないからね」
「でかした、ツヴァイ!」

 とはいえ、まだ勝負は決していない。足止めが効いている内にトドメを刺すべく、私は建物の壁面を蹴ってロボの巨体に取り縋った。装甲の隙間に指を突っ込み、めいっぱいに力を込めて剥ぎ取る。怪力なら、私だって負けてはいない。
 暴れるロボから振り落とされないよう踏ん張りつつ、あらわになった内部構造を手当たり次第に引き千切った。破れたコードからバチバチと電気が爆ぜ、肌を炙る。

 走る痛みに歯を食いしばり耐える内、次第に何も感じなくなってきた。
 痛覚が麻痺したのかと思ったが、手指の感触はある。そのくせ、電撃の激しさはいや増していく。何かがおかしい。電気に耐性がついたのか。
 いや、違う。巨人ロボはいつしかショートして動きを止めていた。完全に壊れている。なのに、電気は私の全身を包み込んだまま、滞留していた。これは、この電気は――。

 私が生み出している?

 自覚した途端、それはふっと波が引くように収まっていった。


   ◆◇◆


「アイちゃん、能力開花おめでと~!」

 その日の夕飯の時間、グラスを片手にツヴァイが祝辞を述べた。中身はシャンパン風味のジュース。朝と同じくヴァイキング形式の夕餉を囲んで、私達は食堂に会していた。
 人間の時の習慣で、糧にはならなくとも結局は通常の食事を摂らないと落ち着かないのだ。一時は食を拒んでいたセーラも、最近は顔を出すようになっていた。
 いつもよりも少し多めに、果てはケーキまで机に並べて、ツヴァイはすっかりお祝いムードでいる。他人事である筈なのに、随分とご機嫌な様子だ。

「いや~、アイちゃんの固有能力は〝電撃〟かぁ。雷神トールみたいでカッコイイね! 何より、機械兵には一番有効なんじゃないかな。流石アイちゃん!」

 褒め過ぎだろう、と私が突っ込むより先に、立ち歩きでトレイから直接料理を摘み食いしていたドライが横から割って入った。

「けっ、んなもんスタンガンとかがありゃジューブンじゃねーか。やっぱりオレの能力が最強だろ! なんたって、想像した通り自由自在に身体の形や材質まで変えられんだぜ!? 可能性はムゲンダイだろ!」
「うん、君のは確かに能力値としては高いけど、肝心な使用者の想像力が貧困な所為で一辺倒な攻撃しか出来てないよね。折角の能力なのに、全然使いこなせてないでしょ」

 ツヴァイはこれまた容赦ない。

「んだと!? そういうてめーはどうなんだよ!? 未だに能力未覚醒の無能だろうが!!」
「……あー、うん、そうだね。能力的には君の勝ちだよ。良かったね」
「おっ、認めたな!? ツヴァイ! てめー、この先オレに逆らうなよ!?」
「何でそうなるかな」

 遂にライバルの上に立ったと見るや、ドライはいつかの予想通りに調子に乗り出した。早速ツヴァイの手からグラスを奪い取り、一息に煽る。それから、隅で一人黙々とパエリアを食べているフュンフの元まで歩み寄って、わざわざ絡んだ。

「そーいやぁ、てめーの能力も聞いたことねーな。ツヴァイと同じく無能か? よく人並にメシが食えるよな。恥ずかしくねーの?」
「ドライ、やめろ」

 私が諌めようとしたその時、フュンフが意外な発言をした。

「あっ……あるよ、僕! 能力!」
「は?」

 皆の視線が彼に集まる。長い前髪の下の頬は朱色に染まり、フュンフは高揚しているようだった。
 ドライが胡乱うろんげに目を眇める。

「ハッタリ言ってんじゃねーぞ」
「ほ、本当だよ!」
「じゃあ、見せてみろよ」
「い、いいよ、見せてあげる!」

 そう言って次の瞬間、フュンフは忽然とその場から姿を消した。
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